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成功する「地政学戦略家企業」に必要とされる5つの行動とは

今日、ありとあらゆる企業が戦略を見直して地政学的リスクに対応しようとしています。本記事では、競合他社に先んじるには、いかに戦略的かつ効率的に投資配分すべきか、企業が取るべき行動について解説します。


要点
  • 94%の企業が、過去2年間に地政学的戦略に費やす時間とリソースを増やしている。
  • EY-Parthenon(EYパルテノン)の調査により、「地政学戦略家企業」とされ成功を遂げる企業(Geostrategy Index〈地政学的戦略指数。調査内にて定義〉で評価スコアが最も高かったグループの企業)が取っている5つの行動が明らかになった。
  • 地政学戦略家企業と自社の行動とを比較・検討することで、地政学的混乱の中にあってもレジリエンスと成長のためには何に投資すべきかが明らかになる。

企業が地政学的リスクや政治的リスクを避けて通ることができないことは一層明確になっています。下の図が示すとおり、企業の公開文書における地政学的リスク・政治的リスクへの言及は、2022年に600%に急伸しており、その後、この2年間は2022年以前の水準に対し3倍から4倍で推移しています。実際のところ、企業は政治的リスクによる重大なインパクトを目の当たりにしています。


企業が受けた地政学的影響は、2つの領域で目立っています。EY-Parthenonが世界の経営幹部1,000人超を対象に実施した調査、Geostrategy in Practice Survey 2025では、60%を超える経営幹部が、悪影響を受けた領域として自社の事業活動やサプライチェーンを挙げました。また、57%がレピュテーションとコンプライアンスの面で悪影響を受けたと回答しました。

Geostrategic Outlook 2025年版で浮き彫りとなったように、政策立案者が掲げるようになった優先順位を考慮するならば、これら先述の領域が多大な影響を受けていることは意外なことではありません。各国・地域の政府は、重要製品や戦略セクターについて生産のオンショアリング、ニアショアリング、フレンドショアリングをすべく、産業政策を発動し貿易保護主義を推進してきました。近年では、制裁措置の拡大や、制裁迂回を目的とした政策の導入も実施されています。また、特にサステナビリティと人工知能(AI)の分野で規制が急速に変化しており、主要市場間での規制の違いが目立つようになっています。

こうした影響を踏まえると、調査対象の経営幹部全員が、地政学が、特にサプライチェーンの領域で自社の戦略に変革を推し進めたと回答したことも当然と言えます。さらに、グローバル企業経営幹部数十人を対象とした詳細なインタビューでは、新たに出現する地政学的現実への適応を目指して、企業がサプライチェーンの再構築を意思決定する時期や方法、その理由も明らかになりました。

良い兆しも見えます。EY-Parthenon地政学的戦略グループ(Geostrategic Business Group)のクライアントとの業務経験および綿密な調査によると、既に大半の企業が、EYが提唱する「地政学的戦略フレームワーク」において地政学的戦略上必要とされるあらゆる行動に踏み出していることが示されています。

94%の企業が、過去2年間に地政学的戦略に投入する時間とリソースを増やしており、このような投資の動きは広範に広がっています。半数を超える経営幹部が、地政学的戦略上の「情報収集」、「分析」、「管理」、「戦略化」の各行動を実行する上で必要な投資を増やしていると回答しており、中でも、政治的リスクの特定・モニタリングのための情報収集に対する投資の増加が顕著です。

企業による地政学的なリスクに対する投資は見返りを生んでいます。「地政学戦略家企業」(地政学的リスクの戦略的管理に向けた行動が最も積極的かつ包括的な企業と定義)に該当する企業数は、2021年時点との比較で50%増加しています。さらに、Geostrategy in Practice Surveyの経時的データによると、企業が組織のあらゆるレベルで対応策を取る傾向が強まっています。そのような企業の割合は、2021年の24%から2025年には37%に増加しています。

しかし、まだ課題は多くあります。世界の経営幹部の3分の1が、過去2年間に自社に影響を与えた政治的リスクの大半またはすべてが予想外だったと回答しました。また、77%は、自社事業に影響を与えたリスクが、少なくともその半数について予想外だったと回答しました。地政学的戦略を担当する個人、専門部署、または部門横断的な委員会をしっかり配置している企業は、わずか45%です。その必要性を経営幹部は認識しており、93%が今後数年間で地政学的戦略に投入する時間とリソースを増やす予定です。

確かな価値をもたらす地政学的戦略

多くの企業が地政学的戦略上のケイパビリティの向上に向けて行動に踏み出している一方で、地政学的なリスクと機会を把握する取り組みはまだ途上段階にあります。レジリエンス向上に向け地政学的戦略を積極的に取り入れる企業は、価値を高め、競争優位性を獲得する上で有利な立場にあります。

