EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
近年、世界的にAIの技術革新が進んでおり、日々のニュースやSNSなどでもAIを活用した事例が取り上げられています。私たちの身近な暮らしの中でも、AI技術を活用したサービスを目にする機会が増えてきており、AIは人口減少社会に転じた日本の社会課題解決の切り札となり得るでしょう。
世界各国でも国家戦略としてAI活用を推進してきている中、日本政府においても強い経済実現のための戦略分野としてAI分野が指定されていることや、2025年12月に政府より公表された人工知能基本計画(案)において1兆円規模の民間投資を呼び込む方針を打ち出していることなどからも、AI産業における日本政府の期待の高まりを感じられます。
実際、日本政府は、政府職員が安心・安全にAI技術を活用できる基盤となる「ガバメントAI」の構築を進めており、プロジェクト「源内」という生成AIの環境整備にも着手していることなども念頭に置き、世界の現状や先駆者の事例についてご一読いただければと思います。
EY Japanの窓口
横山 武史
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラセクター ディレクター
さまざまな課題の解決にデータ分析が不可欠となる今、世界各地のパブリックセクターは重大な転換点を迎えています。まさに、そうした課題に対処する機能を備えているのが人工知能(AI)技術です。これは効率化を図るためだけのツールではありません。政府・公共サービスでデータ分析やAIの力を活用することで、21世紀のパブリックバリューを高めることができます。
世界各地のパブリックセクターがどのような対応をしているかを把握するため、Oxford Economics社と共同で14カ国を対象に包括的な調査を実施しました。その調査の結果から、先駆者グループがすでにかなりの便益を得ており、提供するサービスと業務の効率性を向上させていることが分かりました。
このレポートは2部構成シリーズの第1部です。調査結果にスポットを当て、パブリックセクターのAI導入状況を精査し、導入格差を数値化して、組織が直面する課題を明らかにするほか、先駆的な組織を成功に導いたアプローチを参考としたフレームワークを紹介しています。第2部のレポートでは、こうしたインサイトを踏まえて、このフレームワークをどのように活用すれば、データ分析とAIの導入をうまく進めることができるかについて、実践的なガイダンスを詳しく紹介する予定です。
第1章
戦略的意図を持ってデータ・AI導入の取り組みに着手する政府機関は変革を先導し、迅速に変革を遂げています。
今回の調査の結果から、パブリックセクターがデータやAIが持つ非常に大きな可能性を認識していることが分かりました。データトランスフォーメーションやデジタルトランスフォーメーションに向けた取り組みの一環としてAIプログラムを実施する計画が組織にはないとした回答者は全体の4%しかいません。こうした認識が広がっているにもかかわらず、導入率は相変わらず低く、組織の一部または全体でAIを導入している組織は全体の26%に過ぎず、生成AIを導入している組織に至っては全体のわずか12%です。
一方、導入を加速させる必要があることは明確に認識しており、回答者の58%がパブリックセクターは導入を急ピッチで進める必要があると考えています。データ分析やAIを活用して政府・公共サービスを提供してきた組織はすでに幅広い便益を得ています。具体的には、サービスへのアクセス向上や相手のニーズに合わせたやり取りなど市民体験の充実、業務の効率化、セキュリティの強化と不正行為やミスの減少、職場の生産性と満足度の向上、データを活用し、より多くの情報を参考に意思決定を行う環境の整備などです。
こうした便益はいずれも、組織と市民の双方により良い成果をもたらし、パブリックバリューを高めており、実際、以下に示すパブリックセクターでのAI活用事例のように、明確な成果を伴う6つの主要なバリュードライバーに分けることができます。
政府機関は導入を急ピッチで進める必要があることを認識していますが、導入状況は機関により著しく異なります。慎重な段階的アプローチをとるところがほとんどですが、導入が進んでいることは間違いありません。パブリックセクターでは、データとデジタルインフラの整備が進んでいるのに対して、AIと生成AIの導入率が著しく低いことが分かりました。これは、AIが持つ変革力が注目されるようになったのがここ数年のことであるため無理もありません。また、導入率が低い背景には、AI固有のリスクを把握・管理する必要があり、それに対して当然のことながら懸念が生じていることがあります。実際、回答者の65%が生成AIの普及が急速に進み過ぎていると述べ、安全性を損なうことなく便益をもたらすことができる、より多くの情報に基づく、よりバランスの取れたアプローチが必要だと強調していました。
政府機関はリスクの管理と価値の実証を行いながら、ケイパビリティの構築を進めているところであり、このように導入を段階的に進める取り組みは戦略的に妥当だといえます。とはいえ、パブリックバリューを高めるには、導入の加速に向けて次にどのような手を打つかが極めて重要です。
今回の調査で、導入の進展と戦略の高度化で他の政府機関をはるかにしのぐ「先駆者」グループがあることが分かりました。他の政府機関の取り組みを促進させる一助となる、どのような学びをこれら政府機関から得ることができるでしょうか。
今回の調査の結果から、先駆者は強固な基盤を築いてから、高度なAI技術の導入を急ピッチで進めることを戦略的に重視しており、それが他者と差をつける要因となっていることが明らかになりました。
こうした先駆者は明確な成功の方程式に従うことで、導入格差の解消に成功しています。成功の方程式とは、まず強固なデータインフラを整え(先駆者が88%、後発組が58%)、包括的なデータガバナンスを構築するとともに、技術だけでは十分でないことを認識した上で、技術的な基盤と組織の準備態勢の両方を同時に重視するといった対応です。
