2022年6月30日
失敗しない財務デューデリジェンスの活用方法

失敗しない財務デューデリジェンスの活用方法

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2022年6月30日

M&Aの規模および件数が増加傾向の中、今後新たに関与される実務担当者の方も多いと思います。本稿では、短期間で大量の情報を分析し判断を求められるM&A実務における買収を目的とした財務デューデリジェンスを取り上げ、検出事項の活用方法案について紹介します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ストラテジー・アンド・トランザクション

米国公認会計士(ワシントン州) 三土和正

当法人にて、日系大手グローバル企業および外資系企業の会計監査業務および非監査業務、IPO業務に従事、大型のクロスボーダーM&A案件に複数関与し、PMI業務に従事。その後財務アドバイザリーグループを経て、現部門に所属。現在は、西日本地区のライフサイエンス業界を中心に、主にクロスボーダーM&A業務における財務デューデリジェンスおよびPMI業務に従事している。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) アソシエートパートナー。

要点
  • M&Aの規模および件数が増加傾向の中、今後新たに関与される実務担当者の方も多いと思われる。
  • 短期間で大量の情報を分析し判断を求められるM&A実務においては、消化不良という落とし穴に陥るリスクが想定される。
  • 本稿では、買収を目的とした財務デューデリジェンスを取り上げ、検出事項の活用方法について今後新たに関与される実務担当者向けに紹介する。

Ⅰ はじめに

新たに買収目的のM&A業務に従事する機会が増える中で、財務経理の担当の方から次のお悩みをお聞きします。

① 財務デューデリジェンスのレポートが分厚くて英語なので、どこを読んだらよいかわからない。

② 専門家から検討事項の説明を受けたが、その後どうしたらよいかわからない。

③ 検討事項の対応は、社内の誰が責任をもってやるのかわからない。

④ PMI(買収後の統合作業)フェーズになって検討事項が発生したが、よく読むと財務(もしくは他分野)デューデリジェンスレポートに書いてあった。

⑤ このままでは対象会社の減損リスクが顕在化するリスクが高く財務経理としては心配だが、買収を指導する経営企画・事業部と連携ができない。

一度M&A業務に従事された方であれば、思い当たることあるのではないでしょうか。短期間で大量の対象会社の財務情報を入手分析し、社内で共有後アクションにつなげることができない「消化不良」という落とし穴がその背景にあると考えます。このような落とし穴を避けるためには、事前に財務デューデリジェンスからの検出事項の活用方法を理解することが考えられます。なお、文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 財務デューデリジェンスの活用方法

1. まずはその買収目的の確認から

活用方法の紹介の前に、M&A業務に従事される場合、まず確認すべきことは、その買収目的です。M&Aは競争優位を構築するために実施しますので、その特徴や分類を確認すると理解しやすくなります。松本茂『海外M&A 新結合の経営戦略』(東洋経済新報社、2021年 247ページ)を参照すれば、買収モデル(目的)は「既存事業の深化」のためか、「新事業の探索」のためかを分類でき、さらに競争優位構築のルートとして、規模の経済などの市場支配(外部環境)に求めるのか、市場に大きな成長が見込めない場合に組織能力(内部資源)に求めるのかに分類されるとあります。その結果、業界内での水平結合に特徴をもつ「成熟市場占有モデル」か、上流のサプライヤーや下流の販売会社の内製化による垂直結合の特徴を持つ「供給連鎖占有モデル」、新たな業界との混合結合の特徴をもつ「新市場形成モデル」、隣接事業の組み合わせの特徴をもつ「製品群拡張モデル」かに分類されます。自社の過去のM&Aの遍歴およびその目的を調査し、担当する買収案件がどのモデルに該当するのかを分析すると、買収の目的や担当案件における着眼点などもクリアになるでしょう。

