EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
第一生命グループは、気候変動リスクにとどまらず、自然関連リスク・機会の分析を深化。EYの支援のもとで進められた同社の取り組みや、事業・投融資の両面でのネイチャーポジティブ実現に向けた道のりを紹介します。
要点
船木:まず、第一生命グループのサステナビリティ戦略の全体像についてお聞かせください。
酒井氏:環境が大きく変化し、価値観が多様化する中、当社は未来への指針として「共に歩み、未来をひらく 多様な幸せと希望に満ちた世界へ」というグループパーパスを策定しています。このパーパスの実現に向けて、グループ一丸となってサステナビリティへの取り組みを推進しています。
重要課題として4つのコア・マテリアリティを定めています。
金融包摂や健康・医療、気候変動、自然資本、人的資本といった課題に取り組み、事業会社および機関投資家の両側面から社会価値と経済価値の協創を目指しています。
船木:サステナビリティ戦略において、最も重視されているポイントを教えてください。
酒井氏:サステナビリティ戦略を通じた企業価値の向上です。第一生命グループの強みを生かし、事業を通じた社会課題解決に取り組むとともに、その成果がどう企業価値につながっているのかを可視化することが必要だと考えています。
コア・マテリアリティの中で、例えば東南アジアでの保障提供の拡大は「Financial Well-being for All」、新規事業領域における健康・医療関連サービスは「Healthy People and Society」として位置づけています。また、サステナビリティは全社で取り組むテーマであり、社員一人一人が日々の業務を通じて自律的に実践することが欠かせません。
船木:コア・マテリアリティを設定された背景や決定プロセスについて教えてください。
酒井氏:SDGsや国際機関のレポート、外部有識者の助言を踏まえ、まず約35の社会課題をリストアップしました。その上で、ステークホルダーの関心度と当社グループにとっての重要性、そしてリスク・機会の軸に合わせてマッピングを行い、グループサステナビリティ推進委員会や経営会議、取締役会で議論を重ね、最終的に4つの分野に絞り込みました。
船木:他の生命保険会社と比較して、第一生命グループならではの特色はありますか。
酒井氏:特色としては、SDGsのグルーピングを単純に用いるのではなく、当社独自の視点で「重要だと考える社会課題」を軸に選定している点です。絞り込んだ4つの分野は、社内外への伝わりやすさ、当社の選択と集中の観点からも吟味しています。
また、英語表現を採用した点も特徴の1つです。当社はグローバルな保険グループを目指しているため、全社共通の理解を促す表現にこだわりました。
井上氏:当社では、収益性と社会課題の解決を両立させることが重要であると考えています。収益を生まない事業はある意味でサステナブルではなく、どれだけ環境・社会に良い活動であっても、収益性を毀損(きそん)する投資は行いません。この点は当社の根幹にある考え方なのですが、もしかすると他社との大きな違いかもしれません。
船木:保険会社として、環境問題をどのように捉えていますか。
酒井氏:保険引き受け面では、リスクと機会の両方があると考えています。数年前から環境変化による保険金や給付金の支払い増加リスクを分析していますが、そのリスクは現時点では限定的です。一方で、猛暑が続き「熱中症保険」を商品化するなど、新たなニーズを事業機会としています。
投融資面では、環境リスクによる投融資先の価値毀損の可能性に着目し、数年前からCVaR(気候バリューアットリスク)による分析を実施し、それに対するアクションを社内で議論しているところです。
また、2029年度までにサステナビリティ・テーマ型投融資を5兆円、そのうち環境・気候変動ソリューション投融資2.5兆円を目標に掲げています。
実際に、愛知県の水害・地震対策グリーンボンドへの投資や、先進的な木造オフィスビルの不動産投資などを行っています。東京都千代田区内幸町で建築中の複合ビルでは、世界初となるペロブスカイト太陽電池による高層ビルでのメガソーラー発電を実現予定です。自社不動産も環境創出の機会と捉え、テナント企業の皆さまにその価値をお伝えしています。
船木:自然資本の回復に向けて、グループとしてどのような貢献を目指していますか。
酒井氏:TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)の提言に基づく開示を積極的に行い、投融資先のエンゲージメントにつなげていくことが、機関投資家として最も貢献できる点だと考えています。
また、一事業会社としても、環境保全や自然資本の維持・回復に向けたさまざまな取り組みを行っています。北海道足寄町や富山県で展開している、森林によるCO2吸収を加速させる取り組み「第一生命の森」をはじめとして、今後より一層強化していく方針です。
船木:TNFD開示の取り組みについて教えてください。
長澤氏:2023年12月にTNFD Adopterに登録し、EYの支援のもとで分析を深めました。第1フェーズ(2024年度)は、投融資先の10社30拠点を対象に分析を行い、第2フェーズ(2025年度)ではデータ分析を深掘りしていくとともに、EYにシナリオ分析をサポートしていただきました。これらの分析を通じて、自然資本の状態の変化が投融資先や当社グループの投融資活動にどのようなリスク・機会として現れるのかを具体的に理解することができました。
