取締役会が確信を持ってAIのもたらす未来のかじ取りをするには

AIは、成長戦略を導き、リスクの軽減を統括管理する取締役会の視野を広げています。

上の再生ボタンを押して、映像をご覧ください。


要点
  • 取締役会は、指針の策定、既存の規制の順守、新たな規制動向の把握により、AIに対する信頼を醸成できる。
  • AIによる価値創造を促進するために、取締役会はイノベーションを奨励し、データ整備とビジネスプロセスやビジネスモデルの見直しを優先することが重要。
  • 能力開発に優先的に取り組み、取締役会のダイバーシティ(多様性)を高めることで、取締役会におけるヒューマンポテンシャルを高めることができる。

本映像と記事は、ガバナンスに対する新たな視点を提供するEYの「Board Reimagined」シリーズの第1弾です。こうした視点を得ることで、取締役会の自信・確信と、組織のレジリエンスを高めることができます。

AIは組織を板挟み状態にしています。すなわち組織は、リスクやケイパビリティギャップで制約を受け、迅速な対応を妨げられる状況にありながら、競争力を維持するためには迅速に動かなければならないというプレッシャーを感じているのです。

実際、AIの画期的な能力と将来性は、大きな興奮を生み、多額の投資を呼び込んできました。EYの「CEO Imperative Survey」の結果から、CEOの実に99%が後れを取るのではないかとの不安から生成AIに投資しており、70%が直ちにAIに対応して、競合他社が戦略的に優位に立つことを防ぐ必要があると考えていることが分かりました。

「2023年の5月頃までは、誰もがChatGPTの話をしていました。取締役は『わが社はどのようなAI戦略をとっているのか』と口にしていたものです」とサンタンデール銀行で非常勤取締役を務めるHomaira Akbari氏は話します。「競合他社がこのテクノロジーを活用しようとしている中で、活用していない企業は、どう対処をすればよいのでしょうか」

このように切迫した状況であるにもかかわらず、企業は自らの目標達成に苦戦しています。「CEO Imperative Survey」では、企業の68%が生成AIを取り巻く不確実性が迅速に行動することを困難にしていると回答しています。一方、EYが米国で実施した「AI Anxiety in Business Survey」では、回答者の77%がAIの法的リスクを、75%がサイバーセキュリティリスクを懸念しています。EY が米国で実施した別の調査では、企業の61%がAI導入に必要な優れたテクノロジー人材の獲得に苦労していることが分かりました。

取締役会は、2つの役割を担うというその特殊性から、こうした葛藤の渦の中心にいます。

「取締役会は、適法性の確保と規制コンプライアンス面に気を配る必要があるのと同時に、戦略とテクノロジーのシフト、イノベーションにも目を光らせる責任があります」と指摘するのはNokia社Chief Digital OfficerのAlan Triggs氏です。「これらは、それぞれが優先的に取り組むべき事項であるという点で、互いに衝突することがあります」

取締役会が、AI関連の成長戦略とリスク管理の両面で組織に助言をする際、こうした板挟みから抜け出すためにどのように導くべきでしょうか。このような葛藤について詳しく探るため、EY Center for Board Mattersは、ロンドンとシドニー、サンディエゴの3カ所で取締役と経営幹部との対談を設けました。これらのエグゼクティブリーダーたちは、信頼の構築、価値創造、ヒューマンポテンシャルの拡大の3つの分野にわたって取締役会に及ぼすAIの影響について議論しました。

1. AIに対する信頼の構築

AIの普及を促し、リスクを軽減する上で、AIに対する信頼の構築は不可欠です。具体的には、EUのAI規則など既存の規制の順守と、先を見越した組織における有効なガバナンスモデルの構築の両方を行う必要があります。

取締役会は、原則に基づくアプローチで方向性を定めることができます。ServiceNow社Chief Innovation OfficerのDave Wright氏は、「AIの透明性確保」や「AIを常に人のために役立てる」など、同社の取締役会がどのように組織の指針を策定したかについて述べました。

対談参加者は、倫理とイノベーション、規制の間の葛藤でバランスを見いだす必要性について議論し、規制が多過ぎるとイノベーションを阻害する可能性があることを認識しました。

取締役会が経営陣に投げかけるべき問い

    • 自社には、透明性の高い責任あるAIのフレームワークがあり、周知を図っているのか。そのフレームワークはどのように開発され、どの原則が優先されるのか。もしフレームワークがない場合には、どのように開発するつもりなのか。
    • 責任あるAIのフレームワークは、会社のリスク管理プログラムに組み込まれているのか。
    • フレームワークが組織全体に効果的に適用されているかどうかをどのように評価しているのか。その評価にどれほど自信があるか。意図した通りに適用されていない場合、それを把握するガードレール(悪用防止機能)を設けているのか。

    2. AIで価値を創造する

    AIで価値を創造するには、イノベーションと学びの文化が必要です。エグゼクティブリーダーたちは、イノベーターが「失敗」を実践できる環境と、ガードレールを設けて従業員がAIを安全に利用することの重要性について議論しました。

    データとAIの挙動は、AIの価値の主要なドライバーです。Australian Payment Plus社Chief Information OfficerのMay Lam氏は「データは依然として宝の山ですが(中略)今や、データの挙動は(中略)いわば新たな石油、新たなエネルギーでもあります」と述べています。エグゼクティブリーダーたちはデータの準備の重要性について議論しました。これにはデータクレンジングとデータガバナンスの確保が含まれます。データの洗浄は、モデルを確実に正確なデータで学習させ、それによりアウトプットの正確性と忠実性(fidelity)の向上に役立ちます。またデータガバナンスは、バイアス、プライバシーの侵害、規制コンプライアンス違反などのリスクの軽減に役立ちます。

