社会的インパクト評価でつなぐ――日本将棋連盟が拓く地域・教育の未来とビジョン

社会的インパクト評価でつなぐ――日本将棋連盟が拓く地域・教育の未来とビジョン


EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(以下、EYストラテジー・アンド・コンサルティング)は、日本将棋連盟における新たな地域・教育の価値――社会的インパクト評価を活用し、将棋が拓く未来に迫ります。


要点

  • 社会的価値の可視化で、地域・教育課題への効果的アプローチが可能に
  • WTPによる金額換算が、ステークホルダーの認識を定量化する手段に
  • 立川ブランドバリュー向上やウェルビーイングに大きなインパクト
  • 今後の課題を改善し、将棋イベントを通じた社会的価値創造をさらに促進

日本将棋連盟とEYストラテジー・アンド・コンサルティングが連携し、将棋を通じて地域や教育分野の社会課題を解決しようとする新たな試みが進められています。その軸となるのが「社会的インパクト評価」というアプローチです。これは、財務諸表には現れにくい社会的価値を可視化し、定性・定量の両面から評価することで、取り組みの成果を客観的に示そうとする手法を指します。

この評価手法の特徴は、「Willingness to Pay(WTP)」という指標を用いて金額換算を行い、社会的価値を具体的な数値で示す点にあります。たとえば、将棋イベントによって得られる幸福感や文化的価値、地域ブランドの向上など、一見すると金銭に換算しにくい要素を数値化することで、ステークホルダー間で共通言語を持ちやすくなるというメリットがあります。さらに、過大評価を避けるために、イベントがなかった場合の効果との比較や、価値の継続期間の検証を行うことも大切です。こうした丁寧な分析が、のちの施策立案において説得力を高める要因となります。

実際に、第2回達人戦立川立飛杯の評価結果では、財務諸表に現れない社会的価値が約1.65億円に上ることが示され、特に「ウェルビーイング(幸福感、楽しさ)」の向上が大きなインパクトをもたらしました。来場者の約86.2%、企画・運営者の約90.9%が幸せを感じたというデータは、将棋が持つ魅力と地域イベントの意義を強く後押ししています。また、立川のブランドバリュー向上についても、メディア露出の広告換算価値を用いたところ約1億円が算出されました。こうした金額換算の結果は、社会的な効果を具体的に示す一つの有力な手段と言えます。

第2回 達人戦 立川立飛杯

一方で、課題も浮かび上がっています。大会が平日に行われたことにより、子どもたちや学生の参加が難しかったことや、立川市内での周知不足によって地元住民に広く認知されなかった可能性が指摘されています。今後は、立川市の広報や地元メディア、SNSなど多角的なチャンネルを活用し、市民全体が参加しやすい環境を整えることが重要です。また、将棋は静寂を楽しむ文化が根付いているため、観戦時に一体感(ソーシャルキャピタル)を醸成しにくい側面がありますが、新たな応援方法や解説イベントの併設などで、観戦者同士のつながりを生み出せる可能性があります。

こうした地域での将棋イベントは、教育の分野でも大きな可能性を秘めています。日本将棋連盟は、すでに複数の小中学校や公共施設で「子ども向けの将棋教室」や「指導対局」を開催するほか、自治体と連携して放課後の学びの時間に将棋を取り入れるなど、教育現場へのアプローチを進めています。これらのプログラムでは、論理的思考力や集中力、礼儀作法といった将棋の特性を学習に生かすだけでなく、異世代間交流や多様な人々とのコミュニケーションの場としても機能しているのが特徴です。イベントの開催地を通じてそうした活動をさらに広げることができれば、地域社会全体の教育水準や文化理解が一段と深まることが期待されます。

また、WTPの分析からは、来場者が一般市民と比べて約5倍の価値を感じている結果も得られました。実際に会場を訪れ、棋士の対局や会場の雰囲気を体験することで、将棋への興味や満足度が高まることを示唆しています。さらに、性別・年齢層によるWTPの差も興味深い知見をもたらしました。女性の方が高い支払い意思を示し、高齢の方は将棋により親しみを感じる傾向があるといった結果は、イベントの告知や内容を検討する上での貴重な指標となるでしょう。

社会的インパクト評価の手法を用いれば、こうした多岐にわたるデータを整理・分析し、イベントや事業がどれほどの価値を生み出しているかを数字で説明できます。行政やスポンサー、地域住民への説得材料を得るだけでなく、その結果を踏まえて新たな取り組みを具体的に設計できる点が、この評価手法の大きな強みです。将棋という文化的資産を生かしながら、教育をはじめとする社会課題にアプローチするためにも、今後はより多面的な評価と改善が求められます。

立川市が将棋のイベントを通じて地域ブランドを高め、市民がウェルビーイングを得られる機会を増やすためには、単なる大会運営にとどまらず、教育プログラムや世代間交流の場づくりなど幅広い活動が必要です。地域と将棋が結び付くことで、文化を共有するコミュニティとしてのアイデンティティが育まれ、より豊かな地域社会を築くきっかけとなるでしょう。日本将棋連盟とEYストラテジー・アンド・コンサルティングは、社会的インパクト評価から得られる客観的なデータをもとに、ステークホルダーとの連携を深めながら新たな挑戦を進めていきます。こうした地道な取り組みの積み重ねこそが、将棋が持つ力を最大限に生かし、地域や教育現場へ価値を還元していく鍵となるのです。

調査概要および分析アプローチについて

調査期間:2024年12月3日(火)、4日(水)の2日間
調査対象:第2回達人戦立川立飛杯の来場者、運営関係者、立川市民
調査手法:アンケート調査
サンプル数:約800件

「第2回達人戦立川立飛杯」について

期間:2024年12月3日(火)、4日(水)
会場:TACHIKAWA STAGE GARDEN (東京都)
主催:日本将棋連盟


サマリー

社会的インパクト評価を活用し、日本将棋連盟とEYストラテジー・アンド・コンサルティングが地域・教育課題に挑む。将棋の文化価値や幸福感を金額換算し、共通言語として活用する新たな挑戦が始まります。


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