日没の太陽を背景にした橋と人々のシルエット(台湾・新台北市淡水の情人橋)

インテグリティを基盤にした企業文化構築に必要なリーダーシップとは

関連トピック

「EYグローバルインテグリティレポート2024」からは、新興国のリーダーがインテグリティファーストの姿勢を維持するための、重要なインサイトが得られます。

本稿はEYグローバルインテグリティレポートの中から、新興国市場の観点で情報を取りまとめたものです。

要点

  • 新興国企業は、AIの倫理的利用の管理と安全性の確保においてリーダー的役割を担ってきた。
  • 自国の気候変動の影響に対する感度の高さから、新興国は、先進国と比較して環境・社会・ガバナンス(ESG)のインテグリティを重視する姿勢が強い。
  • 強力なリーダーシップとインテグリティファースト型アプローチがインテグリティの好循環を生み出し、組織内外で新たな信頼を築きそれを維持することを可能にする。


EY Japanの視点

EYの調査によると、インテグリティ規範が向上したとの回答が、先進国では39%(日本は40%)、新興国では58%となりました。前回の調査から先進国が5%(日本が4%)上昇しているのに対し新興国では11%上昇と、引き続き新興国におけるインテグリティへの意識の高まりが目立ちます。

一方で、重大な不正行為や規制コンプライアンス違反があったという新興国における回答は、前回の調査から9%増加しました。上司や通報窓口に不正行為を通報した割合(34%)や、その際に通報するべきではないという圧力を感じた割合(56%)、通報しなかった割合(30%)のいずれも先進国(それぞれ23%、51%、14%)に比べて高く、意識の高まりと実態にはまだまだ乖離があり、今後改善の余地がありそうです。

上記に対し、AIの倫理的な活用、ESG分野における意識や取り組みに関しては先進国をリードしている回答が多く、この点で、日本を含む先進国は新興国の取り組みなどから学ぶべきものがあるのではないでしょうか。


EY Japanの窓口


荒張 健
EY Japan Forensic&Integrity Services Leader EY新日本有限責任監査法人 常務理事 アドバイザリーサービス担当 パートナー

急激な変化が続く環境の下、紛争、貿易摩擦、政策の大転換など、マクロ経済や地政学的不確実性が継続する状況では、個人や組織が誠実に行動することが一段と難しくなっています。

EYでは2024年に、新興国の大規模な組織で働くあらゆる職位のメンバー3,164名を対象に、インテグリティへの取り組みに関する調査を行いました。この調査の実施以降、地政学的情勢は著しく変化していますが、新興国市場では多くの企業がインテグリティとコンプライアンスに対して、従来どおりの姿勢を維持しています。各国の規制は変更される可能性がありますが、現地の法令は依然として有効であり、企業はコンプライアンスを長期的な視点で捉えていることがうかがえます。

「EYグローバルインテグリティレポート2024」の結果と追加調査をもとに、新興国企業の経営層が先頭に立ち、従業員が安心して声を上げ、行動できる組織環境を醸成することで、インテグリティの好循環を生み出すためのインサイトを紹介します。

インテグリティ規範の維持は依然として重要な課題

「EYグローバルインテグリティレポート2024」によると、新興国の回答者の58%が、組織のインテグリティ規範は過去2年間において向上したと考えています。これは2022年の調査結果を11ポイント上回る数字です。その一方、重大な不正行為や規制コンプライアンス違反があったと認めた回答者も24%で、2022年の15%から増加しています。

多くの企業が、インテグリティ規範を維持することの難しさを認識しています。地域別でこの割合が大きいのは、極東アジア(65%)と中南米(63%)です。特に中南米で、インテグリティ規範の順守を困難にしている主な障壁として挙がったのは、不安定な経済、関税、麻薬カルテルによる脅迫、小規模な汚職といった要因です。

「中南米は重要な輸出市場です。関税の引き上げや貿易障壁の高まりにより利益率が押し下げられたことで、企業におけるインテグリティ規範の維持が難しくなっています」とEY Latin America Forensic & Integrity Services LeaderのRafael Huamanは指摘します。

