EYの事例

三井住友海上の挑戦「行動経済学」Xデジタルでお客さま体験価値を変革するには

行動経済学のナッジ理論を取り入れたデジタルサービスの開発に挑戦する三井住友海上火災保険株式会社を、EYが支援した事例をご紹介します。



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The better the question

デジタル化はどのように保険の価値を向上させることができるのでしょうか

三井住友海上火災保険株式会社(以下、三井住友海上)は、デジタル時代におけるビジネスモデルの変革に取り組んでいます。「お客さま本位」を基盤としつつ、自社や保険代理店にとっても望ましいプロセスの構築に向け、行動経済学をサービス開発や日頃の業務に生かす挑戦をスタートさせています。


デジタルでも「お客さま本位」のビジネスモデル確立を目指す

原口 昭則(以下、原口):MS&ADグループは、2024年度から中期経営計画(2022-2025)の第2ステージに入りました。第2ステージ計画見直しのポイントの一つに挙げられている「ビジネススタイルの大変革」についてご説明いただけますか。

千北 章裕 氏(以下、千北氏):MS&ADグループは、今回の中期経営計画で目指す姿として「レジリエントでサステナブルな社会を支える企業グループ」を掲げています。「Value(価値の創造)」「Transformation(事業の変革)」「Synergy(グループシナジーの発揮)」を基本戦略とする中、第1ステージ(2022-2023年度)における業務改善命令や事業環境の変化を踏まえ、信頼回復とともに持続可能なビジネスモデルへの変革が急務となっています。従来の事業のあり方を見直し、「お客さま第一」「ガバナンスの強化」「コンプライアンス」を基礎とし、「提供価値の変革」「事業構造の変革」「生産性・収益性の変革」といった取り組みを進めているのが「ビジネススタイルの大変革」です。

ビジネススタイルの大変革

※MS&ADグループ中期経営計画(2022-2025) 第2ステージから抜粋
中期経営計画 | 経営戦略 | WHAT WE DO | MS&ADについて | MS&ADホールディングス*1
*1 https://www.ms-ad-hd.com/ja/group/what/strategy/management_plan.html


当社は、かねてお客さまを起点として、あらゆる場面で最適なお客さま体験を実現するため、「いつでも」「どこでも」サービスを提供できる体制を構築してきました。一方、保険業界では、お客さまに確実に補償をご提供するためにさまざまな規制があることから、省略できないプロセスや使用できない表現があります。こうした制約の中で、お客さまの体験価値を向上させる難しさがあります。

また、デジタル化を進めていく上でも課題があります。保険代理店がそばにいる安心感やお客さまに寄り添った事故対応などはそのままに、デジタル上でお客さまが各種手続きを自己完結できるUI/UXをどこまで向上できるかという点です。

原口:三井住友海上は、行動指針の一つに「INNOVATION」を掲げるなど、特に変革を重視しています。デジタル化においても効率化にとどまらない、お客さまの体験価値の向上を目指しているのですね。

千北氏:当社では従来の保険による補償を「保険本来の価値」、事故・災害の予防やリカバリーを「補償前後の価値」と位置付けています。「補償前後の価値」では、例えば、雹(ひょう)が降る危険性が高まった際にお客さまにアラートを発信して、被害の回避に役立てていただくサービスなどが挙げられます。

また、台風や地震などの大規模災害が起こると短時間で大量の事故受付が発生し、電話がつながりにくくなります。このようなケースでも、ウェブを活用することでお待たせすることなく、お客さまご自身でお手続きいただくことが可能ですので、「保険本来の価値」の向上につながると考えています。

大切なのは、お客さまの状況やニーズに合わせた選択肢を提供することです。さらに一歩踏み込んで、お客さまが選択したプロセスが、当社や保険代理店にとっても望ましいものであれば、お客さまの体験価値向上とビジネスモデル変革の両立につながります。当社では、このような、選択や決断の変革にまつわるさまざまな取り組みを、「スマートセレクト」というコンセプトのもとで進めています。

三井住友海上火災保険株式会社 業務プロセスデザイン部 プランニングチーム 課長 千北 章裕 氏

三井住友海上火災保険株式会社 業務プロセスデザイン部 プランニングチーム 課長 千北 章裕 氏



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The better the answer

行動経済学がお客さまにも保険代理店にも望ましいプロセスを実現

「スマートセレクト」を実現していく上で、行動経済学の理論が適用されています。EYが持つ科学とデジタルの知見は、この先駆的な取り組みを加速させます。


科学に基づいたアプローチが行動変容を促す

原口:「スマートセレクト」のコンセプトをサービスに実装していく上で、行動経済学に着目されたのはなぜでしょうか。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 保険ユニット アソシエートパートナー  原口 昭則

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 保険ユニット アソシエートパートナー  原口 昭則


千北氏:「スマートセレクト」の目的は、お客さま・保険代理店・当社にとって最適なプロセスを実現することにあります。例えば、保険契約の継続・変更手続きから保険金支払いまで、スマホで完結できる手段が増えれば、お客さまの選択肢も広がり、保険代理店や当社としても望ましいプロセスにつながります。

お客さまの体験価値のみを考えれば、ユーザー調査などに基づいて画面を設計すればよいのですが、保険代理店・当社にとっても望ましい選択を促すためには行動経済学に基づくUI/UXの設計が必要だと、当初から考えていました。

