スタートアップの成長を支えるオフィスとは――住友不動産「GROWTH」シリーズの挑戦

スタートアップの成長を支えるオフィスとは――住友不動産「GROWTH」シリーズの挑戦


不動産、ホスピタリティ、建設業界のメガトレンドを探るべく、第一線で活躍するゲストを迎えてインタビューを行う「業界トレンドシリーズ」

第4回はコロナ禍以降、オフィスの在り方が大きく変化する中、オフィスを通じたスタートアップ企業の支援を目的とし、グロースサポート事業を立ち上げた住友不動産株式会社。グロースサポート事業部長・藤島正織氏に、インキュベーションオフィス「GROWTH」シリーズの取り組みや今後の展望について伺いました。


要点
  • 再開発前の使用されていないビル等を活用し、家具付き・低コスト・小規模で提供し、シード・アーリー期の成長をサポート。
  • VCとの連携やマッチングイベント開催で、資金調達・事業提携・ネットワーク形成を支援。
  • 東京に最も多くオフィスを保有する企業として、スタートアップ支援を通じて東京を活性化し、日本経済の底上げを目指す。


スタートアップに親和性の高いオフィスで、シード・アーリー期から成長をサポート

スタートアップ企業への支援は、公的・民間の多様な部門から提供されていますが、ここ数年で特に不動産業界からサポートする企業も珍しくなくなりました。一見すると畑違いの異業種に見えますが、どのような背景があってサポートに乗り出したのか、その目的や効果などを伺います。

平井:まず、グロースサポート事業を立ち上げた背景についてお聞かせください。

藤島氏:大きく2つの背景があります。1つ目は、当社のオフィスビルはスタートアップ企業にとってラインアップ的に親和性が高いことです。住友不動産は大手デベロッパーの中では後発で、1980年代ごろからビル開発を始めました。そのため、丸の内などの超一等地には参入できませんでした。その反面、大手デベロッパーの中では価格帯的に比較的リーズナブルなラインアップも多く、さらにエリアも規模もバリエーションが豊富です。丸の内のような高価格帯エリアで入居が難しいスタートアップ企業にとって、当社のビルは現実的な選択肢となっています。

2つ目は、国による後押しです。政府により2022年「スタートアップ育成5か年計画」が策定され、スタートアップの創出を促進する流れが高まっています。オープンイノベーションに関心を持つ大企業も増えている流れの中で、私たちとしてもスタートアップを支援する役割を担う必要があると考えました。

平井:「GROWTH」シリーズのオフィスは、従来の賃貸オフィスと比べてどのような差別化ポイントがありますか。

藤島氏:「GROWTH」 シリーズは、過去 2年半で 15拠点を展開し、家具付きのオフィスを相場より安価で提供しています。最大の特徴としては、再開発で解体予定の使用されていないビル等を暫定的に活用している点です。

従来の弊社のオフィスビルは100坪程度の区画がミニマムですが、そのような大きな区画に入居できるのは、レイター期かIPOを予定しているような企業になります。「GROWTH」シリーズは1区画25坪程度のため、シード・アーリー期の企業が入居しやすく、企業の成長に合わせてより大きな区画もスムーズにご紹介することが可能です。

安部:従来のオフィスと比べると、コスト面も抑えられるのでしょうか。

藤島氏:はい。しかも家具付きで初期費用がかからないため、その分を事業成長に充てられます。規模が拡大して退去されることになっても、当社のビル内で拡張して移動される場合は家具をそのままお持ちいただくことも可能となっています。入居されるスタートアップ企業の多くは、ビルの新しさよりもアクセスの良さなど立地の利便性を重視しており、その点でも当シリーズは評価をいただいています。


さらなるシナジー効果をもたらす、成長支援ネットワーク

平井:入居企業に対して、どのような成長支援やサービスを提供されていますか。

藤島氏:オフィスの提供だけでなく、インキュベーション機能を有しており、現在15拠点中10拠点でベンチャーキャピタル(以下、VC)と連携し、相談会の提供や資金調達のサポートなどを実施しています。これまでに280社以上のスタートアップ企業に入居いただきました。

また、入居企業以外のスタートアップとも当社主催のイベントを通じて交流し、VCや事業会社とのマッチングを支援しています。 

安部:「虎ノ門サミット」などのイベントは、具体的にどのような目的で開催されたのでしょうか。

藤島氏:「虎ノ門サミット」は、当社のビルに入居するテナント約2,200社を対象に、企業とスタートアップ企業をつなぐ大規模なマッチングイベントです。事業会社とスタートアップ企業をマッチングすることで、スタートアップのスケールにつながるような役割を果たしたいという目的で開催しました。

新宿区で開催した「住友不動産ベンチャーサミット」では、昨年約2,600名に参加していただきました。スタートアップ企業にとっては、大勢の参加者の前で自社の取り組みをプレゼンする機会にもなり、資金調達や新規提携につながる事例も多数生まれているようです。