グローバル化を支える基盤が不安定になる中で、誠実に行動することは、一段と難しくなるでしょう。ただし、地政学的環境の変化による影響が本格的に表面化するのは、今後2年程先になる可能性があります。

新興国企業はインテグリティ維持において強い逆風に直面

世界金融危機や新型コロナウイルス感染症によるパンデミックの時期と同様に、現在の不安定な環境において、新興国企業が組織の内外で誠実に行動するに際し複雑な要因が影響を及ぼしています。具体的には、以下のような要因です。

こうしたリスクがあるにもかかわらず、新興国企業の79%が、インテグリティ関連の重大な問題を防ぎ、発見し、これに対応するプロセスが組織にはあるかという設問に、「強く確信している」または「ある程度確信している」と回答しました。この割合が特に高いのは極東アジア(87%)とMEIA(83%)です。

その一方で、組織のインテグリティ規範違反を促す誘因や圧力が強まっているとみる回答も4分の1ありました。また、インテグリティ規範に違反した従業員に対して処分などの措置を講じているとの回答が全体に占める割合は、2年前の69%から65%に減少する一方で、規制当局による措置が強化されたとした割合は、2年前の38%から41%に増えています。

重要なインサイトからみる、新興国企業がインテグリティの好循環を生み出す方策

以降の章では、新興国の企業トップが先頭に立ち、従業員が安心して声を上げ、行動できる組織環境を醸成することで、インテグリティの好循環を生み出すためのインサイトを紹介します。また、企業が人工知能(AI)に対してインテグリティファースト型アプローチを取ることの重要性と、環境・社会・ガバナンス(ESG)のインテグリティを企業戦略の中心に据えることの重要性についても詳しく考察します。

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第1章

模範を示す

インテグリティの強化には、企業トップの姿勢とリーダーシップが不可欠です。

新興国の回答者の61%が、コンプライアンス規範が向上した最大の理由にリーダー層からの指導を挙げています。その一方で、短期的な個人や組織の利得のためにインテグリティを損なう可能性のある管理職がいると考える回答も4割以上を占めました。特定の状況下では非倫理的行動を取ると思う、と自ら認めた回答者も同程度います。さらに、半数が、同僚は何らかの形で非倫理的行動を取ることをいとわないだろうと考えています。

また、新興国の回答者の3分の1が、上位者やハイパーフォーマー(高い成果を上げる人材)が関与している場合、非倫理的行動が容認されることが多くなるとしています。この傾向が著しく高いのはインド(62%)、タイ(52%)、マレーシア(48%)です。こうした調査結果は「2024 ACFE Report to the Nations」にも見られ、不正行為全体に占める割合は一般従業員によるものが37%であるのに対して、管理職が41%に上るという報告と合致します。

 

「EYグローバルインテグリティレポート2024」では新興国の回答者の30%が、インテグリティが低下した主な要因に「財務プロセスや統制の不備」を、26%が不正行為の主な要因に「リーダーの適切な姿勢の欠如」を、それぞれ挙げています。3分の2近くが、コンプライアンス規範が向上した理由に「強力なリーダーシップ」を挙げていることと対照的であり、これは興味深い結果です。

米国 Ethisphere社の「2024 Ethical Culture Report: Closing the Speak Up Gap」1によると、不正行為を目にした場合、従業員の93%が通報することに前向きである反面、不正行為を目撃して実際に通報した人は50%にとどまりました。「EYグローバルインテグリティレポート2024」では回答者の半数以上が、通報しない主な理由に「圧力」を挙げています。さらに、報復を受けるのではないかという不安も、通報を妨げる要因です。EY Africa Forensic & Integrity Services LeaderのSharon van Rooyenは次のように指摘しています。「南アフリカでは、企業が内部告発制度の改善を進めてはいるものの、汚職・腐敗防止の取り組みに携わる個人や内部通報者が殺害されるといった重大事件が複数あり、個人の安全が依然として懸念事項であるのが現状です」

新興国の回答者は、自身の組織では、内部通報者を対象とした支援策や保護策を強化し、不正行為を通報しやすい環境整備にも取り組んでいるとしています。しかし、改善の余地は大きく残されています。リーダーシップ文化を醸成して組織全体にインテグリティを浸透させるために、組織が講じることのできる主な対応は以下の4つです。

