クロスボーダー上場シリーズ 第3回:クロスボーダー上場のための準備

情報センサー2024年8月・9月 FAAS

クロスボーダー上場シリーズ 第3回:クロスボーダー上場のための準備


クロスボーダー上場に関する有用な情報をシリーズ形式でご紹介しています。クロスボーダー上場を目指す上で、必要な準備は多岐にわたり、その事前の十分な準備が重要です。シリーズ第3回の今回は、クロスボーダー上場の準備に関するタスクについて焦点を当てて解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 アドバイザリーサービス本部 FAAS事業部 公認会計士 古厩 正英
当法人入社後、会計監査業務に携わった後、2013年よりIFRSコンバージェンス、クロスボーダー支援業務等に従事。2019年から2021年には英国に駐在し日本企業の在外子会社の内部監査支援に従事。

EY新日本有限責任監査法人 アドバイザリーサービス本部 FAAS事業部 公認会計士 角野 正一
当法人入社後、主に会計監査業務に携わった後、2014年より財務会計アドバイザリーとしてクロスボーダー上場支援、連結決算支援などに従事。



要点

  • クロスボーダー上場のため、社内のプロジェクト・チームと社外の専門家の協働が重要。
  • クロスボーダー上場を検討する企業は改めてその資本政策上の目的を詳細に検討すべきである。
  • 公開企業となるために高度なコーポレートガバナンス要件の充足が必要。
  • 上場準備企業は、経営管理のための有効な仕組みを構築、維持し、会計、税務、法務等の厳格な要求事項に対応することが必要。


Ⅰ はじめに

クロスボーダー上場を目指す上で、必要な準備は多岐にわたり、その事前の十分な準備が重要です。シリーズ第3回の今回は、クロスボーダー上場の準備に関するタスクについて焦点を当てて解説します。

第1回および第2回はこちらからご覧いただけます。

 

Ⅱ IPO Readinessの評価、上場準備スケジュール策定

1. 上場準備タスクの概観

上場準備のためのタスクとして、例えば下記のようなタスクが重要になります。

  • IPO Readinessの評価(下記2.参照)
  • 監査人の独立性の問題の評価と対応
  • プロジェクト・マネジメント体制の確立
  • 社内・社外を含めたプロジェクト・チームの組成
  • 上場スケジュール策定
  • 資本政策の検討・エクイティストーリーの作成(下記Ⅳ参照)
  • ガバナンスの強化(下記Ⅴ参照)
  • 経営管理体制の強化(下記Ⅵ参照)
  • 会計の知見のある人材確保を含めた適時適切な財務情報を作成するための会計・開示プロセスの確立
  • 内部統制の知見のある人材確保を含めた財務報告等のための内部統制の構築

典型的な上場準備の進め方としては、まず、法務・会計をはじめ外部アドバイザー・専門家を初期から関与させつつIPO Readinessの評価、すなわちクロスボーダー上場を行うにあたっての課題や現状では不足している点を洗い出します。
 

また、クロスボーダー上場についてのプロジェクトは非常に難易度の高いプロジェクトになるため、プロジェクト・マネジメントがプロジェクトの成否を左右します。そのため、プロジェクト・マネジメント体制を確立し十分な社内・社外のリソースを確保したプロジェクト・チームを組成することが重要です。


その上で、上場スケジュールを策定し、それに従ってクロスボーダー上場に向けた各種のタスクを実施していきます。


上場にあたっての資本政策の検討やエクイティストーリーの作成も重要なタスクです。この点については、下記のⅣにおいて詳述します。


上場会社として適切なガバナンス、また各種社内管理体制を構築・強化することも要請されます。ガバナンスについては下記のⅤ、社内管理体制については下記のⅥにおいてさらに取り上げています。


さらに、上場申請書類作成や上場後の開示のために、適時・適切に財務情報を作成することができる必要があります。同時に、財務報告等のための内部統制の構築も必須です。


2. IPO Readinessの評価と上場スケジュールの策定

IPO Readinessの評価の目的は、上場企業に移行するにあたっての課題や現状では不足している点を洗い出すことです。具体的には、次のような3ステップのプロセスが考えられます。

① IPO Readinessワークショップ:上場に向けた課題や現状では不足している点について社内の関係者や外部アドバイザー等を含めたワークショップにおいて議論します。

② 課題や不足している点を明らかにするために、現状とあるべき姿を比較します。個別のフォローアップ・ワークショップにおいてそれらをさらに分析し、課題の対応期間、対応方法および必要なリソースを明確化します。

③ これらの結果を利用して、課題対応のためのロードマップを含めて、IPO Readinessの評価をまとめます。また、この中で課題解決のために、必要なリソースやタイムラインを見積もります。

