関西発・半導体人材育成戦略:産官学連携で広がる半導体人材育成エコシステム

関西発・半導体人材育成戦略:産官学連携で広がる半導体人材育成エコシステム


AI時代を支える半導体産業。その成長の鍵は人材育成。産官学連携で未来を担う人材戦略を描きます。


要点

  • 半導体業界は世界的な人材不足に直面し、設計・開発エンジニアの確保が急務。
  • ベテラン退職と若手採用難が重なり、構造的な人材課題が顕在化。
  • 関西は大学・研究機関の集積を強みに、産官学連携で育成エコシステムを構築。
  • 技術者・技能者双方の不足に対応する多層的な育成戦略が必要。
  • 魅力発信、リスキリング、制度的支援で競争力強化を目指す。


世界的な半導体人材不足の深刻化

グローバル規模で半導体技術者の需要が高まり、人材不足が深刻化しています。業界団体SEMIによれば、2030年までに半導体業界で150万人の新規労働者が追加で必要になる見通しであり、業界の高齢化が進み、若手の育成が急務になると予測されています。特に不足が顕著なのはエンジニア職で、設計・製造エンジニアから中堅管理職、リーダー層に至るまで幅広い層で人材が不足すると予想されています。こうした人材不足の背景には、半導体需要の爆発的な増加があります。AI、5G、自動車などの需要拡大に伴い、それらを支える半導体需要も高まっています。このような状況は、半導体産業の成長を支える基盤である人材の確保がいかに重要であるかを示しています。

日本に目を向けると、半導体分野の技術者育成が急務であることが明らかです。関西エリアに目を向けると、有力大学や研究機関が集積しており、高度な人材の供給源となり得るポテンシャルを秘めています。しかし、企業側からは「設計・開発力を向上させるための人材確保が課題」との声が上がっており、実際の人材育成の取り組みが求められています。

このような背景の中、2025年6月には経済産業省近畿経済産業局主導で「関西半導体人材育成等連絡協議会」が設立され、産官学連携による人材育成の取り組みが動き出しました。具体的には、設計・開発部門における専門人材の育成を起点とし、産業基盤を支える人材層の形成につなげていく構想です。こうした取り組みは、半導体産業の競争力強化と地域経済の持続的発展に直結する重要なステップとなります。経済産業省近畿経済産業局 次世代産業・情報政策課長 長見康弘氏は「半導体産業の持続的な成長には、将来を支える高度で中核的な人材の育成が不可欠です。これは、日本全体で取り組むべき国家的課題であり、オールジャパンの視点で推進する必要があります。関西エリアにおいても、この領域を重点ターゲットとして、戦略的な取り組みを加速することが求められています」と述べられています。

関西半導体人材育成等連絡協議会は、産業界・教育機関・行政機関等が一体となり、日本の半導体産業の競争力を支える高度人材の育成を推進します。特に、関西が持つ設計・開発分野の強みを最大限に生かし、実践的な教育プログラムを通じて高度な専門性を備えた人材を輩出することを目指しています。こうした取り組みは、オールジャパンで進められている半導体戦略を地域から支えるものであり、将来の産業基盤を強化する重要な役割を果たします。


構造的な人材不足の背景

半導体人材不足の要因は単純ではなく、複合的かつ構造的です。

第一に、ベテラン世代の大量退職が迫っていることが挙げられます。日本の半導体産業を支えてきた熟練技術者の多くは50代後半から60代に集中しており、今後数年で退職が加速します。しかし、次世代リーダー層の育成は十分に進んでいません。特に製造現場を率いる中間管理職や、高度な設計スキルを持つエンジニアの不足は深刻です。

第二に、若手人材の採用競争が激化しています。半導体産業は、業務内容が高度で専門的なため、学生にとってキャリアのイメージを描きづらい傾向があります。新しい技術分野への関心が高まる中、半導体業界は、より積極的な魅力発信が求められています。さらに、給与水準やキャリアパスに関する情報が十分に伝わっていないことも、学生や若手技術者の志望度を下げる要因となっています。