例えば、地政学的リスクへの露出を軽減するために、多角化戦略や現地化戦略によってサプライチェーンを再構築した複数のメーカーでは、運営コストをコントロール下に置くことができ、イノベーション強化につながりました。北米のあるメーカーでは、当初はコストが上昇しましたが、サプライチェーンのシフト後にはレジリエンスと効率性が高まったことを実感しました。またアジア地域のあるメーカーも同様に、サプライチェーンを地政学的によりレジリエントにする取り組みの結果、収益性が一時的には落ち込んだものの、程なくイノベーションが活発化し、その後収益性は回復しました。

また、政治的リスクを戦略的意思決定に組み込むことも成果につながっています。一例を挙げると、EYのチームはある企業に協力し、その企業の主要市場の1つで新たに施行された法律の影響をモデル化しました。ここで得たモデルは同社の生産施設の相対的な競争力に関する意思決定において指針として活用されました。別の事例では、あるクライアントでは政治的リスク評価をM&Aのデューデリジェンス・プロセスにあらかじめ組み込みました。これにより、経営陣は、その後実行された企業買収において、派生するさまざまな潜在的政治的リスクを予測し、備えることができました。

一方で、クライアントから最もよく寄せられる質問には、次のようなものがあります。「同業他社はどのような対応を取っているのですか」、「他社はどのように地政学的リスクに戦略を適応させているのですか」、「自社の対応はどの程度の水準にありますか」などです。

下の図は、先に取り上げた他社との比較に関する質問への回答を示したもので、セクター別にまとめています。地政学戦略家企業はすべてのセクターに存在しますが比率は異なるようで、小売、電力・ユーティリティ、不動産・建設、テレコム・メディアで高くなっています。意外なことに、テクノロジーや航空宇宙・防衛など、各国政府の経済主権政策の照準たるセクターの中にも、地政学戦略家企業の比率が低い分野が見られます。


地政学戦略家企業は一般に、政治的リスクを戦略的に管理しようと定期的あるいは主体的に多くの措置を講じており、そこで得た評価結果を事業運営に積極的に反映しています。また、地政学戦略家企業は、企業レベル、事業部、部門、国家レベル等、企業組織全体にわたり、そうした対応をより包括的に実践するという点でも他の企業より優れているとみられます。さらに重要なのは、これらの企業が選択する戦略的意思決定もその他社とは異なるということです。

地政学戦略家企業として成功するには、何が必要なのでしょうか。本調査から5つの行動が明らかになりました。

  1. 地政学的な現状にサプライチェーンを適合させる
  2. 政治的リスク分析を投資判断に組み込む
  3. 不測の事態に備える
  4. 取締役会が地政学的戦略に定期的に関与する
  5. 地政学的戦略に関する意思決定に誰が関与するのか、そして誰が関与する必要があるのかを判断する
High angle view of cargo containers
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第1章

地政学的な現状にサプライチェーンを適合させる

地政学戦略家企業は、サプライチェーンを再構築することで地政学的リスクを効果的に管理し、複雑化が増す世界情勢下でレジリエンスと適応力を確保している際立った存在です。

約3分の2の企業において、政治的リスクはその事業とサプライチェーンに悪影響を及ぼしています。過去2年間に企業が実行した戦略的変革の上位3つのうち2つが、サプライチェーンの再構築と事業資産の移転であるのも当然なことと言えます。

これを裏付けるのが、ある欧州企業の最高戦略責任者の次のようなコメントです。「近年、世界の大国間における地政学的緊張の高まりや貿易制限が激化しています。サプライチェーンを多様化し、単一市場への依存を低減させることが、これまで以上に極めて重要です」

地政学戦略家企業は、その他の企業との比較で、政治的リスクへの対応として過去2年間にサプライチェーンを変革した傾向が高くなっています。とはいえ、どの経営幹部もすべて自社のサプライチェーンの再構築を急ぐ必要があるとは限りません。戦略的決断を下す前に、まず事業とサプライチェーン全体の政治的リスクに対する露出を評価する必要があります。

近年、世界の大国間における地政学的緊張の高まりや貿易制限が激化しています。サプライチェーンを多様化し、単一市場への依存を低減させることが、これまで以上に極めて重要です。

例えば、あるメーカーの経営幹部は、どこにリスクが存在するかを洗い出すために、自社のサプライチェーン全体をマッピングしています。リスクの集中が認められる場合には、その軽減のため、別のサプライヤーを探したり、製品設計を見直したりすることが考えられます。

同様に、あるライフサイエンス企業は、四半期ごとの戦略レビュープロセスにおいて現行のサプライチェーンに特有の脆弱性を把握し、この件をエスカレーションしました。経営陣が地政学的評価について取締役会に報告したところ、最終的に、同社は事業資産の移転とサプライチェーンの再構築を決断しました。

