EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
プロフィール
ゲスト:株式会社東京証券取引所 執行役員 林 謙太郎 氏(写真右)
1994年大阪大学法学部卒業、東京証券取引所入所。債券部及び上場部の勤務、株式会社証券保管振替機構への出向を経て、2009年以降、上場部門にて上場制度やディスクロージャー制度の改革及び運用に従事。2017年4月から上場部長、2022年4月から日本取引所自主規制法人常任理事、2024年4月から現職。
モデレーター: EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括 公認会計士 藤原 選(写真左)
オーナー系企業やスタートアップを中心に30年以上にわたり多数のIPO業務を経験するとともにスタートアップの支援に注力。日本医療ベンチャー協会理事(現任)、経済産業省「Healthcare Innovation Hub」アドバイザー(現任)。経済産業省や厚生労働省の調査研究事業委員を務めた他、経済産業省などが主催するビジネスコンテストでの審査員経験も多数。 主な著書(共著)に、『金庫株の資本戦略』(ぎょうせい、2003年)『外食産業のしくみと会計実務Q&A』(中央経済社、2015年)がある。
藤原選(以下、藤原):日経平均株価が2月22日に1989年の大納会でつけた史上最高値の3万8,915円を34年ぶりに更新して3万9,098円となりました。また、7月11日には4万2,224円と史上最高値を更新しました。そして2024年末の終値は3万9,894円と、年末の終値としてはバブル期の1989年を上回り、過去一番高い水準となりました。
一方、東証グロース市場250指数は2023年末比で8.8%の下落となり、海外機関投資家が売り越している状況で、日経平均株価の最高値更新を横目に株価の回復には時間がかかっている状況だと考えられます。林執行役員は、2024年のマーケットをどのように振り返っていますか?
林謙太郎(以下、林氏):2024年は、日経平均株価がバブル時代の高値を更新し、2月にその記録を塗り替えた後、7月にはさらに上昇して4万2,000円台の最高値を記録するなど、記憶に残る年となりました。この株価の上昇にはいくつかの要因があります。
1つ目の要因として、日本経済の構造的変化が明らかになり、デフレマインドの払拭や賃金と物価の好循環が実現し始めたことが挙げられます。これは、日本銀行による金融政策の見直しを含む、具体的な変化として目に見える形で現れました。
2つ目の要因は、円安傾向の影響もあるものの、主要な日本企業の業績が底堅く、その企業評価が市場の評価にしっかりと反映されていることです。
3つ目には、政府が資産運用立国を目指して後押しを行い、それによって貯蓄から投資への資金の流れが大きくなってきたことが挙げられます。この流れは、市場に新たな活力をもたらしています。
さらに米中対立の深刻化や欧州や中東の不安定な情勢が、グローバルな資産のリアロケーションを促す要因となっているとの指摘もあります。
昨年の後半は、世界的に選挙イヤーであったことや、8月には市場のボラティリティが急上昇するなどの動きがありましたが、それにもかかわらず、市場は全体として堅調な動きを保ちました。これらの要因が相まって、2024年の日経平均株価は多くの人々にとって忘れがたいものとなったのです。
その一方で、東証グロース市場250指数の推移を見ると、2021年から24年にかけて、年初を年末が下回るという出遅れ感が継続していることは否めません。この要因としては、グローバルに金融政策が引き締め方向に修正されたことにより、小型株への資金流入が減少し、結果的に銘柄が厳しく選別されているということが挙げられます。
米国の株式市場に目を向けると、S&P500やNASDAQ100の著しい株価上昇が注目されがちですが、NASDAQキャピタルマーケットのような上場基準が緩やかな市場区分の総合指数を見ると、2021年1月をピークに連続して下落しており、東証グロース市場250指数とよく似た動きをしています。また、ラッセル2000という米国を代表する中小型株指数でも、S&P500やNASDAQ100とは異なる動きが見られます。
さらにITスタートアップの成長性に対する投資家側の評価が洗練されてきていることも一因です。AIやディープテックへの期待が高まる一方で、BtoC、フィンテック、企業向けソフトウェアなどの領域では、成功・失敗の事例が蓄積され、投資家側の目利き力が高まっていると言われています。これらの動向が、マーケット全体の成長性に対する見方に影響を与えているのです。
藤原:国内の「一般市場」ベースの2024年IPO企業社数は86社と、23年の96社から10社減少で、5年ぶりに90社を下回りました。そしてグロース市場では2024年は64社と、23年の66社から2社減少の微減となりました。2024年のIPO市場については、どのように分析されていますでしょうか?