  1. 模範的な行動。従業員が安心して声を上げることができる環境の醸成に、管理職のリーダーシップは不可欠です。管理職が組織の価値観を体現し、通報された不正行為への具体的な対策を講じる姿勢を示すことで、従業員が不正行為を目撃した際に通報する意欲が高まります。
  2. 上級管理職の問題。管理職が指導力を発揮できない場合、上級管理職がインテグリティ上の問題を担当し、対処する責任を負います。従業員は通常、上級管理職よりも直属の管理職である上司と近い関係にあることが多く、こうしたつながりによって、ホットラインではなく上司に不正行為を通報する従業員が6倍も多いことが、Ethisphere社の調査結果に示されています1
  3. 文化に起因する障壁への対応。組織文化がもたらす価値観や考え方の中には、声を上げる際に障壁となるものもあります。プライバシー管理と機密保持の強化に加え、内部通報者のフォローアップとして進捗状況を継続的に伝えることや、通報ホットラインの運営、問題解決の第三者委託も、有効な対策になります。
  4. リーダーの説明責任の明確化。管理職・経営幹部・取締役会クラスのリーダーの説明責任を、より厳格化する必要があります。具体的な対応策の例として、不正行為の通報をリーダーに義務づけ、認識した不正行為が適切に報告されたかを確認するための認証を定期的に実施する仕組みが考えられます。さらに、真に中立的立場の担当者が通報された不正行為の調査・解決にあたるよう徹底する必要もあるでしょう。

 

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第2章

AIの倫理的利用を推進する

新興国には、誠実なAIの開発・導入・利用でリーダー的役割を担うチャンスがあります。

AIと生成AIは依然として成熟の初期段階にありますが、新興国企業はAIの理解・導入・責任意識において、先進国企業より成熟している傾向が見られます。

新興国の回答者の87%が、自社のコンプライアンス部門においてAIを利用しているか、今後2年間での利用を計画・検討していると答えました。中南米では、この数字は94%に上ります。国別では、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドルの回答者全員が、自社がAI活用に積極的であると示しました。

新興国企業は、コンプライアンスのほぼ全ての領域にAIを導入する機会と捉えており、リスク管理での活用も計画しています。具体的には、サイバーセキュリティ(34%)やデータプライバシー(29%)、ESG(29%)、国際貿易や輸出入(27%)が挙げられています。今後2年間に事業や業務でのAIの利用も検討している企業の割合は、新興国では8割に上り、先進国の70%と比較しても関心が高くなっています。

新興国企業はAI活用に積極的ですが、その熱意に水を差す大きな課題にも直面しています。全体の3分の1が挙げた障壁が「社内の専門知識の不足」、31%が挙げたのが「AIモデルに取り込むデータの一貫性のなさや不完全性」です。

AI利用の管理と安全性確保においても、新興国企業は先行しています。AIの適切な利用やリスクについて、組織内でトレーニングやガイダンスを個人的に受けたことがあるとした回答者は、新興国では半数に上り、先進国の35%と比べて高くなりました。地域別でこの割合が特に高いのはMEIA(60%)と極東アジア(59%)、中南米(54%)で、低いのは西欧(35%)、北米(32%)、オセアニア(28%)です。