買収の目的ごとの着眼点の違いとして、例えば同業や競合の買収による「成熟市場占有モデル」では、規模の経済の追求による既存事業の深化が買収の目的と考えられます。その場合、財務デューデリジェンスの観点からは、規模の拡大を支えるための対象会社の設備投資の動向や、固定資産の稼働率などの内容の把握は着眼点となるでしょう。さらに、垂直結合による「供給連鎖占有モデル」においては、事業の効率性が目的とも想定されます。財務デューデリジェンスの観点からは、効率性の目的を達成するための、調達や製造のコスト構造の詳細な把握が着眼点となるでしょう。

2. 財務デューデリジェンスの位置付け

財務デューデリジェンスは、一般には基本合意書が締結された後に実施されます(<図1>参照)。基本合意書とは、株式譲渡契約書(SPA:Stock Purchase Agreement)に先立ち、基本的な事項についての合意書に相当し、法的拘束力はなく、通常はデューデリジェンスの実施前に締結されます。財務デューデリジェンスの目的は、対象会社の株式価値に重大な影響を与える事象の有無の把握(検出事項の株式価値への反映)と、ディールブレーカー(案件を取りやめる必要があるほどの重要なリスク項目)の早期検出にあります。

図1 財務デューデリジェンスの位置付け

前述の「消化不良」の落とし穴を避け効率的に分析を行い、アクションにつなげるためには、検出事項の活用方法(<図2>参照)を利用することが実務上有効と筆者は考えます。検出事項があった場合、重要と判断された論点が解決可能かどうかを検討します。解決不能な論点であれば、ディールブレークとなる可能性があります。解決可能であれば、その論点の性質上、次の3段階での検討を進めます。まずは当該論点につき影響額の定量化が可能かを検討します。売上高の減少トレンド、一時的なコスト、潜在的な債務や、製品の不具合やリコールに関連した製品補償などの事例が該当します。これらの項目については定量化し、事業計画へ織り込むか、ネットデット項目として認識し、株式価値に反映させるよう検討します。次に定量化が難しい場合などは、株式譲渡契約書への反映を検討します。財務デューデリジェンスと株式譲渡契約書との関係では、主に特別補償、誓約事項(コベナンツ)、クロージングの前提条件、表明保証条項を活用します。株式譲渡契約書上の手当てもできない場合は、PMIでフォローするようリストアップします。例えば、買収後に財務報告体制の改善や構築が必要となるケースや、製品の単品ごとの採算管理・原価計算ができていない場合などが該当します。これらの項目につき、事前に追加で必要な対応コストが見積もられる場合は見積もり、株式価値に織り込むとともに、買収成立後速やかにPMIの中で対応できるよう準備を進めます。次に、これら段階ごとの検討内容について詳細にみていきます。

図2 財務デューデリジェンスの活用方法

3. 株式価値への反映

インカムアプローチに基づく対象会社の株式価値の算定においては、対象会社の事業価値から算出します。事業価値は、将来見積りキャッシュフローの割引計算を行い算定します。当該事業価値から、ネットデットなどを考慮後、株式価値を算定します(<図3>参照)。財務デューデリジェンスからの検出事項で定量化できた項目は、EBITDAや、設備投資、運転資本など、株式価値の算定に反映されます。有利子負債(将来の資金流出)項目の調整に関するものであれば、余剰資産や非事業用資産を加算後、事業価値から減額されるネットデットに反映させます。

図3 株式価値への反映

インカムアプローチを前提とした場合、重要な点は、定量化した検出事項について、EBITDA、運転資本、設備投資、ネットデットのどこに影響するか、見極めることが重要です。例えば製品の不具合に関する製品保証引当金の計上不足が検出されたとしましょう。その場合、当該引当金の対象取引が、経常的な性質であれば運転資本に含まれる可能性もあり、その一方で非経常的な性質であればネットデットに含まれる取扱いも想定されます。二重に考慮されることがないよう取引の性質を慎重に判断して、株式価値に反映させることが実務上重要になります。