林氏:ご指摘の通り、2023年と比較して上場企業数は10社減少しました。市場区分別に詳しく見てみると、プライム市場では2社の増加があった一方で、グロース市場は2社減少し、スタンダード市場では10社の減少が見られました。スタンダード市場の上場企業数が減少した要因については、特定の要因があるわけではないと考えています。また、グロース市場の低迷が続いており、一部の企業では上場時期を見極める動きもあるとの声が聞かれますが、結果として件数に関しては、過去10年間と同水準であったと考えられます。
藤原:業種別に見ると、情報・通信業とサービス業のIPOが中心で、AI・DX関連、人材支援関連企業、そして半導体関連も目立っていました。そして宇宙ベンチャー企業は昨年に引き続き、2社のIPOが実現されました。業種の動向や特徴について解説していただけますか?
林氏:新規上場会社の業種構成を見てみると、全体的に情報・通信業が27社となり、2023年の39社から12社減少しました。一方、サービス業は27社で前年と変わっていません。これら2業種で全体の約6割を占めており、近年の傾向から大きな変化は見られません。個別の業種を見てみると、宇宙関連では6月にアストロスケールホールディングスが、12月にはSynspectiveがグロース市場に新規上場を果たしました。また、創薬・再生医療などのバイオベンチャーの上場事例も続いており、研究開発型や先行投資型のスタートアップに対する資金供給の役割を一定程度果たしていると認識しています。
藤原:2024年は、東京以外の地域に本店を置く企業のIPOが、北海道、大阪、愛知、福岡のみならず、山口・広島などの中国地方などにわたり、昨年に続き、全国的な広がりが見られました。本店所在地が全国的な広がりを見せていることについて、解説いただけますでしょうか?
林氏:東京以外の道府県に本店を置く企業の新規上場は、近年、新規上場企業全体の約3割を占める割合で推移しており、2024年も同様の傾向が見られました。都道府県別のGDPを推計すると、東京都のシェアが約2割を占めている中、新規上場企業の約7割が東京に集中している現状は、単純に考えても望ましいとは言えないでしょう。
資本市場へのアクセスを通じて地域の有力企業が事業基盤を強化したり、地方発のスタートアップが成長資金を調達したりすることは、地域経済だけでなく、日本経済全体の活性化にとっても重要な意義を持っています。
このような観点から、東京証券取引所では、地域金融機関や自治体と協力しながら、全国各地で新規上場の誘致に取り組んできました。その結果、少しずつ成果が現れ始めています。地域の関係者において、資本市場との距離感に対する意識が変わることを期待し、事例の蓄積がその変化を促すことを願っています。
具体的に東京証券取引所は、地域発のIPOを活性化させる観点から、ここ数年、内閣府が定める「スタートアップ・エコシステム拠点都市」を中心に、地域の中堅企業やスタートアップなどの未上場会社の経営者と、新規上場を支援する関係者との間でネットワークを形成する取り組みを進めています。
この取り組みのためのツールが、「IPO経営人材育成プログラム」です。プログラムの内容は、新規上場に関する知識を共有するセミナーですが、その実施を通じて、地域の自治体、金融機関、教育機関と連携し、監査法人や証券会社、弁護士、ベンチャーキャピタルなどの関係者の協力を得て、新規上場に関するエコシステムを整備することが重要です。
これまでに全国9地域で、長いところでは3年にわたって継続的にプログラムを実施しており、地域における関係者のネットワークが徐々に密になり、重なり合ってきていると感じています。今後も、地域の関係者のニーズに応じながら、地域におけるIPOエコシステムの育成と、資本市場を活用した地域経済の活性化に貢献する取り組みを続けていく所存です。
藤原:東京証券取引所一般市場における2024年の新規上場企業による資金調達総額は、公募、売出し、オーバーアロットメントを含めて約9,700億円に達し、前年の約6,300億円から1.5倍の増加を見せました。100億円以上の資金調達を行った企業は、2023年の13社から2024年は12社とわずかに減少しましたが、ほぼ変わらない水準を維持しています。
また、50億円未満の資金調達額を見ると、東証一般市場ベースで全体の約8割弱と昨年と同じ水準です。10億円未満の資金調達を行った企業も全体の約3割弱となり、昨年に比べて微増しています。これらの数字から、特に小規模な資金調達を行う企業の割合が若干増加していることが読み取れます。