    しかし、企業はまた、AI投資のコストと投資利益率(ROI)を巡る厳しい監視に直面しています。特に、高い実装コストとインフレ環境の中で、最大の価値と成果をもたらすユースケースを把握することが極めて重要です。ユースケースから試験運用に移行して概念実証を行い、その後実用化して、導入拡大を図ることができます。

    AIは、組織のオペレーティングモデルとビジネスモデルを根本的に変える可能性を秘めています。エグゼクティブリーダーたちは、AIを利用して組織変革を加速させ、それをビジネストランスフォーメーションへとつなげる取り組みについても議論しました。ほとんどの企業が、現行のビジネスプロセスをより効率的で生産的にするユースケースから始めると思われますが、ビジネスプロセス、機能、モデルを一から見直し、「AIファースト」でその最適化を図れば、チャンスはさらに広がります。

    AIは最終的に、組織全体の人材の構成と仕事の在り方を変えることで価値を創造することになるでしょう。Homaira Akbari氏とDavid Wright氏は、今日の役職の60%が1940年には存在しておらず、AIも同じく、仕事の在り方と労働力の構成を変えることになると指摘しました。

    取締役会が経営陣に投げかけるべき問い

      • どのようにして企業全体でAIを開発し、導入していくのか。広範に及ぶパートナーエコシステムについてはどうか。
      • AIを利用した最大の価値創造の機会を特定するためには、どのような指標を用いるべきか。
      • AIは会社の組織文化と従業員の働き方にどのような影響を及ぼす可能性があるのか。
      • AIに対応できるように、データをどのように見直し、整備しているのか。
      • AIの迅速な導入を阻む障害は何か。また、その障害を克服するためにどのような戦略をとっているのか。

      3. 取締役会のヒューマンポテンシャルを高める

      AIは今後、企業全体の仕事の在り方を変えることになると思われますが、取締役会内のヒューマンポテンシャルを高める点はあまり探求されていませんでした。そこで、エグゼクティブリーダーたちはその部分に大きな焦点を当てて議論をしました。

      まず、取締役会がAIを効果的に統括管理・利用するには、AIに関する専門知識を養うことが不可欠です。Tesco社とNFTS、インターコンチネンタル取引所のNon-Executive Directorを務めるCaroline Silver氏は、オフサイトミーティングの価値を強調しています。すなわち取締役会で、通常行われる議題から離れ、特定のトピックについて深く議論する機会を提供することです。

      一方、マッコーリー銀行のNon-Executive DirectorであるDavid Whiteing氏は、グロースマインドセットの重要性を強調しています。「あなたが『知らない』という視点からスタートすれば、自分自身の成長や教育、向上により多くの時間を費やすでしょう」

      AIの統括管理には多様な知識や技能、技術の組み合わせが必要です。また、多様なバリュードライバーも伴うため、取締役会にはその構成を評価する必要があります。テック企業であるか否かにかかわらず、企業の取締役会には技術者を加える必要があります。テクノロジーに精通した若手専門家には、専任取締役になることにあまり興味を示さない人もいるため、その視点を諮問委員会に取り込むことも1つの手です。

      多様な考え方は必ずしも人間から生まれる必要はありません。

      「いつか、取締役会は実際にAIを利用し、意思決定とリスク分析に役立てるようになるでしょう」とDave Wright氏は述べています。「AIは取締役会の意思決定プロセスの一翼を担う可能性もあります」

      取締役会のダイバーシティについても、他の多くのことと同様に、AIが変化の必要性を生み出すと同時に、答えの一部を与えてくれる可能性があります。

      取締役会が検討すべき質問事項

      • 取締役会がAIの効果的な統括管理を行うために、どのような能力を新たに加える必要があるのか。その能力を高めるための計画は、どのような内容か。
      • 取締役会のAI統括管理体制はどのようになっているのか。取締役会と主要な経営会議体は、AIのユースケースと潜在能力についてどのような情報を得ているのか。
      • 取締役会は、会社の人材育成・獲得戦略が、AI投資において計画どおりの成果を得るのに適した内容であると確信を持つにはどうすればよいか。

      取締役会が取るべき行動

      • AIがどのようにビジネスモデルを抜本的に変革するかに焦点を当て、「AIファースト」でビジネスモデルを考えた場合に、どのように一から設計するかをイメージする。
      • 取締役会が、公平性や正確性、信頼性、説明可能性、透明性など責任あるAI原則に関する助言ができる体制を確実に整えられるようにする。AIの専門家を取り込むことや、組織のオフサイトのための時間をつくることについて経営陣と話し合う。
      • 経営陣が取締役会と協力して、組織の誰もがAIを利用できる環境づくりを可能にする。AIの統合を支える組織文化を醸成し、全従業員がデータと同様、AI導入の準備を整えているか見極める。

      サマリー

      AIは今後数年間で重要な成長ドライバーとなり、組織の人材の構成を変え、ビジネスモデルとオペレーティングモデルを変革します。この潜在能力を実現するには、AIのリスクを軽減し、その利用に対する信頼の構築が必要です。組織がこうした移行を導くには、取締役会が能力の拡大とダイバーシティの向上に注力する必要があります。


      この記事について

      執筆者