OECD、多国間の相互協議および事前確認の処理に関するマニュアルを公表

  • 経済協力開発機構(OECD)は、多国間の相互協議(MAP:Mutual Agreement Procedures)および事前確認(APA:Advance Pricing Arrangements)の処理に関するマニュアル(MoMA)を公表した。
  • MoMAは、法的観点と手続き上の観点から見た多国間の相互協議・事前確認手続に関する指針として示されたものであり、拘束力のあるルールを何ら課していない。
  • MoMAは次の4つの事項を網羅しており、本アラートにて概説している:(i)多国間相互協議・事前確認事案の処理に関する基本事項、(ii)多国間事案にて考慮すべき手続き上の要素、(iii)多国間事案の例、(iv)一般的な多国間事案のスケジュールの目安。

エグゼクティブサマリー

OECDは2023年2月1日、多国間の相互協議および事前確認の処理に関するマニュアルを公表しました。MoMAは税務長官会議(FTA:Forum on Tax Administration)の税の確実性に関する取り組みの一部を構成するものであり、FTA相互協議フォーラムのメンバーと、多国間相互協議・多国間事前確認の幅広い使用の可能性を検討する同フォーラムの専門委員会が共同で作成しました。MoMAは、税源浸食・利益移転(BEPS:Base Erosion and Profit Shifting)に関する包摂的枠組みとFTAの全メンバーによって承認されました。

MoMAは、法的観点と手続き上の観点から見た多国間の相互協議・事前確認手続に関する指針として公表されたものです。その手続きの運用に関する情報が税務当局と納税者向けに示されており、拘束力のあるルールを何ら課すことなく、各国・地域の実務に応じたアプローチが提案されています。MoMAはまた、税務当局が相互協議・事前確認の事案を多国的に検討できるよう、納税者に期待する行動および協力も概説しています。

詳細解説

多国籍企業が関係する同一の取引または取り決めの別々の部分が、複数の二国間租税条約の対象である場合においては、多国間の相互協議・事前確認を利用すれば、納税者と税務当局のいずれにとっても税の確実性が高まります。しかし、多国間での確実性確保を目的とした、二国間の相互協議・事前確認事案の調整については、経験が限られている国・地域がほとんどです。MoMAには、多国間の相互協議・事前確認事案の処理および解決について各国・地域向けの指針が示されており、次の4つの事項を網羅しています:

  • 多国間相互協議・事前確認事案の処理に関する基本事項
  • 多国間事案にて考慮すべき手続き上の要素
  • 多国間事案の例
  • 一般的な多国間事案のスケジュールの目安

多国間相互協議・事前確認事案の処理に関する基本事項

MoMAは多国間相互協議・事前確認事案にて生じ得る問題を認識しており、例えば、どのような場合に多国間の解決策を講じた方が適当であるかについて意見が一致していない点や、そうした事案への対処に係る最も適当な法的根拠について各国・地域間で明確な合意が形成されていない点を指摘しています。MoMAには、次の問題に対処するための提言が盛り込まれています:

多国間事案の定義

MoMAは、相互協議および事前確認のいずれについても、次の両要件を満たす事案が多国間事案であると提案しています:「2つの権限ある当局が、

  • 特定の条約に適合しない課税を、第三の国・地域が関係する他の条約に適合しない課税を解決することなくして十分に解決できない、または一つ以上の第三の国・地域における所得もしくは資本に対する課税により生じもしくは生じ得る二重もしくは多重課税に対処する。
  • そうした場合において、第三の国・地域の権限ある当局との相互協議により当該事案に関する合意を見出す努力をする。

ただし、関係する国・地域の全ての間で、OECDモデル租税条約第25条を土台とする規定が盛り込まれた租税条約が締結されている場合に限る」。

申し立ての法的根拠

事前確認は任意の手続きである一方、相互協議の利用は、適用される租税条約のもと対象者に認められている権利であるため、MoMAは異なるアプローチの必要性を認めています:

