世界の新規上場動向 - 2022年1月~9月

EY新日本有限責任監査法人
クロスボーダー上場支援オフィス EY Startup Innovation
常盤 勇人

1. IPO市場の概況

2022年度第3四半期における世界のIPO市場の勢いは、第1四半期、第2四半期の減速の流れが継続し、上場数、調達額ともに大幅に減少する結果となりました。2022年第3四半期の世界のIPO市場では、上場数355件、調達額506.3億米ドルとなり、対前年同四半期比41%減少、56%減少と低迷する結果となり、特に米国においては、2003年以来初めての通年調達額の最低記録を更新する見込みとなりました。インフレや金利の上昇による株式市場への悪影響、地政学的な緊張やCOVID-19に関する政策が市場を複雑化させ、ボラティリティの上昇といった複数の要因が2022年第3四半期に大きな影響を及ぼす形になりました。欧州エリアの経済は景気後退の可能性が高まっており、他のエリアへの波及が懸念されています。また、英国の新首相就任や米国中間選挙、中国共産党の第20回全国代表大会などの政治要因が、2022年後半に資本市場へどのような影響があるのか注目されています。

セクター別の割合では、テクノロジーセクターが第1四半期、第2四半期から引き続き第3四半期でも上場数で首位になりましたが、IPOの平均規模では、前年の第3四半期の2億6,100万米ドルから47%減少の1億2,300万米ドルとなりました。また、調達額では、欧州において大手自動車メーカーの大型IPOが記録されたこともあり、製造業セクターが第3四半期で最も資金の調達をしたセクターとなりました。2022年1月~9月までの通年で見てみると、上場数ではテクノロジーセクター、調達額ではエネルギーセクターが首位となり、第1四半期、第2四半期から順位変動のない形となりました。エネルギーセクターでは、第3四半期では上場数、調達額ともに上半期よりも低迷したが、2022年1月~9月段階での世界上位5件のIPOのうちの3件がエネルギーセクターで占めていることが、首位維持の要因となりました。

クロスボーダーIPOについては、1月~9月時点で上場数55件、調達額48億ドルとなり、上場数58%減少、調達額90%減少という低迷する結果となりました。しかし、8月に米国と中国の規制当局間での、米国の証券会社へ上場する中国企業のPCAOB監査に関する取り決めが合意されたこともあり、今後の回復も予想されています。

また、SPAC(特別目的買収会社)によるIPOは、規制当局の監視の強化の影響もあり、第3四半期も買収先企業を見つけることが困難な状況が継続し、2016年第3四半期に記録した最小件数を下回る結果となりました。SPAC市場での上場は17件で、合計9億米ドルを調達したのみとなる一方で、買収先会社の選定を進めているSPACの社数は過去最高となりました。また、こうしたSPACのほとんどが、2023年に解散される見込みとなっています。

表1 2013年~2022年上半期の全世界のIPO活動

表1 2013年~2022年上半期の全世界のIPO活動

※2013年から2021年は通年データ、2022年は1月~9月までのデータです。
(出典: EY、Dealogic)

表2 IPO実績比較

表2 IPO実績比較

※単位:10億米ドル
(出典: EY、Dealogic)

表3 2022年1月から9月における全世界のセクター実績

表3 2022年1月から9月における全世界のセクター実績

※単位:100万ドル
(出典: EY、Dealogic)

表4 2022年1月から2022年9月における全世界のIPO企業別実績(2022年9月22日現在)

表4 2022年1月から2022年9月における全世界のIPO企業別実績(2022年9月22日現在)

※単位:100万米ドル
 

2.  南北アメリカエリア(Americas)

第3四半期における南北アメリカ(Americas)エリアのIPO市場は、量的引き締めの動きが加速したことで引き続き厳しい市場環境となりました。上場数は40件、調達額は26.1億米ドルとなり、対前年同四半期比で上場数69%減少、調達額95%減少と両者とも大幅な減少となりました。過去最高記録となった2021年とは対照的な結果となっており、過去20年の中で最低レベルまで落ち込んでおり、全エリアの中で最も昨年度から減少したIPO市場となりました。 一方で、2022年第1四半期、第2四半期と比較すると、上場数の大幅な増加はないものの、調達額は増加しました。

米国では、量的緩和や地政学的な緊張の影響もあり、2003年以来初めてIPO調達額の最低記録を更新する見込みが強くなりました。しかし、世界のクロスボーダーIPO活動においては、昨年度から減少しているものの、米国は依然としてクロスボーダーIPOの投資先としては首位の座を守っています。

2022年の第4四半期においては、11月に実施される中間選挙を控えていることにより、ボラティリティの高い状態が続くことが予想されており、加えて、サンクスギビングやクリスマス休暇の影響もあり、IPO市場は厳しい状況が続くと予想されています。一方で、金融危機などの歴史的な出来事が示すように、次第にボラティリティは落ち着き始めるとの予測もあることから、多くのIPO準備会社が様々なオプションを水面下で検討し始めており、2023年での市場環境の回復に期待をしています。