林氏:2024年に東京証券取引所一般市場に新規上場した企業のファイナンス額は、過去5年間で最大の総額を記録しました。この記録的な資金調達の背後には、2024年において世界第4位の規模の資金吸収額となった東京地下鉄の新規上場や、リガク・ホールディングスなどの大型上場が主要な要因として挙げられます。
ファイナンス規模別の分布は前年と同じ傾向を示していますが、米国市場では2024年に伝統的なIPOの半数が1千万ドル未満の資金調達にとどまったと報告されており、これは中小型株やグロース市場の低迷が全体の資金調達額の動向に影響を与えている可能性を示唆しています。
藤原:中央値を基準にしたオファリングサイズを見ると、東京証券取引所一般市場において、プライム市場での中央値は1,248億円、スタンダード市場では35億円、グロース市場では15億円となりました。プライム市場とスタンダード市場では前年と比較してオファリングサイズの中央値の水準は高くなっていますが、グロース市場では約4割にあたる9億円の減少となりました。
林氏:グロース市場における新規上場企業の傾向として、「小粒IPO」という表現が使われることがあり、中央値ベースのオファリングサイズが小さいことから、この傾向が続いていると見られています。しかし、個々の企業にとっては、事業の成長に必要な資金が調達できているか、最適な資本政策が実現できているかが最も重要であり、年単位での中央値にはそれほど大きな意味を持たせる必要はないと考えられます。
グロース市場の低迷を受けて、資金計画に余裕がある企業は上場時期を延期することもありましたが、小規模のファイナンス案件については上場スケジュールに相対的に影響が少なかったようです。それでも、日本版ユニコーンと称される「タイミー」や「アストロスケールホールディングス」、収益基盤が安定している「トライアルホールディングス」などが数百億円単位の調達規模でグロース市場に上場を果たしており、これらの事例は印象的でした。
大型上場やグローバルオファリングに成功している企業については、海外機関投資家からの注目が高かったようです。
藤原:東京証券取引所一般市場における2024年の新規上場企業の公開価格ベースの時価総額の中央値は64億円で、前年の68億円と比較してわずかに減少しました。公開価格ベースで時価総額が50億円未満の企業は34社に上り、全体の約4割を占めています。また、30億円未満の企業も20社存在し、これは全体の約2割に相当します。
時価総額に関しては、ユニコーンなどの大型銘柄の上場が見送られたこともあり、グロース市場では時価総額やオファリングサイズが小規模な案件が増える結果となりました。
林氏:2024年の公開価格ベースでの時価総額に関しては、2023年と比較して相対的に小さかったとのご指摘がありますが、それはグロース市場の低迷が、個々の企業のバリュエーションやIPOのスケジュールに影響を与えた可能性があるかもしれません。
しかし、公開価格ベースの時価総額が100億円未満の企業を集合として見た場合、例年全体の約6割から7割を占めており、特に小規模化が進んだという状況ではないようです。これは、市場全体としては一定の規模のIPOが継続していることを示しています。
藤原:2024年の東京証券取引所における大型の新規上場会社は、初値ベースで時価総額1,000億円を超えるものが6社と、前年と同じ数を記録しました。また、公開価格ベースで時価総額が300億円を超える新規上場会社も14社と、前年と変わらない数です。グロース市場においても、公開価格ベースで時価総額が300億円を超える案件が8社あり、これは23年の9社から1社減少した数値です。
プライム市場では、東京地下鉄等1,000億円を超える大型のオファリング案件が登場しました。特に東京地下鉄のオファリングサイズは3,486億円に達し、2018年に上場した大手電機通信事業者以来の大型規模案件となりました。グロース市場でも、500億円を超えるオファリングを実現し、昨年に続いて大型案件が見られました。
大型案件で行われるグローバルオファリングは7社で、前年と同水準を維持しています。さらに、国内規制に基づいて海外投資家へ販売する旧臨報方式を利用した案件は21社と、23年の26社から5社減少しています。
