EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY-Parthenon トランザクション・アンド・コーポレート・ファイナンス(TCF) 瀬野 貴之
銀行・証券・アセットマネジメント・決済をはじめとする金融業界に対し、プレM&Aフェーズの戦略策定からディール実行時のデューディリジェンスまで幅広い支援実績を有する。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) マネージャー。
要点
デジタル通貨の中でも、ステーブルコインはその価値が安定的に米ドルをはじめとする法定通貨等の裏付資産に連動するよう設計されていることから、本格的に発行が始まった2010年代半ば以降、送金・決済をはじめとする金融のさまざまな領域での活用が期待されてきました。
2023年以降、日本や欧州ではようやく法制度の整備が進んだものの、世界最大の市場を有する米国において規制の方向性が明確に示されなかったことから、多くのステーブルコインのユースケースは構想や実験の域を出ませんでした。こうした背景から、本邦金融業界のプレイヤーがステーブルコインをはじめとするデジタル通貨とどのように対峙(たいじ)し、活用していくべきかについてはあまり注目されてきませんでした。
しかし、2025年7月に米国でGENIUS法※2が成立し、ステーブルコインの規制に一定の方向性が示されたことが大きな転換点となり、グローバル企業の間ではビジネスにおけるステーブルコインをはじめとするデジタル通貨の活用の在り方について、関心が急速に高まっています。EY-Parthenonが2025年6月に世界の事業会社250社および金融機関100社の経営幹部に対して実施した調査※3によると、回答者の65%が自社におけるステーブルコインへの関心は今後6~12カ月で「高まる」または「大幅に高まる」と回答しています。調査対象を既にステーブルコインを自社で活用している企業に絞ると、上記割合は93%に達し、ステーブルコインに対する解像度が上がれば上がるほど、上記経営陣は既存のビジネスに与えるインパクトが大きいと実感していることが見て取れます(<図1>参照)。
図1 グローバル企業の経営幹部に聞いたステーブルコインに対する関心
本稿ではステーブルコインに代表されるデジタル通貨の活用が今後飛躍的に進むと想定される中、銀行をはじめとする本邦金融機関が進むべき方向性を検討する際の一助となるべく、グローバルに展開する金融機関の動向・トレンドを整理・分析します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
※1 本稿においては、暗号資産・ステーブルコイン・トークン化預金・CBDC (Central Bank Digital Currency) といった分散型台帳上で電子的に移転可能な通貨を幅広くデジタル通貨と定義している。
※2 GENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for US Stablecoins Act)とは、2025年7月に米国で成立したステーブルコインの規制枠組みを整備した法律である。
※3 2025年9月発行の「Stablecoins in focus: navigating the new digital financial landscape」(ey.com/content/dam/ey-unified-site/ey-com/en-us/insights/financial-services/documents/cs-eyp-stablecoin-survey.pdf〈2025年11月5日アクセス〉)を指す。
EY-Parthenonが2025年6月に実施した調査では、世界の金融機関の回答者の56%が2030年には国際送金の5~10%がステーブルコインを利用した取引になると予想しています(<図2>参照)(EY-Parthenonは金額ベースで2.1兆~4.2兆米ドルに達すると予想)。
図2 グローバルな金融機関の経営幹部に聞いた国際資金決済の見通し
2025年第1四半期における銀行経由の国際送金コストは世界平均で約14.55%である※4のに対し、ステーブルコインを使った国際送金のコストは数%に満たないと想定されています。これを踏まえると、国際送金におけるステーブルコインの普及は銀行の役務収益(為替手数料)の減少に寄与すると考えられます。加えて、将来、ステーブルコインを活用した資金決済が増加し、銀行の顧客が決済目的で現金の一部をステーブルコインで保有するようになると、既存の銀行預金残高の減少につながりかねません。
一方で、事業会社回答者の68%がステーブルコインの発行体としては銀行が望ましいと回答しており、銀行の高い信用力や顧客とのリレーションはステーブルコインに代表されるデジタル通貨の新しいエコシステムを構築するに当たっての訴求ポイントになると期待されます(<図3>参照)。
図3 グローバルな事業会社の経営幹部に聞いた望ましいステーブルコインの発行体
