時価の算定に関する会計基準 第3回:時価の算定方法

EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 久保慎悟

1. 評価技法(時価算定会計基準第8項)

時価は評価技法とインプットを用いて算定されます。

時価の算定に際しては、その状況に応じて、十分なデータが利用できる評価技法を用います。評価技法には、例えば、以下の三つのアプローチがあります(時価算定会計基準第8項)。

(1) マーケット・アプローチ(時価算定適用指針第5項(1))

「マーケット・アプローチ」とは、同一または類似の資産または負債に関する市場取引による価格等のインプットを用いる評価技法をいいます。当該評価技法には、例えば、倍率法や主に債券の時価算定に用いられるマトリックス・プライシング(比準価格方式の一種)が含まれます。


(2) インカム・アプローチ(時価算定適用指針第5項(2))

「インカム・アプローチ」とは、利益やキャッシュ・フロー等の将来の金額に関する現在の市場の期待を割引現在価値で示す評価技法をいいます。当該評価技法には、例えば、現在価値技法やオプション価格モデル(ブラック・ショールズ・モデルや二項モデルなど)が含まれます。


(3) コスト・アプローチ(時価算定適用指針第5項(3))

「コスト・アプローチ」とは、資産の用役能力を再調達するために現在必要な金額に基づく評価技法をいいます。

なお、時価の算定にあたっては、単一の評価技法が適切となる場合(例えば、同一の資産または負債に関する活発な市場における相場価格を用いて資産または負債の時価を算定する場合)もありますが、複数の評価技法が適切となる場合もあります。複数の評価技法を用いる場合には、複数の評価技法に基づく結果を踏まえた合理的な範囲を考慮して、時価を最もよく表す結果を決定します。適切な評価技法は、状況によって異なる可能性があり、評価技法の適切性を一律に判断することは困難であることから、評価技法のレベルは設けられていません。

また、時価の算定に用いる評価技法は、毎期継続適用し、評価技法またはその適用(例えば、複数の評価技法を用いる場合のウェイト付けや、評価技法への調整など)を変更する場合には、会計上の見積りの変更として処理することになります(時価算定会計基準第9項、10項、第36項)。
 

2. インプット(時価算定会計基準第4項(5))

「インプット」とは、市場参加者が資産または負債の時価を算定する際に用いる仮定(時価の算定に固有のリスクに関する仮定を含む。)をいい、相場価格を調整せずに時価として用いる場合における当該相場価格もこれに含まれます。インプットには、観察可能なインプットと観察できないインプットとがあります。

観察可能なインプット

入手できる観察可能な市場データに基づくインプット

観察できないインプット

観察可能な市場データではないが、入手できる最良の情報に基づくインプット

インプットが観察可能となる可能性のある市場としては、例えば、取引所市場、ディーラー市場、ブローカー市場、相対市場などがあります(時価算定会計基準第37項)。

時価の算定にあたり、評価技法を用いるにあたっては、関連性のある観察可能なインプットを最大限利用し、観察できないインプットの利用を最小限にすることとされています。このため、時価の算定に用いるインプットには、以下の通り優先順位(レベル1が最優先)があります(時価算定会計基準第8項、第11項)。

(1) レベル1のインプット

「レベル1のインプット」とは、時価の算定日において、企業が入手できる活発な市場における同一の資産または負債に関する相場価格であり調整されていないものをいいます。当該価格は、時価の最適な根拠を提供するものであり、当該価格が利用できる場合には、原則として、当該価格を調整せずに時価の算定に使用します。

レベル1のインプットを決定するにあたっては以下の両方を評価する必要があります(時価算定適用指針第10項)。

  • 対象となる資産または負債に係る主要な市場、あるいは、主要な市場がない場合には、当該資産または負債に係る最も有利な市場

  • 対象となる資産または負債に関する取引について、時価の算定日に企業が主要な市場または最も有利な市場において行うことができる場合の価格

なお、一定の場合にはレベル1に対する調整が認められますが、レベル1のインプットについて調整する場合には、当該調整により算定された時価は、レベル2の時価またはレベル3の時価に分類されます。

(2) レベル2のインプット

「レベル2のインプット」とは、資産または負債について直接または間接的に観察可能なインプットのうち、レベル1のインプット以外のインプットをいいます。

例えば、レベル2のインプットとしては以下のものがあります(時価算定適用指針第12項)。

① 活発な市場における類似の資産又は負債に関する相場価格
② 活発でない市場における同一又は類似の資産又は負債に関する相場価格
③ 相場価格以外の観察可能なインプット
④ 相関関係等に基づき観察可能な市場データから得られる又は当該データに裏付けられるインプット