第三に、教育機関と産業界の連携不足も課題です。大学では理論教育が中心で、企業が求める実践的スキルとの乖離(かいり)が指摘されています。結果として、採用後に長期のOJTが必要となり、企業側の負担が大きくなります。加えて、半導体分野は専門性が高く、短期間で即戦力化することが難しいため、育成には時間とコストがかかります。

株式会社SCREENセミコンダクタソリューションズ取締役 常務執行役員の樋口義之氏は自社の人材不足に関してこのように述べられています。「エンジニア全体で市況は厳しい状況ですが、特にソフトウェア人材は母数が少なく確保が厳しい状況です。今後、受注拡大や新機種開発を進める上で、人材不足が事業戦略に影響する可能性があります。採用面では、半導体製造装置というものづくりの最上流領域で世界トップシェアを誇る強みを打ち出し、魅力を伝えることが重要だと考えています。また、AIや自動化の進展を踏まえ、従来の人員増加前提の発想から、事業戦略と人材戦略を密に連動させる新しいワークフォース計画への転換が必要だと認識しています」

EYがグローバルで実施した EY 2024 Work Reimagined Survey によると、半導体や電子装置などのハードウェア業界で働くことを検討している従業員の割合は、日本ではグローバル平均の約半分にとどまっています。この結果は、日本における半導体業界への転職モチベーションが相対的に低いことを示しており、業界の魅力発信や人材確保に向けた取り組みの強化が急務であることを浮き彫りにしています。

図表1

働いてみたい異業界として半導体業界を挙げる人の割合は、日本はグローバルの約半分
出典:EY 2024 Work Reimagined Survey

こうした課題は、関西エリアにおいても例外ではありません。むしろ、関西は大規模な半導体製造拠点が少ないため、設計・開発部門の中核人材育成がより重要です。しかし、現状では九州など他地域に比べて取り組みが遅れているとの指摘もあります。産官学連携の枠組みは動き始めたものの、企業側のニーズを的確に反映したカリキュラム設計や、学生のキャリア意識改革には時間がかかるでしょう。

近畿経済産業局の長見氏は「1990年代、日本は半導体産業を世界の先頭でけん引していました。しかし現在、その構図は大きく変わり、世界に追随する立場となっています。こうした変化の中で、学生やその親世代に対して半導体業界の魅力を十分に伝える機会が限られていたこともあり、人材確保に課題が生じています。半導体産業は電子・電気分野に限定されるというイメージが根強いものの、実際には幅広い分野の専門性が求められる産業です。だからこそ、さまざまな分野の学生に半導体の魅力・可能性を伝え、業界の裾野を広げることが不可欠です。九州では半導体人材育成等コンソーシアムの活動が4年目を迎え、地域活性化に寄与しています。一方、関西ではこれまで蓄電池産業の人材育成に3年間取り組んできた実績があることに加え、さまざまな著名企業の集積、さらに京阪神を中心とした有力大学・研究機関の存在こそが強みです。こうした産業界と教育機関の連携可能性を背景に、関西は日本の半導体産業の発展に貢献できるポテンシャルを有する地域であり、その可能性を具体化するために協議会を立ち上げました」と述べられています。

SCREENセミコンダクタソリューションズ樋口氏、事業統轄部 副統轄部長の山本大介氏も「当社も近畿経済産業局が推進する関西半導体人材育成連絡協議会に参画しており、大学との協業機会を増やす取り組みに期待を寄せています。特に、中長期的な要素技術の獲得や、それを担う人材の育成ルートの確立が重要と認識しています。今後は、大学への講師派遣や、長期インターンシップの導入を検討しており、学生が現場で実体験を積むことができる仕組みを構築することで、企業が求める実践的スキルと大学教育のギャップを埋めることを目指しています」と語られています。

このように、半導体人材不足は単なる採用難ではなく、世代交代、産業構造、教育システム、イメージ戦略といった複数の要因が絡み合う複雑な問題です。


半導体人材育成の包括戦略:
人材像の明確化から産官学連携による持続可能なエコシステム構築まで

このような状況下、関西エリアの企業や教育機関は、どのようにして半導体人材育成の課題を克服し、競争力を高めることができるのでしょうか?