船木:従来の気候変動リスクと比べて、自然関連リスクの分析・評価にはどのような難しさがありましたか。
井上氏:大きく2つあると感じています1つ目は、指標が多様である点です。気候変動では、GHGという明確な指標が存在しますが、自然資本は土地や大気、水など指標が多様です。自社の事業がどの自然資本に依存している、もしくは影響を与えているのかを事細かに分析しないと実態が見えてきません。
2つ目は、ロケーション(地域・場所等)への依存性が高い点です。例えば、同じ「水」でも、水が豊富なエリアと干ばつが起きているようなエリアでは、その価値は全く異なります。どの場所で事業が行われているか、地域特性に着目して分析することが難しくもあり、重要なポイントでもあると感じています。
船木:EYとの協働を通じて、どのような成果や気づきを得られましたか。
長澤氏:リスク・機会を整理し体系化できたことが最大の成果でしたが、同時に「これ自体も普遍ではない」という認識も得ました。今年度取り組んだ成果を生かし、次年度以降も定期的に見直しながら、今後も議論を深めてアップデートしていきたいと考えています。
井上氏:自然関連リスクの分析手法には現状、明確な「解」がなく、PDCAを継続的に回すことが重要だと考えています。EYの支援を含めた今年度の分析高度化の取り組みによって、膨大なデータポイントやロケーション情報に基づく深掘りした分析が実現しましたが、今後はそのデータをどう活用し、投融資先とどのような対話を行うのかを検討することが重要です。視点を変えながら分析を深め、ポジティブインパクトにつながるエンゲージメントや投資を実現したいと考えています。
長澤氏:TNFDでは、目標設定や全社的なリスクへの統合といった難しい課題も提言されています。リスク管理部門や運用部門などを巻き込み、社内全体で自然資本への取り組みを強化していきたいですね。
井上氏:取り組みを「ナラティブ」に伝えることも重要です。企業価値向上のための活動を、動画などを通じてわかりやすく発信していくことも有用だと考えています。自然資本・生物多様性の保全に取り組まなければ、企業経営そのものも危ぶまれるという意識が広まれば、社会全体の取り組みも進むのではないかと思います。
船木:今後、ネイチャーポジティブの実現に向けて、どのような移行計画をお考えでしょうか。
酒井氏:事業会社としては、2040年までに温室効果ガスの排出量について「ネットゼロ」を目指す計画を策定しました。これは、日本の金融機関では初の試みになります。国内の第一生命保険では再エネ・省エネ化を積極的に進め、2022年度にRE100※1を取得しています。機関投資家としても、2050年での「ネットゼロ」達成を目指し、実効的な対話を行うことで温室効果ガスの排出削減を進め、投融資による低炭素社会移行と環境イノベーション創出の後押しを積極的に行っています。
GFANZでは第一生命保険が最上位意思決定グループのメンバーとして、個々人の取り組みや途上国への脱炭素サポートにも力を入れ、世界の金融機関と連携しながら気候変動対応をリードしています。
現時点では、気候変動に特化した移行計画になっていますが、将来的には自然資本の要素を織り込んだ形で、移行計画を検討していく必要があると考えています。
小森:気候変動は1.5度シナリオ等フレームワークが整い、かつ、国家単位のエネルギー政策にも関連する一方、自然資本については個別企業が依存・影響するロケーションがそれぞれであり、まだダイナミズムは見えないところがあると感じています。気候変動と自然資本の取り組みを統合的に進める上で、課題や機会をどのように考えていますか。
長澤氏:統合的に推進するには、両者の関係性を再整理する必要があると考えています。
井上氏:社会課題が大きければ大きいほど、必要となる経済的な手だても大きくなり、ビジネス機会が生まれます。気候変動については、すでに収益性のある案件も出始めています。ネイチャーファイナンス※2もまさにその一環で、私たち機関投資家の出番だと考えています。
今、どのような課題があり、それにどのような対応をするのか。専門家の方々とディスカッションしながら、機関投資家としてこの新たな潮流をけん引していきたいと考えています。
小森:お話を通じて、第一生命グループがサステナビリティを“経営の中核”として据えていることを改めて感じました。われわれEYとしても、その挑戦に寄り添い、TNFD開示やデータ分析の高度化を通じて、御社のネイチャーポジティブ経営の実現を支援していきたいと考えています。
本日はお忙しい中、インタビューのお時間をいただき、ありがとうございました。
※1 事業活動で消費する電力を100%再生可能エネルギーで調達することを目標とする国際的イニシアティブ
※2 2030年までに自然喪失を食い止め、反転させるというネイチャーポジティブ目標に貢献し、昆明・モントリオール生物多様性枠組の実施を支援するファイナンス(世界銀行グループによる定義)
第一生命グループは、TNFD開示を通じて自然資本への取り組みを深化させています。EYと連携したリスク・機会分析により、ネイチャーポジティブ実現に向けた取り組みを加速。自然資本を育みながら、社会の豊かさと経済の成長の両立を目指しています。