EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本アラートでは、海外勤務中に同一国内において、本来の就業場所とは違う場所に勤務先を変える際の留意点について、実際に発生した事案と類似の事例を用いて解説します。
赴任当初から大連勤務が決まっていたが、就業許可証は上海で取得
当社の大連現地法人に日本から人材を送り込みたいと考えています。しかし、社内事情により、形式上、上海現地法人で勤務する形をとり(上海で就業許可証を取得し)、実際は大連で勤務してもらうことを予定しています。一方、給与等は上海拠点から支給し、日本払給与も上海現地法人に請求する予定です。このような勤務形態について、イミグレーション及び税務上の留意点があれば教えて下さい。
上海拠点の業績が好調である一方、大連拠点の業績が芳しくなく、上海拠点に出向者コストを費用負担させたい等の理由で、上海拠点で就業許可書又は居留許可書を申請するケースがこれに該当します。ではこのような方法は問題ないといえるのでしょうか。以下では、イミグレーションと税務の観点についてご説明します。
「外国人在中国就業管理規定」においては、以下のとおり、「外国人が中国で就業する雇用単位(勤務先)は必ず当該外国人の就業許可証に明記された単位と一致しなければならない」とあります。つまり、今回のケースの場合、就業許可証に明記された単位(上海現地法人)と、実際の勤務先(大連現地法人)は異なります。そのため、就業許可証の雇用単位を上海現地法人ではなく、「大連現地法人」に切り替える必要があるといえます。
外国人在中国就業管理規定 第23条
では今回のケースにおいて就業単位の変更を行わない状態が継続すると、どうなるでしょうか。まず、就業許可証又は就業類居留許可証に記載される区域が上海であるにもかかわらず、実際には、大連の現地会社で勤務しています。
そのため「中華人民共和国出国入国管理法」第43条に基づくと、上記の行為は就業許可証に限定された範囲を超えて就労していることから、「不法就労」に該当しています。
中華人民共和国出国入国管理法 第43条
外国人に以下の事由の一つがある場合、不法就労となる
(1)就業許可証及び就業類在留証書を取得せずに中国国内で就労したとき
(2)就業許可証に限定された範囲を超えて中国国内で就労したとき
(3)外国人留学生が勤労学習助成管理規定に違反し、規定の職場範もしくは勤務時間制限を超えて中国国内で就労したとき
不法就労と認定される場合、赴任者本人又は国内の雇用主は、さまざまな懲罰を科されることがあります。この点については以下の通り「中華人民共和国出国入国管理法」(以下、「入管法」)第62条、第80条に記載があります。雇用主側にも罰金が発生することはもちろん、入管法違反により摘発されることもあります。就業許可証又は居留証の申請資料に雇用主より承認、押印された資料が多数あることで、不法就労とされる場合に雇用主としての責任が全くないとは言えません。その場合、当局のブラックリストに入られ、今後の外国人の就業許可証発行に影響を与える可能性があります。なお、「不法就労」と認定される場合、赴任者本人に対する影響も深刻です。たとえば中国から不法滞在等を理由に退去強制をされた者や出国命令を受けて出国した者は、一定期間、中国に上陸することができません。具体的には以下のとおりです。
中華人民共和国出国入国管理法 第62条
外国人に以下の事由の一つがある場合には、国外送還させることができる
(1)期限を限って出国処分を科されたが、所定の期限までに出国しないもの
(2)入国不許可の事由のあるもの
(3)不法在留、不法就労をしたもの
(4)本法又はその他法律、行政法規により国外送還を必要とするもの
国外送還された者は、国外送還日から1年から5年以内には入国を許可しない
中華人民共和国出国入国管理法 第80条
外国人が不法就労した場合、5000元以上2万元以下の罰金を科す。事案が重大の場合、5日以上15日以下の留置に処し、5000元以上2万元以下の罰金を併科する。
外国人に不法就労を紹介した場合、紹介活動をした個人に対して、不法就労者一人につき5000元、総額が5万元を超えない罰金を科し、紹介活動をした事業者に対して、不法就労者一人につき5000元、総額が10万元を超えない罰金を科し、違法所得がある場合、違法所得を没収する。
違法に外国人を招聘・雇用した場合、違法に招聘・雇用された者一人につき1万元、総額が10万元を超えない罰金を科し、違法所得がある場合、違法所得を没収する。