さらに一般的に、新興国企業では、AIの導入と利用を組織全体で管理する体制を整備する傾向が高くなっています。

新興国の企業が導入しているAI管理策

東欧

極東アジア

MEIA

中南米

AIを活用したツール・アプリケーションを導入前に精査する。

27%

46%

47%

51%

AIを活用したツール・アプリケーション導入について上級幹部の関与や理解の向上を求める。

29%

45%

46%

40%

ビジネスプロセスの改善を目的としてAIの活用に関するガイダンスを従業員に実施する。

26%

50%

47%

44%

AIの適切な利用の徹底を目的に倫理基準を策定する。

25%

44%

50%

43%

プライバシーや不正行為などAIに関わるリスクを管理する手続きやポリシーを策定する。

28%

47%

51%

46%

米国政権がAIの開発や利用に関わる規制を緩和する可能性があるとはいえ2、新興国はAIの倫理的な利用におけるリーダー的役割を強化するチャンスをつかむことができます。2024年2月には極東アジア諸国が連携し、AIのガバナンスと倫理に関するASEANのガイドラインを発表しました3。「私たちの経験から述べると、ASEANでは多くの企業がAIを活用したイノベーションに意欲的で、AIの導入を積極的に進める反面、AIの潜在的なリスクに懸念も抱いています。このガイドラインは実務的なガイダンスとユースケースをタイムリーに紹介するもので、取りまとめにはEYのチームも協力にあたりました。世界の他の地域の動向に左右されることなく、この地域の組織が責任を持ってAIを利用する上で有用です」と、EY ASEAN and Singapore Forensic & Integrity Services LeaderのRamesh Moosaは述べています。

AIの倫理的な利用の徹底を図るために新興国の経営幹部が講じることのできる対応は、以下の4つです。

  1. 成熟度評価の実施。新興国の組織は、継続的に成熟度評価を実施して、重大なギャップを把握する必要があるでしょう。
  2. 正式な規範とポリシーの策定。ガバナンスは、安全で透明、かつ責任あるAIを実現する上での基盤です。新興国の組織は、AIに関する正式なポリシーとガバナンスの枠組みを含め、それを導入する手段を講じる必要があるでしょう。このポリシーは、人々の権利・安全・プライバシーと、AIの出力内容の公正性・正確性・信頼性、基礎となるデータやモデルのセキュリティに対処する規範やガイドラインに、重点を置くものである必要があります。
  3. データガバナンスとデータプロセスの最適化。コンプライアンス部門にAIを導入にするにあたっての大きな課題は、AIモデルに取り込むデータの一貫性のなさや不完全性です。そのため、組織はデータガバナンスとデータプロセスを最適化する必要があるでしょう。具体的には、データの出所、品質、弱点を把握するためのデータマッピング、データリネージが含まれます。組織のAI活用能力が成熟するにつれて、AIアルゴリズムのポートフォリオを確実に管理可能な、拡張性や柔軟性がある安全なインフラの構築に注力できるようになります。
  4. 規制対応計画の策定。各国政府や規制当局がAIへの監視を厳格化する中、AI関連の規制対応計画を策定して、危機的状況が生じた場合に対応できるように準備しておくことの重要性が高まっています。組織は、関与する必要がある担当者、データの所有者、データの所在を把握しておく必要があるでしょう。
3

第3章

ESGインテグリティを企業戦略の中心に据える

他地域でESGへの取り組みが減速する中で、新興国企業にとって重要となるのは、ESGインテグリティを取り巻く機運を維持することです。

新興国企業はAI分野で先行しているだけでなく、ESGの知識や注力度、取り組み、情報開示においても、先進国企業を上回っています。ESG関連の規制について「とてもよく知っている」あるいは「よく知っている」と答えたのは、新興国が45%だったのに対して、先進国は33%でした。この割合が大きい地域は極東アジア(55%)とMEIA(54%)です。さらに、該当する国・地域のESG関連の規制を「きちんと把握している」という回答も、新興国では4分の3(73%)に上り、先進国の62%と比べて高くなっています。

先進国よりも新興国企業が、ESGインテグリティのあらゆる側面で注力しているのは、気候変動の影響に対する感度の高さが背景にあると考えられます。実際に、新興国はほとんどの先進国に比べて、気候変動による悪影響をより早くからより強く受けています。


新興国企業が、先進国企業と比較して大きな説明責任を果たしている傾向がうかがえます。ESGへの取り組みとその進捗状況について、組織の透明性と対外発信状況を尋ねた結果、「非常に高水準」か「高水準」という回答は、新興国が70%に上り、先進国の57%に比べて高くなりました。この割合が大きいのは、やはり極東アジア(75%)とMEIA(79%)です。また、自らの組織は公式なESG指標に沿った行動をしているとした回答も、新興国が72%で、先進国の61%を上回りました。

