テクノロジーの力を成長ドライバーとして生かすには

テクノロジーの力を成長ドライバーとして生かすには


不透明で変動の激しい時代を切り開くために、アントレプレナーシップ(起業家精神)を持つ企業はデジタルの新たな能力の構築に投資しています。 


要点

  • 民間企業は、データドリブンな文化の醸成、分析ツールの導入、従業員のデジタルスキルセット習得を進めている。
  • テクノロジーロードマップは、顧客と従業員のエクスペリエンスやエコシステムの有効性を向上させ、組織のレジリエンスを高める必要性によって推進されている。
  • 最も成功を収めるテクノロジートランスフォーメーションとは、人を中心に据え、テクノロジーの迅速な展開と大規模なイノベーションを可能にするものである。

経済および地政学的に極めて難しい状況が続くとみられる中、成長を追求する民間企業にとって、テクノロジーが今年の主要な注力分野になるでしょう。2023年1月のEY CEO Outlook Pulse(PDF) では、民間企業のCEOの4分の3近く(74%)が、組織のデジタルおよびテクノロジー能力の増強を計画していることが明らかになりました。さらに民間企業では、非民間企業に比較して、テクノロジーへの投資を増やす傾向が高くなっています。調査結果によると、非民間企業では、テクノロジー投資の加速を計画しているのは、わずか63%に過ぎません。 

EY CEO Outlook Pulse
の民間企業のCEOが、組織のデジタルおよびテクノロジー能力の増強を計画しています。

世界中の民間企業のリーダーが作成した1,000を超える戦略的成長計画に関するEY Privateの分析では、アントレプレナーシップあふれる企業が成長を目指すに当たり、最も優先するべき5つのテクノロジー関連テーマが明らかになりました。
 

1. データ分析能力の強化とデータドリブンな文化の醸成

データは民間企業にとって非常に重要です。実際、多くの人がデータは「新しい金」であると考えています。データから得られるリアルタイムの知見を活用すれば、民間企業が商業的・戦略的により良い意思決定を行い、業務運営の効率性を高め、より効果的に顧客にサービスを提供することが可能になります。また、過去の業績を分析し、将来のトレンドについて知見に基づき予測を行うこともできます。 

一例として、ドイツのeコマース小売業者のOtto社は、商品の返品と売れ残り在庫を削減する方法を模索していました。同社は人工知能とアナリティクスを組み合わせて過去の取引を分析することにより、将来の注文予測の正確性を高め、サードパーティーベンダーからの調達必要量を自動的に決定できるようにしました。その結果、製品の配送が迅速になり顧客が注文を再考する時間が短縮され、製品の返品が年間200万個超減少し、余剰在庫の5分の1が削減されました。 

民間企業はデータの価値に対する認識を高めており、社内外双方のデータを迅速に捕捉、保存、分析、活用する能力の強化に注力しています。特に重視されているのは、顧客の行動とニーズの追跡と事業上の意思決定の改善を可能にする、リアルタイム分析および予測分析のためのツールの導入です。常に高品質な社内外のデータへのアクセスを確保するため、新たな全社的データ管理プロセスやデータ品質プロセスの導入、または既存のプロセスの強化が実施されています。加えて主要な重点分野として、データプライバシー規制に沿って組織全体でデータを使用、保護、共有することを可能にする、データ・ガバナンス・プロセスの開発または改善が挙げられます。
 

2. 必要なテクノロジーのロードマップの策定と導入

テクノロジーロードマップとは、テクノロジー導入計画の予定表であり、企業はこれに基づいて、目標達成に向けて取り組みを進めていきます。EY Privateの調査によると、今日の民間企業のロードマップは、次の4つの要因の影響を強く受けています。 

