2023年1月31日
経済安保と企業会計 ー経済安保の脅威と処方箋ー

経済安保と企業会計 ー経済安保の脅威と処方箋ー

執筆者 EY ストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社

複合的サービスを提供するプロフェッショナル・サービス・ファーム

EY Strategy and Consulting Co., Ltd.

2023年1月31日
関連トピック コンサルティング

経済安全保障とは「経済面からの脅威」から自国を守ることを指します。本稿では、経済安全保障の重要な観点であるエコノミック・ステイトクラフト(ES)と、日本企業におけるESにひも付くリスクについて紹介し、その上で、日本企業が新時代の経営環境の中でファイナンスの観点からとるべき対策の方向性について考察します。

本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) Business Consulting, Financeユニット 田畑 興

CFO部門向けのコンサルティングチームにおいて、管理会計における在りたい姿の策定やその実現支援、グローバルビジネスサービスの構想策定から、導入、運用保守など、業務・IT問わず幅広いプロジェクトに従事。チーム内では、グローバルビジネスサービスのオファリングにて活動している。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。

要点
  • ウクライナ情勢、米中冷戦をはじめとした世界情勢不安は今後ますます高まることが予想され、継続的な企業活動の阻害リスクは、すぐそこまで迫ってきている。
  • 持続的に企業活動を行っていくためには、政府主導のアクションだけでなく、企業単体でのリスク把握、仕組み構築および対応施策の実行が不可欠になってきている。
  • CFOおよびFinance組織が主体的にリスク対象と分析メソドロジーを定め、経営のかじ取り役を担っていくことで、世界情勢不安をさらなる企業発展のチャンスに変えていくことが可能となる。

Ⅰ はじめに

経済安全保障とは「軍事面からの脅威」ではなく「経済面からの脅威」から自国を守ることを指し、現代において、国家や企業は「経済面からの脅威」に晒(さら)されています。

近年では、米中“新冷戦”やウクライナ情勢が例に挙げられます。米中冷戦は、米ソ冷戦と異なり、当事国同士の経済的な結び付きが強い中発生しました。また、ウクライナ情勢においては、グローバル企業のロシア市場からの撤退、天然ガス供給の受け入れ制限によるグローバルでのエネルギー需給のひっ迫、ウクライナからの穀物や天然資源の輸出制限などにより、経済面の影響がさまざまな国と企業に発生しました。このような問題に直面する/した際の、経済を基軸とした安全保障“エコノミック・ステイトクラフト(以下、ES)”を持続的に獲得する仕組みを整備することは、政府だけでなく民間企業においても差し迫った課題です。

現岸田文雄政権も経済安全保障を重要施策の1つとして挙げており、急ピッチで対応を進めていますが、企業としても世界情勢を踏まえた長期的な競争戦略、経営戦略の策定が必要です。

本稿では、経済安保の重要な観点であるESと、日本企業におけるESにひも付くリスクについて冒頭にて紹介し(<図1>参照)、その上で、日本企業が新時代の経営環境の中でファイナンスの観点からとるべき対策の方向性について考察します。

図1 世界情勢と日本の立ち位置から見たESリスク

Ⅱ 日本企業が注視すべき経済安保の観点、ESとは

一般に経済安全保障というと、日本では2022年2月に経済安全保障推進法案が閣議決定されたことが記憶に新しいですが、企業単位での活動に言及された資料は少なく、対策の必要性は認識しているが何を対策すればよいか分からないという企業がまだまだ多いというのが現状だと思います。しかし、経済安全保障は政府主導のアクションだけでなく、民間企業も含めた官民一体で対策を講じなければ企業活動に限らずわれわれの生活そのものも多大な影響を被るでしょう。ここでは、経済安全保障を理解するための主要フレームワークの1つであるESについて説明していきます。