新興国企業はESGのインテグリティ規範を維持し、より成熟しているように見受けられますが、課題が残っているのも事実です。2024年の「腐敗認識指数(CPI)」4によると、新興国の気候変動に関する外交では汚職問題が主要関係者を悩ませ続けています。具体的な指数は、以下のとおりです。

  • COP29の開催国となったアゼルバイジャンは、1,773名以上の化石燃料業界のロビイストに会議への参加を認めたことなどから、CPIはわずか22点。
  • COP30の開催国となるブラジルは、気候変動対策資金を2035年までに1兆3,000億米ドルに増額する責任を担うことになるが、今回のCPIは過去最低の34点。
  • G20議長国である南アフリカも、2019年から3点低下した。
  • 一部の主催・議長国ではCPIの指数が平均を下回り、透明性の低さと市民社会の参加の制限により、その会議自体の透明性も大幅に低下させている。このような状況は、効果的な気候変動政策の策定を阻む深刻な障害であり、ブラジル開催のCOP30や南アフリカ開催のG20首脳会議を控え、対処が求められる。

一方、ロシアでは、地球環境ファシリティ(GEF)が出資し国連開発計画(UNDP)が管理するプロジェクトにおいて、数百万ドル規模の資金が不正流用された可能性が高いことが、監査により明らかになりました5。ベトナムでは、下級から上級までの公務員の組織的な汚職により、環境破壊と森林劣化が進んでいます6

世界各地でESGの優先度が低下する中、新興国企業は静観の姿勢を強めています。現地の規制当局も追随する可能性があります。各国政府は、国際的な事業運営に伴うコストやESG規制に関わる企業負担による影響を受けやすくなっているのです。それでも、シンガポールをはじめとする多くの地域では、グリーンエネルギーに向けた取り組みが継続されています。シンガポール証券取引所は、上場企業にサステナビリティ監査の実施を義務づけています7。また、南アフリカはESGへの取り組みで後れを取っているようにみえますが8、政府は脱炭素化に相変わらず注力しており、先ごろ、ESG情報の開示や、ESG指標に連動する役員報酬の導入を義務づける法令を公布しました。こうした取り組みにより、南アフリカのESGを取り巻く環境も国際的な水準に近づくはずです。中南米では、ESGに関する言及が減少傾向にあるものの、企業コンプライアンスとESGを融合する取り組みは、企業によって今後も継続されます。これとは対照的に、MEIAでは、ESGコミットメントをめぐりEUや米国が揺れる中、ESGの優先度が低下する可能性を示す兆候が見られます。

ESGインテグリティにおいて、新興国が先進国を先行するための方策は4つあります。

  1. ESGの優先課題の明確化。組織に今後求められるのは、企業戦略に沿ったESG目標を設定し、組織内のESG責任者を明確にすることです。
  2. テクノロジーの活用。規制コンプライアンスを求める圧力の高まりを考えると、新興国企業は今後、情報開示プロセスを強化し、テクノロジーと自動化の利用を検討する必要があるでしょう。これにより、ワークフローを構築し、ESGパフォーマンスのデータ収集・分析やモニタリングの一貫性と正確性の向上が可能になります。
  3. ESGガバナンスの枠組みの構築。ESG関連の規制が変化していることから、柔軟性と対応力を高めるため、組織には今後、アジャイルなESGガバナンスの枠組みと関連プロセスの構築が求められることになるでしょう。具体的には、ESGの新たな分野を組み込みつつ、変化する国際基準に対応できる包括的なリスク評価手法の導入です。そのリスク評価の結果を重要業績評価指標(KPI)や重要行動指標(KBI)に組み込むことで、進捗把握や、企業のESGパフォーマンスに係る説明責任の強化が可能になります。
  4. コミュニケーション、教育、信頼の構築。組織は今後、全社を対象に、教育による理解、信頼の構築や取り組みへの関与を促す効果的なコミュニケーションプランを策定する必要があるでしょう。
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第4章

インテグリティの好循環を生み出す

インテグリティの好循環によって、組織内や、顧客、投資家、社会との間に新たな信頼を築くことができます。

変化が激しく市場の不確実性が続く時代にあって、企業はインテグリティ規範の維持や強化が難しくなってきていることを実感しています。こうした時こそ、間違いなくインテグリティを全ての関係者にとっての最優先課題にするべきです。

