日本法人特有の事業チャレンジに外資系製薬企業はどう挑むべきか

日本法人特有の事業チャレンジに外資系製薬企業はどう挑むべきか


製薬企業は、日系・外資系を問わず、日本国内における「健康」に真摯(しんし)に向き合っています。しかし、外資系製薬企業の日本法人には、グローバル企業の日本拠点としてその独自性ゆえに固有のチャレンジが存在します。


要点

  • 外資系製薬企業日本法人は、高度な医療制度、厳格な価格規制、多様な医療関係者のニーズに加え、グローバル本社戦略との整合が求められ、その運営は非常に複雑である。
  • ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロス、グローバル予算配分の抑制、国内制度対応の難しさ、デジタル技術の適用、人材マネジメントなど、多面的な経営課題が存在しています。
  • これら日本法人特有の経営課題に対しての施策を、グローバル本社を巻き込みながら統合的に実行することで、外資系製薬企業は日本市場での患者価値提供と事業成長の両立を実現できるでしょう。

はじめに

外資系製薬企業の日本法人は、日本市場における高度に発達した医療制度や厳格な価格規制、多様な医療関係者のニーズという特殊な環境のもとで事業活動を展開しています。さらに、グローバル本社が策定する全社戦略のフレームワークに従いながらも、日本市場の独自性に即した対応が求められるため、その運営には多大な複雑性が伴っています。

特に、医薬品の承認遅延を示す「ドラッグ・ラグ」や、市場導入がなされず開発が進まない「ドラッグ・ロス」の問題は、患者の医薬品アクセスに直接的な悪影響を及ぼしています。また、日本法人に対するグローバル事業予算配分の在り方や、本社と日本法人との日本市場に対する相互理解の難しさといった課題も重要な経営上の問題です。加えて、厳しいレギュラトリー環境への対応や、日本法人におけるデジタル技術適用の難しさ、人材マネジメントや組織エンゲージメントの問題も併せて存在しています。

本稿では、これらの課題を体系的に分析するとともに、外資系製薬企業の日本法人が取り得る対応を検討し、日本市場における持続的成長の道筋を示していきます。

1. ドラッグ・ラグとドラッグ・ロス

医薬品の承認や上市の遅延に関する問題は、医療現場や患者に深刻な影響を及ぼしています。日本でよく議論される「ドラッグ・ラグ」とは、海外ですでに承認・使用されている医薬品が、日本での承認・市場導入までに遅れが生じる現象を指します。具体的には、欧米での承認後、日本での治験開始の遅延や申請手続きの長期化により、新薬の日本市場投入が遅れ、患者が早期に医薬品へアクセスできる機会が損なわれる問題です。

これに対して「ドラッグ・ロス」はさらに深刻です。新薬が海外で承認されているにもかかわらず、日本では開発申請自体が未着手であり、開発の対象から外れてしまっている医薬品を指します。これは患者の治療機会損失や医療の質低下につながり、特に希少疾病用医薬品や小児用医薬品、革新的モダリティにおいて顕著です。日本製薬工業協会の調査によれば、2016年から20年にかけて欧米で承認された医薬品の約60%が、日本での開発が未着手のままとなっています1

ドラッグ・ラグの原因は大きく2点に分けられます。1つは「開発ラグ」であり、これは海外での治験開始から日本での治験開始までに期間差があることを意味しています。主な理由は患者登録が困難なことや、治験実施環境が限定的であることです。もう1つは「審査ラグ」で、承認申請後の審査期間の長さを指します。ただし日本においては、PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)が審査スピード改善策を打ち出しており、審査ラグは短縮傾向にあります。

これらの現状を踏まえ、外資系製薬企業の日本法人は、PMDAが提供する各種優遇制度を戦略的に活用し、また、治験インフラを強化することで、新薬開発から上市までの一連のプロセスを効率化するとともに、ドラッグ・ロスを防ぐため、グローバル開発戦略に対する日本からの積極的な関与や市場性のアピール、また、日本法人からグローバル本社への提言・戦略提案を、開発初期段階から行っていくことが重要となります。

2. 事業予算配分

外資系製薬企業の日本法人は、グローバル本社の全社戦略に基づく予算配分の中で、日本市場へのリソース割り当てが相対的に抑制されるケースが、少なからず発生しています。これは市場規模だけでなく、グローバル優先順位、製品ポートフォリオの戦略的重点、収益率評価といった多様な要素に影響されるためです。

その結果、日本市場に対するマーケティングや研究開発への投資は十分に確保できず、特に日本特有の規制や患者ニーズに適応した製品開発や販売促進が制約される構造的なハンディキャップが生じます。また、本社への説得に必要なROIや市場分析の精度も、本社とのコミュニケーションの中で担保しにくく、本社主導の日本市場の独自性を十分に反映しない売り上げ予測や、他地域モデルの単純流用は、現地の収益潜在力を正確に示せず、資源配分の正当性を訴えるのに不十分なものとなってしまっています。

したがって、日本法人はHEOR(医療経済アウトカム研究)などを活用し、費用対効果分析を強化するとともに、リアルワールドデータ(RWD)によるエビデンス収集を推進し、説得力の高いエビデンスベースドレポートで本社との対話を重ねることが重要となります。さらに、市場動向や規制変化をリアルタイムに把握した柔軟なシナリオ分析を導入し、事業計画の現実性を高める努力も求められます。