先駆者グループの組織は、AIへの投資を今後3年間にわたり推し進めていきます。これは、強固なデジタルインフラやデータ基盤の構築やプロセスのデジタル化・分析に重点的に投資しながら、AIと生成AIの導入を進める準備を整えるという、導入の論理的な道筋に沿った取り組みです。
デジタル化を優先的に進めることで、クリーンで構造化され、より高度な用途に対応したデータを確保できるため、こうした優先順位付けは戦略的に妥当だといえます。また、最初に強固なデータガバナンスを構築せずにパブリックセクターにAIを導入することで生じるコスト増や複雑化を回避する上でも効果があります。
いち早くAI導入に注力したことがメリットをもたらしているのは明らかです。先駆者は、いくつかの領域で後続組より効果的なデジタル基盤とデータ基盤を築いています。
先駆者を他者とは一線を画す存在にしているのは、技術的機能と人間的側面に同時に対処する、その包括的なアプローチです。人材育成に優先的に取り組み、厳しい倫理指針で労働者の倫理力を育て、外部と連携して能力不足を解消し、政府・公共サービスでのAIの活用を市民に受け入れてもらう下地を作っています。
こうしたバランスの取れた戦略が目覚ましい成果をもたらしているのです。AIの取り組みの成果は予想を「やや上回った」あるいは「かなり上回った」と回答した人の割合は、先駆者が62%で、後発組の26%の2.4倍でした。
第2章
リーダーから学び、データとAIの取り組みを促進し、パブリックセクターでのAIのユースケースを模索していきましょう。
データ分析とAI・生成AI技術の導入はパブリックセクターに難しいパラドックスをもたらしています。この技術が持つ変革力を明確に認識する一方、進展を阻む根強い障壁に直面しているのです。
回答者が挙げた最も大きな障壁はプライバシーとセキュリティ面の懸念(62%)、戦略のすり合わせの欠如(51%)、インフラの未整備(45%)、効果が不透明で、説得力に乏しいビジネスケース(41%)、倫理的問題(42%)などです。
今回の調査の結果から、興味深いことに、こうした課題は往々にして、導入に向けた取り組みが進むにつれ、軽減されるのではなく深刻化することが明らかになりました。先駆者は後続組よりこうした障壁を強く認識しており、「何を知らないかを理解していない」状況が生まれていると考えられます。つまり、AIに深く関与すればするほど、それがいかに複雑であるかがよく分かるということです。
一方、こうした課題は、今回の調査の結果から克服できることが分かりました。先駆的な組織の実績あるアプローチを研究することで、政府機関は導入に向けた取り組みを加速させ、データとAIが持つ変革力を活用し始めることができます。
今回の調査結果を分析したところ、先駆的な組織は、戦略策定から価値提供までの取り組みを大きく3つのステップに分けて策定し、成果を上げていることが分かりました。
先駆的な組織は、自らの中核的ミッションに沿ってAIの導入を進めるという明確なビジョンを掲げて、大胆なリーダーシップを発揮するとともに、高官・幹部レベルの支援体制と専用の投資体制を確立し、こうした取り組みが戦略的に重要であることを発信しています。
具体的な対応:
今回の調査の結果から、AIの導入を成功させるには、技術的機能と組織の準備態勢の両方に同時に対処できる包括的なアプローチが必要であることが分かりました。これから紹介する5つの基盤は、先駆的な組織が備える、成功に不可欠な要素です。
先駆者はまず強固なデータインフラとデータガバナンスを構築してから、AIの導入を開始しています。重視しているのは、質の高いデータと最新のデータアーキテクチャ、安全なプラットフォームです。
具体的な対応:
先駆的な組織は、戦略的な人材計画や総合的な研修プログラム、技術的なスキルセットの確保を目的とした外部とのパートナーシップで人材不足に対処しています。
具体的な対応:
成果を上げているのは、イノベーションや試験的試みが活発に行われ、最新テクノロジーを抵抗なく受け入れる環境を育む組織です。こうした組織は、計算されたリスクをとることを「容認する体制」を作り上げています。
具体的な対応:
社会の信頼を高めることが不可欠です。リーダーが厳しい倫理指針や透明性の高いデータの利活用法を定め、人間による有意義な監督体制を構築する必要があります。
具体的な対応:
先駆的な組織は、パブリックセクター、プライベートセクター、アカデミックセクター、市民セクターをまたいだ多様なパートナーシップネットワークを構築して、導入の加速や、単独では実現できないケイパビリティの拡大を図っています。
具体的な対応:
単独のパイロットプロジェクトから組織全体の導入へと移行するには、規律ある実行と明確なロードマップが必要です。
具体的な対応:
先駆的な組織から得た学びは、変革を加速させる助けとなります。そうした組織も同じように取り組みを進め、障壁に直面し、それを克服する方策を導き出してきたのです。
今こそ行動を起こす時です。パブリックセクターの未来は、このきっかけをつかむかどうかにかかっています。パブリックセクターのリーダーが自問すべき問いはもはや「こうしたテクノロジーを導入するかどうか」ではありません。「それを早く、効果的に導入して、すべての市民により良い成果をもたらすという中核的ミッションを強化するにはどうすればいいか」なのです。導入を成功させるには、戦略的な投資を行い、5つの基盤すべてを同時に強化する必要があります。
政府機関は、データとAIにパブリックセクターを変革する力があることを理解していますが、導入率は相変わらず低いままです。このまま何の行動も起こさなければ、それにより生じる損失が日々膨らんでいきます。今回の調査で、導入の進展と戦略の高度化で他の政府機関をしのぐ「先駆者」グループがあることが分かりました。パブリックセクターはこうした先駆的な組織から学ぶことで、より強い戦略的意図を持って取り組みを進め、成功に必要な5つの基盤を整えることができます。