EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
「Top 10 Risks for the Government and Public Sector in 2025 〜グローバル調査から分かる公共セクターが直面する10大リスクと日本への示唆〜」 と題した本セミナーでは、EYの最新グローバル調査に基づき、日本の公共セクターおよび民間企業が取るべき対応の方向性について、さまざまな角度から議論が交わされました。
要点
「複合的リスク」の時代を迎えて ─ セミナー冒頭、EYストラテジー・アンド・コンサルティング リスク・コンサルティング パートナーの森 勇雄は、国家間の対立や社会の分断といったリスクが「同時多発的に顕在化している」と現状を分析。特に「地政学・地経学リスク」と「気候変動による環境・災害リスク」の2点を主要テーマに掲げ、「専門家との議論を通じて国際社会が抱える最新のリスクを理解し、日本の官民それぞれが果たすべき役割を再考する機会にしたい」とあいさつを行いました。
EYでは、グローバル調査をもとに、公共セクターが直面する10大リスクと日本への示唆をまとめたレポートを発表。原田はこの結果について、「もはやリスクは単独ではなく、複合的かつ連鎖的に発生するもの」と指摘。その上で、特に注視すべき5つのリスクカテゴリに焦点を当て、以下のように解説しました。
原田は「これらのリスクは単体ではなく、相互に影響し合いながら不確実性を加速させている」とまとめ、「リスクを『棚卸し』するだけではなく、政策判断や組織運営における早期対応の指標として活用すべきです」と提言。そして、「本セミナーでの議論を通じて、今そこにあるリスクをどう乗り越えるかを皆さんと共に考えていきたい」と呼びかけました。
EYでは、こうした複雑化・高度化する行政課題やリスク対応に対し、官民の垣根を越えて実行支援を行う公共・社会インフラユニット(G&I)を組織しています。政策立案から制度設計、行政の業務改革に至るまで、実践的な知見と民間の専門性を融合させて支援を行っています。
パネルディスカッション:テーマ1では、「地政学的な緊張の高まり」が日本政府や民間企業にもたらす影響を中心に議論が展開されました。ロシア・ウクライナ情勢を起点に、国際秩序の再編成と日本の立ち位置が問われる状況が、登壇者の見解を通して浮かび上がりました。
原田は、「EYのグローバルレポートにおいても、『地政学的な新情勢への適応失敗』は特に影響が大きいリスクとして位置付けられている」と切り出し、現在のロシア・ウクライナ情勢をどう捉えるべきかをROTOBOの中居氏に尋ねました。
中居氏は、「軍事的には依然として激しい攻防が続き、外交面ではトランプ政権の和平仲介で交渉再開の兆しも見えるが、具体的な成果は出ていない」と現状を説明。その上で、「いわゆる西側諸国の企業は大幅な事業縮小を余儀なくされ、たとえ停戦に至っても正常化には長い時間が必要。『ポスト停戦』の再構築が今後の鍵を握ります」と解説しました。
これを受け原田は、「第2次トランプ政権発足以降、公共政策の不透明化によって企業経営の不確実性がさらに高まり、シナリオプランニングを一層複雑にしている」と指摘。欧米企業がロシア再進出を模索した場合の日本企業の立ち位置を問いました。
中居氏は、「西側諸国の企業の再進出は、制度面・倫理面でのハードルが極めて高い。すでに空白はロシア企業によって埋められています。国連による侵略認定の影響もあって信頼も損なわれており、企業の約8割が信用リスクやイメージダウンの懸念を持っている」と解説。その上で、「今後、再進出するにはESGやCSRの観点から『なぜこの地域で事業を行うのか』という明確な説明が不可欠です」と回答しました。
原田も「企業が地政学リスクとどう向き合い、事業判断の説明責任をどう果たすかが、この後の企業価値を左右する」と述べ、地政学と企業経営の関係性が一層密接になっている現実に言及しました。