<図1>はIPO Readinessを評価する際の8つのモジュールの例を示しています。実際には、各社の状況に応じて考慮すべきポイントを変更することになります。

図1

図1

出典:EY 2023 Guide to going public - Strategic considerations before, during and after IPO をもとに翻訳

上場目標時期と上記のIPO Readinessで作成した課題を考慮して、具体的な上場準備のためのスケジュールを策定します(<図2>参照)。

図2

図2

Ⅲ 体制の構築

クロスボーダー上場の準備を進めるためには、社内のプロジェクト・チームと社外のアドバイザー等の協働が必須です。

1. 社内リソース

クロスボーダー上場の準備のために、IPO Readinessの評価に応じて、上場に向けた課題の対応等のために社内リソース拡充することが必要です。このとき、クロスボーダー上場の経験者をプロジェクト・チームに含めることが理想的です。

クロスボーダー上場のプロジェクトに関して、上場準備の計画、進捗状況のモニター、タスクの管理等を行うプロジェクト・マネジメント・オフィス(PMO)を確実に構築・運営する必要があります。上場PMOの目的は、プロジェクトのリスクを低減し、IPOの成功の確度を高めることにあります。また、上場PMOがIPO準備タスクの管理を着実に行うことで、経営者は事業経営に集中することも可能になると考えられます。


2. 社外のアドバイザー等

社外のアドバイザー等についてもクロスボーダー上場の十分な経験があり、また業種にも精通した社外アドバイザーを選定し、初期からプロジェクト・チームに加えることが非常に重要です。上場後においても、内部統制やリスクマネジメントを向上させる等の目的で引き続きアドバイザーを利用することも一般的です。

  • 投資銀行:エクイティストーリーの作成のアドバイスやIPO Due Diligenceの実施、オファリング・IPOマーケティングの管理
  • 弁護士(発行体側および投資銀行側):上場申請書類・目論見書の作成、IPOのリスクやIPOに関するレギュレーションに関するアドバイス
  • 会計アドバイザー:GAAPコンバージョンを含む財務諸表作成や上場のための財務情報の作成、プロジェクト・マネジメントのサポートおよびバリュエーション

 

Ⅳ 資本政策・エクイティストーリー

1. クロスボーダー上場の目的の再検討と代替案の検討

クロスボーダー上場を検討する企業は改めてその資本政策上の目的を詳細に検討する必要があります。上場はさらなる成長を遂げる施策の1つにすぎません。目的の検討は複数の代替案の追求を可能にし、また効果的なエクイティストーリーの確立にも役立ちます。

資本政策やエクイティストーリーを検討する際には、前述の通り上場実務に精通した社外のアドバイザー等を活用し、助言を受けることが非常に重要です。


2. 代替案の検討

クロスボーダー上場自体の難易度がそもそも高く、かつ成否が上場達成の想定時期の市況といった外部要因にも左右されるため、上場を検討する多くの企業では、それ以外の手段をPlan B(例えば、国内市場への上場と海外での私募株式発行の同時検討)、あるいはPlan C(国内市場のみへの上場検討)といった形で設定し、同時並行で準備を進めています。各Planの課題には後述するエクイティストーリーを含め重複する部分も多いので、それらを同時並行で追求して、効率的に目的達成の確実性を高めることができます。

仮に資本市場の状況等によりクロスボーダー上場を見送った場合でも、他のPlanの実現によって得られた資金を企業価値の増加に達成できれば、将来クロスボーダー上場の検討を再開する際に一層有利に進めることも期待できます。


3. 効果的なエクイティストーリーの設定

企業は成長目的の検討により、そのための具体的施策をエクイティストーリーという形でまとめます。一般的にエクイティストーリーとは、投資家等に向けて企業の特徴や企業価値、成長するための戦略をわかりやすく説明するためにまとめたものです。

エクイティストーリー策定後に、企業はその実現に向けて具体的なKPIを設定します。KPIは企業の財務情報の中に織り込まれて経営者によって測定/評価され、また、投資家に達成状況が報告されます。投資家は一般的に、成長率、収益、利益率、マーケットシェア関連のKPIを重視しています。

KPIの達成はエクイティストーリーで示した成長戦略の実現可能性を投資家に説得する上で重要になります。KPIが達成されない場合には投資家の成長期待を裏切ることになり、企業価値の低下をもたらす可能性があります。

そのため企業の過去の業績とKPIとを前もって照らし合わせ、KPIの達成が将来にわたって実現可能か事前に十分吟味することが重要です。

 

