EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
データとデジタルの活用を通じた業務変革を推進する武田薬品工業株式会社(以下、武田薬品)が課題として感じていたファイナンス領域における固定資産業務の効率化。EY税理士法人(以下、EY)は、武田薬品との共創プロジェクトによって固定資産業務に特化したAIソリューションを開発し、業務の標準化を実現に向けて支援しました。
The better the question
武田薬品は、データとデジタルの力でイノベーションを起こすことを企業理念に掲げ、業務変革に取り組んでいます。高度な専門知識と経験を必要とする固定資産の資修判定業務において、効率化に課題を抱えていました。
武田薬品は、240年以上の歴史を持ち、日本に本社を置くグローバル企業です。「世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する」というパーパスの実現を目指し、(Patient)すべての患者さんのために、(People)ともに働く仲間のために、(Planet)いのちを育む地球のために、 データとデジタルの力でイノベーションを起こすことを企業理念に掲げています。この理念のもと、AIをはじめとする最先端テクノロジーを全社で採用するなど、データとデジタルの活用を通じた業務変革に全社をあげて注力しています。
あらゆる業務プロセスにおいて変革を進める中で、固定資産の資修判定業務が課題の一つとなっていました。資修判定とは、固定資産を取得する際、対象となる支出が資本的支出(資産計上)か修繕費(費用計上)かを見極める作業です。
「例えば、当社では工場の生産設備を購入した際に資修判定が必要になります。容易に判定できる場合もありますが、傷んだ配管の取り替えなど判定に迷うケースも多く、高度な専門知識と経験を必要とする作業です。そのため、属人性が極めて高い状況になっていました」と、業務の効率化を阻んでいた要因について、武田薬品 グローバルファイナンスTBSファイナンスソリューションズジャパン 森本 祥郎氏は話します。
「大型の設備投資では、100ページ以上もある見積書の項目一つひとつを読み解き、設備ごとに分類して資産区分(建物附属設備、機械等)や償却年数を整理しなければなりません。そのために、さまざまな形式で届く紙やPDFの見積書をExcelファイルに手作業で転記し、スプレッドシート上で判定作業や金額集計などを行います。製造部門だけでも、Excelファイルへの転記作業に年間1,000時間以上を費やしていました。また、複数の見積書の項目を資産区分ごとに組み替えて集約したり、どこまでを資産とするか判断したりという作業は、担当者の経験や過去の事例に基づいて行われていました」
担当者の経験によって判定の精度が変わるだけでなく、状況に応じて判定結果が異なる場合もあるため、手順や基準を文書化することは困難でした。しかし、固定資産の資修判定業務に精通したベテラン社員の定年退職が迫る中で、属人化を解消しなければならないという危機感が生まれたと言います。
長年にわたって武田薬品の財務・税務業務を支援するEYは、データとデジタルの活用を通じた業務変革の推進をサポートできないかと考え、固定資産の資修判定業務に対応するAIモデルを紹介しました。
「EYでは、お客さまの固定資産業務を支援することも多くあります。そのため、資修判定を行うAIモデルを開発し、以前から社内で運用していました」とEY Japan タックス・テクノロジー・アンド・トランスフォーメーションリーダー EY税理士法人 パートナー 上田 理恵子は説明します。
そのAIモデルにさらなる可能性を感じたと話すのは、武田薬品 グローバルファイナンスTBSファイナンスソリューションズジャパン 若林 淳子氏です。
「EYのAIモデルは資本的支出と修繕費の判定のみを行うものでした。このモデルに過去の事例を学習データとして読み込ませ、勘定科目の判定や償却年数の算出を行えるようにすれば、属人化の解消につながるのではないかと考えました。さらに、武田薬品がすでに取り組みを進めていたAI-OCRによる見積書の取り込みツールを組み合わせることで、固定資産の資修判定業務をEnd-to-Endで効率化できるかもしれないという期待を持ちました」
先進的なアイデアを既存のAIモデルとつなぎ合わせることで、固定資産の資修判定業務にイノベーションを起こす――武田薬品とEYの共創プロジェクトが始まりました。
The better the answer
武田薬品とEYのAIソリューション開発は、共創プロジェクトとして発足しました。両社の経験やノウハウを生かして協力し合う関係が、わずか5カ月という短期間での高品質なAIソリューション開発を可能にしました。
武田薬品には、創業から引き継がれる『三方よし』の精神があります。若林氏は、固定資産の資修判定業務をEnd-to-Endで効率化するAIソリューションが完成すれば社会に貢献できると確信し、「共創」での開発プロジェクトをEYに提案しました。
「『武田と一緒に先進事例を創りませんか?』と、始めは冗談まじりにお伺いしました。EYにとってはPoCを当社で行うことで判定の精度を高めることができ、支援の幅が広がるというメリットがあると考えていました」
「EYにとっても、企業の実データを使ってAIモデルの検証を行える機会は貴重でした。特に、武田薬品のような大規模な企業での運用が成功すれば、ほとんどの企業で通用するシステムを確立できるという利点は大きかったです」と、EY税理士法人 タックス・テクノロジー・アンド・トランスフォーメーション マネージャー 井上 想は話します。
武田薬品社内でこのプロジェクトの承認を得るまでには、生成AIと機械学習型AIのどちらを用いるかの議論がありました。
回答にたどり着くまでのロジックを可視化できることから、開発のベースとなるEYのAIモデルは機械学習型AIを使用したものでした。どのように回答にたどり着いたのかわからない生成AIと異なり、仕組みがわかればルールを明文化できるため、チューニングが容易に行えるという特徴があります。しかし、武田薬品社内からは最新技術である生成AIを使用したほうがよいのではないかという声が上がったのです。
EY税理士法人 タックス・テクノロジー・アンド・トランスフォーメーション マネージャー 中山 遼太はこう振り返ります。