  • 多国間事前確認(MAPA) - 多くの国・地域が、多国間事前確認の協議・実施に係る法的根拠としてOECDモデル租税条約(MTC)の第25条(3)(第1文)1と同等の規定を拠り所としている。国・地域によっては、多国間事前確認の実施を認めるにあたり、当該条約の規定に加えて、国内の法律に基づく特別規則の充足を要請しているところもある。
  • 多国間相互協議 - 次の2つのアプローチのいずれかのもと法的根拠を見出す国・地域がほとんどである:
    • 第25条(3)アプローチ - 一つの条約におけるOECDモデル租税条約第25条(1)と同等の規定のもとでの納税者による1件の相互協議の申し立て(主たる相互協議の申し立て2)があれば足りるとし、そのうえで、関連のある他の各条約におけるOECDモデル租税条約第25条(3)と同等の規定を用いて他の権限ある当局(CA)に、多国間または二国間の協議を介した多国間相互協議の実施を申し入れるという国・地域もある。
    • 第25条(1)アプローチ - 相互協議事案は、OECDモデル租税条約第25条の(1)項3と(2)項4と同等の規定のもと扱わなければならないと考える国・地域もある。適用される各条約のもと納税者に相互協議の申し立てをするよう要求する場合もあれば、相互協議の申し立てを1件すれば足り、同申し立てにて当該多国間相互協議事案に関係する全ての国・地域を特定することを認めるという場合もある。第25条(1)アプローチでは、相互協議の申立期限を検討する必要があり、また条約に適合しない課税の原因となったまたは原因となると認められる措置が必要である。MoMAは、第25条(3)アプローチと比較したときの考えられる利点として、このアプローチでは基本的に国内の期限にかかわらず相互協議の合意内容の実施が可能である(当該条約によって認められる場合)点を指摘している。

国・地域は自己の公表する相互協議指針にて、多国間相互協議事案について使用する法的根拠を明確にすべきであるとMoMAには明記されています。

多国間事案における申し立て

MoMAは、多国間事案の申し立てに関する一般原則をいくつか示しています。これらの原則は、(上述の)どの法的アプローチが適用されるかを問いません:

  • 適用される租税条約に基づく対象者は全て、多国間相互協議・事前確認の申し立てをする資格が認められるべきであり、各国・地域はそうした相互協議の申し立ての受け付けならびに当該申し立ての処理および解決にあたり可能な限り寛容かつ柔軟であるべきである。
  • 原則、多国間相互協議・事前確認の申し立ては全て、当該申し立てを受ける国・地域の定める指針に従う必要があり、望ましくは、Manual on Effective Mutual Agreement Procedures and the Bilateral APA Manual(実効的な相互協議マニュアルおよび二国間の事前確認に関するマニュアル)5に示されているベストプラクティスに従うべきである。
  • 納税者は、自己の申し立てにて多国間事案を特定すべきであり、申し立てを受けるCAおよび他の関係国・地域のCAは当該事案について意見が一致しなければならない。納税者がある事案について多国間事案と特定しなかったときは、CAは相互協議にあたり自らその特定を行うことができ、納税者に多国間アプローチの申し立てを検討するよう促すことができる(すなわち、二国間の事案を適宜多国間の事案に変えることができる)。そのためには、相互協議に関する期限について柔軟性とCA間の同意が必要になる場合がある(すなわち、相互協議の申し立てに繋がった措置の「最初の通知」の解釈)。
  • 一つ以上のCAが多国間事案としてその事案を解決できないときは、それ以外のCAが対応し、二重課税または多重課税を解消するよう努めるべきである。
  • 多国間事前確認については、全関係CAとの早期の対話および協議が推奨され、そうした対話・協議のうえ納税者は当該の全CAに多国間事前確認を同時に申し立てることが求められる。納税者が、すでに提出した一国内または二国間の申し立てを多国間の申し立てに広げることを希望する場合には、追加する各CAへ事前確認の追加申立をするか、または既存の申し立てを取り下げ、多国間の事案として新たな申し立てを行うことができる。
国・地域間の情報共有

納税者は、相互協議・事前確認の申し立てに含める情報の全てを関係する全CAへ提出する必要があると、MoMAには明記されています。関係する国・地域が固有の法規定に起因してそれぞれ異なるアプローチを採用しているときは、多国的に事案を検討するために講じることができる便宜上の措置を、国・地域間で早期に調整することが推奨されています。 

多国間の手続きの利用と行動14ミニマムスタンダード

各国・地域は、どのような多国間事前確認の申し立てを制度にて受け入れ、他のCAと協議するかを定めた自前のルールを策定すべきであると、MoMAには明記されています。相互協議の利用は、条件を満たす全事案において認められるべきであり、その実行は相互協議に関するBEPS行動14ミニマムスタンダードに従う必要があります。多国間相互協議の事案は、相互協議に関する統計上、関係する各国・地域との複数の二国間事案として記録しなければなりません。

多国間事案にて考慮すべき手続き上の要素

多国間相互協議・事前確認の事案についてはさまざまな手続き上の課題があるとMoMAは認識しており、例えば、そうした手続きを実施する手順(すなわち、多国間での協議を通じて行うかまたは複数の二国間協議を通じて行うか)や、時間と資源の有効活用を確保するためのCA間の調整、複数の国・地域との情報の共有などが課題として挙げられています。MoMAのこのセクションには、手続き上の要素に関する指針と多国間事案における各手順のタイミングの目安が示されています。