4. 株式譲渡契約書への反映

株式譲渡契約書に関する論点は多岐にわたりますが、財務デューデリジェンスの観点からは、特別補償、誓約事項、クロージングの前提条件、表明保証条項との関係性を理解しておくと財務デューデリジェンスからの検出事項を整理しやすくなります。

財務デューデリジェンスからの検出事項のうち、前項の株式価値に反映できない検出事項について、いずれ定量的に測定が可能な項目とそれ以外に分類をします。いずれ定量的に測定可能な検討事項につき、特別補償を活用します。特別補償では、現状定量化できない検討事項につき、事後的に定量化できた段階で売手に金銭的な補償を求めます。例えば、財務デューデリジェンスの結果検出された係争中の案件などその時点で定量化できない項目が該当します。

次に、前記で、定量化ができない検討事項につき、具体的なリスクが特定されているか否かでさらに分類を行います。リスクが特定されている場合は、誓約事項、およびクロージングの前提条件を活用します。誓約事項とは、売手に誓約を求める事項であり、クロージング前の誓約事項とクロージング後の誓約事項があります。例えばクロージング前の誓約事項の典型例としては対象会社の主たる得意先との間でのチェンジ・オブ・コントロール条項(買収などで支配権の異動が生じた場合、他方の当事者により契約を解除できる規定)がある場合などに、クロージング前までに契約相手方の同意を取り付ける事例などがあります。クロージングの前提条件とは、クロージングまでに解決するべき事項の整理となります。クロージングの前提条件が充足された場合にのみ株式譲渡取引が成立します。ここで取引実行条件を定めた上で契約を締結するということは、当事者が離脱できる場合を限定することとなりますので、通常は、独占禁止法の対応などに限定されることが通例です。

最後に、検討事項のうち定量化される見込みがなく、誓約事項やクロージングの前提条件とするほど個別具体的なリスクが特定されていない事項については、表明保証条項を活用します。表明保証条項とは、売手が知り得るリスクについて売手が宣誓する条項で、売手と買手とのリスク分担を行う条項です。事例として、カーブアウト買収案件(買収対象が企業の一部の事業等である案件)で売主グループとの取引に関する経済合理性が不明確である場合があげられます。想定されるリスクとしては、買収後も不合理な条件で取引を継続せざるを得ないリスクや、不合理な条件であるがゆえに買収後の対象会社の損益に影響をもたらすリスクが考えられます。表明保証条項上の考慮としては、買手にとり不利や不合理な取引条件がない点や、取引継続に関して表明保証条項の対象とする取扱いなどが想定されます。

5. PMIでのフォロー事項

それでは最後に財務デューデリジェンスの検出事項のうち、PMIでのフォロー事項についてみていきます。ディール期間での各種デューデリジェンスの目的は買手にとり「失敗」しないために実施するといわれていますが、PMIの目的は、本来の統合目的を達成し利害関係者の評価を得ることでありディールを「成功」に導くための作業です。

PMIは、戦略統合、組織再編、財務報告などの制度の統合、システム統合、シナジー施策の立案と推進など多岐にわたりますが、ここでは財務報告に関するPMIについて説明します。

財務報告に関するPMIを効率的に進めるためには、財務デューデリジェンスでの検出事項をしっかりと消化し有効活用することが重要です。例えば、収益性の分析に関連して、製品の単品ごとの採算管理の有無やその粒度(例:顧客別、地域別、商流別)や管理単位の情報の把握は、PMIフェーズでの財務報告に関する統合作業を行う上で、重要なインプットとなります。計数管理の在り方や方針は、会社の組織構造や文化とも大いに関連しており、当該特徴が売手と買手と異なれば異なるほど、買収後のPMI作業は大変になると想定されます。

さらに対象会社の決算報告体制や情報システムの整備状況や人員体制、各種ポリシーなどの有無の情報も、財務報告に関するPMIを効率的に進める上での有用なインプットとなります。非上場企業が買収対象となった場合、買収後の決算早期化や、J-SOXを含むガバナンスの構築で想定以上に労力がかかるというケースも考えられますので、財務デューデリジェンスの過程でそのような情報を入手できればよいでしょう。

