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従前より⼤⼿製造業の現場で活用されているロボットは、近年、建設や物流でも導⼊が進んでいますが、⾷品、⼩売り等導⼊が進まない業種も存在します。また、製造業でも中⼩企業では進んでいない状況です。
幅広い業種でロボットの活用を進める上でのボトルネックは何か、どのように後押しできるか、政府、大企業、海外(新興)企業、海外ベンチャーキャピタルの観点から議論すべく、経済産業省、川崎重工業(株)、AutoStore、Cybernetix Venturesをスピーカーとして招いて意見交換を行いました。
要点
日本では人口減少が進み、労働力人口の減少が大きな課題となっています。その課題解決の1つがロボティクスであり、今後産業用ロボットの市場拡大は続くと見られています。経済産業省製造産業局産業機械課ロボット政策室長の石曽根智昭氏はこう語ります。
「日本は世界一のロボット生産国であり、販売台数のシェアでは世界の45%が日本メーカー製となっています。特に中国市場の急拡大を背景に、グローバルの導入台数は増大しています。しかし、日本製は依然として半分近い競争力を持つものの、1990年代の90%という世界シェアから見れば、大きく低下していると言えます」
国内市場の動向は、コロナショックの影響を受けつつも、人手不足などを背景に、ロボットの導入・活用は加速的に進展していますが、石曽根氏は問題点について指摘します。
「活用分野に偏りがあり、特に食品・小売り・施設管理などの分野で導入が進んでいません。今後、国内で持続可能な社会を作っていくためには、普及環境を整えるとともに、製造、建設、飲食・宿泊、物流などさまざまな分野でロボットを効果的に活用し、労働生産性を高めていく必要があります」
こうした中、モノづくりの主体である中小製造業は人手不足が深刻で、特に従業員数300人未満の中小企業の新規学卒者の獲得は厳しい状況となっています。産業用ロボットの観点からも、将来のロボット人材育成に向けた取り組みが不可欠であり、特定地域における「点」の取り組みから、国を挙げた「面」へと取り組みを拡大していくことが欠かせません。
経産省では2019年に策定したロボットによる社会変革推進計画のもと、導入・普及を加速する環境の構築、産学が連携した人材育成、中長期的課題に対するR&D体制の構築、社会実装を加速するオープンイノベーションを推進しています。石曽根氏もこう言います。
「令和5年度補正予算に約6000億円規模の中堅・中小企業の省力化投資を後押しする支援メニューを計上し、自動化・ロボット化を推進しています。今後とも地域と連携しながら、経産省としてロボットによる社会変革を後押ししていきたいと考えています」。
川崎重工業では今、従来から展開している産業用ロボットだけでなく、全社を挙げて社会課題を解決すべくソーシャルロボットの開発を進めています。例えば、ヒューマノイドの技術を発展させた、災害時の救助や介護業務向けなどのロボットの研究開発を行っています。そもそも日本では鉄腕アトム、鉄人28号を始め、ロボットは擬人化されています。これが海外ですと、スターウォーズのC-3POのように品番です。まだ開発段階ではありますが、日本人はロボットに寛容であり、日本のヒューマノイドは人に寄り添うロボットのユニークな価値を提示できる可能性があります。日本発で新たな価値提示ができる可能性がある一方で、川崎重工業ロボットディビジョン兼社長直轄プロジェクト本部理事の真田知典氏はこう課題を指摘します。
「ソーシャルロボット普及の課題としては、暮らしの中で周囲の環境や私たちが助けてもらいたいことが⽇々変化しており、これらに対応し、ソーシャルロボットをあらかじめ作り込むには限界があります。そのため、⾃由度が⾼く、その場で対応できる賢さと柔軟さ、誰もが簡単に管理・指⽰できる、いわば、いつでも、だれでも、どこでも実現できるインフラやルールづくりが必要となっています」
そのため、街中でロボット活用を最大化するためには「ロボット知能の高度化」「新しい手軽な開発・運用プロセスの提供」を可能にするインフラが必要だと真田氏は言います。
「今さまざまな分野で自動化が進んでいますが、これからはネットワークでロボットを管理コントロールする、あるいは、アバターのようなテレオペレーションも可能になっていくでしょう。そのプラットフォームに当たるネットワークはオープンであるべきで、オープンネットワークのもと、ロボットを遠隔で操縦したり、自律的にロボットが動けたりするようなインフラが必要になってくるのです」