林氏:大型銘柄の上場については、個々の企業の特有の事情が大きく影響していますが、株式相場が全体的に堅調に推移したため、2023年に引き続き、大型銘柄にとって上場しやすい環境が整っていたと考えられます。今後は、上場前の資金調達環境が改善されることで、大型スタートアップの育成が進むと予想されます。また、既存の上場会社が事業ポートフォリオを見直す中で、プライベートエクイティファンド(PEファンド)の投資先企業が上場するケースや、スピンオフやカーブアウトによる上場が活発になる可能性があります。これらの動向から、大型上場案件は今後も継続的に生じることが期待されています。
私たち東京証券取引所としては、資本市場の信頼性、公正性、安定性を確保することを通じて、大型IPOが円滑に実施される環境を維持するために努力を続けていきます。
藤原氏:申請期の予想ベースで経常損益が赤字である企業の数を見ると、2024年は一般市場で12社となり、2023年の10社と比較してほぼ同水準を維持しています。
また、成長性と収益性を実現し、利益をしっかり出している企業に関しては、そのバリュエーションが一定の評価につながっているという結果が見られます。これは、市場が単に利益の有無だけでなく、企業の将来的な成長ポテンシャルを重視していることを反映しています。
林氏:東京証券取引所のグロース市場では、上場審査基準において利益の額や純資産の額に関する要件を設けていません。そのため、申請直前期や申請期の業績が赤字であっても、株式市場から企業価値が適切に評価されれば、新規上場を実現する事例が継続的に生じています。これは、制度が意図していた役割を果たしており、望ましい状況と言えます。
プライム市場においても、利益の額の合計が一定基準を満たすことと並行して、売上高や時価総額に基づく基準を設けており、これにより赤字であっても上場が可能な仕組みがあります。2024年には、この基準を利用してキオクシアホールディングスが上場を果たしました。
東京証券取引所は、グロース市場における赤字上場に関する審査のポイントを明確化し、投資家に受け入れられる高い成長可能性を有する企業が赤字上場を行う事例が多数あることを公表しています。赤字上場が可能であるとはいえ、重要なのは投資家にどのように評価されるかです。そのためには、合理的な事業計画を策定し、その内容を投資家に丁寧に説明することが上場前後において必要とされます。
藤原:Last Public Offeringとやゆされる最初で最後の資金調達になるLPOではなく、IPOであるべきで、上場後も企業成長がかなり重要視されてきていると思うのですが、いかがでしょうか?
林氏:IPO後の成長は以前から重要視されてきました。新規上場のタイミングで企業がしっかりとキャッシュフローを生み出せるようになれば、上場後にパブリックオファリングを行い、調達した資金を使ってさらなる成長を目指すことが求められます。そして、成長を続けるために必要な場合は、市場から追加の資金を調達することも必要になるでしょう。
藤原:一般市場における新規上場企業の中で、公開価格割れを経験したのは19社で、これは全体の約2割に相当し、前年の約3割からわずかに減少して同水準を維持していました。また、初値が公開価格に対して平均でどれだけ上昇したかを見ると、2023年は約6割の上昇率であったのに対し、2024年は約3割の上昇にとどまっています。
林氏:公開価格は、投資者の需要を考慮し、引受主幹事、発行者、売出人との間で交渉を行って決定されます。また、株式市場における初値は、売り手と買い手の需給バランスによって形成されるため、これらの点について取引所がコメントする立場にはありません。しかし、公開価格の適正性を確保する問題、すなわち「IPOポップ」や「IPOアンダープライシング」といった現象に関しては、2021年の政府の成長戦略において「新規株式公開における価格設定プロセスの見直し」が施策項目として取り上げられました。これを受けて、関係当局や日本証券業協会を中心に制度や実務の見直しが議論されてきました。
2023年には、「有価証券の引受け等に関する規則」や「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正が行われ、仮条件の範囲外での公開価格設定や、柔軟な上場日程の設定などの実務対応が行われました。東京証券取引所でも、価格発見機能の適切な発揮を目的として、上場日の成行注文に制限を設けるなどの対応を実施しました。これらの制度改正により、仮条件の範囲外で公開価格を決定するケースや、上場承認時点で幅を持たせた上場日程を設定するケースが出てきており、2024年に初値と公開価格の乖離(かいり)率が低下したのは、これらの公開価格決定プロセスの改善による効果もあったのではないかと考えられます。