関係する他の国・地域への連絡

MoMAには、CAが他の国・地域へ連絡する際に踏む一般的な手順と、他のCAへの申し立ての通知(さらに事前確認については、他の国・地域の参加する意向および能力の確認)や申し立ての受け入れ可否の判定など、それらの手順の推奨時期が示されています。

多国間環境で協議をするための取り得る手段

MoMAは2つの手段を提案しています:

  • 多国間方式 - 多国間方式では、関係する全てのCAが同時にテーブルにつき多国間で協議し、各国・地域にて実施できる多国間での合意の形成を目指す。全てのCAが手続きに一通り参加するため、遅滞なく解決する確率が高いと考えられ、望ましい方式である。関係するCAの数が原因で本質的な合意の形成が難しくなり得る点をMoMAは指摘している。
  • 二国間方式 - 二国間方式では、関連する各条約のもとCA同士で二国間協議を行い、関係取引に関わる納税者に対する二重または多重課税が回避されるような形で調整がなされた複数の二国間合意の形成を目指す。各二国間協議の当事者たるCAは、(関係する全CAの合意を条件とし)多国間事案に関係し当該取引の影響を受ける他のCAがオブザーバーとしてミーティングに参加し、またCA間で共有される全ての書類を閲覧する権限を与えられるのを認める場合もある。二国間方式では、調整または意思の疎通が不十分になり、その結果情報共有上の問題が生じたり、時間や労力の無駄、全関係者による関わりの欠落が生じたりし、それが原因で統一性のない合意が形成され、二重課税や多重課税が十分に解消されない可能性があるとMoMAは指摘しています。
手続き上の問題の調整

最初の段階で全CAが参加する協議を行うことが推奨されています。同協議にて、例えば、調整役のCAを任命するか否か(さらには、この役割に最適なCAの判断、調整役CAの主な役割)、多国間方式を採用するか二国間方式を採用するかの意見の集約、言語、および詳しい計画を話し合います。多国間事前確認に関しては、プロジェクトの計画を立て、また最初の情報収集段階にて調整を行う(例えば、共同での情報要請、共同での機能別インタビューなど)ことも有用でしょう。調整役CAを任命する場合は、同CAは納税者との主な連絡窓口としての役割を担うほか、その責任に次の調整を含めることもできます:CA間の協議および納税者との協議、情報の要請、全ての情報が関係する各CAに開示される状態の確保、意見書の発行、最終合意書案の策定。

多国間事案での協議

MoMAは多国間協議の主な要素をいくつかとりあげています:

  • 意見書(Position papers) - CA間での意見書の交換は、道理にかない原則に基づいた意見を裏付ける重要な要素である。多国間事案に関しては、調整がカギであり、協議の前に全意見書の写しを関連する全てのCAへ支給すべきである。CAは、事案を総合的に分析し、意見書および回答において全ての取引および関係国・地域を考慮し、後の段階になって分析を再度行う事態を回避することを目指すべきである。
  • 協議の実施 - CAは協議の方法について意見を一致させるべきだが、これは事案の性質と複雑度に左右される。全てのCAが、条約の適用または移転価格算定方法の適用、比較分析、移転価格事案における価格算定に関する合意に先立って事実関係について意見を一致させると有効である。各会議で議題を定め、議事録を全CA間で共有すべきである。
  • 合意の締結 - 1件の合意をまとめ、それに全てのCAが同意しなければならないとすることもできれば、複数の二国間合意をまとめるという場合もある。合意条件の草案、修正、および確定の調整にあたっては、調整役となるCAが有用な場合がある。暫定合意がまとまったときは納税者へ速やかに通知し、納税者が当該合意を受け入れた場合には、クロージングレターを取り交わし、相互の合意を正式に結ぶべきである。多国間事前確認に関しては、特定の国・地域が合意内容を実施できるよう各CAが納税者と別々に合意を結ぶ必要がある場合もある。
利用可能な国内の救済手段または法的手続との関係
  • 多国間相互協議 - 関連する国・地域においてその国・地域固有の救済が申し立てられているまたは確定した場合であっても、依拠する法的根拠を問わずCAは条件を満たす多国間相互協議の申し立てを全て受け入れるべきであるとMoMAは示している。国内の手続が保留になった場合(例えば、訴訟の申し立て)に限り相互協議事案を二国間の環境で協議する国・地域もある一方、相互協議と国内の手続を並行して進めることを認めている国・地域もある点を認識し、納税者が相互協議の申し立てと並んで国内の法的手続も利用することを選択した場合に適用するルールをCAが定めるようMoMAは提案している。
  • 多国間事前確認- 一つ以上の国・地域にて過年度の取引について税務調査が開始された場合、CAは事案を事前確認プロセスに組み込むか否かを検討できるとMoMAは指摘している。また、調査が開始されても、事前確認によってもたらされる税の確実性が妨げられないように継続中の事前確認の協議は自動的に終了すべきではない。
合意内容の実施