※4 世界銀行「Remittance Prices Worldwide Quarterly (Issue53, March 2025)」remittanceprices.worldbank.org/sites/default/files/rpw_main_report_and_annex_q125_1_0.pdf(2025年11月5日アクセス)
グローバルな銀行をはじめとする金融機関のデジタル通貨に係る主な動向として、①ステーブルコインの発行、②トークン化預金の発行の2つが挙げられます。
上記動向に言及する前に、ステーブルコインとトークン化預金の違いについて整理します。最大の違いは発行のスキームにあります。前者は預金や短期国債などの準備資産を裏付資産として発行されるのに対し、後者は銀行預金をトークン化することで発行されます。加えて、銀行が着目すべき差異として、資金の移転(送金)可能な範囲が挙げられます。原則として、パブリックチェーンを利用するステーブルコインは資金の移転先に制約がない一方で、トークン化預金の場合はプライベートチェーンを利用していることから同一銀行内の口座に限定されるケースが多いです。金融機関の立場では、移転可能範囲に制限がなく、取引時にKYC(Know Your Customer:顧客確認)未実施の口座との資金決済が発生するリスクがあるステーブルコインよりも、KYCが実施された銀行内の口座間のみで利用されるトークン化預金の方が導入のハードルが低いと想定されます。サービスの利用者の立場から見ても、利息の受け取りが可能※5な点や国内では預金保険制度の適用対象になる点など、ステーブルコインにはないメリットがあります(<表1>参照)。
表1 ステーブルコインとトークン化預金の比較
こうした背景も相まって、現状、グローバルな銀行は①ステーブルコインの発行よりも、②トークン化預金の発行に積極的であると言えます。商品名が「XXXコイン」であっても、商品性を確認すると実態はトークン化預金に近いケースも存在します。
もっとも、グローバルな銀行が提供しているのは法人向けサービスが大半で、個人向けサービスの提供はいまだ限定的でパイロットにとどまっているケースがほとんどです。理由としては、前節で述べた通り、件数・金額ともに多数の国際送金を実行する大規模法人の方が個人と比較して送金コスト削減の経済的メリットが大きいことや、個人顧客のKYCやウォレットのセキュリティ対応負荷がボトルネックになっていると推察されます。
※5 GENIUS法ではステーブルコイン保有者に対する利息の支払いは禁止されている。
今後、銀行をはじめとする本邦金融機関がブロックチェーンを活用したビジネスを拡大させていくに当たって取り組むべき課題として、①法人向けサービスにおけるプレゼンス・市場シェアの拡大と、②個人向けサービスの確立が挙げられます。
①法人向けサービスにおけるプレゼンス・市場シェアの拡大については、第Ⅲ章で述べた通り、トークン化預金はプライベートチェーンを利用していることから、資金の移転(送金)が可能な先は銀行が管理可能な口座(多くは自行の口座)に限られるケースが大半です。足元では、ブロックチェーンを用いた資金移転のコストメリットが最も大きい国際送金の場面における利便性・実用性を向上させるべく、複数のグローバルな銀行が互いのトークン化預金間の資金移転を可能にするネットワークを構築するケースが見られています。このようなアライアンスに限らず、本邦金融機関には既に一定のニーズが確認されている法人向けサービスの利便性・実用性を向上させる取組みや工夫が求められていると言えます。
一方、②個人向けサービスの確立のためには、ブロックチェーンを用いた決済を個人ユーザーの日常的な決済手段として根付かせることが不可欠です。先進国・発展途上国を問わず、二次元バーコード決済や電子マネーが広く浸透している現在、ブロックチェーンを用いた決済の魅力やメリットは個人ユーザーに認識されにくい状況にあると言えます。デジタル証券やRWA※6のシームレスな決済、スマートコントラクトと連動させた支払方法の開発など、従来の決済手段では実現し得なかった強みをいかに個人ユーザーに対して訴求できるかが個人向けサービスの確立の鍵と言えます。ポイント経済圏という個人の消費者行動に極めて大きな影響を与えた独自の経済圏を作り上げた日本には世界に先駆けて、個人の新たな決済・消費文化を打ち立てる素地が十分備わっていると考えています。
※6 「Real World Assets(現実資産)」の略で、デジタルアセットやブロックチェーンの文脈では、不動産など現実世界に存在する資産をトークン化してオンチェーンで扱う仕組みを指す。
ステーブルコインを代表とするデジタル通貨は今後急速な普及が見込まれ、伝統的な金融機関のビジネスに大きな影響を与える可能性があります。本邦金融機関はデジタル通貨がもたらす環境の変化に適切に対応し、いち早くプレゼンスを確立できる領域を見定める必要があります。
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