藤原:TOKYO PRO Marketにおける新規上場会社数は、2024年に50社に達し、前年の32社から56%増加し、過去最多の数を更新しました。
林氏:おかげさまで、TOKYO PRO Marketへの新規上場会社数は年々増加傾向にあり、2024年末の時点で133社に達しました。この増加の背景には2つの主要な要因があります。
まず1点目として、市場としての認知度が活用事例の蓄積により高まっています。TOKYO PRO Marketへの上場が企業の知名度や信用度を向上させ、事業成長を経て東京証券取引所のスタンダード市場やグロース市場、さらには地方取引所への市場変更を行う事例が生じています。また、メディアによる報道の増加も認知度向上に寄与しています。
昨年末には、福岡証券取引所に特定投資家向け市場が開設されたこともあり、今後さらに認知度が高まることが期待されています。
2点目の要因としては、TOKYO PRO Marketを支える重要なプレーヤーであるJ-Adviserの活動範囲が拡大しています。佐賀銀行や九州FG証券などが新たにJ-Adviserに加わり、これまでリーチできていなかった未上場企業に対しても、積極的にTOKYO PRO Marketの活用を提案しているのです。これにより、未上場企業が新たな資金調達の選択肢としてTOKYO PRO Marketを利用するケースが増えています。
藤原:2024年における上場承認の取消企業は1社であり、これは前年の2023年8社と比較して大幅に減少しています。この理由や背景について教えていただけますか?
林氏:一般的に、上場承認の取消は市場のボラティリティの増大やファイナンス環境の変化などが主な原因となることが多いです。2024年8月には、急騰急落のボラティリティスパイクが生ずる場面が見られましたが、年間を通じて比較的堅調なマーケット環境が維持されたため、2023年と比較して上場承認取消の件数が少なかったと考えられます。
藤原:IoTプラットフォーム事業会社等がスイングバイIPOをしましたが、スイングバイIPOについてどのようにお考えでしょうか?
林氏:日本経団連は、伝統的な日本企業の代表として「スタートアップ躍進ビジョン」を掲げ、スタートアップとの連携を積極的に進めています。また、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)の設立も増加傾向にあり、昨年9月時点で250社以上が設立されていることから、事業会社側のスタートアップへの投資意欲が高まっていることが伺えます。
未上場の段階で成長資金を調達する際に、伝統的なベンチャーキャピタルに代わり、事業会社からの出資を受ける事例が増加している傾向にあります。そして、スイングバイや親子上場と呼ばれる形態にかかわらず、事業会社からの出資を受けた後、一定期間が経過してからカーブアウトし、IPOを行う事例も今後も増えていくと考えられます。これらの動きは、スタートアップの成長と資本市場の活性化に寄与することが期待されています。
藤原:2023年3月の規則改正により、グロース市場で上場時に時価総額250億円以上になると見込まれる場合には上場に際した公募の実施を必須としなくなりましたが、それを活用した上場事例が複数ありましたよね。どのようにお考えでしょうか?
林氏:グロース市場では、もともと上場に際して500単位以上の公募による新株式発行を形式要件として求めていました。しかし、スタートアップの新規上場プロセスを柔軟にするため、2023年3月に制度の見直しが行われ、公募要件の例外が設けられました。これにより、ミドルやレイターステージのスタートアップが未上場段階で資金供給を拡充し、安定したキャッシュフローを創出することで、上場のタイミングで必ずしも資金調達を必要としない事例が生じると想定されています。
この制度により、適切なタイミングで資金を調達して成長し、その後も必要に応じて市場から追加資金を調達することが可能になります。
藤原:2024年のIPO市場について、その他の特徴はございましたか?
