EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYパルテノンは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
要点
不況の暗雲が広がる中、防御態勢を取り、不景気に備えるべきだと考える消費財メーカーや小売企業は多くありますが、これをイノベーション、費用効率、ブランド差別化に投資する機会と捉える企業こそが、より強い体制を整え、飛躍できるでしょう。
インフレの持続、金利の上昇、市場のボラティリティは、世界的な景気後退が迫っている、またはもうすでに到来していることを示しています。エコノミストによると重要な問題点は、景気後退が短期間で軽度なものなのか、あるいは長引いて深刻化するものなのかという点です。
消費財メーカーや小売企業は、物価上昇が家計に打撃を与える中、コスト上昇と消費者需要の鈍化との板挟みになる恐れがあります。経営陣は、インフレの長期化、金利の上昇、世界同時不況が発生した状況を含む複数のシナリオと、シナリオごとの事業への影響について検討する必要があります。
過去の景気後退期の事例から得られる教訓は有益である一方、現況とは多くの点で異なります。しかし、過去の不況の経験から分かることは、単純なコスト削減や価格引き下げに頼るのではなく、広告支出を維持し、製品ポートフォリオの差別化を図るなど、積極的な姿勢を取る消費財メーカーや小売企業が不況下でも価値と利益を持続させる道を見いだせるということです。
このような企業の例としては、レゴ、ネットフリックス、ウォルマートなどがあり、これらの企業は、新製品の投入と投資を通じて2008年の不況期に成長を遂げました。1
本稿では、これまでの景気後退と今回の相違点、これから何が起こるのか、また消費財メーカーや小売企業が景気後退に備え、レジリエンスを高めるために何ができるのかについて考察します。
第1章
今回の口火は金融危機ではなく、インフレです。
消費財メーカー・小売企業の経営陣は、インフレが猛威を振るう状況下で意思決定を行っています。インフレは40年来の高水準にありますが、これは、パンデミックの初期段階に米国で実施された財政政策による需要喚起、供給制約の持続、ウクライナ情勢に起因して、エネルギー・商品価格が急騰したことによります。
世界各国の中央銀行が急激に金融引き締めを進めていますが、現状は2008年の危機時とは大きく異なります。当時の危機は、米国の住宅市場バブルの崩壊とそれに続く金融市場の混乱が引き金になりました。2008年の景気後退は、大規模な家計のデレバレッジ(負債削減)によって深刻化し、失業が広範囲に拡大しましたが、現時点では家計の借り入れ状況は比較的健全です。また、米国の失業率が50年来の低水準になっていることなどからも、労働市場は堅調だとみられます。
政策立案者は2008年の危機への対応として金利を引き下げ、支出と投資を促すための資産購入プログラム(量的緩和)を実施しましたが、今回はインフレ抑制のため、利上げによる金融引き締めに注力しています。
世界の経済情勢は、マクロ経済動向の不確実性の増大、目下の地政学的緊張、製品・労働力の供給制約によって複雑化しています。
欧州では、インフレ率の上昇が個⼈消費と企業の⽀出を圧迫し、欧州中央銀⾏(ECB)が1999年以来最も急速な⾦融引き締めを余儀なくされる中、経済活動は急速に冷え込んでいます。また欧州のエネルギー問題は特に懸念されています。エネルギー不⾜のリスクを最⼩限に抑え、エネルギー価格⾼騰から家計を守る政府対策により最も深刻な事態は回避できても、今後数年間はエネルギー供給を巡る混乱が続くとみられます。
アジアでは中国の実質GDP成⻑が急激に減速しています。ゼロコロナ政策によって家計⽀出、住宅購⼊、製造業の⽣産量が抑制され、不動産セクターの落ち込みが深刻化し、⼀部では住宅ローンの返済ボイコットが起こっています。中国における経済活動の減速の影響はアジアの主要貿易相⼿国すべてに及び、経済成⻑への下方圧⼒となっています。⼀⽅、⽇本ではパンデミック後、個⼈消費はまだ完全には回復しておらず、インフレ率の上昇が家計所得を圧迫し成⻑の勢いを鈍化させています。
⽶国では⾼インフレ環境が消費者⼼理と購買⼒に対する重しとなり、多くの消費者が貯蓄の取り崩しや借り⼊れにより⽀出を賄うことを余儀なくされています。
消費者の購買意欲は衰えていませんが、多くの家庭、特に所得階層の中央値から下に属する家庭では、物価上昇と⾦利上昇による制約をますます感じています。
消費財メーカーは従来に増して、消費者との関係の強化に投資しています。常に消費者のニーズを予測する方法を見いだし、絶えず購入体験を向上させることができる企業は景気後退期をうまく切り抜けられる可能性があります。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは世界中の消費者に甚大な影響を与え、新しい価値観や行動が急速に浸透していきました。購入する製品について入手できる情報や利用できる選択肢が増えた結果、ブランドロイヤルティが低下し、消費者は違うブランドの製品に容易に乗り替えるようになりました。製品を販売する企業に対する消費者の期待水準は高まっており、サステナビリティやウェルネス、社会問題に対する消費者の懸念も増大しています。