ESとは「経済ツールを活用して地政学的国益を追求する手段」を意味し、軍事的手段に置き換わる国家レベルでの安全保障活動を指します。

ESには「経済制裁」「貿易」「投資政策」「サイバー攻撃」「経済援助」「財政・金融政策」「エネルギー政策」の7分野があり、現代においてはこれら7つの分野の経済活動を攻撃対象とし、社会レベルでの混乱を引き起こすことが可能です(<図2>参照)。次章では、7種類に大別したESについて、それぞれ日本企業が被るリスクについて説明します。

図2 ESの主要7分野とそれらが及ぼす企業への影響

Ⅲ 日本企業に忍び寄る経済安保リスク

1. 経済制裁

最も明確な形で攻撃の意思が表れているESといえます。制裁対象国との輸出入停止、港湾の封鎖、資産凍結など、さまざまな形態で現れるため、企業が受ける影響も多岐にわたります。ウクライナ情勢をきっかけに、各国はロシアへさまざまな経済制裁を課しましたが、特徴的なものとしてロシア国内の富裕層「オリガルヒ」の資産凍結があげられ、これによりロシア政権と近しい企業の事業活動が大きく制限されました。

2. 貿易

貿易では輸入と輸出の両面でESの攻撃対象となる可能性があります。過去には、日中貿易摩擦下の米通商法による日本車の輸入制限や、中国輸出管理法による対日レアアースの輸出制限が発生しています。製品の輸出が制限されることや、不当な関税による貿易妨害に備え、サプライチェーンの複数確保などのリスク分散を求められます。

3. 投資政策

地政学的な目的や安全保障上の観点から、資本流入防止を目的とした敵対国家に対して自国企業への投資規制がES上の投資政策に該当します。直近では、米国のCFIUS(対米外国投資委員会)が中国による対米投資の規制を始めており、自国と緊張関係にある国家の企業に対しての投資活動が困難になりました。

4. サイバー攻撃

企業を対象にしたサイバー攻撃では、機密情報の窃盗やデータ改ざんを発端としたさまざまなリスクが予想されます。例としては、個人情報の漏えいによる企業評判の低下があり、より攻撃的なものになると企業の収益データを改ざんすることで企業の予想業績を引き下げ、それに伴う株価下落を引き起こします。今後はデータ管理やサイバー攻撃に精通した人材の育成/登用が企業レベルにおいて必要になってくるでしょう。

5. 経済援助

経済援助は、一般的に友好国間での資金援助を指します。現在、中国が構想しているアジアからアフリカ諸国にかけての経済圏確立を目的とした一帯一路政策がこれに該当します。この活動は債権国と債務国という関係が必然的に発生し、それに伴い、債権国側が債務国側の鉄道や空港などのインフラを掌握し、結果として債務国側の企業では物流網を制限されるなどのリスクを伴います。そのリスクを企業が回避するためには事業活動において1つの物流手段に依存しない経営体質が求められます。

6. 財政・金融政策

財政・金融政策では、通貨価値の意図的なコントロールを狙った大規模な売買取引などを通じて、国際的な資本移動の制限を狙った施策が例として挙げられます。欧米がロシアをSWIFT(国際銀行通信協会)から除外した事例も、通貨決済の自由の排除という点で財政・金融政策に該当します。日本企業も現在の急速な円安なども鑑みて、生産体制の国内回帰や為替予約の実施など、さまざまなリスクヘッジが求められます。

7. エネルギー政策

自国内に石油や天然ガスなどのエネルギー資源を保有していない国家は、エネルギー資源が豊富な国家から供給を制限されることによって、国家としての活動そのものを制限される事態に陥ります。日本における身近な例だと、エネルギー供給不足から発生した電気料金の高騰があります。これを企業レベルに置き換えると、生産拠点の操業停止をはじめとした事業活動の中断リスクがあり、エネルギー調達の分散といった対応が必要になるでしょう。