Ⅴ ガバナンスの強化

クロスボーダー上場により公開企業となるため、企業はその準備過程で高度なコーポレートガバナンス要件を充足する必要があり、以下の課題に対処しなければなりません。

1. クロスボーダー上場に向けた機関設計

企業は、法的要件を満たす取締役会と報告プロセスを確立する必要があります。取締役会に関するガイドラインを設け、必要な情報が報告されるプロセスを確立します。多くの企業ではIPO前から十分な能力を備えた取締役を確保する傾向がある一方で、社外取締役の選任を見落としがちであるため注意が必要です。上場を想定する市場の上場要件により一定数以上社外取締役を選任する必要がありますし、IPOに精通し、取締役会での議論をリードできる社外取締役の存在はIPOを成功に導く上で大変重要です。そのため十分な時間的余裕を持って社外取締役の選任を進め、直前になって慌てることがないように十分留意すべきです。

また、一定数の取締役は、財務や経理の専門家であることも必要です。取締役会を構成する監査委員会等では企業の年次、及び四半期報告を検証する上で複雑な会計論点を理解できることが期待されているからです。これは後述する財務報告に関する内部統制の整備の重要な前提にもなります。


2. 経営者への報酬制度の整備

クロスボーダー上場の準備企業は報酬制度を適切にデザインする必要があります。これは企業の収益性を最大化させつつ、エクイティストーリーで示したKPIの達成に貢献した経営者等の努力に適切に報いるものでなければなりませんが、株主などに対して説明可能な公平性、透明性を有していることが重要です。特に上場時に大きな報酬をもたらすストックオプション制度は経営者を含む従業員にとって大きなインセンティブになる一方、この点に十分に留意する必要があります。

 

Ⅵ 経営管理体制の強化

上場準備企業は取締役会等を通じた監督の下、経営管理のための有効な仕組みを構築、維持し、会計、税務、法務等の厳格な要求事項に対応しなければなりません。特に、財務統制に関する内部統制が重要です。

1. 有効な経営管理体制の構築/維持

有効な経営管理体制はコンプライアンスを達成し、リスクに対処するとともに、市場からの期待を充足する上で大変重要な機能を有します。達成すべき目的の具体例としては以下が挙げられます。

  • 予算編成と予測能力の向上
  • 適時かつ正確な財務諸表の作成
  • 上場予定市場の証券関連法への準拠に向けた準備
  • IPOに関する会計、および財務報告の潜在的問題への対処
  • 適切な企業、資本、および経営構造の構築
  • 企業所有者、および経営者との取引の適切な文書化


2. 財務報告等に関する経営管理体制の強化

経営管理体制のうちで、最も重要かつ導入が困難とされるのは財務報告に関する内部統制です。

クロスボーダー上場の際にはCEO、およびCFOは財務報告のための内部統制の有効性に関する報告が求められ、財務報告に不備があった場合には重い責任を負担します。

また、米国市場への上場を検討する場合には財務諸表および内部統制について非常に厳格な監査(PCAOBの監査基準)証明を得る必要があり、会計監査人の独立性確認を含めた要求事項をクリアする必要があります。

そのため、企業は財務報告に関する内部統制上の課題に早期から着手し、十分な時間をかけることが上場を成功に導く鍵となります。

これまでに上場の際に多くの企業で報告された内部統制の重要な欠陥の多くは、経理財務人員の能力と訓練、および会計方針、ならびに手続の文書化等に関連したものでした。

そのため、上場準備企業は、以下を優先的に検討すべきです。

  • 会計監査人の独立性問題は解決されているか、監査のスケジュールや手続はIPOのタイムラインと整合しており、規制当局の要求事項を満たすものとなっているか(米国市場への上場を検討している場合には非常に厳格なPCAOBの監査基準に基づく監査が求められ、その前提として企業と会計監査人との間に特定の利害関係がないことを確認する手続が必要です。場合によっては新たな監査人の選任が必要になる等、大幅な手続遅延の原因になり得るので特に留意してください)
  • 経理財務チームは上場に要求される高度なスキルセットを有しているか
  • 会計方針や手続は適切に整備され、関連部署や子会社等に回覧/共有されているか。また、具体的な会計方針の適用論拠が正式に文書化されているか(ポジションペーパー等)
  • セグメント情報がエクイティストーリーや経営者の企業経営方法と整合しているか
  • 効果的なリスクマネジメントを内部統制として認識、運用しているか。具体的には
    ① 投資家、アナリストや規制当局へのサプライズを管理/逓減できているか
    ② 現実的で持続可能な財務上の目標を設定し達成しているか
    ③ 効果的かつ迅速に規制変更、およびビジネスリスクを予測し、対処しているか

経営管理体制の強化のためには、現状のプロセスを大きく見直す必要もあり、予想以上に多くの時間と労力を要します。そのため専門家の助言や他社事例等を参考に、早期に課題を識別し、必要な対応を開始することがクロスボーダー上場を成功に導く鍵になります。


サマリー

クロスボーダー上場を目指す上で、必要な準備は多岐にわたり、専門家の関与を含めた十分な事前準備が重要です。特に上場プロジェクト体制の確立、資本政策・エクイティストーリーの検討、ガバナンスの強化および経営管理体制の強化が必須です。


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