日本の洋上風力は、制度や仕組みの抜本的な見直しが求められる転換期を迎えています

日本の洋上風力は、制度や仕組みの抜本的な見直しが求められる転換期を迎えています


急成長を遂げつつあった洋上風力発電が、制度やコストの壁に直面。持続可能な導入に向けて、今こそ制度の見直しが求められています。


要点
  • 外部環境の変化により、洋上風力事業の成長軌道に大きな揺らぎが生じています。
  • 低価格入札や事業撤退が続き、現行制度の限界が明らかになっています。
  • 持続可能な導入へ向け、制度改革とリスク分担の見直しが急がれています。


日本の再生可能エネルギーの主力電源化に向けた「切り札」として推進されてきた洋上風力発電事業は、大量導入・コスト低減・経済波及効果への期待を背景に、これまで急速な発展を遂げてきました。しかし、近年は新型コロナウイルス感染症の流行やウクライナ情勢、サプライチェーン混乱や物価高騰など、複合的な外部要因が重なり、世界的にプロジェクトの進展が鈍化しています。日本でも当初想定された成長軌道からの乖離が顕著となり、事業環境は大きな転換期を迎えています。

2021年に秋田県由利本荘市沖(北側・南側)、秋田県能代市・三種町・男鹿市沖、千葉県銚子市沖の3海域で公募(ラウンド1)が実施され、FITの上限価格29円/kWhに対し三菱商事を代表企業とするコンソーシアムがそれぞれ11.99円/kWh、13.26円/kWh、16.49円/kWhと、上限価格の約半分となる価格で落札が決まったことは、当時業界内でも大変注目されました。

2021年12月には秋田県八峰町・能代市沖の公募入札が開始したものの、上記ラウンド1の結果を受けて公募評価基準の見直しを行うこととなり、公募は中断されました。その後、2022年12月に改めて秋田県八峰町・能代市沖、秋田県男鹿市・潟上市沖・秋田市沖、新潟県村上市・胎内市沖、および崎県西海市江島沖の計4海域で公募(ラウンド2)が行われ、長崎県西海市江島沖を除く3海域で政府補助なしの「ゼロ円入札」により落札されました。ラウンド1の低価格による入札結果から、各入札者においては入札の落札条件として「ゼロ円入札」が必須と見なされていたと考えられます。

2023年の青森県日本海(南側)および山形県遊佐町沖の2海域の公募(ラウンド3)においても、全事業者が「ゼロ円入札」であったため、落札事業者は事業計画の定性的な評価点の差により決定される状況となっています。

しかし、2025年8月にはラウンド1の3海域を落札した三菱商事が事業撤退を表明。当初事業計画に比べ建設費の倍増や資材・人件費・物流コストの高騰や為替の影響など、事業遂行が困難と判断したことが説明されています。洋上風力は発電設備の中でも特に鋼材や銅、レアアースなどの使用量が多く、また建設期間が長いことから、資材価格や人件費等の高騰の影響を受けやすい事業です。また、風車をはじめとする多くの部材を海外から輸入することから、為替レートや国際物流コストの影響も受けやすい特徴があり、これら洋上風力特有のコスト構造が事業採算性を大きく圧迫したことが背景にあります。

欧米においても同様の課題が数年前から顕在化しており、大手開発事業者が1GW超の大型洋上風力プロジェクトから次々と撤退を表明し、また英国では2023年のCfD入札(AR5)、ドイツでは2025年8月の入札で入札参加者がいない事例もみられ、洋上風力事業をとりまく事業環境が厳しくなっていることを物語っています。


近年の主な洋上風力発電プロジェクトの中止事例・入札不落事例

プロジェクト名

所在国

設備容(MW)

事業者

時期

N-10.1, N-10.2

ドイツ

合計2,500

-

(入札不成立)

2025.8発表

Atlantic Shores 1

アメリカ

1,500

EDF、Shell

2025.6報道

Hornsea 4

イギリス

2,400

Ørsted

2025.5発表

North Sea I A1~A3

デンマーク

合計3,000

-

(入札不成立)