議論は、サプライチェーンの地政学的脆弱性にも広がりました。中居氏は、中央アジア経由の新ルートに触れ、「制裁下のロシアや不安定な中東地域にあるスエズ運河を回避する代替ルートとして注目されているが、国境をまたぐ物流の複雑さや政治リスクの高さから、恒常的な利用は容易ではない」との見方を示しました。さらに、「中国の一帯一路政策との兼ね合いもあり、関係国との調整力が問われている」と補足しました。
原田は「信頼できる国・同盟国との間で、安全保障を前提としたサプライチェーンの再構築『地政学的デカップリング』が進んでいる」と説明。同盟国との信頼性強化の重要性に触れるとともに、「地政学的リスクは有事が起きてからではなく、平時からの継続的な備えが何より大切」であるとして、企業や行政機関がリスクインテリジェンスを整理する体制づくりの重要性を訴えました。
最後に原田は次のようまとめ、議論を締めくくりました。
「シナリオ思考やリスクインテリジェンスの可視化を、経営層の判断フレームに組み込むことが企業のレジリエンス向上につながります。地政学リスクを単なる外的要因と切り離すのではなく、ガバナンスの一部として統合する視点が、今後の競争力と社会的信頼性を高める鍵となるでしょう」
EYが提示する「公共セクターにおけるトップ10リスク」の中でも、気候変動に伴う災害レジリエンス欠如は、もはや優先的に対応すべき国家的な課題となっています。EY森をモデレーターに、ここ数年で可視化された環境・災害の変化について、2人の専門家に意見を求め、多角的に議論を行いました。
地域計画学・環境・防災を専門とする山本氏は、「近年、日本では気象災害の多発化・多様化が顕著」と指摘。大型台風や集中豪雨、猛暑に加え、雪国における豪雪被害の深刻化も無視できないリスクとして挙げました。加えて、「世界的には氷河の融解や海面上昇といった新たなリスクが顕在化しており、グローバルに注視が必要な状況です」と見解を示しました。また山本氏は、2024年の能登半島地震について「山が多く平地が少ない能登半島では、道路の寸断による孤立集落が発生しやすく、超高齢化、耐震インフラの未整備など、複数の脆弱性の問題が同時に重なりました。」と解説した上で、支援活動を行ってきた立場から「今後は、インフラの強靱化だけでなく、AIや衛星データを活用した情報共有、民間との平時からの連携、地域経済の底上げが不可欠です」と政策の方向性を述べました。
マーシャルやツバル、モルディブなどの環礁国をフィールドに研究を続ける藤倉氏は、海面上昇の深刻さを挙げ、「これらの国では、高潮や降水パターンの変化によって生活用水が不足し、珊瑚の白化も進んでいます」と最前線の声を届けました。その上で、「海面上昇の適応策として土地造成が考えられますが、そのためには膨大な資金が必要です。モルディブでは大規模な土地造成が進められていますが、それに伴う債務負担は深刻です。国際社会は気候資金やロス&ダメージ基金の設置の合意はしたものの、実際に十分な資金が届くかは不透明です」と政策に関する懸念を示しました。
ここまでの議論を踏まえ、森は、「日本の地域防災の知見と国際協力はどう結び付くべきか?」と投げかけました。
山本氏は「日本の高度な防災技術を国際展開し、途上国の災害リスク軽減に生かすべき」と提言。国際的な枠組みへの参画、官民連携による技術の社会実装を提案しました。
藤倉氏もこれに賛同しつつ、「日本のODA予算の伸び悩みや途上国側の債務返済能力の限界を踏まえた、資金面の再設計が必要」と訴えました。
森は議論のまとめとして、「産学官がそれぞれの役割を果たし、民間企業も自らリスクシナリオを描いて取り組む姿勢が問われている」と述べ、EYレポートでも提唱している3つの重点施策を改めて強調しました。
そして「複雑化する気候変動に先行して技術革新や制度改革を実行することこそ、日本の国際競争力と信頼の源泉となる」と語り、議論を締めくくりました。
EYでは、気候変動による災害レジリエンスの強化を重点領域と位置付け、地域特性に即したインフラ整備、防災戦略、適応策の策定を支援する専門体制を整えています。公共政策・テクノロジー・財務アドバイザリーを横断的に組み合わせたアプローチにより、自治体や国際機関との連携も可能です。
セミナー終盤は登壇者と参加者による質疑応答が実施されました。気候変動や地政学リスク、公共セクターの課題など多岐にわたる質問に対し、各登壇者が具体的な事例や数値を交えて回答しました。
