EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
ServiceNowハッカソンは7周年目を迎えます。2025年のテーマは「Where the world puts AI to Work~AIエージェントをあなたのパートナーに~」。約30チームが参加、ServiceNow AI Platform を活用し、未来の業務や社会課題の解決に挑戦する中で、最終選考の結果、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(以下、EY)が第2位入賞を果たしました。
EYが着目したのは、「水インフラの老朽化問題」。人手作業への依存が人材不足に拍車をかけ、高まる事故リスクの実態が明らかに。これらを解決するために、EYの若手チームが⽔道インフラの予兆監視・保全計画・情報統合を実現するAIプラットフォーム「AQUA SIGHT(アクアサイト)」を開発しました。
水道普及率98%――世界有数の整備率を誇る日本の水インフラが、いま深刻な転換点を迎えています。日本の水インフラ設備は高度経済成長期に整備されたものが多く、いまや老朽化が進み、漏水・破損リスクが高まっています。日本における水道管の総距離はおよそ地球18周分という膨大な規模を誇る一方で、法定耐用年数40年以上を経過した水道管は全体の22%に達します1。この水道管の老朽化率は、さらに毎年上昇していく見込みです。
実際、全国各地で道路陥没や大規模断水といった事故が発生しています。重大事故の発生地域には、首都圏や観光地も含まれ、気候変動による自然災害リスクの影響もあります。各自治体では人口減少や地域格差により補修費用の回収が年々厳しくなり、少子高齢化による人材不足から、技術継承問題も深刻化しているといった課題も浮き彫りになっています(図1)。
図1 水道インフラの現状と課題
現場には「見えない壁」も立ちはだかっています。水道インフラの老朽化が事故の引き金となる中で、人手中心の管理はもはや限界となりつつあります。現状を把握することも熟練者の経験値に頼ることが多く、ベテラン技術者に代替すべきAIやセンサーなどの新技術が浸透せず、さらに人材確保が困難を極めています。こうした課題に対して、求められる解決手段が見えていても、自治体の財源不足、マンパワーの問題、紙媒体の情報管理などの「構造的な阻害要因」が存在します。
つまり、「人の経験と勘」だけで水インフラを持続していくのは困難であり、この壁を突破するためには、現場の知恵とテクノロジーの融合が不可欠です。EYがServiceNowハッカソンへ参加するに当たり、こうした社会課題を打開するために、テクノロジーとAIの力で解決するプラットフォームを構想・設計し、テストケースとして短期開発することを目標にしました。
水インフラの管理現場が抱える複雑な課題に対して、EYはAIと人の知見を融合する最新の解決アプローチを提示しました。設備投資が十分にできない自治体であっても、AIと人の知見が連携することで、解決の糸口となる計略を立てることが可能です。最終的に、重大事故ゼロを目指した予兆監視と効率的な保全計画の自動化を目指す設計になっています。
今回EYが開発したAQUA SIGHTでは、まずAIが現場データや過去事例の分析に基づいて予兆監視し、熟練者に気づきを与えることで、意思決定の質を向上させます。そして、紙台帳や点検記録などのアナログ情報をAIで構造化し、資産を有効活用できるようになります。さらに、自治体横断のプラットフォームで知見共有・連携を実現します。その中核となるのが、ServiceNowのAI エージェントとCMDB(Configuration Management Database)を組み合わせたアーキテクチャです(図2)。
図2 AQUA SIGHT概要図
紙の記録、センサー、IoT機器、自治体間のデータをデジタル資産化し、AQUA SIGHTで一元管理。そして、ServiceNowのAIエージェントが、膨大な情報を構造化しリアルタイムで解析、リスクの予兆を検知し、また優先度を判断し、現場に即座に通知します。さらに、自治体や関連組織を横断して知見を共有することも可能になります。
人の経験とAIの知能が連携することで、「事故を未然防止」し、「保全コストを最適化」、そして「技術継承を加速」することにより、全国の水道インフラを、AIの力で「つなぎ」、「守る」――これが、点検作業から現地対応まで網羅したライフサイクルを一気通貫で管理するAQUA SIGHTが描く未来です。紙台帳と個別システムを属人的につないでいた従来の保全作業から、新たな自動化プロセスに進化させることが、公共の安全に貢献する可能性を示唆しています。
ServiceNowハッカソンの最終選考となるプレゼンテーションでは、AI エージェントによる漏水リスク算出のデモが披露されました。そこでは、AI エージェントがCMDB内に登録された水道管を指定して解析を行い、漏水リスクのある水道管を自動でリスト化し、以下の手順で実際に画面上にリスクスコアが更新する手順を解説しました(図3、図4)。
AQUA SIGHTによる水道管リスクの解析手順
図3 デモ画面①
図4 デモ画面②
こうした一連のプロセスがすべて自動化され、従来の「経験と勘に頼る点検」から、客観的なデータに基づく効率的な水道管の保全業務へと変革するためのソリューションを例示しました。熟練者の判断をAIが補完するだけでなく、保全計画を最適化し、限られた人員で最大の効果を発揮する手法として有効です。また、事故の予兆検知サイクルを早期化し、重大事故を未然防止することにもつながります。
前述の通り、老朽化と人材不足で水道インフラが直面している事故リスクに対して、EYはAIを活用することで現場の知見を昇華させ予兆監視と効率化を実現し、重大事故を未然に防ぐ構想をAQUA SIGHTで再現しました。既存業務の暗黙知が散在する紙媒体の情報を集約して活用し、将来的には自治体同士の速やかな情報連携も、AIによる貢献余地が大きい部分です(図5)。
図5 AQUA SIGHTの価値提供
AQUA SIGHTによる情報集約と予兆分析は、水インフラ設備の点検作業の負荷を軽減し、現場のフィールドサービス業務を効率化させ、管轄自治体にもたらすコスト削減効果は大きいと考えられます。インフラ改修コストの削減によって事故リスクを低減し、水インフラの継続的な保護にもつながります。
こうして現場で長年培われた人の経験知とAIを組み合わせた統合プラットフォームが、人口減少社会における公共インフラ維持と安全確保に向けた新たなモデルケースとなる将来に、今回の発表内容が寄与することができれば幸いです。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジーコンサルティング デジタル・エンジニアリング
山本 公一 アソシエートパートナー
立花 俊樹 ディレクター
門脇 拓弥 シニアマネージャー
妹尾 進吉 シニアコンサルタント
老朽化が進む日本の水資源インフラに対し、従来の人手中心の管理は限界を迎えています。今回EYがServiceNowハッカソンで発表したAQUA SIGHTは、ServiceNowのAIエージェント開発環境を活用し、水道インフラの資産管理、予兆監視、現場対応までを一気通貫で最適化し、重大事故ゼロを目指すための新たなアプローチを提示しました。EYは社会課題の解決につながる先端テクノロジーの開発と導入を強力に支援し、ServiceNowビジネスを拡大してまいります。