林氏:東京証券取引所は、国内企業だけでなく、クロスボーダー企業による新規上場の支援にも力を入れてきました。例えば、昨年6月5日にグロース市場に上場したアストロスケールホールディングスは、もともとシンガポール法人として設立されていましたが、設立根拠地を日本に変更して上場を果たしました。
このような個別の事例を積み重ねるとともに、東京証券取引所は昨年3月にアジアの有力企業に対する日本での事業展開や資金調達を支援するため、「東証 アジア スタートアップ ハブ」をEY新日本有限責任監査法人をはじめとする国内外の関係者と共同で立ち上げました。昨年9月には、第一陣として14社の支援対象企業を公表し、具体的な支援に着手しています。これらの取り組みを通じて、国籍やルーツにかかわらず、成長可能性が高く投資魅力のあるスタートアップが資本市場を活用することを促進していきたいと考えています。
また、昨年10月にはシマダヤがスピンオフによる上場を実現しました。スピンオフによる上場は、企業価値や稼ぐ力の向上を目指す既存の上場会社が事業ポートフォリオの再編を行う際に、日本でも有力なツールとして活用が期待されています。このような実施例は、2020年のカーブスホールディングス以来の事例となります。
藤原:2025年のIPOの社数の見立てを一般市場とTOKYO PRO Marketに分けて教えてもらえますか?
林氏:IPOの動向は外部環境の変化に大きく影響されるため、取引所として具体的な見込みを述べるのは難しいですが、一般市場に関しては、証券会社の公開引受部門などの関係者からの見立てによると、2024年と同程度か、それをやや下回るという見方が多いようです。短期的な市場動向に左右されることはあるものの、取引所としては、上場準備会社が成長のための資金調達や最適な資本政策を最良のタイミングで実現できるような環境の整備や維持に努め、関係者と協力していくことを続けていきます。
TOKYO PRO Marketに関しては、多くの関係者が2024年と同程度の上場社数を見込んでいます。近年参入したJ-Adviserの支援先による上場が増えており、昨年の社数を上回る可能性もあると考えられています。また、昨年末には特定投資家向けの売出しを上場時に実施した事例もあり、資金調達や資本政策の実現の場としての活用が広がることが期待されています。
藤原:2025年のグロース市場を中心としたIPOの見通し等について教えてもらえますか?
林氏:将来の市況について予測することは難しいですが、IPO関係者の間では、投資家の選別傾向が強まっている一方で、事業実績をしっかりと示している企業や、独自の特色を持つ企業に対する評価は安定しているとの声が聞かれます。これは、すべての企業にとって厳しい環境ではないということを意味しています。
米国では、金融政策が緩和傾向に転じたことにより、IPOを含むスタートアップの資金調達環境が改善するとの見方があります。また、トランプ新政権がスタートアップに優しい政策を採用することへの期待もあります。
日本においても、「スタートアップ育成5か年計画」が中間点を迎え、その成果が各ステージで明らかになることが期待されています。ベンチャーキャピタルからの投資額が増加しており、バイアウトファンドも活発化しています。これらの支援が進む中で、投資の回収段階に入る案件が増えてくることが予想され、これらの外部環境の変化が日本のグロース市場にも適切に反映されることが望まれます。また上場後に投資家からの評価を得るためには、実績をしっかりと積み上げ、成長可能性を明確に説明できるようにすることが求められます。
藤原氏:昨年12月に公表された「グロース市場における今後の対応」を含めて、フォローアップ会議の議論について、ご紹介いただけますか?