最後に買収を検討されている場合は、財務にかかわらず統合方針や各種プロセスが買手側に整備されているかが重要となります。特に財務報告プロセスに関しては、「連結パッケージ」や「勘定体系図」「連結ポリシーおよびマニュアル」「資金管理方針」「ガバナンス方針」などに加えて、これらを導入するための「研修教材」や「トレーニングマテリアル」が、買手サイドで整備されているかが重要になります。買収案件が起こってからの整備では間に合わないことが多く、事前に点検しておくことをお勧めします。

Ⅲ おわりに-「失敗しない」財務デューデリジェンスから「成功する」M&Aへ

ここまで紹介した財務デューデリジェンスの活用方法に基づき、実際の検出項目の対応事例を考えてみましょう。例えば、対象会社の製品開発プロセスが遅延しており、計画通り発売できないリスクが顕在化しているという論点が検出されたとします。その場合の対応案としては、株式価値への反映があります。遅れによる将来の売上の減少額を可能な限り定量化し、将来見積りキャッシュ・フローに反映させ、株式価値に反映させるアクションが考えられます。

さらに、カーブアウト(事業の切り出し)対象の事業につき、スタンドアロン(切り出し後単独で事業運営できるか)問題が顕在化しているという課題が検出されたとします。その場合の対応案としては、株式譲渡契約書上において、売主からの協力を誓約事項として定め、TSA(Transition Service Agreementの略で移行期間中の売手から買手に対する業務サービス契約)の整備などが考えられます。さらにTSAの後は内製化できるようにPMIの中で対応していくことが必要となります。これらの事例で見たように検出事項を分析しアクションにつなげることで、社内の担当者との連携にも役立つと筆者は考えます。これら課題への対応案は画一的なものではなく、状況に応じて異なりますのでご留意ください。

本稿では、買収を前提としたM&A実務において、まず重要なのは買収の目的の把握にある点を紹介しました。その上で、財務デューデリジェンスにおいては、短期間で大量の財務情報を収集・分析し、社内でアクションにつなげることが求められ、「消化不良の落とし穴」に陥らないことが重要である点を述べました。対策としては、検出事項の分析および次のアクションにつなげる活用方法を理解することにあり、①検出事項を株式価値に反映させるか、②株式譲渡契約書に反映させるか、③PMIでフォローするかの3段階で考えるアプローチを紹介しました。①の株式価値への反映においては、検出事項は可能な限り定量化し、株式価値への反映を検討します。②の株式譲渡契約書への反映に関しては、定量化し株式価値に反映できない検出事項においては株式譲渡契約書に反映させるよう検討します。いずれ定量化できる事項については特別補償、それ以外で、リスクが具体的に特定されている事項については、重要度に応じて、誓約事項またはクロージングの前提条件の対象とします。誓約事項またはクロージングの前提条件の対象とするほど具体的に特定されていないリスクがある場合には、表明保証条項の対象とします。

③のPMIでのフォローの段階では、財務デューデリジェンスでの検出事項で株式価値にも株式譲渡契約書にも反映ができない場合は、買収後のPMIにおいて速やかにフォローできるよう準備します。

これらの対応課題は、クロージング後のDay1から速やかに対応できるようディールの序盤から関係者間でしっかりと情報共有・準備を行い、速やかにアクションにつなげます。

これらの活用方法を上手に利用することで財務デューデリジェンスからの検出事項を「失敗せず」アクションにつなげることができ、PMIを通して「成功する」M&Aにつなげることができると筆者は考えます。

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サマリー

M&Aの規模および件数が増加傾向の中、今後新たに関与される実務担当者の方も多いと思います。本稿では、短期間で大量の情報を分析し判断を求められるM&A実務における買収を目的とした財務デューデリジェンスを取り上げ、検出事項の活用方法案について紹介します。

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