これまでさまざまなイベントに協賛してきましたが、自社でイベントを主催することで、ネットワークの拡大スピードが格段に上がりました。

平井:これまでに「GROWTH」シリーズを利用した企業の成功事例を教えていただけますか。

藤島氏:グロースサポート事業部はシード期から一気通貫で成長支援を行っています。実際、「GROWTH」入居当初は25坪だった企業が、50坪、100坪、200坪へと拡大したケースもあります。

最近は、M&Aを活用して拡大している企業が多いですね。エグジットの多様化の1つで、IPOではなくM&Aを活用や、IPOの前にセカンダリー投資や事業会社との連携を通じて大きく成長するケースが増えてきています。 業種も、不動産、人材系でオープンイノベーションをしている企業、介護、エンタメなど多岐にわたります。 


街ごとにカラーが異なる「GROWTH」シリーズ―― 大学が多い街はディープテック企業が集結

平井:拠点ごとの特徴やターゲット層の違いはありますか。

藤島氏:「GROWTH文京飯田橋」は、東大 IPC (東京大学100%出資の投資事業会社)と連携していること、東京大学のみならず東京理科大学や早稲田大学も立地が近いことから、大学発のディープテック企業が多く集まってきています。東大の周りは住宅地なので、大きなビルがありません。大学施設内も既に空きがないようです。イベント開催企業にフリースペースをうまく使いながらほぼ無償でスペースを提供するなど、交流支援を行っています。

「GROWTH京都河原町」は四条河原町の交差点にあり、京都河原町駅直結の立地を生かして、イベントスペースとしても活用しています。学生、スタートアップ企業、VCや事業会社が集う場になっています。


スタートアップ支援を通じて日本経済を活性化―― これからのオフィス事業の社会的使命

平井:今後のご展望を教えてください。

藤島氏:今後も「GROWTH」シリーズを増やしていきたいとは思っていますが、オフィスの供給には限りがあります。そのため、既存のコミュニティを活用しながら、ソフト面での支援を強化していきたいと考えています。初期投資からVCの期間満了である10年を迎えてもエグジットできない企業が増えてくると、プライマリー投資だけではなくセカンダリー投資やM&Aの支援が一段と重要になるでしょう。そうした状況の中で、当社がビジネスマッチングなどを通じて、スタートアップ企業の成長を支えていきたいと考えています。 

新居:大企業や投資家層を呼び込み業務資本提携等の機会を創出することに、御社の取り組みの意義があるということですね。日本経済全体に良い効果を及ぼすようなお話に思います。

コロナ禍でリモートワークが増え、オフィスは働く場所というよりコミュニケーションスペースのような使われ方が広がっているようにも見受けられます。スタートアップ企業のオフィス支援にあたっては、コロナ禍におけるリモートワークの影響はありましたか。

藤島氏:そうですね、コロナ禍当初は、スタートアップ企業でもやはりリモートワークが主流でした。ただ、最近ではリモートをやめてオフィスに回帰しています。スタートアップ企業にとっては、社員が集まって一緒に仕事をすることに価値があるのだと思います。

平井:グロースサポート事業を通して、どのような社会的価値を創出したいとお考えですか。 

藤島氏:日本経済が盛り上がるには、やはり東京から元気になることが欠かせないと考えています。東京は、日本のベンチャー資金調達の約8割を占めています。当社はその東京に9割以上のアセットを持っている企業です。東京で一番オフィスを保有している企業として、東京の活性化に力を注ぐ責任があります。スタートアップ企業と共に、日本経済の活性化を促す流れにつなげていくことが、私たちの使命です。 

新居:未来の日本を創るのは現在のスタートアップ企業だと思います。スタートアップ支援によって未来に向かい、共に成長していくということですね。

藤島氏:そうですね。当社は2035年までにオフィス床を現在の160万坪からあと60万坪増やす目標を掲げています。オフィス事業は日本経済が活性化することで伸びていく産業です。これから成長していくスタートアップ企業と早期からつながりを持ち、支援することで、日本の未来を支える存在でありたいと考えています。


平井 清司、新居 幹也、安部 里史、藤島 正織 氏

向かって左より

EY Japan インフラストラクチャーセクター EY-Parthenonリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 トランザクション・リアルエステート アソシエートパートナー 平井 清司

EY新日本有限責任監査法人 不動産・ホスピタリティセクター ナレッジリーダー パートナー 新居 幹也

EY Japan 公共・社会インフラセクター 監査サービス・マーケットリーダー/不動産・ホスピタリティ・建設セクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー 安部 里史

住友不動産株式会社 ビル事業本部 グロースサポート事業 部長 藤島 正織 氏


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サマリー

スタートアップ企業のサポート事業を立ち上げた住友不動産は、単なるオフィス提供にとどまらず、VCや事業会社とつながるさまざまな機会を創出し、企業の成長をサポート。日本経済の成長によって拡大するオフィス事業にとって、日本の未来をつくるスタートアップとのつながりと成長支援が将来のキーテナントの育成にもつながり、重要な成長戦略の一役を担っています。


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