インテグリティ関連の重大な問題に対応するプロセスについて、新興国の回答者の79%が、自社ではすでに整備済みと確信していると回答し、また55%が、対応力が過去2年間で向上したとしており、これは好材料といえます。その一方で、以下のような結果も明らかになりました。

  • 過去2年間にインテグリティ規範や規制違反があったとして自社が規制当局から処分などの措置を受けたという回答は41%で、2022年調査の38%から増加した。
  • 過去2年間にインテグリティ規範や規制違反があったとして自社の従業員に処分などの措置を講じたのは65%で、2022年調査の69%から減少した。
  • 自社のインテグリティ規範が世間一般や報道機関、ソーシャルメディアで話題になったことがあると認めたのは44%で、2年前の41%から増加した。
  • 自社内の標準的な業務ルールやプロセスを容易にすり抜けることができるという回答は24%で、2年前と変わっていない。

企業がインテグリティに対してアジャイルで人を中心に据えたアプローチを取る、つまり、適切な施策を導入して誠実な行動を促し、健全な企業文化とインテグリティへの強い信頼を醸成する体制を整備した企業は、規制の変化や社会的期待の高まりに後れを取らず対応していくことができます。同様に、組織の価値観を守ることを全従業員の自分ごととし、不正行為に対する処分などの具体的な措置を講じれば、企業がインテグリティの好循環を生み出し、組織内部の信頼に加え、顧客や投資家、政府、社会との間に新たな信頼を築くことも可能です。「『正しいことである』という理由に基づく倫理的な行動は、コンプライアンスのためのチェックリストを埋めるような形式的な行動とは異なります。中南米の企業は今、形式的な行動から本質的な行動へと移行しているところです」と、EY Latin America Forensic & Integrity Services LeaderのRafael Huamanは述べています。

インテグリティの好循環を生み出す方策は4つあります。

  1. 健全なガバナンス体制を構築して、コンプライアンスやレピュテーションリスクの管理を日常の意思決定プロセスに組み込みます。
  2. インテグリティ規範とコンプライアンス規範を業務運営や手続きに直接取り入れ、インテグリティを組織全員の責任として定着させます。
  3. インセンティブを設けて、正しい行動を報奨します。罰則を設けることは違反の抑止にはなっても、意欲につながることはほとんどないでしょう。
  4. 意識を向上させ、トレーニングやコミュニケーションを強化します。

誠実に事業を運営することが、新興国企業にメリットをもたらすことは明らかです。「EYグローバルインテグリティレポート2024」でメリットとして挙がったのは、「建設的で開かれた職場環境の整備」(31%)、「財務業績の向上」(29%)であり、これに続いて「イノベーションの拡大と創造性の向上」、「危機対応力を備えた、より強靭でレジリエントな事業体制の構築」、「社会的に持続可能で環境に配慮した事業運営」(共に26%)が挙がりました。


新興国市場では、インテグリティ文化の醸成に向けて着実な進展が見られるものの、その実現の道のりはまだ長いのが現状です。真のインテグリティの推進とは、単なるポリシーやプロセスの策定を超えるものであるべきです。リーダーが先頭に立って推進に取り組む姿勢を示し続け、規制の強化を図り、規範違反があった場合は行動を起こす意思を持つことが求められます。その基盤は築かれつつありますが、このような環境において信頼を維持するには、常に警戒を怠らず、かつ進化を遂げる必要があります。

企業のインテグリティを高めるには、個人的な利益より倫理観を貫く勇気を選び、圧力をかけられたとしても正しい行動を取り、言葉だけでなく行動でもインテグリティを実践するリーダーが必要です。そうしたリーダーがインテグリティのために立ち上がれば、組織全体もそれに追随するでしょう。


サマリー

「EYグローバルインテグリティレポート」にまとめた新興国市場の今後の展望から、企業がインテグリティを企業戦略の中心に据えるための重要なインサイトを得ることができます。このようなチェックアンドバランスの仕組みは、企業がインテグリティの好循環を生み出し、不確実性の高い状況にあっても、組織内やステークホルダーからの信頼を高める上で役立つはずです。


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