Ⅳ 経済安保リスクに対する日本企業がとるべき対応方向性

1. ESリスク対応の起点となるシナリオプランニングについて

前述の通り、軍事のみならず経済においても大国が独自の規制や枠組みを構築する環境下において、日本企業はますます不確実性の高いリスクに晒され、今まで以上に難しい意思決定が求められています。こうしたESリスクに対して、日本企業が競争力を維持するためには、ESリスクに対するシナリオプランニングが必要になります。シナリオプランニングとは、不確実な将来を客観的な視点から想定したシナリオをもとに、自社が取るべきアクションを定める戦略的活動です。具体的には、まず今後各国で展開されるESに応じて複数のシナリオを想定し、シナリオごとのエスカレーション過程や発生可能性とその根拠を整理します。次いで、自社の各領域における影響を計測し、影響の回避もしくは低減施策の方針を策定した上で、機先を制するアクションの導入、それらを経営サイクルの中心に据えて経常的に行うことが、変化の激しい現代を生き延びるための生命線となります。

本稿では、シナリオプランニングのうち、事業戦略と財務戦略の観点から、企業がESリスクの荒波を乗り越えるためにCFOが取るべき3つのアクションについて述べます(<図3>参照)。

図3 ESリスク下でCFO組織が取るべき3つのアクション

2. アクション①:バリューチェーンの活動に潜む脆(ぜい)弱性を見つける

第一に、CFO組織は事業戦略において、バリューチェーンの中に潜むESへの脆弱性をあぶり出し、経営資源を再配置することで全体最適化を図る必要があります。前述Ⅲ.で見た通り、各国のES発動によって、企業はバリューチェーン内の特定の活動が制限され、既存の競争優位が脅かされる可能性があります。昨今では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行を契機としてあらゆる業界で半導体が不足し、既存のサプライチェーンがいかに脆(もろ)いものであったかが露呈しました。こうした事態を受け、米国や中国をはじめとした世界各国では経済安全保障の一環として、自国に有利な規制や枠組みを強化する動きに乗り出しています。各国がESの応酬を繰り広げる渦中で、日本企業はサプライチェーンの強靭(じん)化に努めると同時に、脆弱性を低減するためのアクションを起こす必要があります。例として、製品の原材料が特定の調達先のみに依存してチョークポイントとなってしまっている場合、調達活動から一度視線を外し、製造活動にヒトとカネを投入することで、特定の原材料や調達先に頼らない代替技術の開発とイノベーションを加速することにつながります。

そのためCFO組織は、将来起こり得るESと自社のバリューチェーンを重ね合わせ、特定の活動に致命傷となりかねない脆弱性が潜んでいないかを見つけ、何に経営資源を費やすべきかを決定する必要があります。このようなバリューチェーン全体の監督を担うのは、部分最適を志向し脆弱性を抱えがちな各事業部や他の支援部門ではなく、特定の活動や事業とは切り離されて俯瞰(ふかん)的な立場にいるCFO組織に他なりません。バリューチェーン全体を最適化することによって、特定の活動による影響を平準化し、企業の頑健性を構築することが可能になります。

3. アクション②:ESによる有事に備え財務柔軟性の確保

第二に、財務戦略の資金調達の観点では、ESリスクが懸念される環境下では財務の柔軟性を確保しておく必要があります。財務の柔軟性とは、外部環境の不確実性に対応するため、財務的なゆとりをもつことです。ロシアのエネルギー資源をてことした企業接収の例のように、経済大国や資源国のESによる影響は甚大となる蓋(がい)然性が高く、企業に致命的なダメージを与えかねません。日本企業を取り巻く足元の環境では、台湾有事の緊張が緩やかになっていない状況において、中国での事業にESリスクが迫っています。場合によっては、資産凍結や接収の対象にされるシナリオを想定し、財務の柔軟性を考慮する必要があるでしょう。その備えとして、平時から負債と株主資本の資本構成に気を配り、ESによる危機が生じた際、即応して資金調達が可能となるように、格付けの向上および銀行とのリレーション構築が肝要となります。