現在、同社では、介護現場でソーシャルロボットを活用し、集積したデータを利用した業務改善や、インダストリアルメタバースを使った取り組みも進めています。こうしたロボティクスソリューションを早く普及させるためにも、真田氏はこう力説します。「ソーシャルロボットの普及は1社で実現できるものではありません。いち早く実証から実用へ進展させるためにも、産学連携を始め、各方面の協力が必要なのです」。
一方、海外ではどんな取り組みが進んでいるのでしょうか。日本でも物流分野でロボット化が進んでいると言われますが、実際は欧米と比べ大きく後れをとっています。なぜ欧米では物流ロボットの導入が加速したのか。ノルウェー発物流ロボットベンチャーであるAutoStore Systemマネージングディレクターの安高真之氏が語ります。
「物流ロボットを導入するには、コストファクターを考える必要があります。まず最大のコストは人件費で、人手倉庫の場合、総コストの30~50%程度が相場であり、次が地代で総コストの5~10%程度が標準的となります。日本と欧米の最大の違いは人件費です。欧米では人件費が高騰する一方、日本の人件費は東京湾岸の倉庫エリアでも1400円前後と割安感があります。欧米では荷主に代わって物流を担う3PLの場合、人件費は最大56%にも及びます。そのため、契約年数もあり、ROIの回収期間は1~3年となる一方、日本のそれは最低6~7年、長くて10年の場合もある。日本は非常に安価な労働力が手に入る国なのです」
首都圏・東海・関西の三大都市圏での平均時給は1200円弱程度まで上昇し、日本は確実にインフレ状態にあります。物流業界では、インフレが進むほど、ロボットによる自動化も進むと言われますが、どうなのでしょうか。
「それでも日本の人件費はまだまだ安価なのです。しかも日本の倉庫労働者のクオリティは世界一です。人手不足感はあるものの、中小企業の経営者は人手のほうが品質を保て、かつコストも安価で済むという意識がまだまだ強いと考えられます」(安高氏)
そのため、投資回収期間が欧米と比較して日本は長いため、欧米で成功した(人件費が設備投資原資となる)ロボット製品を日本に持ってくるだけでは、ロジック上、欧米と同じように導入できないと安高氏は言います。
「海外投資家は日本の人件費が欧米の3分の1以下であることを知らないことが多く、なぜ投資回収が長くなるのか説明を毎回行う必要があります。逆に日本では欧米の設備投資回収が1年を切ることもあるという話が驚愕の事実として受け止められているのです」
また、日本は製品/サービス品質に対する要求が世界で圧倒的に一番高く、顧客ニーズをサポートするための費用が他国と比較し高くなる傾向にある上、製品をあるがままに使うのではなく、カスタマイズ要求も極めて高く、総じてコスト高となる傾向にあります。さらに荷主ごとに個別最適化され、規模が小さく(3000㎡以下)、自動化導入がしづらい物流現場が多く、大規模集約による効率化が発生しづらい現状があると安高氏は言います。
「私はノルウェー発のロボットベンチャーにいますが、日本でこそ生まれるべきロボットソリューションが海外ベンチャーで開発され、逆輸入されるケースを見るたびに悔しい思いを抱いています。物流は労働集約型で課題が多いと言われていますが、これからは投資的観点から見ても、日本はロボットによる自動化を進めたほうがいいと考えています」。
ここで、ボストンより来日しているCybernetix VenturesのジェネラルパートナーであるFady Saad氏に話を聞いた。氏は次のように語ります。
「Cybernetixは世界的にも珍しくロボティクスに特化したベンチャーキャピタルです。ロボティクスはオートメーションに先進AIが融合したもので、専門性や知見が築きにくい分野です。ボストンはロボティクスイノベーションの世界的ハブであり、さまざまなロボット企業が集まっています。われわれも「労働力不足」「高齢化と医療危機」「水と食の不足」「住宅の不足」「気候変動」などの世界的な社会課題をフォローしつつ投資をしています。特に注力する業種は「建設」、「ロジスティクス」、「製造」、「ヘルスケア」、テクノロジーの領域は「AI/ML」、「クラウドロボティクス」、「サイバーセキュリティ」、「オードノミー(自律性)」、「センサー・エッジコンピューティング」です。現在、北米と欧州の企業を対象に1号ファンドより13社に投資(1,000社程度から厳選)しており、今後は同ポートフォリオ企業と日本企業の協業や日本企業からのLP出資募集など、日本での取り組みも強化していきたい」