「機械学習型AIには生成AIと異なるメリットがあり、固定資産の資修判定業務においては機械学習型AIがベストプラクティスであると説明することで、プロジェクト開始にこぎ着けることができました。結果として、データを読み込ませた後のチューニングをしやすい機械学習型AIを選択したことは、短期間でのプロジェクト成功につながったと感じています」
プロジェクトは5月にスタートし、開始当初は2カ月後の6月末をゴールに定めていたと上田は言います。
「共創プロジェクトとして取り組むからには、ゴールを定め、集中して取り組むべきだと考えていました。開始後に譲れない要件などを整理していく中で、最終的には9月末をゴールに設定し直しました」
武田薬品 グローバルファイナンス TBS イノベーションアナリティクスアンドオートメーション 竹田 惇一氏は、プロジェクトの最初の難関として、テストデータの準備作業を挙げています。
「見積書のデータを過去のファイルから取り出す作業が大変でした。項目一つひとつを手作業で入力すると、膨大な時間がかかります。しかし、EYの知見を借りながら、ノーコードツールなどを活用することで、テストデータの準備にかかる時間を短縮することができました」
一方、EYでは過去の判定結果を学習データ化する作業に苦戦していました。
「複数の担当者が制作したデータをまとめなければならず、フォーマットもバラバラでした。判定結果を抽出してまとめるのに約2カ月を要しましたが、その間にテストデータの準備などをスピーディーに進めていただけたことは大きかったです」と井上は話します。
9月末という明確なゴールを定め、チーム一丸となってプロジェクトを推進できたことが成功の鍵になったと若林氏は考えています。
「限られた時間の中で、理想と現実のバランスをどう取るのか、落としどころを見極めながら両社が役割を考えて行動していました。お互いの信頼関係と対話があったからこそ、短期間で高い完成度を実現できたのだと思います」
The better the world works
武田薬品は、プロジェクトで開発したAIソリューションの実運用に向けた準備を始めています。今回の取り組みにとどまらず、患者さんへの貢献や従業員の働き方の変革を加速するためにデータとデジタルの力でイノベーションを起こしていきます。
約5カ月のプロジェクトが終了し、武田薬品では固定資産の資修判定業務でのAIソリューションの運用を段階的にスタートしました。AI-OCR機能を実運用しながら、資修判定機能の実装に向けた準備を進めています。クラウド上での使用を可能にするための移植作業を行い、2025年11月のパイロット導入、2026年4月ごろの実装を目指します。
「現在の試算では、このAIソリューションと既存の固定資産RPA(ロボティクスプロセスオートメーション)を組み合わせれば、固定資産に関するEnd-to-Endの約80~90%のプロセスを自動化することが可能です。PDF見積書の手作業によるExcel入力、資修判定、SAPへの固定資産登録といった一連の工数を、最終的には約50%削減できると見込んでいます」と森本氏は説明します。そのために、デジタル人材によるAI-OCRのさらなる読み取り精度向上や、AIソリューションの継続的な学習・改善も行う体制を整えていると言います。
「武田薬品は研究開発、製造供給、医療従事者への情報提供に至るまで、すべての工程においてデータ・デジタル・テクノロジーを活用して患者さん・従業員・地球環境に価値をもたらす取り組みを行ってきました。これまでの取り組みと企業理念が、このプロジェクトを後押ししてくれたと感じています」と若林氏は振り返ります。
「私個人としてもファイナンス領域で社会貢献したいという強い思いがあり、他社が実現できないEnd-to-Endのデジタル化を、私たちならできるのではないかと考えて始めたプロジェクトでした。日本では少子高齢化が進み、労働人口が減少しています。AIをはじめとしたデータやデジタルを生かし、労働者がより付加価値の高い仕事に集中できる社会を作っていく。武田薬品にはその流れを作ることができる人材と土壌があります。さらに、EYの皆さんが企業の枠を超えた社会貢献につながる取り組みとして共鳴してくれたからこそ、この夢のようなプロジェクトが実現できました。今後もEYと情報交換を活発に行い、データとデジタルを活用したイノベーション領域で何ができるのか模索していきます」
「EYは、Building a better working world(より良い社会の構築を目指して)というパーパスを掲げています。社会貢献という共通の思いを持っている武田薬品がパートナーだからこそ、私たちも妥協なく理想を追い求めることができました」と上田も話します。
「特定のスキルを持った人材の不足は、日本全体が抱える社会問題です。それを最先端テクノロジーの活用によって解消を試みるという先進性は、EYのメンバーにとって大きな刺激となりました。現状維持の企業が多い中、武田薬品の皆さんはどうすれば明日の自分たちを楽にできるか常に考えている。だから、次から次へと新しいアイデアが出てきて、多くの先進事例をお持ちなのだと思います。私たちも成長し続け、このプロジェクトにとどまらずぜひ次の先進事例も一緒に作っていきたいと思います」
武田薬品とEYの共創が生む新たな発想は、より幅広い領域でイノベーションを起こす可能性を秘めています。EYは、企業の枠を超えて連携・共創し、より良い社会の構築に貢献していきます。
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テクノロジーは、現代のビジネス環境を支える基盤であり、企業の税務機能の高度化においても不可欠な存在です。特に、デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する中、テクノロジーは業務の効率化だけでなく、戦略的な意思決定を支える重要な役割を果たしています。 EYでは、先進的なテクノロジーと深い専門知識を融合させ、企業の税務機能の変革を支援します。持続可能な成長とガバナンス強化を実現するためのパートナーとして、最適なソリューションをご提供します。
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