マジョリティの特権を可視化し、コミットの本気度を示す

マジョリティの特権を可視化し、コミットの本気度を示す


長期的価値(Long-term value、LTV)対談シリーズ
~エクイティ(公正)の実現に向けて~


要点

  • 対話を怖がらないことが重要である。
  • 信頼を獲得するためのコミットメントが大事である。
  • マイノリティをより理解することは、新しいことを知ることのできるポジティブな機会である。


EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)として、エクイティ(公正)の実現に取り組んでいます。エクイティとは、個人差を考慮して、それぞれに見合ったリソースの配分や支援をする考え方です。EYは、より公正な社会の実現に向けて障壁を取り除き、さまざまなバックグラウンドやアイデンティティの人々が平等な結果を得られるよう取り組んでいます。

EY Japanは、差別の心理を研究する上智大学教授の出口 真紀子氏をお招きし、「立場の心理学-マジョリティの特権(Privilege)を可視化する」と題した講演をしていただきました。その際に実施したEY JapanのDE&Iリーダーである梅田 惠との特別対談の内容をご紹介します。


左:上智大学教授 出口 真紀子氏 右:EY JapanのDE&Iリーダー 梅田 惠

マイノリティ側の苦しさを理解するために必要なこと

梅田 惠(以下、梅田):特権があることに無自覚なマジョリティに対してマイノリティ側が働きかけられることはありますか? 一方ではマジョリティやマイノリティとカテゴライズすることによって両者の間に対立や分断を生むのではないかという危惧もあります。どうすればもっと歩み寄れるのでしょうか。

出口 真紀子氏(以下、出口氏):以前はマジョリティ、マイノリティを集団として捉えていたのですが、最近、マジョリティ性、マイノリティ性という捉え方にシフトしています。なぜなら、マジョリティやマイノリティというのは永続的な属性ではなく、インターセクショナリティ(交差性)とも言いますが、それぞれの場面や立場で、マジョリティとマイノリティの属性が交差するからです。しかしマジョリティ性の多い人は、自動ドアを通り抜けているようなものなので、ほとんどの人が自分のマジョリティ性の多さを自覚する機会がありません。対してマイノリティ性が高い人にはさまざまな障壁が立ちはだかるので、自分のマイノリティ性について常に考えるようになるのです。例えば健常者は、「自分は健常者集団の一員である」とは日々感じて生きていないわけですよね。ですから属性に注目して、これまで考えたこともなかった権力の非対称性という視点を加えることが、歩み寄りのきっかけになるのではないでしょうか。

梅田:逆に、マジョリティ集団が特権を持っていることに罪悪感を抱き、それゆえマイノリティ側への働きかけが偽善的ととられそうで怖いという意見もあります。マジョリティ側の人が特権を差別解消のために有効に活用するには、どんなアクションを取ったらよいとお考えですか。

出口:私も最初の頃は、何かするたび息苦しくなって、本当の被害者はマジョリティ側ではないのかとすら思っていたときがあったので、マジョリティ側もつらいんだという気持ちには共感できるんですね。ですが勉強や研究をしているうちに、これまでいかにマイノリティ側の苦しさを感じず、どれだけマジョリティ側の居心地のいい世界で生きてきたのか、という事実にも突き当たるわけです。

一方で、「自分がアライにならなければ!」と勇んでマイノリティ側にアプローチしても、「結構です」と言われて傷つく経験もするわけです。しかし、そこがまさに踏ん張りどころなのです。理解し続けなければならないのは、善意を拒みがちになる背景がマイノリティ側にはあるということです。彼らは過去に何度もマジョリティ側から痛い目に遭っている。さらに大事なのは、関わり方が表面的かどうか、常に本気度が試されているということです。ですからマジョリティ側は、自分の行動を当たり前のように受け取ってもらおうとするのでなく、自分が信頼に値することを証明していかなければならないと思います。
 

対話を怖がらないことが重要

梅田:ダイバーシティの手法でよくあるのは、マイノリティの立場の疑似体験です。妊婦さんの気持ちを分かってもらうため、重しをつけて歩いてもらうとか、視覚障がい者体験をするダイアログ・イン・ザ・ダークなどのイベントに参加したり、最近ではVR(バーチャル・リアリティ)ツールを利用した体験型研修も増えています。けれども、そういう体験をしないと分からないものなのでしょうか。逆に体験してもすべて理解することはできないと思うのですが。

出口:マイノリティの立場を体験するのは、とてもパワフルだと思うんですね。例えば、足首を捻挫したときに階段のきつさを再認識することができます。しかし、それも限定的ですし、体験には限界はあるでしょう。どんなに頑張っても、マジョリティ側にはマイノリティ側の立場を完全に理解することは難しいでしょう。であれば私は、諦めることも大事だと思います。ただし諦めるというのは、理解することを放棄するという意味ではありません。理解が不足しているが故に何かうっかり失言してしまう可能性はいつだってあるということを理解する。問題はその後ですよね。今のまずくない?と指摘があれば素直に謝って、自分の考えを訂正する柔軟な姿勢が重要と思います。

梅田:壁を取り払うツールがあればと思ったりもします。その点で、SNSは一つのツールになる可能性はないでしょうか。今回も講演中にEYのメンバーが多くの書き込みをしてくれて双方向のコミュニケーションが講演と並行して行われておりました。社内SNS上では役職に関係なく誰もが平等に意見が言えるというのは、壁をなくすのに有効に働くのではないか。これはいかがでしょうか。

