フランスTF1に学ぶ放送産業の生存戦略―日本の放送局が「データ統合」で再成長するための条件

フランスTF1に学ぶ放送産業の生存戦略―日本の放送局が「データ統合」で再成長するための条件


メディア業界再編の渦中で、日本の放送産業がプラットフォームとしての地位を確立するための方向性を論じます。

ここでは、フランスTF1が視聴者データを軸に放送と配信を統合した事例を分析し、日本の放送産業の再成長を後押しするためのヒントを得ます。


要点

  • 世界の放送産業は再編局面にあり、伝統的放送局はストリーミング企業との競争・統合を通じて、広告モデルと視聴者接点の再定義を迫られている。
  • 仏TF1は、地上波放送局でありながら「視聴者データを核とした統合プラットフォーム」へ転身し、放送と配信を横断した視聴体験設計により、広告価値と視聴接点の両立を実現した。
  • TF1成功の核心は①ログインIDによる視聴者データの安定的取得②アドテク連携による広告効果の可視化・ROI最大化③放送と配信の相互送客を前提とした視聴導線設計―の3点にある。
  • 日本ではTVerが4,100万人超の視聴基盤を有する一方、ログイン任意設計やデータ活用・広告効果検証の制約により収益性向上に限界があり、今後の再成長には、視聴者データを軸に「放送×配信×地域コンテンツ」と広告価値を統合できるかが鍵となる。


Ⅰ.世界の放送産業が迎える転換点:生き残りをかけた再編の時代

いま、世界のテレビ・メディア業界は大きな構造変化の渦中にあります。米国では、長年の老舗スタジオであるパラマウント・グローバルが2025年にスカイダンス・メディアによる買収に合意し、実質的にハリウッドの独立メジャーが再編に吸収されました。さらに、ワーナーブラザース・ディスカバリー(WBD)もネットフリックスやパラマウントの提携・統合を模索しており、放送やストリーミング競争を生き抜くために“生存連合”を組む動きが加速しています。 英国でも、民放最大手ITVが放送事業の一部を欧州最大級の有料放送/ストリーミング事業者であるスカイへ売却するとの観測が浮上し、地上波の収益モデルは大きな岐路に立たされています。

こうした混乱の中、フランスのTF1(Télévision Française 1)だけが異彩を放っています。同じく伝統的な地上波放送局でありながら、デジタル化とデータ活用を軸にした再成長を実現し、ヨーロッパの中で唯一「放送からプラットフォーム企業へ」の転換に成功したと評される存在です。 日本の放送局が将来の収益基盤を再構築する上で、TF1の歩みは極めて示唆に富む事例ではないでしょうか。


Ⅱ.TF1+の成果:放送局がプラットフォームに生まれ変わった例

フランスのTF1は2024年初め、見逃し配信サービス「MYTF1」を全面的に刷新し、無料動画プラットフォーム「TF1+」を立ち上げました。映画・ドラマ・オリジナル番組・スポーツ・ニュースを包括的に提供し、月間利用者数は2025年9月時点で4,100万人(前年同月3,370万人から21.6%増)に拡大しています。これはフランスの人口(約6,900万人・注1)を考えると驚異的な数字です。 同年1~9月期のデジタル広告収入は1億3,400万ユーロ(約220億円)と、前年同期の9,500万ユーロ(約155億円)から40.5%増加しました。欧州全体の広告市場が横ばい、あるいは微増で推移する中で、単一局としてこの成長を実現している点は異彩を放っています。 

この成功の核心には、「データ」と「統合」があります。TF1+は会員IDを基盤に、欧州大手のアドテク企業FreeWheelやThe Trade Deskと連携し、ユーザーの視聴履歴や興味・関心の統合分析に基づく「アドレサブル広告(Addressable Ads)」を実装しました。番組でも広告を差し替えることで、個人単位で広告を最適化しています。

その結果、平均広告単価(CPM)はTF1+が13.5ユーロと、TVer(6秒1,900円~/15秒2,500円~)と大きな差はありません。しかしTF1+は1時間当たりのCM枠が現在の5分から2026年には6分へ拡大予定であり、CPMも15ユーロに値上げする予定です。 つまりTF1+はCMチャンスがTVerより多いにもかかわらず、同水準かそれ以上のCPMを維持しており、時間当たりの収益性が高いのです。これは広告効果をリアルタイムで計測できるため、ブランド広告・販促広告双方で再投資が生まれ、結果として広告収益全体を押し上げている、つまり広告主が“時間当たりの広告ROIが高い”と評価しているためだと考えられます。 

さらに、TF1は地上波と配信を完全に連動させ、番組放送直後の配信や配信限定スピンオフによって視聴者の回遊を促進しています。つまり、見逃し配信だけでなく、リニア放送と配信の相互補完ができ、お互いのサービスで視聴者を取り合う構造から脱却しているのです。 加えて2026年にはNetflixとの提携により、同プラットフォーム上でTF1チャンネルの国内配信を開始する予定であり、放送・配信・国際展開を一体で設計する新モデルが構築されつつあります。つまり、大手プラットフォームとの「競合」から「協業」へと賢く戦略をシフトしているのです。