CAは国内で定められている期限にかかわらず相互協議の合意内容を実施すべきであるとMoMAは指摘しています。CAは、多国間相互協議・事前確認の合意内容を速やかに実施するよう努めるべきです。納税者が多国間相互協議の合意内容を将来の年度にも適用したいと希望する場合があるとMoMAは認識しています。

相互協議が合意に至らなかった場合の仲裁

相互協議が(原則、所定の時間的枠組みの間に)合意に至らなかったときは、納税者はCAに対して仲裁手続の開始を要請できるとMoMAは指摘しています。多国間事案についての重要な検討事項として、法的根拠、関連条約における仲裁規定の適用、仲裁に係る通常の期限を柔軟に調整する可能性(多国間相互協議事案は他の相互協議事案よりも長い時間を要すると予想されるため)が挙げられます。仲裁の申し立てがなされたときは、CAは多国間の仲裁手続または調整が図られた二国間仲裁手続の設計について合意する必要があります。

多国間事案における納税者の権利、義務および役割

MoMAは、両者の透明性の重要性を指摘しています。つまり、納税者は原則に基づき、公正かつ客観的に透明性をもってCAに対応し(例えば関係する全てのCAへの情報提供など)、CAは納税者に定期的に状況報告を行い、また差し当たりのスケジュールを示すべきだとしています。

多国間事案の例

MoMAには、基本的に多国間での解決が有効な取引の簡略化した例がいくつか掲載されています。例えば移転価格の決定や恒久的施設への利益の帰属、ハイブリッドエンティティ、二重・多重居住問題が関係する事案が示されています。

一般的な多国間事案のスケジュールの目安

MoMAには、MoMAの定める指針に沿った多国間相互協議および多国間事前確認の各手順について、参考スケジュールが示されています。主な段階のスケジュールが示されており、例えば、相互協議または事前確認の申し立ての受け付け(出発点)、関連する他のCAへの通知、申し立てを受け入れる判断、意見書の交換および決定、相互合意の形成と実施について大まかなスケジュールが示されています。

今後の影響

MoMAに盛り込まれている指針は前向きな一歩であり、多国間事案の調整と効率化のための枠組みが、拘束力のあるルールを課すことなく示されています。これらの指針は、紛争防止・解決の効率および効果を高めるのに資すると考えられます。

MoMAは、税務当局が、それらの指針および手続きを実施することは適当であるか否か、自前の相互協議および事前確認制度の実情を踏まえると明確性が強化されるか否かを検証することを認めています。確実性と二重課税回避の重要性に鑑みると、企業においては、関連する国・地域にてMoMAの指針に準じたルールが一足先に整備されていない場合には、それらの国・地域での同指針の採用を注視する必要があります。MoMAの指針が採用されれば、税務当局と納税者による連携強化が促され、またBEPS 2.0プロジェクトに関する現在進行中の取り組みに照らすと、その重要性がかつてないほど増している税の確実性を実現するより効率的な手段が創造されると考えられます。

巻末注

  1. OECDモデル租税条約25条(3):「締約国の権限ある当局は、この条約の解釈または適用に関して生ずる困難または疑義を相互協議によって解決するよう努めるものとする。締約国の権限のある当局は、また、この条約に定めのない場合における二重課税を除去するため、相互に協議することができる。」
  2. 条約に適合しない課税の原因となる第一次調整または措置を講じまたは講じることを提案した国・地域が基本的に関係します。
  3. OECDモデル租税条約第25条(1):「一方のまたは双方の締約国の措置によりこの条約の規定に適合しない課税を受けたと認める者または受けることになると認める者は、当該事案について、当該一方のまたは双方の締約国の法令に定める救済手段とは別に、いずれかの締約国の権限のある当局に対して申立てをすることができる。当該申立ては、この条約の規定に適合しない課税に係る措置の最初の通知の日から3年以内にしなければならない。」
  4. OECDモデル租税条約第25条(2):「権限のある当局は、1の申立てを正当と認めるが、自ら満足すべき解決を与えることができない場合には、この条約の規定に適合しない課税を回避するため、他方の締約国の権限のある当局との相互協議によって当該事案を解決するよう努めるものとする。成立したすべての合意は、両締約国の法令上のいかなる期間制限にもかかわらず、実施されなければならない。」
  5. 2022年10月5日付EY Global Tax Alert「OECD publishes Manual on Bilateral APAs」をご参照ください。

お問い合わせ先

角田 伸広 パートナー

須藤 一郎 パートナー

谷津 剛 パートナー

野々村 昌樹 シニアマネージャー

※所属・役職は記事公開当時のものです


EYの関連サービス