3. グローバル意思決定プロセス

外資系製薬企業におけるグローバル意思決定プロセスは、従来「遅い」と批判されてきましたが、各企業の本社および日本法人関係者とEYとの対話を通して、単にスピードの問題だけでなく、「意思決定の質」や「意思決定の方向性のズレ」といった本質的課題が見えてきました。

グローバル本社はリスク管理やコンプライアンスを重視し、多層的な承認プロセスと統一されたガバナンス体制のもと、透明性の高い意思決定を行っています。しかし、その堅固な仕組みが、日本市場特有のニーズや緊急性を十分に反映できていないため、本社の決定が現地実態とかけ離れるケースが見受けられます。

また、本社から日本法人に対するコミュニケーションに時折課題が発生します。意思決定基準や判断背景の共有が不十分な場合が発生し、日本法人は施策実施に自信を持てず、迅速かつ的確な対応が難しいのです。

したがって、意思決定プロセスの単なるスピードアップだけでなく、意思決定基準の明確化や、本社と日本法人の定期的な戦略対話の強化が欠かせません。これにより、方向性の整合性を高め、日本法人の自主性拡大と事業競争力強化を図ることが求められます。

4. 国内制度対応

日本の医薬品規制環境は非常に厳格かつ複雑であり、薬事承認、価格設定、保険償還の各段階で高品質のエビデンスと詳細なデータ提出が求められます。特に薬価改定は約1~2年ごとに実施され、市場価格や収益に大きな変動を与えるため、その予測困難性が事業リスクとして重くのしかかっています。

外資系製薬企業の日本法人は、この複雑な制度に対応するために、多くのリソースを人材確保やデータ整備、報告書作成に費やしています。また価格変更や後発医薬品、バイオシミラーの市場浸透により収益圧力が高まっており、中長期計画策定に当たってはシナリオ分析によるリスク分散が不可欠です。

近年はRWDやHEORを活用して費用対効果を裏付けるエビデンス作りが進んでいますが、十分な情報基盤整備や専門人材の育成はいまだ課題です。また、国際規制調和の推進や新たな医療技術・ソフトウェア医療機器への対応など、レギュラトリーサイエンスの深化も求められています。

5. デジタル化・テクノロジー対応

医薬医療業界におけるデジタルトランスフォーメーションは世界的に加速していますが、外資系製薬企業の日本法人は欧米本社の施策に比べ、ローカル対応のスピードや適応度が遅れている課題があります。日本市場特有の医療文化や法規制、医療従事者や患者のデジタルリテラシーの多様性に対応した戦略構築が難しいことが主な理由として挙げられます。

また、日本語コンテンツの充実やSNS・オンラインチャネルの活用、電子処方支援やオンラインMRの導入など、デジタルマーケティング手法のローカライズが欧米スタンダードの単純コピーでは効果を上げにくい現状があります。

日本法人は、日本市場の特徴をグローバル本社に丁寧に共有し続けながら理解を醸成しつつ、医師や患者代表、学会と協働しながら日本市場特有のユースケースで実証実験(PoC)を行い、グローバル本社への展開可能性を示す体制を整備する必要があります。さらに、多言語対応やターゲティング配信が可能なコンテンツ管理システム(CMS)やSNS運用の現地拠点を設置し、タイムリーで的確な情報発信体制を構築することが求められています。ハイブリッドMRモデルの推進により、対面とオンラインの融合で顧客接点の最大化や効率化も図る必要があります。

6. タレントマネジメントと組織エンゲージメント

外資系製薬企業におけるグローバルキャリアパスは、日本法人社員からはしばしば不透明で将来の見通しが立てにくい点が問題となっています。これに加え、多国籍マネジメント層との文化的かつコミュニケーションのギャップにより、社員のモチベーションや組織エンゲージメントが低下するリスクもあります。

離職リスクを抑え、優秀な人材の定着と育成を進めるには、海外赴任経験と日本法人でのリーダー経験を組み合わせた「二軸キャリア開発制度」を整備し、グローバルカンパニーで働くモチベーションを刺激することと、将来のキャリアビジョンを明確に示すことが重要です。また、バイリンガルメンター制度を推進し、言語や文化の壁を越えたOJTを充実させることも有効な対策となります。

おわりに

外資系製薬企業の日本法人は、グローバル戦略との一体運営と日本固有の市場特性・規制対応の二重の要請に対応しながら事業運営を行っています。

ドラッグ・ラグやドラッグ・ロスに対する解消アクション、費用対効果に根差した予算交渉の強化、双方向のグローバル意思決定プロセスの構築、制度対応力の向上、そしてデジタル化戦略の日本市場におけるローカライズを推進するとともに、社員のキャリア開発と組織エンゲージメントの強化を連動させることが、持続的な競争優位を生み出すための不可欠な要素です。

これら施策を統合的に実行することで、外資系製薬企業は日本市場での患者価値提供と事業成長を両立し、真の成功を築くことが可能になるでしょう。

  1.   日本製薬工業会「ドラッグ・ラグ/ドラッグ・ロスの現状」、www.jpma.or.jp/information/evaluation/symposium/bbh7c90000001esq-att/2023_11_17_02.pdf(2025年8月12日アクセス)


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サマリー

外資系製薬企業の日本法人は、ドラッグ・ラグ、ドラッグ・ロス、グローバル予算配分、国内制度対応、本社意思決定プロセス、DX、人材育成など、多岐にわたる課題に直面しています。持続的な成長を果たすためにも、これら日本法人特有の環境を踏まえた戦略的対応を統合的に推進することが重要となります。


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