出口氏:社内SNSが、フラットに意見を言い合えるなら有効でしょう。そこで気になるのは心理的安全性ですよね。参加の有無や発言内容が人事評価に反映されないことを明確にした上でなら、本音を言おうという気になるでしょうし、企業にとっても風通しの良さが期待できると思います。

梅田:ダイバーシティを担当していると、不公平についての議論にしばしば直面します。よく言われるのは、女性だけずるいとか、男性に対する逆差別じゃないかと。あるいは子育て支援だけではなく、子どものいないメンバーに対する施策も何か考えてくださいという意見も頂きます。緊急性の高い人への支援から取り組んでいるつもりですが、それでも全員に行き届かず、不公平を感じる人が出る。それならいっそ誰にも何もしないという行動を取る人もいたりすると思います。そこはどう対応していくのが良いでしょうか。

出口氏:対話を繰り返すほかにありませんね。自分たちだけで抱え込んで決めるのではなく、大勢を議論に巻き込んでいくと、想定しなかった結果や結論に至ったりすることがありますから、やはり対話を怖がらないことが大事です。

日本人/日本特有の「内と外」の考え方をどうブレークスルーするか?

信頼を獲得するためのコミットメント

梅田:出口先生は特権を自覚するための指標をつくっていらっしゃるとのことですが、それはどんなものでしょうか。

出口氏:今取り掛かっているのは、日本人特権の尺度を測るためのチェックリストのようなものです。一概に日本人といってもいろんな要素が入っているので、言語や文化など50ほどの項目をそろえて、日本人特権の可視化に利用できたらと思っています。それが実現できれば次のステップに移れますから、気づきを与える教育ツールとして開発しています。

特権の可視化はアメリカから輸入したコンセプトですが、向こうでは個人対個人の感覚が定着している社会ですから、特権だけ日本に持ち込んでも同調圧力や上下関係、本音建前の壁にぶつかります。私が一つ考えているのは、日本特有の文化を構築している価値観や概念といった要素も可視化することです。そこも目に見える形で共有できれば、対話の中で互いを理解する一助になると思っています。

梅田:出口先生のお話から、勇気の大切さを痛感しています。マジョリティ側の人が自覚した特権を、マイノリティ側の人たちをエンパワーするために使う最初の段階では、すごく勇気がいると思うからです。勇気を出すためにはどうしたらいいでしょうか。

出口氏:大事なのはコミットメントじゃないでしょうか。例えば私には、こんな経験があります。数年前に初めて部落問題の交流会に参加する当日、体調を崩してしまいました。もしかしたら、新しい事柄にコミットする際の不安が原因だったのかもしれません。けれど、もし今日欠席したらこの先も行かなくなると、むしろそれが不安になって頑張って出掛けました。それは自らに課すプレッシャーです。そして、たいがいの場合はコミットして良かったと思えることも経験で知っています。マイノリティの勉強会にしても、特に個人で向かうのは勇気がいるんですけれど、周囲に参加を宣言しておくとか、仲間と行くとか、土壇場でキャンセルしないための工夫は意識的にやっておくのがいいと思います。

梅田:そうやって勇気を奮ったとき、マジョリティ側がマイノリティ側に承認してもらえた証しがあると、活動を続けやすいと思ったりします。

出口氏:歓迎されるのも大事ですが、私はマジョリティ側が今以上にコミットメントを果たしてから評価してあげた方がいいと思うんですね。マイノリティは、気まぐれで訪れたマジョリティを簡単に受け入れた結果、マジョリティがてんぐになった末に去っていく姿を何度も見ています。それによって失ったものは小さくない。ですから先にも言ったように、仮に最初は冷たい態度と感じても、マジョリティ側は自分のコミットメントの度合いを試されているんだと捉えた方がいいですね。

本気度を証明していくのは、マジョリティ側の責任ですから。マイノリティに関する話題は、暗い、つらい、耐え続けるというようなイメージが付きまといがちですが、実はたくさんの新しいことを知ることができるポジティブな機会でもあることもアピールしていきたいです。最初に抱く不安をクリアすれば、必ず楽しくなると信じて活動してください。


Long-term value ビジョン

EY Japanは、クライアント・経済社会・自社それぞれに対するLTV方針を明示しました。

社会の範となるべく、持続可能な企業市民の在り方を自ら追求するとともに、ステークホルダーの皆さまと伴走して変革を呼び起こし、次世代につながるより良い社会を持続的に構築していきます。


サマリー

ダイバーシティ&インクルージョン、さらにエクイティを加えたDE&Iに関する取り組みが社会全体で注目されている中、今回の対談でキーメッセージとなったのは、お互いを理解するためには「対話」を怖がらないことが重要ということでした。無自覚の特権を有するマジョリティ側が、コミットし本気度を証明していくことが必要です。


この記事について


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ジェンダーとマイノリティの壁を越えて

EYは「Building a better working world ~より良い社会の構築を目指して」をパーパス(存在意義)として、メンバー一人一人のあらゆる行動の中心に据え、事業活動を展開してきました。インクルーシブで心理的安全性が高い職場づくりに取り組んでいる株式会社ポーラ代表取締役社長 及川 美紀氏からお招きいただき、EY Japanチェアパーソン兼CEO 貴田 守亮 が対談しました。