まず、人材育成の施策を講じる前に、「どのような人材を育成するのか」という明確な人材像を定義し、職種・専門領域ごとのキャリアパスを具体化することが重要です。成長段階に応じた育成機会や評価基準を体系的に設計することで、企業は計画的な人材戦略を実現できます。

次に、半導体産業の人材確保・定着を見据え、EVP(Employee Value Proposition:従業員価値提案)を明確化することが不可欠です。「人材・組織・報酬・機会・仕事」の5つの観点から、半導体人材特有のやりがいや社会的意義を言語化し、内外に発信することで、業界全体の魅力を高めることができます。

さらに、関西エリアの企業や教育機関が競争力を高めるためには、産官学が一体となった包括的な取り組みが求められます。

  • 第一に、人材不足への対応が挙げられます。細かくは「技術者(Engineer)」と「技能者(Technician)」に分かれ、両者が不足しています。技術者は先端プロセス領域でNVIDIAやGAFAなど大手IT企業との採用競争が激化しており、大学・大学院への魅力付けや業界ブランディング、さらに給与水準のグローバル化が不可欠です。一方、技能者は高専や職業訓練校との連携強化に加え、国内人材だけでは対応が難しいため、多様な人材が働きやすい環境づくりが求められます。関西は大学・高専の集積や産学連携の基盤が強みであり、地域として教育機関との協働、企業間コンソーシアムの形成、働き手の生活支援やキャリアパスの明確化を進めることで、日本の半導体産業の競争力強化に大きく貢献できます。

  • 第二に、企業側の積極的な関与と魅力発信が鍵となります。半導体業界は、先端技術を支える基盤産業であることを強調し、AIや自動運転、グリーンエネルギーといった先端分野を支える基盤産業であることを強調する必要があります。企業は採用広報やキャリアイベントを通じて、半導体分野で働く魅力や成長機会を積極的に発信し、若手人材の関心を高めるべきです。

  • 第三に、リスキリングとアップスキリングの仕組みづくりが不可欠です。既存のエンジニアや異業種人材を対象に、短期間で半導体関連スキルを習得できる研修プログラムを整備することで、即戦力人材の供給を加速できます。オンライン教育や企業内アカデミーの活用も有効です。

  • 第四に、地域の強みを生かしたエコシステム形成が求められます。関西には有力大学、研究機関、製造業の集積があります。これらを結びつけ、共同研究やスタートアップ支援を通じて、イノベーションを生み出す環境を整えることが、長期的な競争力の源泉となります。

半導体人材育成戦略は、採用施策にとどまらず、産官学連携による持続可能なエコシステム構築を目指します。人材像の明確化、EVPによる魅力発信、技術者・技能者不足への対応、リスキリング、地域の強みを生かしたイノベーション環境整備、そして官民連携による制度的支援が不可欠です。

加えて、スキルテック(Skill Tech)の活用が育成の質とスピードを飛躍的に高めます。AIによるスキル診断、個別最適化された学習プラン、VR/ARによる現場シミュレーション、オンライン教育プラットフォームなど、テクノロジーを駆使した教育モデルは従来のOJT依存型育成を変革し、即戦力化を加速できます。

関西エリアがこのモデルを先進的に構築できれば、日本の半導体産業の競争力向上に寄与する重要な一歩となるでしょう。


【共同執筆者】

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター

ディレクター 武市 吉央
シニアマネージャー 立澤 良和

ピープルコンサルティング
シニアマネージャー 栗山 誠

サプライチェーン&オペレーションズ
アソシエートパートナー 横田 雄一
マネージャー 大野 勇輝

※所属・役職は記事公開当時のものです。

お問い合わせ
この記事に関するお問い合わせは、以下までご連絡ください。

EY Japan Consulting TMTチーム

サマリー

半導体業界の人材不足は構造的課題。産官学連携で設計・開発の中核人材を育成し、競争力強化と持続的成長を実現します。


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