EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2025年2月26日に欧州委員会へ提出されたオムニバス法案により、CSRDの適用対象企業を定める閾値(しきいち)の引き上げが検討されています。そのため、CSRDの適用対象外となる企業が多くなることが予想され、今後対応方針の見直しを進める企業も多いと考えられます。しかし、CSRDの適用対象外となった場合でも、取引先などの要求に応じて、一定のサステナビリティ情報の開示が求められる可能性があります。こうした状況の中、EFRAGでは非上場の中小企業向けの任意のサステナビリティ報告基準であるVSME(Voluntary Sustainability Reporting Standard for non-listed SMEs)の整備が進められています。
VSMEとは、非上場の中小企業向けに策定された任意のサステナビリティ報告基準であり、EFRAGが2024年12月に欧州委員会に提出しました。今後、市場の需要に応えるために、欧州委員会がVSMEを勧告という形で支持することが期待されています。その後、VSMEは委任規則として欧州委員会において採択される予定です。VSMEに関する今後のタイムラインは、EYのウェブサイト「CSRD等の最新情報」をご参照ください。
VSMEには「バリューチェーン・キャップ」が設けられており、報告義務のない非上場の中小企業がバリューチェーン情報を要求する取引先に対して、VSMEで開示している以上の情報を追加で提供する必要がないという利点があります。提案中の改訂CSRDでは、バリューチェーン・キャップとして、サステナビリティ報告目的でVSMEを超える情報の取得を制限することが示唆されています。
EFRAGは、VSMEを活用して非上場の中小企業がサステナビリティトピックに関する情報をシンプルかつ標準化された形式で報告できるよう支援することを目指しています。これにより、中小企業は過度な負担を負うことなくサステナビリティ情報を発信し、取引先からの多様な情報要求に効率的に対応することができます。ただし、VSMEは、企業のサステナビリティに関連する取り組みを能動的に開示し、ステークホルダーからの理解を深めるツールとしての国際フレームワークに基づく開示とは主目的が異なることに留意が必要です。
VSMEは、Basic ModuleとComprehensive Moduleの2つのモジュールで構成されています。Basic Moduleは、B1-B11の開示項目が設定されており、取引先等の他社のニーズを満たすために必要な最低限の開示要件で構成されています。Comprehensive Moduleは、Basic Moduleを適用することが前提となっており、金融機関や投資家、取引先から要求される可能性のあるC1-C9の開示項目が設定されています。
また、VSMEを適用する場合は、開示方法を2つの選択肢から選ぶことができ、Basic Moduleのみを適用する方法(オプションA)と、Basic ModuleとComprehensive Moduleの両方を適用する方法(オプションB)があります。
Basic Module およびComprehensive Module の詳細な開示項目は以下の通りです。非上場の中小企業にとってダブルマテリアリティ評価を実施することは負担があることから、実施しなくても対応できるよう、VSMEはそれぞれの項目に開示要求度の区分が設けられています。
表:VSME - Basic Module開示項目サマリー
表:VSME - Comprehensive Module 開示項目サマリー
企業にてVSMEの開示作成をする際は、EFRAGがリリースしたVSME Digital Template※を活用することが可能です。このテンプレートは、チェックボックスや自動集計、ドロップダウンの選択肢などを備え、VSMEに沿った開示項目を効率的に入力できる仕様となっています。同時にVSME XBRL Taxonomyもリリースされており、これによりソフトウェアやベンダーを介さずさまざまな技術形式(Inline XBRL, XBRL-JSON, XBRL-CSV)でレポートを作成することが可能となります。ただし、これらのEFRAGからリリースされているツールは、今後随時アップデートされる可能性がある点に留意が必要です。
※ "VSME Digital Template (Version 1.0.1 XLSX),” EFRAG, www.efrag.org/en/vsme-digital-template-and-xbrl-taxonomy(2025年6月16日アクセス)
以下の通り、VSMEとESRSの主な違いを整理しました。表からわかる通り、VSMEはSME(中小企業等)に対して任意でのサステナビリティ開示を促すための基準であり、開示項目数はESRSと比較して大幅に減少しています。なお、主要な相違点は以下です。
ESRSとVSMEで求められる開示要求事項の違いをより深く理解するために、両者の「水」に関する開示要求事項とデータポイントを比較しました。主要な相違点は以下です。
表:ESRSとVSMEの水に関するデータポイントの比較
オムニバス法案はじめ、サステナビリティ情報開示の制度設計や適用範囲に関する議論が続いており、日本企業にとっても先行きの不透明感が高まっています。こうした環境下では、規制における報告義務の有無にかかわらず、自社ビジネスの優位性や企業価値の向上を目指し、より戦略的な視点で対応方針を決定し、それに向けた適切な備えをすることが重要です。
不確実性が高く、見通しが立てづらい時期ではありますが、各企業の状況を想定した実務的な対応オプション(1~3)を以下に整理しました。どのオプションを採用するかを検討する際には、自社のロードマップと以下の「評価の観点」を照らし合わせて評価してはいかがでしょうか。
表:オムニバス法案によってCSRD適用対象外となる可能性がある企業向けの対応オプション
近年のサステナビリティに対する社会的な関心の高まりや、取引先からの情報要求の増加により、CSRDの適用対象外企業であっても、最低限の開示対応や情報収集体制を整備することは重要となってきています。特にサステナビリティ開示をめぐる規制動向の変化が進んでいる今、短期的な負担回避だけで対応方針を決めるのではなく、将来的な規制対応に向けた開示基盤の構築を視野に入れた検討が求められます。開示対応方法の選択肢を見極める際には、コンプライアンス対応にとどまらず、企業それぞれのサステナビリティ戦略との整合性や取引先からの信頼確保といった観点を含めた、より多面的な評価と中長期的視野での意思決定が不可欠です。
EYの気候変動・サステナビリティサービスユニット(CCaSS)では、サステナビリティ開示対応の支援をしています。今後の開示規制動向を見据えた柔軟な対応に向けて、ぜひお気軽にご相談ください。
【本稿の執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 米国公認会計士 マネージャー 山中 紗織
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 大宮 萌
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 鈴木 慧
EY Belgium Japan Business Services 公認会計士 CFA 日本アクチュアリー会 準会員 馬場 翔太
VSMEは非上場の中小企業向けの任意のサステナビリティ報告基準です。オムニバス法案により、CSRDの適用対象外となる企業は、VSMEが新たな開示の選択肢になる可能性があります。今後の開示対応の選択は、サステナビリティ戦略や取引先の信頼確保も含めた、多面的な評価と中長期的視点での意思決定が不可欠となります。