より効果的な差別化  

テクノロジーロードマップ策定・導入の目的の1つに、顧客、従業員、およびその他のステークホルダーに提供するデジタルエクスペリエンスの強化と差別化があります。例えば、チェコ共和国を拠点とするeコマース小売業者、Rohlik Groupは、独自のデータ分析、機械学習、人工知能を活用し、60分で商品を配達したり、時間帯を厳格に15分間隔に設定しスケジュールを厳守したり、高度にパーソナライズされた製品提供とリアルタイムの価格設定を行ったりしています。小型商品および小規模サプライヤープログラムと、テクノロジーとデータに基づく洗練されたロジスティクスチェーンを通じて、収穫された食品は、従来の小売販売のように数日以内ではなく、6時間以内に顧客に届くようになりました。このようなテクノロジーに基づく主要な差別化要因により、Rohlik Groupは70を超えるネットプロモータースコアと前年比50%の成長を達成し、2021年にはユニコーンへと成長を遂げました。

厳しい経済環境 

エネルギーコストの増大、サプライチェーンの混乱、インフレ率の上昇への対処を迫られた企業は、テクノロジーの導入により、レジリエンスとアジリティを高め、コストを削減し、生産性と効率を向上させています。例えば、羽田空港は移動が不自由な旅行者のために、いわゆる支援技術である自動運転車いすを、世界に先駆けて試験導入した空港の1つです。アプリで車いすを呼び出し、搭乗口などの目的地を入力するだけで、それ以上の援助を必要とすることなく、利用者は目的地まで行くことができます。この新しいテクノロジーが羽田空港に導入された当初の目的は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック時に乗客と介助者との間にソーシャルディスタンスを確保することでしたが、空港内の移動時間が短縮されることにより、旅行者のエクスペリエンスが向上することが明らかになりました。同様に重要なのは、空港の効率性が大きく改善したことです。それ以来、羽田空港では、飛行機と搭乗口間の移動に自動運転バスを導入し始めました。最近では、貨物輸送を対象に自動運転型けん引トラクターの利用を開始し、効率性、生産性、アジリティをさらに向上させています。

エコシステムへの参加

エコシステムの導入が各業界で急速に進む中、主要なテクノロジー課題の克服を通じてエコシステムを成功に導くための投資が増えています。

CEOの喫緊の課題
のCEOが、エコシステムによって事業のレジリエンスが向上したと回答しました。

 CEOが直面する喫緊の課題:エコシステムをフルに活用することでいかに業績が変わるか では、CEOの91%が、エコシステムによってビジネスのレジリエンスが向上したと回答しましたが、データの統合、相互運用性、エコシステム全体の共通のクラウドプラットフォームとサイバーセキュリティなどの重要な課題の解決のために、さらなるテクノロジー投資が必要とされています。
 

アルゼンチンとアラブ首長国連邦に本社を置くデジタル広告事業者であるAleph社は、独自のエコシステムを軸として構築したビジネスモデルを通じて、エコシステムにおけるテクノロジーの力を実証してきました。同社は、「テクノロジーソリューションのローカライズ」により、発展途上国を含む90カ国超にわたり数千もの広告主を結び付けています。これらの広告主は、Facebook、Instagram、Twitterなどのメディアプラットフォームを通じて、30億人もの消費者にリーチすることができるのです。同時にAleph社は、メディアパートナーがリーチできない国々の広告費にアクセスできるようにします。このように、同社のテクノロジーインフラには、広告宣伝ソリューション、自前のオンラインストアサービス、クロスボーダーの与信・決済ソリューションが含まれており、サービスが十分普及していない市場のアントレプレナー、グローバルメディアパートナー、そして膨大な消費者の間の架け橋となっているのです。
 

ビジネスモデルの破壊 

ますます多くの起業家が、さらなる成長を追求し、業界モデル全体を破壊する先駆けとなるために、既存のビジネスモデルの破壊と新たなビジネスモデルの創出に向けてテクノロジーをどのように活用するべきかを模索しています。その一例として、100年の歴史を持つ米国の調味料メーカー、McCormick社は、分析プラットフォームの活用により調味料業界にディスラプションを起こしました。業界全体が市場の飽和に直面する中、同社は、世界に通用する高品質の調味料生産という強みを、ビッグデータおよびアナリティクスと組み合わせ、独自のデジタルレシピプラットフォームを立ち上げました。同社はこのプラットフォームを通じて顧客の嗜好を把握し、パーソナライズされたレシピを提案したのです。この投資の結果、プラットフォームの立ち上げ後、数日のうちに売り上げが5%増加し、調味料のような成熟した製品としては極めて高い数値となりました。

