EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
欧州CSRDやTNFD等のサステナビリティに関する情報開示の要請を受け、近年、社会的インパクト評価(以下、「インパクト評価」)を実施し、開示する動きが国内外で増えてきています。また、直近では、企業のインパクト情報を独自のメソドロジーで算定し、公表するデータプロバイダーが登場しており、対抗手段として企業側からの積極的な情報発信が喫緊の課題になりつつあります。
一方で、インパクト評価をどこから始め、どこまで実施すればよいか分からず、なかなか着手できずにいる企業が多いのではないでしょうか。評価方法等を提唱するイニシアチブが複数存在していることも、企業の頭を悩ます要因の一つと考えられます。
そうした中、イニシアチブの一角であるImpact Valuation HubがCapitals CoalitionやIFVI等のイニシアチブが提唱するフレームワークやメソドロジーを統合して投資家(ベンチャー・キャピタル等)向けのプレーブックを作成し、2025年7月に公表しました。投資先企業がインパクト評価の実施を検討する上でも参考になる内容となっています。
本記事では、同プレーブックを参考に、投資家や事業会社がインパクト評価を実践するためのステップやポイント、留意点をEY新日本の知見を交えながら概説します。
同プレーブックでは、Capitals Coalitionが開発したフレームワークを基に、インパクト評価の4段階のプロセスを示しています。事業等が生み出す社会的価値を評価しますが、そもそも価値とは主観的であり、ステークホルダーによって見方が異なります。そのため、絶対的な価値を追求するのではなく、価値が生まれるメカニズムを図解等により分かりやすく提示し、関連するステークホルダーと共創していくことが推奨されています。
図表1 インパクト評価の4段階プロセス
実施にあたってはプリンシプル・ベースのアプローチが推奨され、Social Value Internationalが作成した8つの原則が紹介されています。インパクト評価はデータの入手可能性が高まるにつれ、より正確な評価が可能になることから、アジャイル的な取り組みがなじみやすいと考えられます。
図表2 8つの原則
最初に、インパクト評価の目的を明確化します。このアクションは、インパクト評価を投資や事業と関連づけ、実行可能でステークホルダーのニーズを捉えたものとするために必要であり、期待するメリットを以下のように明確化することも推奨されています。
サステナブル経営に取り組む企業は、すべての事業を対象にインパクト評価を行うことで、各事業が生み出す社会的な価値のメカニズムを可視化できます。また、貨幣価値への換算により多種多様なインパクトの横比較が可能となり、事業ポートフォリオの見直し等の経営判断に有益な情報の提供が期待できます。
インパクト評価の目的を明確にしたら、以下のような一文または短いパラグラフで要約しておくことが推奨されています。記述は具体的かつ結果が計測できる内容とします。
次に、評価の対象とする重要なインパクト領域を明確にします。その際、アクション01で明確にした評価の目的を考慮します。例えば、<IR>フレームワークの6つの資本(財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本)のうち、評価の目的に応じて対象読者がどの資本に関する情報を必要としているかを考慮してインパクト領域を特定します。また、以下3つの視点でどこまでを評価対象とするか範囲を設定します。
図表3 評価範囲の視点
評価の範囲を設定したら、次にインパクト・パスウェイ(以下、パスウェイ)を特定し、事業等が生み出す社会的な変化の構造を理解します。パスウェイ(経路)はインプットからインパクトまでの各要素の因果関係を表します。インプット、アクティビティ、アウトプットはインパクト・ドライバーとも呼ばれ、意図的または非意図的にインパクトを引き起こす要素になります。また、インパクトには正と負が存在し、そのどちらも捉えていくことが重要です。
図表4 インパクト・パスウェイの構成要素と関係図
実際に描かれるパスウェイは図表のように一直線とは限らず、多くの場合、分岐や収束を繰り返します。また、要素間のつながりに論理的な飛躍がないか確認するプロセスとして、EY新日本では、左から右方向にフォアキャスティング的に論理展開を確認した後、反対方向にバックキャスティング的にも確認することをお薦めしています。
インパクトの計測にはデータの収集が必要ですが、ここで重要なのは投資・経営判断の意思決定に向けて費用や時間をかけ過ぎないことです。データは主に2種類あります。1つは一次データで、所得の増加額や、習得した知識・スキルのように影響を受ける人々のウェルビーイングの変化を評価するための質問票が挙げられます。もう1つは二次データであり、各国の統計資料やアカデミアの研究論文、業界レポート等が挙げられます。
計測が完了したら、インパクトの価値を評価します。価値の評価方法は、重み付けや順位付けといった方法を含めさまざま存在します。同プレーブックでは、異なる単位で計測されたインパクトを共通の物差しで比較可能な形に変換する手段として、米ドルや日本円等の貨幣価値に換算する方法に着目しています。
ここで気を付けたいのは、貨幣価値に換算された評価額はあくまで概算値であるということです。複数の投資案件やプロジェクトを比較検討し、意思決定する際に有益な情報を提供しますが、価値の絶対額ではありません。企業価値の評価(バリュエーション)が一意に定まらないように、インパクトの評価額も評価者や使用するデータ等によって幅があり、時間の経過や社会環境の変化等によって変動する点に留意が必要です。
貨幣価値に換算するには、換算係数を使用します。個別の案件向けにテーラーメイドした係数を自社開発できればより正確な評価が可能になりますが、外部のイニシアチブやアカデミア等が公開している換算係数を代用するのが次善かつ現実的な方法となります。
まず、インパクトの評価結果をアクション01で設定した評価目的に合う形で集計します。その際、透明性の確保が重要です。特に、正と負のインパクトについては、ウォッシングのリスクを回避するため、金額は相殺せず、それぞれ表記する方法が推奨されています。
集計が完了したら、意思決定者や投資家、その他のステークホルダーに対して重要な洞察や学びが何かを確認します。そして、社会や環境といったより広い文脈において、以下のような視点で結果を分析します。
その後、社内外のステークホルダーとの対話を通じてインパクト評価を見直し、検証していきます。社内のステークホルダーとはデータの正確性や一貫性を検証し、外部のステークホルダーには評価の信頼性を高めるため、投資家や影響を受ける人々、専門家等に対してインプットを求めます。
アクションの最後は、「行動を起こす」です。ここでの行動は、評価結果の意思決定への統合とステークホルダーとのコミュニケーションの大きく2つあります。
意思決定への統合では、以下のような取り組みが例示されています。
ステークホルダーとのコミュニケーションでは、以下のような取り組みや考え方が例示されています。
EY新日本の気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)事業部では、以下の5つのステップを中心に企業によるインパクト評価の実施を支援しています。また、この他にもカスタマイズしたサービスをご提供していますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。
図表5 EY新日本における社会的インパクトの可視化プロセス
富田 誠(Makoto Tomita)
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部(気候変動・サステナビリティ・サービス) マネージャー
筑波大学大学院ビジネス科学研究科国際経営プロフェショナル(MBA)修了。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)。2023年にEY新日本有限責任監査法人に入社。クライアントは官公庁から事業会社、金融機関と幅広く、インパクト評価・投資やサステナブルファイナンスを中心に調査・コンサルティング業務に従事。
入社前は、日系生命保険会社にて機関投資家業務や、ドイツとベルギーに計7年間駐在した経験を有する。
社会的インパクト評価は、事業やプロジェクトが生み出す価値を可視化し、投資家の投資判断や事業会社の経営判断に有益な情報を提供します。開示規制の対応に止めず、事業ポートフォリオ等を見直す一つのツールとして活用していくことを推奨します。
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