2024.12発表

Ocean Wind 1, 2

アメリカ

合計2,248

Ørsted

2023.11発表

Norfolk Boreas

イギリス

1,400

Vattenfall

2023.7報道


ただし、欧米ではこれらの状況を受けて制度改革が進められており、英国では2025年開催予定のAR7で上限価格引き上げや新規資金支援制度の導入、CfD期間の延長など、洋上風力の確実な導入促進を図るための施策が早急に講じられています。

日本においても、今後の洋上風力事業の持続的な発展には、以下の課題解決が急務と考えます。

① 電力供給価格決定からCODまでのリードタイムの長さ:

現行制度では落札時に価格が決まり、実際の事業開始(COD)までに5~6年のタイムラグがあり、この間の物価変動リスクを補完できません。

② 事業者が負いきれないリスクへの対応:

基地港湾の整備やHDVC整備は政府側が実施する事業となり、事業者は政府により整備・提供されたインフラを用いて事業を行うことが前提になります。他方で、インフラ整備遅延等に関する負担方法について明確な議論がなく、事業者が予見しにくいリスクを抱える状況です。

③ 事業収入向上の困難性:

近年の洋上風力発電事業では、FIP制度の下で電力の買い手とコーポレートPPA(Power Purchase Agreement)を締結することで、事業収入の確保を図る手法が一般化しています。しかしながら、コーポレートPPAによる電力買取価格は、依然として事業コストを十分に賄える水準には達しておらず、収益性の確保が困難な状況が続いています。
 

現行制度のもと、事業者が過大なリスクを負って洋上風力開発を進めることはもはや困難であると考えられます。現在、国の審議会で議論されているような物価変動対策や海域占有期間の延長に加え、より抜本的な制度改革が求められます。上記課題を踏まえると、以下の制度変更の必要があるものと考えます。

① 二段階入札方式の導入:

英国で既に導入されている、リース権とCfD価格決定の入札を別々に行う「二段階方式」を導入することで、よりCODに近い時点での事業環境に即した価格を提示することが可能となります。現在日本ではEEZにおける浮体式洋上風力事業においてはまさにこの二段階方式が検討されていますが、一般海域(領海内)においても同様の制度があることが望ましいと考えます。

② リスクアロケーションの再検討による予見性の確保:

洋上風力事業は港湾や系統などのインフラ整備も伴う公的性格の強い事業です。発電事業者単独で対応困難なリスクについて、公的負担も含めた配分方法を検討し、事業形成の安定化を図ることが求められます。

③ 入札上限価格を柔軟に見直す運用:

入札時のFIP上限価格は、一度引き下げられると、その後の引き上げに対して極めて慎重な判断が求められる傾向があります。しかし、欧州における入札不落事例への対応を踏まえると、国内の入札においても直近の市場環境やコスト動向を適切に反映し、必要に応じて上限価格を引き上げることも含め、柔軟かつ機動的に見直す運用が求められます。
 

加えて、特に日本は島国という特性から、EEZも含む海域での浮体式洋上風力に大きな期待が寄せられています。2025年8月に政府が公表した「洋上浮力産業ビジョン(第2次)」では、「2040年までに15GW以上の浮体式洋上風力の案件を形成する」という目標が掲げられています。すでに欧州の浮体式洋上風力事業者と協業する国内事業者も多数現れており、欧州から最新の浮体技術および事業運営ノウハウが日本に還流されることが期待されています。こうした民間事業者による先行投資を日本の洋上風力産業発展に結び付けるためにも、事業環境の整備が急務です。

エネルギーインフラは社会・産業活動の基盤であり、政府と民間双方の連携が不可欠です。リスク負担の在り方について国と事業者が改めて議論し、改善を進めることで、洋上風力が今後の日本のエネルギーインフラの「真の切り札」として機能することが期待されます。




サマリー 

想定を超える外部環境の変化が洋上風力事業に影響を及ぼす中、持続可能な導入に向けた制度改革とリスク分担の見直しが急務です。


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