表5 2022年1月から2022年9月における南北アメリカエリアのIPO企業別実績(2022年9月21日現在)

表5 2022年1月から2022年9月における南北アメリカエリアのIPO企業別実績(2022年9月21日現在)

※単位:100万米ドル
 

3. アジア太平洋エリア(Asia-Pacific)

第3四半期におけるアジア太平洋エリア(Asia-Pacific)のIPO市場は、上場数233件、調達額347.3億米ドルとなり、対前年同四半期比で上場数23.6%減少、調達額33.6%減少となりました。しかし、インフレや地政学上の問題の影響を大きく受けなかったこともあり、2022年度第3四半期に行われたIPOの上位10件のうち、8件がアジア太平洋エリアの証券市場となり、世界のIPO市場と比較すると比較的良好なパフォーマンスとなりました。また、2022年9月時点における世界IPO上位10件のうち5件、総上場件数のうち61%、調達額の69%をアジア太平洋エリアが占めることになりました。2022年後半もIPO申請は増加傾向がなく、2023年に向けてIPO準備会社は水面下で様々な選択肢の検討が活発になっています。

中華圏のIPO市場は、上場数158件、調達額324.5億米ドルとなりました。対前年同四半期比では、上場数で2.6%増加し、アジア太平洋エリアで第3四半期におこなわれたIPOの上位10件のうち7件を中華圏で占める結果となりました。上場件数は増加した一方で、調達額で4.9%減少となりました。また、SPACにて2件上場実施されました。中国本土では、IPOの取り下げも増加しているものの、対前年同四半期比で件数が増加するなど回復している傾向もみられ、香港でも同様に若干の回復傾向がみられました。特に、香港市場では7月に1件、8月に1件の大型IPOが行われました。米中の緊張と規制の不確実性の影響もあり、今後も中国企業の中華圏証券市場でのIPO回帰の流れは2022年第4四半期以降も継続していくと予想されます。

韓国のIPO市場は、上場数13件、調達額6.2億米ドルとなり、対前年同四半期比では、上場数50%減少、調達額94%減少と大幅に低迷する結果となりました。しかし、1月に2022年9月時点で今年の世界最大のIPOが韓国で行われたこともあり、通年比では現時点で24%減少にとどまる結果となりました。

日本のIPO市場も同様に低迷している一方で、世界最大規模の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が、ベンチャーキャピタルを通じてスタートアップへ投資することを決定したこともあり、スタートアップへの投資環境が整備され、中長期的にIPOが増加すると予測されています。

表6 2022年1月から2022年9月におけるアジア太平洋エリアのIPO企業別実績(2022年9月22日現在)

表6 2022年1月から2022年9月におけるアジア太平洋エリアのIPO企業別実績(2022年9月22日現在)

※単位:100万米ドル
 

4. 欧州・中東・インド・アフリカエリア(EMEIA)

第3四半期における欧州・中東・インド・アフリカ(EMEIA)エリアのIPO市場は、地政学的な緊張によるエネルギー価格の高騰や政府の財政政策の影響を受け、EMEIAエリアのIPO準備会社は、IPO申請を延期する事例が散見されています。これらの影響により、EMEIAエリアにおける上場数は82件、調達総額133億米ドルとなり、対前年同四半期比で上場数50%減少、調達額41.5%減少と大幅に低迷する結果となりました。なお、2022年1月~9月までの通年では、上場数268件、調達額376億米ドルになり、世界のIPO市場でEMEIAエリアが占める割合は、件数が27%、調達額が26%となりました。調達額では欧州の2取引所が、上場数では1取引所が上位12取引所に入りました。しかしながら、2022年後半も厳しい市場環境が継続することが予想され、IPO市場は低迷することが予想されています。

欧州エリアにおける上場数は30件、調達額は108億米ドルとなり、対前年同四半期比で上場数71%減少、調達額29%減少と低迷する結果となりました。上場数、調達額ともに減少した一方で、第3四半期では、ドイツ大手自動車メーカーが大型IPOを達成し、同IPOが欧州エリアのIPO市場におけるアイスブレイカーの役割を果たすことが期待されています。

インドエリアは、上場数38件、調達額40億米ドルとなり、対前年同四半期比で上場数8.6%増加、調達額92.2%減少となり、上場数が若干増加したものの、調達額で大幅な減少を記録しました。

中東エリアにおけるIPO市場では、上場数14件、調達額20億米ドルとなり、前年同四半期比で上場数44%減少、調達額12%減少と低迷しています。一方で、2022年1月~9月までの調達額では2021年通期と比較すると209%増加の165.3億米ドルする形となり、EMEIAエリアで最も希望の地となりました。

表7 2022年1月から2022年9月におけるEMEIAエリアのIPO企業別実績(2022年9月22日現在)

表7 2022年1月から2022年9月におけるEMEIAエリアのIPO企業別実績(2022年9月22日現在)

※単位:100万米ドル