Ⅲ.日本のTVer:共同モデルゆえの安定と限界

日本の民放などが共同で運営するTVerは、2025年1月時点で月間利用者数4,100万人を超え、見逃し配信としてはかなり定着しています。 ただし、収益性という観点ではTF1+とは大きな差が見られます。TVerの広告は近年「デモグラフィックターゲティング(性別・年代・地域)」および「番組ジャンル別」を導入しているものの、ログインが任意であるためユーザーIDの精度がTF1と比べて低く、個人単位の行動履歴を活用した精緻なターゲティングによる広告媒体には至っていません。 結果として、TVerの時間当たり収益性はTF1+やYouTubeなど海外主要配信プラットフォームと比べると見劣りしています。 広告主が得られるデータも、再生回数・完視聴率・ユニークリーチなど集計ベースの指標が中心であり、購買行動やブランドリフトとの連携は限定的です。例えばPontaとの購買データ連携は2025年8月に開始したばかりで、広告としての効果検証・証明にはまだ時間を要する状況です。 こうした慎重な設計は、放送法や個人情報保護法など日本の法規制の下で安全に運営するための判断でもあり、一概に遅れているというわけではありません。つまりTVerは視聴者保護を前提とした“信頼性重視モデル”として、ある種放送と同じ社会インフラの役割を果たしています。一方、データ活用と広告収益化に振り切る欧州モデルとの差が出やすくなっている点は否めません。


Ⅳ.営業体制の進化:日本でも始まった放送・デジタルの統合

近年、日本の主要放送局も放送広告とデジタル広告の統合を本格的に進めています。かつては放送営業(スポットCM・番組提供)とデジタル営業(TVer・YouTube・FODなど)が別組織でしたが、2020年以降は各局で統合・再編への試みが見られます。 放送局各社によって部署名は異なりますが、一般的にメディアを横断した営業体制の構築、またコンテンツビジネス部門の設立などにより、従来の時間軸ベースの「編成」から、コンテンツ中心のビジネス運営へと変わろうとする意思が見られます。 このように組織上、デジタルと放送の垣根は確実に低くなりつつあり、クライアント対応や販売パッケージも「テレビ+デジタル」で提案されることが増えています。ただし、実務レベルでは依然としてKPIや営業文化の違いが残っているのではないでしょうか。一般的には、放送営業は「視聴率・ブランド露出」、デジタル営業は「効果測定・CTR・ROI」を重視する傾向があり、同じ広告でも目的や評価軸が異なる印象があります。このギャップを埋める「統合KPI」や「共通データ分析基盤」の整備が今後の焦点となり、各局が動いているところです。


Ⅴ.TF1+から学ぶ示唆:日本の再成長への処方箋

TF1の事例は、日本の放送局が次のステージに進むための重要なヒントを与えています。共通する課題は「放送の延長線上にあるデジタル」から「データを核にした統合メディア事業」へどう転換するかという点です。 そのための具体的な方向性は、以下の3点に集約できると考えます。

  1. ログイン必須化と個人ID基盤の確立: ユーザーIDを安定化させ、視聴履歴や嗜好データを安全に活用できる仕組みを整えることで、ターゲティング精度を高めることが重要です。これによりCPM単価を上げ、広告ROIを明確化できます。ログイン必須化によりTVerでは一時的な視聴数減少が予想されるため、変更に踏み切るハードルは高いですが、長期的な視点で移行のタイミングを慎重に設計することが求められます。

  2. アドテク企業との連携拡大と透明なデータ活用: プライバシーに配慮しつつ、広告効果をリアルタイムで可視化できる環境を整備することが重要です。TF1のようにブランドリフトや購入意図まで測定できれば、広告主の投資意欲を継続的に引き出せます。TVerでもアドレサブル広告の実証実験を行うなど技術的には実現可能な段階に差し掛かりつつあり、今後の展開が期待されます。

  3. 放送・配信・地域を横断したコンテンツ戦略設計: 地上波の信頼性、TVerの全国リーチ、地方局の地域コンテンツを一体化し、視聴時間と接点を最大化する広義の「放送圏統合」が、海外勢との競争力を高める鍵になると考えられます。
     

Ⅵ.結論:放送の終焉ではなく、再定義の始まり

世界の放送産業が再編の波にのまれる中で、伝統的な放送局であるTF1は“地上波からプラットフォーム”への転身によって、収益と存在意義を同時に取り戻しました。日本のTVerも4,100万人超の視聴者という強力な基盤をすでに持ち、次の成長フェーズを迎えています。 今後、ターゲティングと広告データの精度を高め、放送と配信の枠を超えた統合ビジネスを設計・実装することができれば、日本のテレビ産業は再び強い競争力を取り戻せると信じています。TF1が示したのは、「伝統的な放送局でも収益を上げられる」、さらに言えば「グローバルプラットフォーマーとも十分戦える、あるいは協業できる」という希望です。

その道筋を現実のものにすることが、いま日本のテレビ業界に求められているのではないでしょうか。

注1: 外務省「フランス基礎データ」、www.mofa.go.jp/mofaj/area/france/data.html(2025年12月2日アクセス)


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EY Japan Consulting TMTチーム

サマリー

フランスTF1は視聴者データを軸に放送と配信を統合し、広告価値と視聴接点を同時に引き上げることで持続的な成長を実現しました。日本の放送産業もデータ統合と視聴導線の再設計を進められれば、国内外で再び強い競争力を取り戻すことが可能です。



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