中国における外国人出入国又は就業にかかる基本的な法律法規は以下の通りです。
下記の法律法規は中国全土で適用され、かつ施行期間が長い規定のため、中国国内で周知されていると考えられます。
外国人出入国又は就業にかかる基本的な法律法規
中華人民共和国出入国管理法:2012年7月より施行
中華人民共和国外国人出入国管理条例:2013年9月より施行
外国人在中国就業管理規定:2017年3月より改定
中華人民共和国外国人出入国管理法実施細則:2013年9月以降廃止
これらの法規から、外国人が複数会社に職務を兼任することは原則として禁止されていることが明らかです。一方、技術指導、ビジネス会議等でのごく短期的な出張については明確な禁止規定はありません。また、当初上海拠点で勤務し、上海での就業許可書を所持する外国人については、大連拠点に転任する際に、いったん日本に帰任せずに、大連で就業許可書又は居留許可書を取得することは特に問題ないと考えられます。
なお、最初から大連拠点で勤務したいものの、何らかの理由で上海拠点を経由して就業許可書又は居留許可書を申請することは、出入国管理法に違反して、不法就労と認定されるリスクがあります。上海で就業許可書を取得してから、大連拠点に勤務しているケースは、実務的に存在しますが、上記同様、リスクがないとは言えません。
ちなみに、就業許可書申請については、「受入先企業が赤字である」等の理由で、「就業許可証を発行しない」という規定はありません。しかしながら、中国の就業許可通知書申請の際に、受入先企業の管轄当局側での審査においては、申請資料又は申請者に対して独自の基準を持つ可能性はあるかもしれません。
中国では個人所得税は企業所属地の税務局から管理される税目です。そのため、勤務先と税金納付場所を一致することが望ましい状態といえます。一方、個人所得税の関連規定においては、「個人に所得を支払う組織又は個人が、源泉徴収義務を負う」と規定されています。そのため、実際の勤務先(この場合は「大連拠点」)を問わず、支払先(この場合は「上海拠点」)が個人所得税を申告、納付する必要があるといえます。そのため、給与が上海拠点で支払われる場合、たとえ勤務先が大連であっても、上海拠点の源泉徴収義務がなくなる、とは言えないと考えられます。
逆に、イミグレーションリスクを回避するため、雇用主の所在地(大連)で就業許可証を取得し、給与の支払い又は負担を引き続き上海拠点より行なうケースもあります。その場合、支払先(上海拠点)は源泉徴収をせずに、雇用主(大連拠点)の下で個人所得税を申告する場合、個人所得税の観点から、支払先が源泉徴収義務を果たさないことで、個人所得税上のコンプライアンス違反のリスクが生じます。
中国企業所得税の課税は各法人個社ベースが大原則であり、関連規定上、損金算入される費用は、企業で実際に発生し、収入の取得に関係する合理的な支出とされています。したがって事実として、赴任者の勤務により生じる便益を享受する現地法人(=大連拠点)と赴任者の費用を負担する現地法人(=上海拠点)が明らかに異なることとなる場合には、理論上、費用負担側の中国税務当局より、その費用の損金性を否認されるリスクも排除できませんので、併せて留意が必要と考えられます。
日本本社からクロスボーダーで従業員を派遣する場合、イミグレーション、個人所得税、企業所得税等が相互に影響し合うケースが多くみられます。そのため、企業のコンプライアンスを維持すると同時に、人材の国際間異動の効率向上のため、異動プロセスに対して包括的に分析し、必要に応じて改善策を検討することをお勧めいたします。
EY Japan
藤井 恵 Megumi Fujii
パートナー
People Advisory Services
EY China
張 頎 Eliona Zhang
パートナー
People Advisory Services
木島 祥登 Yoshito Kijima
パートナー
People Advisory Services
川島 智之 Tomoyuki Kawashima
パートナー
税務
中尾 美奈子 Minako Nakao
ディレクター
People Advisory Services
小島 圭介 Keisuke Kojima
ディレクター
日系企業税務
※所属・役職は記事公開当時のものです
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