これらを踏まえ、レベル2のインプットのより具体的な例としては以下のものがあります(時価算定適用指針第37項)。

  • 全期間にわたり観察可能なスワップ・レート
    スワップ・レートに基づく固定受・変動払の金利スワップに関して、スワップ・レートが金利スワップのほぼ全期間にわたり一般的に公表されている間隔で観察可能である場合、当該スワップ・レートはレベル2のインプットとなります。

  • ほぼ全期間にわたり観察可能な外貨建イールド・カーブに基づくスワップ・レート
    外貨建イールド・カーブに基づく固定受・変動払の金利スワップに関して、外貨建イールド・カーブに基づくスワップ・レートが金利スワップのほぼ全期間にわたり一般的に公表されている間隔で観察可能である場合、当該外貨建イールド・カーブに基づくスワップ・レートはレベル2のインプットとなります。
    例えば、金利スワップの期間が10年であり、9年目までのスワップ・レートは一般的に公表されている間隔で観察可能であるが、10年目のスワップ・レートについてはイールド・カーブから合理的に推定することにより算出している場合には、当該推定が金利スワップ全体の時価に対して重要性に乏しいときが該当します。
  • 観察可能な市場データに裏付けられるインプライド・ボラティリティ
    3年物の株式オプションに関して、当該株式に係る1年物と2年物の株式オプションの価格が観察可能であり、かつ、推定により算出した3年物の株式オプションのインプライド・ボラティリティが当該オプションのほぼ全期間について観察可能な市場データの裏付けがある場合には、3年目までの推定によるインプライド・ボラティリティはレベル2のインプットとなります。
    具体的には、当該インプライド・ボラティリティは、1年物および2年物の株式オプションのインプライド・ボラティリティとの相関関係があることを前提として、1年物および2年物の株式オプションのインプライド・ボラティリティからの推定によって算出され、比較可能な類似企業の3年物の株式オプションのインプライド・ボラティリティによって裏付けられる場合が該当します。

 

(3) レベル3のインプット

「レベル3のインプット」とは、資産または負債について観察できないインプットをいいます。当該インプットは、関連性のある観察可能なインプットが入手できない場合に用います。レベル3のインプットを用いるにあたっては、合理的に入手できる情報に基づき、市場参加者が資産または負債の時間を算定する際に用いる仮定を反映させます。

レベル3のインプットの具体的な例としては以下のものがあります(時価算定適用指針第14項、第39項)。

  • 観察可能な市場データによる裏付けがないスワップ・レート
    長期の通貨スワップに関して、各通貨のイールド・カーブからスワップ・レートを算出しているが、所定の通貨のイールド・カーブが、当該通貨スワップのほぼ全期間にわたり一般的に公表されている間隔で観察可能な市場データによる裏付けがない場合には、当該スワップ・レートはレベル3のインプットとなります。

  • ヒストリカル・ボラティリティ
    3年物の株式オプションに関して、過去の株価から算出されたヒストリカル・ボラティリティはレベル3のインプットとなります。通常、ヒストリカル・ボラティリティは、オプションの価格に利用できる唯一の情報であるとしても、将来のボラティリティに対する市場参加者の現在の期待を表すものではありません。

  • 観察可能な市場データによる裏付けがない価格調整
    金利スワップに関して、当該スワップについての第三者から提供された取引可能ではない価格に対する調整が、観察可能な市場データによる裏付けのないデータを用いて決定された場合には、当該価格調整はレベル3のインプットとなります。

これらのインプットを用いて算定した時価は、その算定において重要な影響を与えるインプットが属するレベルに応じて、レベル1の時価、レベル2の時価またはレベル3の時価に分類します(時価算定会計基準第12項)。以下の表は、2009年8月に企業会計基準委員会により公表された「公正価値測定及びその開示に関する論点の整理」において示されていた金融資産の測定方法と国際的な会計基準(米国会計基準)におけるインプットのレベルとの対応関係をまとめたものです(「公正価値測定及びその開示に関する論点の整理」第76項)。国際的な会計基準におけるインプットの取扱いと、時価算定基準におけるインプットの取扱いは基本的に相違ないと考えられるため、参考のために示します。

表

なお、時価を算定するために異なるレベルに区分される複数のインプットを用いており、これらのインプットに時価の算定に重要な影響を与えるインプットが複数含まれている場合には、重要な影響を与えるインプットが属するレベルのうち、優先順位が最も低いレベルに当該時価を分類することになります(時価算定会計基準第12項)。また、インプットの入手可能性およびその主観性が評価技法の選択に影響を及ぼす可能性はありますが、時価を分類するレベルは、あくまでも評価技法に用いるインプットのレベルに基づくものであり、評価技法に基づくものではない点に留意が必要です(時価算定会計基準第38項)。
 

