EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人
企業成長サポートセンター
弁護士 / 公認会計士 伊藤 貴則
令和7年7月4日、金融庁ホームページにおいて、「令和6年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等に関するパブリックコメントの結果等について」が公表されました。本件に係る政令は、令和8年5月1日から施行されます。
主な改正等の内容は、「公開買付制度の見直し」と「大量保有報告制度の見直し」ですが、本稿では、このうち大量保有報告制度の見直しについて解説します。
大量保有報告制度は、株券等の大量保有に係る情報が、経営に対する影響力や株価に重要な影響を与えることから、当該情報を投資家に迅速に提供することにより、市場の透明性・公正性を高め、また投資者保護を図ることを目的として、株券等の大量保有者に対して一定の開示を求める制度です。
具体的には、株券等の保有割合が 5%を超える者(大量保有者)は、株券等保有割合、取得資金、保有目的等を記載した報告書(大量保有報告書)を、大量保有者となった日から 5営業日以内に、内閣総理大臣に提出しなければならないとされています(金融商品取引法(以下「法」といいます)第 27条の 23第 1項)。
これまで、株券等の保有者が、他の保有者との間で、共同して株主としての議決権その他の権利を行使することを合意している場合は、例外なく「共同保有者」に該当することとされていました(改正前の法第27条の23 第5項)。なお、ここにいう「合意」には、黙示の合意も含まれるとされています。
この点、近時は、いわゆる協働エンゲージメント(機関投資家が協働して個別の企業に対して対話を行うこと)の重要性が説かれているところ【1】、上記の規定によると、協働エンゲージメントを行った機関投資家は、共同保有者と認定される結果、当該保有分も含めて計算すると「大量保有者」となってしまうリスクもあることから(同法 第 4項及び第 1項参照)、かかる規定の外延が不明確であり萎縮効果をもたらしているとの指摘がなされていました。
上記をふまえ、改正法では「共同保有者」の範囲を明確化すべく、上記のように、他の保有者と株主としての権利を行使することを合意している場合であっても、以下の 3つの要件をすべて満たす場合には共同保有者から除外されることとなりました(改正後の法第 27条の 23第 5項柱書かっこ書、同項各号)
(※1)「重要提案行為等」とは、(ⅰ)発行者又はその子会社に対する「提案」行為であって、(ⅱ)法施行令第 14条の8の 2 第 1項各号に掲げる事項【2】に該当し、(ⅲ)提案行為が発行者の事業活動に重大な変更を加え、又は重大な影響を及ぼすことを目的とするものをいいます(金融庁「株券の大量保有報告に関する Q&A」(問35))。
したがって、例えば、単に発行者の経営方針等の説明を求める行為は、そもそも上記にいう「提案」に当たらず、また、具体的な銘柄を指定することなく抽象的に発行者が保有する政策保有株式の売却を求める提案、代表取締役の後継者計画の適切な策定や運用を求める提案は、それぞれ上記(ⅱ)の事項にあたらないため、いずれも「重要提案行為等」には該当しないと考えられます。
(※2)「共同して株主としての議決権その他の権利を行使することの同意のうち、個別の権利行使ごとの合意として政令で定めるもの」に該当するためには、その合意が、(ⅰ)株主総会等ごとにする合意であり、(ⅱ)合意の対象とする議案を他の議案と明確に区別できるよう特定し、(ⅲ)当該議案に対する賛否を定めて、当該保有者及び他の保有者が当該議案について共同して議決権を行使することを内容とするものであることが必要となります(同上(問26)、法施行令第 14条の6の3))。
すなわち、例えば、複数の株主総会や将来の株主総会等における議案について包括的に合意するような場合や、対象となる議案が特定できない場合、議案に対する賛否を他の保有者に委ねる場合には、いずれもここにいう「個別の権利行使ごとの合意」には該当しないことになります。
このように、「共同保有者」に該当しない場合について明確化されたことで、当該規律による、機関投資家等による協働エンゲージメントに対する萎縮効果が低減されたものといえます。
これまで、将来現金による決済が予定されているデリバティブ取引については、大量保有報告制度の適用対象とはされていませんでした。
しかし、デリバティブ取引を利用し、大量保有報告制度を潜脱する効果を有すると評価できる事例もある等の指摘を受け【3】、改正法では、一定の要件のもとで適用対象になることとされました。
具体的には、改正法では、株券等に係るデリバティブ取引に係る権利を有する者のうち、当該株券等を取得する等の一定の目的を有する者【4】について、大量保有報告制度の適用対象としています(改正法の第27条の23 第 3項第 3号)。
上記のほか、みなし共同保有者の整理(改正法の第 27条の 23 第 6項)や、大量保有報告書の記載事項の明確化等の見直しが行われています。
大量保有報告書は、会社自身が提出するものではありませんが、上場後は株主から問い合わせを受ける場面が出てくるものと考えられます。
また、上場直後は、VC、事業会社、役員関係者などの持株比率が変動しやすいと考えられるところ、報告遅延が生じた場合には市場に与える影響が大きいため、株主側にもルールの理解・対応を促す必要があります。
したがって上場前の準備会社においても、大量保有報告制度についても理解しておくことが必要と考えられますので、留意が必要です。
【1】 金融庁「『責任ある機関投資家』の諸原則≪日本版スチュワードシップ・コード≫~投資と対話を通じて企業の持続的成長を促すために~(第三次改訂版)本文」(2025年 6月 26日)指針 4-6.において、「機関投資家が投資先との間で対話を行うに当たっては、単独でこうした対話を行うほか、他の機関投資家と協働して対話を行うこと(協働エンゲージメント)も重要な選択肢である。」とされています。
【2】 具体的には、以下のものをいいます(法施行令第 14条の8の2第 1項)。
一 重要な財産の処分又は譲受け
二 多額の借財
三 代表取締役若しくは代表執行役の選定若しくは解職又は執行役員の選任若しくは解任(次号に該当するものを除く。)
四 特定の者の役員への選任
五 役員の構成の重要な変更(役員の数又は任期に係る重要な変更を含む。)
六 株式交換、株式移転、株式交付、会社の分割又は合併
七 事業の全部又は一部の譲渡、譲受け、休止又は廃止
八 配当に関する方針の重要な変更
九 資本金の増加又は減少に関する方針の重要な変更
十 その発行する有価証券の取引所金融商品市場における上場の廃止又は店頭売買有価証券市場における登録の取消し
十一 その発行する有価証券の取引所金融商品市場への上場又は店頭売買有価証券登録原簿への登録
十二 その他前各号に準ずるものとして内閣府令で定める事項
【3】 金融審議会「公開買付制度・大量保有報告制度等ワーキング・グループ報告(令和 5年 12月 25日)」 14頁。
【4】 具体的には、以下のいずれかの目的を有する者をいいます(改正法施行令第14条の 6第 2項)。
一 当該株券等の発行者が発行する株券等をデリバティブ取引の相手方から取得する目的
二 発行者に対してデリバティブのポジションを示して重要提案行為等を行う目的
三 デリバティブ取引の相手方が保有する議決権(当該株券等の発行者が発行する株券等に係るものに限る。)の行使に影響を及ぼす目的