EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
近年、メディア・エンターテインメント業界を取り巻く環境は、大きな転換点を迎えています。グローバル配信プラットフォームの台頭、視聴行動の多様化、収益源の分断と複雑化などにより、従来のビジネスモデルや経営管理の前提が大きく変化しています。
多くの企業が「ヒットが出にくくなった」、あるいはヒットしても「収益化が難しくなった」と感じていますが、問題の本質は、必ずしもコンテンツの質や個別の成功・失敗のみにあるのではなく、コンテンツをどのように“経営として扱っているか”、すなわち投資と回収をどのように捉え、どのように管理しているかという点にあると考えられます。本稿では、メディア・コンテンツ産業において従来型の経営管理がなぜ機能しにくくなっているのかを整理した上で、今後求められる経営管理の方向性について論じます。
Netflixをはじめとするグローバル配信プラットフォームは、なぜこれほどまでに強い競争力を有しているのでしょうか。その要因は、単なる技術力や資本力にとどまりません。複数国・地域にまたがる圧倒的な会員数とそこからの収益を背景に、単一市場の採算に縛られない長期投資が可能であること、配信基盤からユーザーインターフェース、課金、視聴データ取得までを一気通貫で掌握していること、そしてIPを「調達・囲い込むべき戦略資産」として位置づけている点が大きな特徴です。
一方、国内のメディア企業は、コンテンツ制作の担い手として高い能力を持ちながらも、配信権料や契約条件を後追いで受け入れる構造に置かれやすくなっています。その結果、IPを育成・展開する主体から、グローバルプラットフォーム向けの制作・供給主体へと立場が相対的に押し下げられるリスクが高まっています。これは個社の交渉力や努力の問題というより、投資と回収をどう設計・管理しているかという構造的な問題と捉える必要があります。
もう一つの大きな変化は、収益構造の多層化・長期化です。現在、一つのコンテンツは、放送、配信(SVOD・AVOD)からだけでなく、広告、二次利用、海外販売、商品化など、複数のチャネルで価値を生み出します。しかし、その収益は異なるタイミング・異なる単位で発生し、管理上は分断されがちでコンテンツベースでの収益が見えにくい状態であると考えられます。
つまり、多くの場合、コストは作品単位で把握されている一方、収益はチャネル別・権利別に管理されています。この結果、「どのコンテンツが、どこで、どれだけ価値を生んだのか」という因果関係が見えにくくなり、成功・失敗の検証や学習を十分に行うことが難しいのです。損益は算出できても、その結果が次の投資判断になかなか生かされず、結果として、「何となく前年踏襲」の資源配分に陥りやすくなっています。
海外では、コンテンツを「制作物」ではなく「投資対象」として捉える考え方が一般化しつつあります。企画段階から、収益性や回収期間、IPとしての拡張性、ポートフォリオ内での位置づけまでを踏まえて評価し、制作判断が下されます。
その象徴的な仕組みが、いわゆる欧米では一般的になっているGreen Light Committeeです。企画・制作部門だけでなく、財務、法務といった複数の視点を交え、コンテンツの質だけではなく、リターンとリスクのバランスを議論した上でGo/No-Goを判断します。ここで重視されているのは「確実に当たるか」ではなく、「一定の失敗を織り込みながら、成功確率を構造的に高めているか」という点です。この意思決定構造そのものが、結果としてグローバルプラットフォームに依存しすぎない交渉力の源泉になっています。
従来型の経営管理がかみ合わなくなっている背景には、大きく三つの断絶があります。第一に、管理単位の断絶です。いくらコストを使ったかは把握できても、どのような判断に基づく投資だったのか、期待していたリターンは何だったのかをうまく説明できないケースが少なくありません。
第二に、収益帰属の断絶です。チャネル別に収益を管理する一方で、どのコンテンツが価値創出に寄与したのかが見えず、結局「もうかった・もうからなかった」という議論が感覚論に陥りがちです。
第三に、意思決定との断絶です。コンテンツ別損益を算出しても、それが次の投資判断やシリーズ化・打ち切りの判断に十分接続されていません。二次利用の価格設計も、販売論点として個別最適化され、投資回収の学習につながりにくい状況が見られます。
コンテンツ産業はヒットする打率が極端に低い産業です。重要なのは、個々の作品で「当たりを当てる」ことではなく、当たりが生まれ続ける状態をいかにしてつくるかです。そのために鍵となるのが、管理の可変設計です。
具体的には、最初から厳密な管理を行うのではなく、(試行性が高く、初期段階においては収益性の予測や厳密な管理が難しい領域もありますが…)試行を優先するフェーズ、兆しを見極めるフェーズ、価値が見えた段階で集中的に投資・管理するフェーズへと、管理の目的や密度を切り替えていく考え方です(経営管理の高度化)。粗く管理された多数の試行の中から兆しを検知し、育てるべき対象を見極め、IPやシリーズとして価値を最大化する。このプロセスが成立して初めて、厳密なROI管理が意味を持ちます。
経営管理高度化の方向性は、以下のような段階的整理が可能です。
レベル1では、組織別・番組別の実績把握にとどまり、事後的な説明・報告が中心となります。
レベル2では、部分的なコスト管理や収益管理が行われるものの、全体最適には至りません。
レベル3では、作品単位での収支可視化が進み、改善点の特定が可能になります。
レベル4では、企画段階で投資可否を判断し、長期回収やIP価値最大化を前提とした意思決定が行われます。
レベル5では、外れを織り込んだ前提で複数コンテンツをポートフォリオとして管理し、成功確率と資本効率の両立を図る段階に至ります。
多くの国内事業者は依然としてレベル2~3にとどまっていると推察されており、投資意思決定と回収管理の高度化が重要な課題となっています。
その実現に向けて重要なのが、「制作管理」と「投資管理」を意図的に切り分けることです。制作は作品単位で品質・進行・予実を管理しつつ、経営としてはIPやシリーズ単位で累積キャッシュフローや回収期間を管理します。
二次利用は「赤字を後から補うもの」ではなく、投資時点で回収戦略の一部として設計されるべきです。想定回収水準や回収期間を明示し、実績との差異を検証することで、創造性と資本規律は両立可能になります。
良いコンテンツは、最初から分かりやすい正解の形をしていないことが少なくありません。未完成な芽が試され、見逃されず、当たった時にきちんと育てられる。そのような「場」を用意できるかどうかが、これからのメディア・コンテンツ産業の競争力を左右します。
経営管理は創造性やクリエイティブ性・アートの敵ではありません。むしろ、価値が生まれ続ける構造を支える装置として再設計されることが、連続した再現性のある経営に結び付くのです。
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メディア・コンテンツ産業では、ヒット創出そのものよりも、当たりが生まれ続ける仕組みづくりが重要になっています。作品別収支の可視化にとどまらず、IP単位で投資と回収を管理し、試行から重点投資へつなぐ経営管理への転換が求められています。