財務の柔軟性の確保は、ESによる将来の危機を耐え忍ぶ財務基盤となるとともに、将来の好機をつかみ取るための財務戦略となります。また、財務の柔軟性を確保することは、負債の節税効果や株主資本利益率(ROE)の低下につながる可能性もあるため、アクションのベースには、やはりESリスクに対する適切なシナリオプランニングを据える必要があるといえます。

4. アクション③:投資意思決定にESリスクを織り込む

最後に、財務戦略における投資の観点では、投資意思決定にESリスクを織り込み、非連続に変化する外部環境に応じて複数のオプション(選択肢)を用意する必要があります。一般的に、投資意思決定では投資の経済性を評価し、評価結果と採択基準を比較して投資の実施可否が決定されます。一方で、高まるESリスク下では、投資評価モデルで使用される変数(割引率、原油価格、CFなど)は大きな不確実性に晒されています。そうした状況を踏まえ、確度の高い投資意思決定を実現する方法の1つとして、リアルオプション法が挙げられます。

リアルオプション法では標準的なNPV法を応用し、将来のシナリオに応じた投資の拡張や継続、中止、撤退を想定します。例として、投資した5年後にESの影響により、CFがマイナスになる可能性を有する投資案件を検討します。標準的なNPV法では、NPVの期待値にCFのマイナス値が含まれてしまいます。しかし現実では、赤字の事業は撤退のオプションが可能です。リアルオプション法ではこうした撤退のオプションを加味することで、NPVの期待値にマイナス値が入りこむことを防ぐことができます。このようにリアルオプションを考慮することにより、状況が明らかになった段階で、継続か中止かなどの判断が可能な案件、つまり柔軟性を持つ案件を高く評価することができます。リアルオプション法では、突発的な経済制裁などの影響を受ける可能性がある投資案件の場合、そのリスクを投資意思決定に織り込みながら評価することが可能となります。これは、従来の投資評価モデルでは投資しないと判断される案件が、投資を行うという意思決定に覆る可能性もあります。

激動の環境下を走り続けるには、企業が事業のために果敢に投資を行いつつ、突如現れる危険に対して適切かつ瞬時に反応することが不可欠です。ESリスクを加味したリアルオプション法とは、まさに有事の事態に適切かつ瞬時に反応する準備に他なりません。リスクレベルに合わせ、複数オプションを持った上での投資判断の仕組みが整っていることで、見通しの悪い前途であっても企業は思い切ってアクセルを踏むことができるのです。

Ⅴ おわりに

ここまで、日本の企業に忍び寄る経済安全保障リスクの考え方、捉え方、過去の発生事象、そして企業態レベルで対処すべきアクションの方向性について述べてきました。直近10年ほど前までは、「経済安全保障は国が対処すべきもの。企業としてはコントロールが難しい」という認識が一般的でした。しかし、テクノロジーの目覚ましい進化を背景に、攻撃の手段が物理的なものから、目に見えない攻撃へのシフトが加速しており、持続的に企業を運営していく上で、無視できないところまでリスクが迫ってきました。つまり企業には、国が対応してくれることを悠長に待っている時間的余裕はないのです。各企業はそのことを強く意識、認識し、企業として何をすべきなのか、何ができるのかを今一度自分事として捉え、検討を行うことがCFO組織に求められています。日本という国が、そしてその国を構成する日本企業が、いまだ人類が経験したことのないボーダーレス社会を生き抜くだけでなく、リードしていくような未来が来ることを願うばかりです。

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サマリー

経済安全保障とは「経済面からの脅威」から自国を守ることを指します。本稿では、経済安全保障の重要な観点であるエコノミック・ステイトクラフト(ES)と、日本企業におけるESにひも付くリスクについて紹介し、その上で、日本企業が新時代の経営環境の中でファイナンスの観点からとるべき対策の方向性について考察します。

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