Social insurance and labor update vol. 9 ― 賃金のデジタル払い制度導入について

令和5年4月1日に労働基準法施行規則の一部を改正する省令が施行され、資金移動業者からの厚生労働省による指定申請の受付が開始されました。指定資金移動業者(〇〇Pay等)は厚生労働省が定める賃金の確実な支払いを担保する厳しい要件を満たした業者です。令和6年8月に第一号が指定され、令和7年6月現在、厚生労働省の指定を受けた〇〇Pay等の決済サービスを提供している指定資金移動業者は4社となりました。
制度の概要

賃金の支払いには労働基準法のもと、通貨払い・直接払い・全額払い・毎月払い・定期日払いの5つの原則があります。これらのうち、通貨払いの原則により雇用主は従業員へ賃金の全額を現金で支払わなければなりません。
ただし従業員の同意を得た場合、従業員が指定した銀行口座への振込による支払いも認められています。現在大半の事業所にてこの例外が用いられているところですが、賃金デジタル払いも振込による支払いと同様に通貨払いの原則への例外として追加された形になります。
今回は従業員が賃金のデジタル払いを希望した場合、雇用主・従業員側にとって必要となる手続きの流れをまとめてみました。


【STEP 1】利用する指定資金移動業者(〇〇Pay)を検討する(雇用主側)

雇用主は従業員のニーズに合わせ、利用する指定資金移動業者を検討します。このとき複数の業者を導入することも可能です。


【STEP 2】労使協定の締結(雇用主・従業員側)

賃金デジタル払いの前提として、雇用主と事業所に従業員の過半数で組織する労働組合がある場合はその労働組合と、労働組合がない場合は従業員の過半数を代表する者との間で労使協定の締結が必要となります。労使協定の中で指定資金移動業者を定めておく必要があります。


【STEP 3】就業規則(賃金規定)の改定(雇用主側)

労使協定だけでは労働契約の内容とはなりませんので、就業規則(賃金規定)も労使協定の内容に応じて改定する必要があります。


【STEP 4】従業員へ賃金デジタル払いに関しての説明(雇用主側)

雇用主は賃金デジタル払いを希望する従業員に対して必要事項を説明する必要があります。この従業員への説明は雇用主から指定資金移動業者に委託することもできます。指定資金移動業者によってサービス内容が異なるため、各業者のウェブサイトにて確認することが必要です。


【STEP 5】賃金デジタル払いに関して従業員ごとに個別の同意を得る(雇用主・従業員側)

雇用主は従業員の個別の同意を確認することが必要となります。賃金デジタル払いを導入しても全ての従業員への賃金の支払い方法がデジタル払いとなるわけではなく、デジタル払いを希望しない従業員はそれまで通りの受取方法で賃金を受け取ることになります。雇用主側はデジタル払いを希望しない従業員に対して決して強要してはなりません。従業員は賃金のデジタル通貨払いに関して同意する又はしない旨を書面又は電磁的記録(メール等)にて雇用主へ伝えます。また、この際に雇用主は賃金のデジタル通貨による受取りを希望する従業員から資金移動で必要となる情報を収集しておきます。
資金移動業者口座への賃金支払いに関する同意書(参考例)厚生労働省


【STEP 6】指定資金移動業者への利用申請(従業員側)

従業員本人が指定資金移動業者のアプリ等からデジタル払いでの賃金の受取りを申し込みます。
賃金の一部をデジタルマネーで受け取り、残りを銀行振込で受け取ることも可能です。デジタルマネーを受け取る口座は預貯金口座ではなく支払いや送金のものとなるため、日頃の利用実績を踏まえキャッシュレス決済や送金などに使う見込みの額を設定する必要があります。デジタルマネーを受け取る口座の残高の上限額は100万円以下に定められており、上限額を超えた場合はあらかじめ従業員が設定しておいた銀行口座などに自動的に移動されます。1回のデジタルマネーによる支払い上限額は業者によって異なるため確認が必要です。また利用申請後に雇用主へ届出が必要な場合もあるので確認しましょう。


【STEP 7】賃金デジタル払いの事務処理の確認および実施(雇用主側)

賃金デジタル払いを行うための事務手続きは指定資金移動業者によって異なるため、雇用主は導入するサービス内容を確認し速やかに処理をします。


指定を受けた資金移動業者数が増え、従業員にとって賃金の受取り方法として〇〇Pay等の選択肢が増えることにより関心が高まっていくことが考えられます。

雇用主側も、賃金デジタル払い制度の導入を強制されるものではありません。雇用主と労働組合、または従業員の過半数を代表する者との間で十分に協議し決定していく必要があります。キャッシュレス決済の普及や、送金手段の多様化などさまざまな要因に関連して賃金のデジタル払いもまた一般的な賃金の受取方法の例外となっていくかもしれません。


<参考>
労働基準法施行規則の一部を改正する省令の公布について
Leaflets "Necessary procedures for receiving your wage by `digital payment’"(Multilingual Translation)
資金移動業者の口座への賃金支払(賃金のデジタル払い)について
労働者・雇用主の皆様へ_賃金のデジタル払いが可能になります

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