パンデミックがもたらした緊張の下で、消費者は自宅で仕事や買い物をすることを望み、新しい購買方法を利用するようになり、多くの人々が節約のためプライベートブランド商品を購入するようになりました。パンデミック下で身に付いた習慣の多くが、私たちが不透明な状況へと踏み出す今、役立っています。
消費者は困難な時期を見越し、すでに支出を抑制しているとみられます。EY Future Consumer Index 2022年11月版によると、消費者は将来に不安を感じており、62%が今後12カ月以内に経済が回復するとは期待しておらず、58%は今後6カ月間に生活費が増加すると予想しています。
そして消費者の懸念は消費行動の変化に反映されています。
第2章
不況は試練をもたらす一方、競争優位性を獲得する機会ともなります。
現在の情勢は、消費財メーカーと⼩売企業の双⽅に、試練と機会をもたらしています。これらのセクターの企業は、輸送コストから⼈件費に⾄るまでのコスト上昇と、物価と⾦利の上昇による消費意欲減退に伴う需要鈍化との板挟みになるでしょう。
消費財メーカーが競争優位性を効果的に発揮するためには、ブランドプロミスだけでなく、販売企業の有意義な差別化を求めている消費者との関係を再構築する必要があります。健康とウェルネス、⾼品質の材料、環境へのサステナブルな影響など、消費者が重視する分野に⾃社の製品がどのように影響を与えることができるのか、製品を通じてそのストーリーを伝える必要があります。
今⽇の消費者は複数のショッピングチャネルと膨⼤な情報源にアクセスすることができるため、企業が消費者の⽬に触れることが重要です。⼩売企業は実店舗に来る顧客向けですが、デジタルチャネルはすべての⼈が利⽤することができ、消費財メーカーは、消費者への直接販売などの独⽴チャネルの開発によりメリットを得ることができます。
企業はこのような取り組みと、テクノロジーの創造的な活⽤などの効率性向上に向けた変⾰を組み合わせることで、競争優位性を得られます。特に重要なのは、消費者との関係の抜本的な改善の基盤となり得るデジタルソリューションです。
過去の不況では、多くの消費財メーカーがコスト圧縮のために販売促進・広告費を削減しました。しかし、これを実施した企業では、景気回復後に、⾃社の「シェア・オブ・ボイス」が低下し、ブランド認知度と市場シェアが縮⼩しました。
抜け⽬のない競合他社は販売促進のための⽀出を維持し、多くの場合、市場シェアを広げるに⾄りました。多くの企業にとっての教訓は、販売促進費の削減という誘惑に抵抗し、可能であれば、シェア・オブ・ボイスを拡⼤するために販売促進・広告の予算の維持または増加をするべきだということです。
企業が⾃社ブランドに投資する際、広告予算を最⼤限に活⽤するには、発信するメッセージについて慎重に検討する必要があります。信頼性と透明性の向上、パーソナライゼーション、健康と環境の重視、利便性と価値などの消費者の価値観に沿ったアプローチが必要です。価格を引き下げるのではなく、消費者の変化する期待に対応し、消費者とつながる機会を増やす戦略に基づいて製品の刷新・プレミアム化を実施することで、製品ポートフォリオの価値を⾼めることができるのです。
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また企業にとって、価格決定は重要課題になるでしょう。インフレ環境下では、価格に敏感な消費者が支出を減らし、より安価な代替品を選択するため、企業は生産費の上昇と需要の弱さに圧迫されないよう対処し、収益性を維持する必要があります。そのため、多くの企業では、製品の価値を高め、生産性を向上させることにより、生産コストの上昇を相殺する必要があるでしょう。価格に敏感な消費者は安価な代替品を購入すると思われますが、価値を重視する顧客のロイヤルティは維持できるでしょう。一方、需要の低い製品は代替されたり、大手小売店の店頭から撤去されるでしょう。
小売業者がプライベートブランド製品を重視し、他のブランドの陳列スペース削減を進める中、消費財メーカーは消費者につながるチャネルを再評価する必要があります。巨大消費財メーカーのユニリーバは、グローバルな販売圏を拡大しつつ、消費者への直接販売分野に投資してきた企業の一例です。中国のeコマース企業、アリババと提携して新規にデジタルインキュベーターを立ち上げ、オンライン旗艦店向けに新しい美容・パーソナルケアブランドを設定し、中国の顧客へのリーチを拡大しました。3
企業はまた、新しい価値を生み出すため、高成長市場における事業拡大の機会を模索したり、価値に基づくサステナビリティ関連の成長機会や売却・スピンオフを通じた成長機会を検討したりするなど、M&Aを通じてコアビジネスの再構築を検討することも可能です。