3. 取引の数量または頻度が著しく低下している場合等の時価

資産または負債の取引の数量または頻度が当該資産または負債に係る通常の市場における活動に比して著しく低下していると判断した場合には、まず、取引価格または相場価格が時価を表しているかどうかについて評価する必要があります。例えば、以下の要因の重要性および関連性を評価し、資産または負債の取引の数量または頻度が、当該資産または負債に係る通常の市場における活動に比して著しく低下しているかどうかを判断します。

  • 直近の取引が少ないこと

  • 相場価格が現在の情報に基づいていないこと

  • 相場価格が時期または市場参加者間で著しく異なっていること

  • これまで資産または負債の時価と高い相関があった指標が相関しなくなったこと

  • 企業の将来キャッシュ・フローの見積りと比較して、相場価格に織り込まれている流動性リスク・プレミアム等が著しく増加していること

  • 買気配と売気配の幅が著しく拡大していること

  • 同一または類似の資産または負債についての新規発行市場における取引の活動が著しく低下しているかまたは当該市場がないこと

  • 公表されている情報がほとんどないこと

なお、観察可能な市場が通常存在しない資産または負債は、取引の数量または頻度が著しく低下している場合等には該当しません。また、資産または負債の取引の数量または頻度が著しく低下している場合には、評価技法の変更または複数の評価技法の利用が適切となる可能性があるため、留意が必要となります(時価算定会計基準第13項、第39項、第40項、第42項、時価算定適用指針第16項)。

上記評価の結果、当該取引価格または相場価格が時価を表していないと判断した場合(取引が秩序ある取引ではないと判断する場合を含む。)、当該取引価格又は相場価格を時価を算定する基礎として用いる際には、当該取引価格または相場価格について、市場参加者が資産または負債のキャッシュ・フローにおける固有の不確実性に対する対価として求めるリスク・プレミアムの調整を行ったのちに、時価を算定する基礎として用いることになります。具体的には、秩序ある取引であるか否かの判断に基づき、以下の通り、対応します(時価算定会計基準第13項、第41項、第43項、時価算定適用指針第17項)。

秩序ある取引でない場合
(例えば、強制された清算取引や投売り)

取引価格は他の入手できるインプットほどには考慮しない。

秩序ある取引である場合

取引価格を考慮するが、その考慮する程度は、例えば、以下の状況により異なる。

  • 取引の数量
  • 取引を時価の算定対象となる資産または負債に当てはめることが適切であるか。
  • 取引が時価の算定日に近い時点で行われたか。

秩序ある取引であるかどうかを判断するために十分な情報を入手できない場合

取引価格が時価を表さない可能性を踏まえた上で、取引価格を考慮する。

なお、リスク・プレミアムに関する調整は、現在の市場環境の下で、時価の算定日における市場参加者の秩序ある取引を反映するものであり、その算定の困難さのみでは、リスク・プレミアムに関する調整を行わない十分な根拠とはならない点に留意が必要です。また、時価の算定は、市場を基礎としたものであり、対象となる企業に固有のものではないため、資産の保有あるいは負債の決済または履行に関する企業の意図は、時価を算定する際に考慮しない点にも留意が必要です。
 

4. 負債または払込資本を増加させる金融商品の時価

負債または払込資本を増加させる金融商品(例えば、企業結合の対価として発行される株式)については、時価の算定日に市場参加者に移転されるものと仮定して、時価を算定します。すなわち、負債の不履行リスクの影響を反映することになります。なお、負債の不履行リスクとは、企業が債務を履行しないリスクであり、企業自身の信用リスクに限られるものではありません。また、負債の不履行リスクについては、当該負債の移転の前後で同一であると仮定します(時価算定会計基準第14項、第15項)。

【設例】負債の時価

製造業を営む乙社は、X1年4月1日に、3年物の固定金利社債(額面100百万円、クーポンは4%で毎年3月31日に支払い)を発行しており、決算日であるX2年3月31日に、当該社債の時価を算定することが必要となっている。

<X2年3月31日における前提条件>

  • 乙社の格付けは変更されておらず、入手できる金利、格付けに対する信用スプレッドおよび流動性などの市場の状況は、社債発行時から変化していない。

  • 乙社自身の信用スプレッドは0.1%上昇している。

  • 市場の状況をすべて考慮した結果、乙社は、仮にX2年3月31日において社債を発行した場合には、当該社債のクーポンレートは4.1%になるか、もしくは当該社債が割引発行になると判断した。

  • 乙社は、現在価値技法を用いて発行した社債の時価を算定する。

  • 市場参加者は、乙社の社債を引き受けるに際しては、社債の条件(クーポンレート(4%)、額面金額(100百万円)および満期までの期間(2年))および4.1%の市場金利(債務不履行のリスクの変化を反映)を使用して価格を見積もると考えられる。
X2年3月31日における前提条件 計算式


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