ロシア再進出の条件は、国によって異なるのか
ROTOBO 中居氏は、「国際交渉のあり方次第で、条件に差がつく可能性は十分にある」と指摘。特に欧州企業には厳しい条件を示す一方、米国企業には異なる態度を示す動きもあり得ると説明しました。また、経済制裁については「ロシア経済は、長期的に確実にダメージを受ける」と強調し、先進技術の供給断絶が経済を弱体化させるとの見解を述べました。
人口減少社会下でのインフラ強靭化策について
法政大学 藤倉氏は、「温室効果ガスの削減や災害リスクの低減の観点から、都市をコンパクトに再設計する『コンパクトシティ』が理想形」と提言しました。これに対し、電気通信大学 山本氏も「安全性の高いエリアに人を集約し、限られたインフラ資源を効率的に運用する構造改革が求められる」と賛同しました。
内陸の砂漠化も深刻な課題です。藤倉氏は「世界銀行は今世紀半ばまでに約5億人が気候変動によって移動を強いられると予測している」とした上で、「気候移民と経済移民の線引きは難しく、支援設計も複雑で難航している」と現状の課題点に言及しました。
国際秩序の揺らぎに対する、具体的な行動指針とは
原田は「各国が自国の価値観で独自に行動する場面が増え、不確実性は高まっています。だからこそ、複数のシナリオを事前に想定し、状況変化に即応する機動力と対応力を高めることが不可欠です」と述べました。
CRO(Chief Risk Officer)について
欧米企業が平時からCRO(Chief Risk Officer)を配置している理由については、中居氏が「2014年のクリミア情勢を契機に、有事対応の備えが進んだ」と解説。原田も、「欧州企業は国単位でのリスク評価が習慣化しており、英国のEU離脱、新型コロナウィルス感染症などの経験を経て、サプライチェーンリスク管理を強化してきた」と補足しました。
行政の人材不足と民間との連携
山本氏は能登半島地震での支援活動を踏まえて、「小規模自治体ほど人員が限られており、企業やNPO、大学などと『平時からの連携体制』が重要」と述べました。藤倉氏もまた、国際協力の現場においても、「実務はコンサルタントなど民間の専門人材が支えている」として、「待遇改善とキャリアパスの整備によって、若手人材が活躍できる仕組みを構築すべきだ」と提言しました。
EYでは、こうした行政のリソース不足や人材課題への包括的な対応を重視し、自治体や中央省庁との連携による平時からの課題可視化と実行支援を行っています。
高まる地政学・地経学的リスクが及ぼす、環境や防災の分野への影響
藤倉氏は、「共通の課題を共有することで、国家間は対立ではなく協調に向かう可能性もある」と述べ、「気候変動や国際河川の管理といった『国境を越える課題』が、国家間の協力を促し、外交問題の突破口になりうる」と希望を示しました。
山本氏は、アラル海の干上がり問題を例に、地政学的背景が環境悪化に直結している現状を紹介。「災害リスクも含めて、複雑に絡み合う課題を多角的に捉える広い視点が不可欠」であると強調しました。中居氏は、ウクライナ情勢以降、北極圏の環境における国際協力が停滞している点に言及し、「北極圏沿岸の8割を占めるロシアが、ウクライナ情勢の影響で国際的な環境協力の枠組みから離脱している。地政学的な緊張が、環境保全における国際連携の大きな障壁になっている」との懸念を示しました。
原田は「本日の議論で、複合的リスクに対する『即応力』だけでなく、『長期的な構え』が公共・民間を問わずに求められている現実が見えてきました。本セミナーが、現代を覆う複合的かつ連鎖的なリスクにどう立ち向かうべきかについて示唆を与えるものとなれば、これ以上の意義はありません」とあいさつし、セミナーを締めくくりました。
国際情勢や気候変動が複雑に絡み合い、社会・経済の脆弱性は拡大しています。防災、外交、サプライチェーン、財政などをまたぐリスクの接点を把握し、シナリオプランニングと平時からの連携体制を構築することが、真のレジリエンスと信頼構築につながります。
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