林氏:1999年に東京証券取引所がマザーズを、2000年には大阪証券取引所がナスダックジャパンを開設した当時、ベンチャーキャピタルによる未上場段階での資金供給は現在と比べても少なく、リスクの高い小規模スタートアップに対しても上場を通じた資金調達の機会を広く提供することが政策的に求められていました。この資金供給のエコシステムから見れば、提供されるリスクマネーを効果的に循環させることが重要でした。
25年の時を経て、現在の課題はスタートアップの成長をどのように実現していくかに変わっています。日本経団連が掲げる「スタートアップ躍進ビジョン」においても、裾野と規模を大きくする目標が設定されており、IPOに至るまでの未上場段階での資金供給環境が充実してきたことから、取引所や上場制度に対する期待は、裾野の問題よりも成長の「高さ」の問題解決に注力する方向へとシフトしています。
この問題意識を受けて、東証では2018年頃から市場区分の見直しに着手し、2022年4月にプライム市場、スタンダード市場、グロース市場の3区分へと変更しました。グロース市場は「高い成長可能性を有する企業向けの市場」と定義し、上場後の成長にフォーカスする意思を示しています。ただし、単に市場区分を変更しスローガンを明確にするだけではなく、その内実が伴う必要があります。
そのため、市場区分の移行直後から「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」を設け、継続的な議論を行っています。「グロース市場における今後の対応」に関する資料では、上場後も継続的に成長を目指す方向性や、上場を目指す動機付けに必要な要素について議論が尽くされているようです。
これはエコシステム全体で取り組むべき課題であり、取引所の規則や要請を含めた上場制度がどのように活用できるか、どのようなアプローチが適切かを幅広く検討しています。また、グロース市場の上場会社の中で、機関投資家の視点を踏まえた成長戦略や事業計画の洗練を求めるニーズに応え、「機関投資家からのコンタクトを希望するグロース市場上場会社一覧」をウェブサイトに掲載し始めました。市場からの期待に応えることで経営者の意識が変わり、事業規模や流動性などの要件を満たした上で機関投資家からの投資を受けることができるようになることを期待しています。
藤原氏:2024年11月21日に、「投資者の目線とギャップのある事例」を公表されていますが、その内容や公表されるに至った背景を教えていただけますか?
林氏:東京証券取引所では、市場区分の見直しに続くフォローアップ会議の議論を受けて、一昨年の3月に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する要請を行いました。この要請は、上場企業がそれぞれの経営方針や目標、具体的な取り組みを投資者に明確に示し、投資者からの評価を得ることで、取り組みを改善し、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を目指すことを目的としています。要請実施から約2年が経過し、多くの上場企業が積極的な取り組みを行い、実務や事例の蓄積が進んでいます。その結果、昨年11月には投資者の目線とギャップのあるポイントと事例をまとめる作業が行われました。
上場企業には、投資者とのギャップを理解し、建設的な対話を通じて中長期的な企業価値の向上に努めていただきたいと考えています。今回の要請はプライム市場とスタンダード市場の既存上場企業を対象としていますが、上場を目指す企業にとっても、上場前の投資者との対話や上場後の経営戦略の策定に際して有益な情報を提供しています。上場準備会社の皆さまには、これらの情報を参考の上、上場に向けた準備に活用していただければと思います。
藤原:最後にスタートアップへコメントをいただけますか?
林氏:すべてを申し上げたという感もありますが、東京証券取引所としては、運営する株式市場を活用して、新たな産業を担うスタートアップの皆さまが成長を遂げ、経済を支える中堅企業の皆さまが事業基盤を強化することを支援することが使命です。また、上場後の成長と企業価値の向上を通じて、その成果について市場を通じてリスクマネーを供給する株主や投資者の皆さまに適切に還元することも重要な役割と考えています。このような経済にとって不可欠な仕組みの実効性と健全性を維持することに、引き続き努めてまいります。
今後ともご指導とご支援を賜りますようお願い申し上げます。また、上場準備を進める企業の皆さまには、さまざまな情報を提供しておりますので、東京証券取引所のウェブサイトをご覧いただき、不明点があればお電話やメールでお気軽にお問い合わせください。
【共同執筆者】
EY新日本有限責任監査法人 竹田 匡宏
日経平均が1989年のバブル期を超える最高値を更新し、年末終値も過去最高を記録しました。対照的に東証グロース市場250指数は下落し、海外機関投資家の売り越しにより株価回復が遅れております。経済構造の変化、円安、政府の資産運用推進が株価上昇の要因である一方、小型株は資金流入減少により選別される傾向になっております。