3. サイバーセキュリティとテクノロジーリスク管理の強化

サイバー脅威は、企業が常に直面している課題ですが、特にリモートワークの普及に伴い攻撃者による新たなプラットフォームとプロセスの悪用が増えているため、問題の深刻さは深まる一方です。アントレプレナーシップを持つ企業が「新しい金」ともいえるデータの収集・活用を目指し、規制当局はデータ管理に関する規制を強化する中、サイバーセキュリティの重要性に対する関心が高まっています。実際 EY CEO Outlook Pulse では、サイバーセキュリティリスクが、サプライチェーンの混乱、地政学的緊張、気候変動、インフレに次いで、事業に対する最大のリスクとして挙げられており、多くの民間企業の取締役会の議題になっています。

サイバーリスクに対処するため、民間企業では、データとデジタル資産のセキュリティ確保と保護に加え、事業成長に向けたその他の技術的推進力に優先的に注力しています。これらの企業は、データプライバシー規制を確実に順守できるよう、組織の内外でデータがどのようにアクセス・共有されているかを注視しています。また、社内チームを構築する場合、専門人材紹介業者を通じて外部人材の採用する場合の双方において、サイバーセキュリティに関する専門的知見の形成に投資しています。 

民間企業はリスク管理の観点から、また中長期的にセキュリティを向上させるために、どのように事業全体にわたりセキュリティを重視する文化を強化していくかに焦点を当てています。これには、説明責任に関して経営陣が適切な姿勢を示すこと、サイバーセキュリティを全社的なリスク管理戦略の必須要素として組み込むこと、最先端のセキュリティアーキテクチャへの投資、セキュリティ侵害の影響を抑制するための手順の策定などが含まれます。さらに、「積極的な防御」アプローチの導入に向けて、従業員、プロセス、システム、組織設計の全てにわたる体系的なテクノロジーリスク分析に力を注いでいます。 

また、脆弱性の特定と全体的なテクノロジーリスク管理の改善を目的として、意図的に自社のITシステムへの侵入を試みる企業が増加しています。例えば、Tesla社は賞金を出して、自社の車両のセキュリティを侵害するようハッカーに呼び掛けています。侵害が特定されると、必要に応じて車両に自動セキュリティ修正が届きます。これには、自動車メーカーが費用のかさむリコールや評判の失墜を回避できるというメリットがあり、製品に対する顧客の安心と信頼を高めることにもつながります。 
 

4. 適切なデジタル能力とスキルセットを構築する

もう1つの民間企業の重要な優先課題は、人材の新規採用によるデジタル能力の強化と、新しいテクノロジーを成長とイノベーションの促進に活用するために必要なスキルセットを既存の従業員に習得させることです。 

EY CEO Outlook Pulse
の民間企業が、従業員が新しいテクノロジーを業務に活用できるように、従業員の再研修とスキルアップを実施しています。

EY CEO Outlook Pulseによると、民間企業の65%が、従業員が新しいテクノロジーを業務に活用できるように、従業員の再研修とスキルアップを実施しています。さらに、半数超(60%)が、迅速に新しいテクノロジーを取り入れ導入するために、イノベーションと研究開発に投資を集中させています。例えば、義手などを切断患者のために製造する英国企業、Open Bionics社は、デザイン思考と3D印刷を活用し、子供にとって魅力的な義肢である、いわゆる「ヒーローアーム」を作成しました。同社は保護者との話し合いを通じて、若年の切断患者が、いじめや偏見のために義肢の使用を避けていることを知りました。また、義肢の費用と重さも懸念される一因でした。これらの問題を解決するために、同社は3D印刷技術を利用して、同様の製品よりも5割安く、見た目が魅力的で機能性に優れた軽量の義手を開発しました。