「私たちは投資に当たって、社会のどこに課題があるのかをいつも考えています。その課題とは、労働力に対するサポート、高齢化社会、コンシューマーの利便性における期待値の高さ、そして、気候とサステナビリティです。実際、それら4つの課題を解決するロボティクス企業に投資しており、その中からエグジットした会社も出ています」
Saad氏は投資アプローチとして、ロボティクスを適用しやすいBtoB市場に注目し、経験のあるスタッフのもと、実際に展開できるユースケースを追求していると言います。
「そのために、投資のほかにも、エコシステムやコミュニティも積極的につくりだそうとしています。ロボティクスのイノベーションを起こすには1社だけで足りません。イベントを開催したり、業界のネットワークを構築したりして、新たな社会課題を解決するロボティクスの世界を実現していきたいと考えています」。
最後にパネルディスカッションが行われました。まず石曽根氏は「世界では中国企業が産業ロボットでかなりのスピードで台頭しており、日本企業は今のシェアを守り続けることは難しくなっています。今後は新しい付加価値をどう付けていくのかが問われるでしょう」と指摘。それに対し、真田氏は「中国企業のスピードに日本企業が追い付けなかったことが大きいのでしょう。ただ、日本企業の産業用ロボットはハイエンドです。このセグメントでは数量は落ちておらず、成長しています」と応答。
一方、Saad氏はそうは言っても「今起きているロボティクスのイノベーションは、従来の製造における自動化(オートメーション)とは異なり、かつスピードも速いです。そこに追い付いていないのが日本企業の課題だと思います。例えば、協働ロボットにおける日本企業のイノベーションはボストンからは余り見えません。大切なのは広い視野で今何が起きているのかに目を向けることです」と指摘。
他方、既存事業の「深堀り」と新規事業の「探索」を行う、いわゆる「両利きの経営」を日本企業はどうマネージしているのでしょうか。イノベーションの観点から、真田氏は「日本では、一つ一つの課題を着実に解決していくウォーターホール型を採用する場合が多い一方、欧米ではベンチャーのようにスピード感を重視したアジャイル型を採用しており、この差が大きいと考えています。日本はロボットではハードを重視しますが、欧米ではソフトウェアを実現させるためのハードであるという位置付けです。日本はモノづくりが得意であるがゆえに、ハードから考えてしまいがち。やはり日本もアジャイル型に転換すべきだと考えています」と語りました。
では、日本市場にエントリーを図っている海外企業から見てわが国の市場はどのように見えるのでしょうか。安高氏は「マーケットでは良いものが必ずしも残るわけではありません。どうやって現実の世界でマネタイズできるのか。日本企業はその視点が足りないように見えます。日本は改善も得意ですし、クオリティも高い。しかし、もっとスピード感を大事にして、日本企業の強みを生かしていけば、もっと面白いソリューションが出てくるでしょう」とエールを送った。
さらに、石曽根氏は「政府も民間企業も人口減の中で日本の経済成長を高めていくことが目指すべきミッションとなります。その実現のためには、産学連携とスピード感が課題だと言えます。日本企業は今までのモノづくりの競争軸から脱し、何を大事にし、何をオープンにしてスピードを上げていくのか、ここを整理できれば、まだまだ日本は勝負できると考えています」。一方で、安高氏は「ロボットテクノロジーとソフトウェアは万国共通であり、もはや国境は関係ありません。日本のためになるのならば、どこの誰と組んでもいいのではないか。むしろ心配なのは、日本の強みが海外からすれば、弱みに見えることです。グローバルが求める基準と比べると、日本は高水準過ぎて、時間もかかり過ぎます。今後はシンプルにスピード感を持って、チャレンジできる国になってほしいと思っています」と語った。
高齢化・人手不足といった社会課題を解決する上で、広範な業種でのロボットの導入が求められます。導入促進にはロボット関連企業のイノベーション、政府による政策的対応、そして産学連携が必要となります。海外でのロボティクスイノベーションのスピードは速く、日本のロボット産業が世界市場における地位を維持できるかにも注目されます。
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製造業とAIスタートアップ連携を通じたサプライチェーン・レジリエンス向上のケーススタディ
本連載では、日本企業がスタートアップとの協業を通じて、経営課題の解決やイノベーション創出を追及するための方策を提示します。今回は、地政学要因など外部要因に起因するサプライチェーンに対するリスクに関して、製造業とAIスタートアップの協業を通じて、レジリエンスの向上に成功したケーススタディを行います。