日本のビールメーカー、キリンは、このような移行を通じて従来の飲料製品を多角化し、健康飲料企業として生まれ変わろうとしています。新製品にはプロバイオティクス飲料、茶、アルコールフリービールなどが含まれます。また、環境に関する自社のイメージ改善に投資しており、サステナビリティに配慮した包装、サプライチェーン運営、ペットボトルのリサイクルなどの新規プログラムに取り組んでいます。4
EYパルテノンができること
将来の顧客のニーズに応えるための鍵が顧客中心主義であることから、今日の世界では特に重要な課題です。これはカスタマーエクスペリエンスを高めるためにテクノロジーを導入すればよいという話ではなく、デジタルリーダーとしてビジネス運営することを意味します。
続きを読む小売企業も、需要の低い製品に対する割引価格の設定や需要の高い製品への再投資など、消費財メーカーと同様に効果が期待できる価格設定のアプローチを活用することが可能です。
流動的な環境下ですでに採用されているアプローチの例として、多くの小売企業が、2022年の第3四半期にエネルギー・輸送コストの高騰への対応において、利益率を維持するために高価格製品の価格を引き下げなかったことが挙げられます。
消費者が購入を控え、安価な代替品を求めていること、またプライベートブランドやバリューブランドへの切り替えも広がっていることを踏まえ、小売企業は、必需品ではない製品カテゴリーに価格見直しを導入することで、増収につなげることができます。実際、多くの食料品店は新しい低価格帯製品を導入し、消費者の需要を大きく取り込むことができています。
EY Future Consumer Indexによると、消費者の28%が、今後プライベートブランド製品の購入を増やそうと考えています。また、プライベートブランドの生鮮食品を試す意欲のある消費者に関しては61%に、プライベートブランドのパッケージ食品を試す意欲のある消費者に関しては53%となっています。5
他にも、小売企業が検討すべき戦略には、利益率の高い製品への集中を目的とする最小在庫管理単位(SKU)の合理化があります。さらに、在庫調達プロセスの合理化により、次のことが可能になります。
SKUの合理化が奏功した企業の例には、2008年にパーソナルケア部門の製品を再編成し、利益率の高い製品のみに注力した米国の食品・茶製品企業があります。SKUの30%〜40%が廃止された結果、在庫回転率が改善し、運転資金が削減され、事業運営が簡素化し、事業効率が向上しました。
また、小売企業には、お金と購入製品を最大限に活用する方法を消費者に伝えることで、消費者との関係を深めることができます。例えば、食品を長持ちさせ、廃棄の削減を通じてサステナビリティを推進するようなレシピのアイデアを提供することができます。一部の国では、小売企業が、一部の製品から不用な「賞味期限」表示の削除に向けた取り組みを行ったり、傷のある果物の販売拡大に取り組んでいます(この取り組みは、欧州全域が熱波の打撃を受ける中、必須となるでしょう)。
企業は、店舗展開の効率性を見直すことで、店舗関連費用の削減と、オンラインチャネルの革新のための資本再配分を、同時に達成することができます。成功している企業は、データ分析や自動化などのテクノロジーを活用し、常識にとらわれない販売員配置アプローチを導入しています。例えば、これまでにEYが協力した企業では、販売「レスキュー隊」による人員不足の店舗サポート、カテゴリーレベルの分析を通じた人員配置の改善(ey.com US)、単純労働に就労可能な学生を雇用するための特別プログラムなどの取り組みを実施しています。
一部の分野で成長戦略を実行する一方で、別の分野では財務の引き締めや効率化を進めるアプローチが、消費財メーカーや小売業者にとって有益な場合もあります。
執筆者は、EY Turnaround Management Services LLC、EY-Parthenon Turnaround and Restructuring Strategy、Managing Director、Todd FleisherならびにErnst & Young LLP、Strategy & Transactions、Manager、Amit Bakshiの本稿に対する貴重な貢献に感謝の意を表します。
不況時を、イノベーションと成長に注力するべき時と言われてもピンとこないかもしれませんが、過去を振り返ると、価値、成長、消費者を中心とするマーケティングアプローチを重視し、来たる景気後退に備えることができる小売企業や消費財メーカーは、長期的に見て競合他社をしのぐ可能性が高いことが分かります。経営陣は現在の景気後退が過去の不況とどのように異なるのかを認識する必要があります。その一方で、成長のためのイノベーションへの投資と、業務効率改善、非戦略分野でのコスト削減を併せて実行することで、過去の困難な時期を乗り切り、成功をつかんだ企業から、貴重な教訓を得ることもできます。