民間企業において、最高技術責任者(CTO)は多面的な職責を担わされており、CTOの役割はさらに増大しています。このような新たな職務には、多くの場合、製品とプロセスの最適化、カスタマーエクスペリエンスの向上、ビジネスリスクの軽減などが含まれます。また、IT部門が経営幹部の戦略的パートナーになることを目的としたトランスフォーメーションの取り組みが増加しています。これには、IT部門が必要とする能力を評価し、必要に応じて外部のパートナーから専門スキルを持つ人材を受け入れることが含まれます。


EY 7 Drivers of Growth

EY 7 Drivers of Growthは、EY Entrepreneur of the Year™受賞者を含む、レジリエンスと⾼成⻑を達成している何千もの企業が実証してきた知見を凝縮した、検証と実践を経た確かなフレームワークです。事業の存続、構築、変革のための戦略を多⾯的に捉えることを可能にし、事業を成功に導きます。

 

EY 7 Drivers of Growth

5. デジタルイノベーションと実験を奨励する 

民間企業は、成長を追求する中で、組織全体にわたり、デジタルイノベーションと実験の奨励に優先的に取り組んでいます。民間企業には、すでにアントレプレナーシップという特質が備わっていますが、デジタルイノベーションというテーマを追求するには、アジャイルでデータドリブンな、実験に基づいた文化を醸成する必要があります。その中で、実験を分析的アプローチにより実行する従業員を報奨する企業もあります。例えば、米国を拠点とするソフトウェア会社のAdobe社は、「Kickbox」という名称の独特なイノベーションプログラムを立ち上げ、若手社員に型破りな新しいアイデアを提案するよう奨励しました。イノベーションを起こすために資格は不要で、全ての新しいアイデアに対して、プロトタイプ作成用の予算1,000米ドルが事前承認されます。従業員は適切だと考える使途に資金を自由に使うことができ、進捗報告に関して厳格な規則や要件はありません。同社の年間イノベーション予算の一部は、このプログラムに割り当てられています。このプログラムから、同社のCreative Cloud ライブラリの立ち上げ、買収、既存製品の複数の新しいツールと拡張機能の開発などの成果が生まれています。

Humans@center、Technology@speed、Innovation@scale

上記で説明したテクノロジー関連の5つの優先事項全ては、民間企業にとって重要ですが、多大な価値を創造する企業は、これらの優先事項に対し個別にアプローチするのではなく、大局的なテクノロジートランスフォーメーションプログラムの一環として取り組んでいます。 

また、優れた企業は、新しいテクノロジーの導入が1回限りのものではないことも理解しています。それには、事業の中心にイノベーションを前に進めるための「筋肉」、つまり主要な動力が必要です。このような企業は、自らが片手間に実験を行っているのではないことを理解しており、事業の再構築にとって有意義なイノベーションに深くコミットしています。その結果、事業全体が速く動き、適応することができます。これらの企業にとってイノベーションは事業運営に不可欠であり、持続的な技術変革の源泉なのです。

人を中心に据え、テクノロジーを迅速に展開し、大規模にイノベーションを実行する民間企業は、テクノロジー・トランスフォーメーション・プログラムを通じて多大な価値を創造することができるでしょう。また、永続的な市場での優位性の保持と、最も困難な局面をも乗り切ることができるデジタル・テクノロジー能力も開発できると思われます。



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    サマリー

    民間企業として真に持続可能な成長を推進することは、複数の重要領域において努力を必要とする、大規模で複雑な取り組みであり、テクノロジーだけでなく、従業員、事業運営、顧客、財務、トランザクション、アライアンス、リスクにも重点を置くことが必要となります。EYの調査と世界有数の民間企業との協働を通じて、真に持続可能な成長を推進するには、これらの7つの重要なドライバーについて自社の成熟度のバランスを取る必要があることが分かりました。


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