伊原 克将(以下、伊原):EYは、人を動かすための「心のツボ」を整理したARMS(Auto-response、Realization、Motivation、Self-efficacy)モデルを開発しました。われわれは、このモデルを行動経済学などの科学的な知見をビジネスに応用するための実践的フレームワークとして活用しています。 

 

欧米に比べ、日本は行動経済学の活用が進んでいませんが、EYは、このモデルを活用することで、アカデミックな知見を積極的にビジネスに役立てていきたいと考えています。
 

千北 氏:EYの皆さんは常に科学に基づいた説明をしてくださるので、説得力があります。提案を比較検討する際に、データや背景に関する情報などを分かりやすく提示してくれるなど、行動経済学をはじめとする専門的で幅広い知見の裏付けがあるからこそと感じています。
 

EYに相談したのは、行動経済学の観点からサポートしてくれる協業先を探していた時に、保険業界におけるナッジ理論の活用実績が豊富にあると知ったことがきっかけです。EYであれば、科学的な視点でプロセスの変革やお客さまの体験価値向上を支援してもらえるという期待を持ちました。また、DXに精通していることもポイントで、行動経済学とデジタルを掛け合わせたサービス開発を進めていく上で最適だと思いました。

ナッジ理論を活用したウェブ事故受付画面の一例

ナッジ理論を活用したウェブ事故受付画面の一例



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The better the world works

科学を起点にした組織変革を通じて、最もお客さまから選ばれる保険会社に

行動経済学の理論は、組織の意思決定やコミュニケーションにまで影響をもたらします。変革を続ける三井住友海上を、EYは科学的知見によってサポートします。


共通認識ができたことで社内の意思決定が合理化

伊原:行動経済学は、日常的な業務プロセスを大きく変革する可能性を秘めています。今回、「スマートセレクト」のコンセプトに基づいたサービス開発を進めていく中で、プロジェクトに関わったチームやメンバー間に行動経済学の考え方が浸透したと思いますが、社内の意思決定やコミュニケーションなどが変化している実感はありますか。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジックインパクト シニアマネージャー 伊原 克将

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジックインパクト ディレクター 伊原 克将


千北 氏:当部には行動経済学の知見が共通認識として根付きつつあり、「心のツボはどこか」「どの要素がバリアになるか」といった会話が自然と出てくるようになりました。その結果、意思決定の際の判断基準や優先順位が明確になったと感じています。科学的な視点を取り入れられるようになったことで、これまでの経験や感覚だけに頼った判断から、より納得感のある意思決定に移行してきていると思います。

ただし、会社全体で見ると行動経済学の考え方を理解している社員ばかりではなく、共通認識が浸透してくるのはこれからだと感じます。

伊原:会話の中で行動経済学のキーワードが出てくるようになったことは、大きな変化ですね。貴社とのお打ち合わせの中でも、数値をファクトとした科学的な検討をされるようになったことで、意思決定のスピードが速まったと感じます。

科学を起点にした考え方に共感し、問題解決のヒントとしていただけていることはうれしいです。

原口:サービス開発の枠にとらわれず、意思決定にまで行動経済学を組み込んでいることは、これまでの活用例とは一線を画していると感じます。より多くの人を巻き込み、より多くの範囲で行動経済学を活用していくためにはどのようなことが重要だと思われますか。

千北氏: EYの知見をお借りしながらUI/UXを設計したウェブ事故受付は、A/Bテストを実施して最も効果的だった心のツボを検証しながら実装を進めています。テストの結果が行動経済学をベースとした試算と一致していれば、多くの部門や社員が行動経済学に関心を持つきっかけになるでしょう。こうした実績を重ねていくことで、行動経済学を活用する機運も高まっていくと思います。

その結果として会社全体で意思決定を合理化することができれば、組織変革につながります。保険業界という広い視野で見ると、お客さま・保険代理店・保険会社が支え合ってきた歴史のために変化することが難しい一面はあるものの、行動経済学に基づいた実践知を積み重ねていくことで、科学を起点とした変革のきっかけをつくっていきたいと考えています。

原口:貴社は、保険業界におけるベンチマーク的な存在です。「スマートセレクト」の取り組みは、科学を起点とした変革のモデルケースとなりそうですね。今後の展望や目指す未来像についてお聞かせいただけますか。

千北 氏:これからも変わらず、最もお客さまから選ばれる保険会社を目指します。そのために、お客さまが求めるものを的確に把握し、ニーズを満たすサービスを提供していきます。これまで、他社との差別化を図るあまりサービスが複雑化し、過剰品質となっていた面がありました。速さ・分かりやすさを追求しつつも、よりお客さま体験価値の高いサービスをお届けできるよう、行動経済学をはじめとした幅広い知見の活用をさらに進めていきたいと思います。

同時に、デジタルが得意とする領域では積極的にデジタル化を推進し、効率化によって生まれた時間でお客さまに寄り添った対応を強化していくことでも、体験価値を向上させていきます。

原口:今後も、保険業界を取り巻く環境は変化を続けていくと思います。どのような状況でもお客さまに最適なサービスを提供できるようEYがお手伝いをさせていただくことで、組織変革を加速させる一助になれればと思います。

※本項では、行動経済学や心理学をはじめとした人の行動のメカニズムを明らかにする学問全体を、学術的に正確には「行動科学」と呼ぶべきですが、多くの方になじみのある「行動経済学」として表現しています。

三井住友海上火災保険株式会社 業務プロセスデザイン部 プランニングチーム 課長 千北 章裕 氏


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