経営幹部はまず、自社の政治的リスクプロファイルを把握する必要があります。企業の政治的リスクプロファイルには2つの要素があります。1つ目は、自社の収益、事業の地理的な範囲、サプライヤーがさらされる政治的リスクへの露出の水準です。2つ目は地政学的戦略に関するケイパビリティで、これはGeostrategy Indexにより測定できます。


企業がサプライチェーンを地政学的現状に合わせて調整するには、4つに分類された政治的リスクプロファイルのそれぞれについて戦略的課題が異なってきます。分散調達戦略や地政学的情勢に合わせた市場での調達拡大など、適合する戦略は多岐にわたります。

霧の中で吊り橋の上を歩く人
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第2章

政治的リスク分析を投資判断に組み込む

地政学戦略家企業は、政治的リスクを投資判断に組み込むことで、不透明な地政学的情勢や困難なマクロ経済環境にあっても、M&Aを成功に導き、最適な成長戦略を見いだします。

地政学戦略家企業や最も自信のあるCEOは、そうした政治的リスクの視点をもって戦略的意思決定を下す傾向が強く、またそれにより、他にカテゴライズされた企業と比較してM&Aに対する意欲が高く、計画したトランザクションを完遂する割合が高くなっています。結果的に自社の成長や投資活動に投入する時間とリソースの低減につながります。

不透明なマクロ経済環境に加えて、主要中央銀行の長期的な高金利姿勢が、世界における投資に重荷となっています。クロスボーダーM&Aが年間取引額に占める割合は、2007年から2011年の平均34%から、2020年から2024年には、26%に低下しています。

2025年1月期のEY-Parthenon CEO Outlookによると、自信のあるCEOほどディールに対する意欲が強く、10人中7人が2025年のM&A活動に高い意欲を示しました。一方、最も自信のないCEOでは、同様の意欲を示したのは17%にとどまりました。2024年9月期の同調査では、ほとんど、または、常に政治的リスクをトランザクションの判断に組み込んでいる割合は、最も自信のあるCEOでは85%なのに対し、最も自信のないCEOでは64%であることが明らかになりました。

Geostrategy in Practice Survey 2025の調査結果によると、すべての地政学戦略家企業が将来的なトランザクションを評価する際に政治的リスク・デューデリジェンスを実施しており、うち73%がこれを定期的または主体的に実施しています。オブザーバー企業で同様の行動を取っているのは34%にとどまります。地政学戦略家企業は、過去2年間に計画していた事業売却を延期した割合がその他に分類された企業よりも低くなっており、政治的リスク管理と企業行動の間に明確な関連性があることがうかがえます。


企業の間では、特に市場参入時に、政治的リスクをデューデリジェンス実施に組み込む動きが広がっています。一例を挙げると、あるメーカーは新工場の建設地に東欧の特定の国を選定しましたが、これは、同社の主要な最終市場間との地政学的なパワーバランスが一因でした。また、あるライフサイエンス企業の経営幹部は、主要成長市場の規制リスク管理を目的とする買収を模索していることを明らかにしています。 

雪山の頂上に立つ男性
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第3章

不測の事態に備える

経営幹部が予期せぬ地政学的リスクに直面する事態が増加しています。モニタリングとシナリオ分析の強化が、不測の地政学的関連イベントへの備えとレジリエンスの向上につながります。

本調査対象の3分の1を超える経営幹部が、政治的リスクイベントやその影響が生じた際に、その大半またはすべてが予想外だったと回答しました。また42%は、約半数が予想外だったと回答しています。このことから、わずか4年前と比べて、政治的リスクの影響を予想することが極めて難しくなっていることが示唆されますとはいえ、ウクライナ情勢、中東情勢、広範な国・地域で実施された選挙の結末、関税を巡る不安定性など、企業は地政学的なブラックスワンや灰色のサイのような事象の数々に何度も驚かされてきたことを考えると、これは当然とも言えます。


企業がそのような不測の事態に備えるに当たっては、方法が2つあります。1つ目は、政治的リスクの特定プロセスとモニタリングシステムの改善です。経営幹部は、政治的リスクを動的かつ継続的にモニタリングすることに優先的に取り組む必要があります。リスクレジスターといったリスク識別プロセスに政治的リスクを盛り込み、そこで得られた知見を経営幹部と定期的に共有するべきです。企業は、リスクレジスターなどの社内ビジネスモデルに政治的リスクをスムーズに組み込めるように、可能な限り政治的リスクに関する定量的指標を収集・使用する必要があります。

当社では、リスク管理フレームワークを強化しました。現在のフレームワークには、多岐にわたる地政学的イベントに対するシナリオプランニング、ストレステスト、コンティンジェンシープラン策定が組み込まれています。

2つ目は、シナリオ分析(将来起こり得る複数の状況について系統的に分析・考察すること)を用いて、予見し難い政治的リスクイベントに対する予測を向上させ、対応策を講じることです。地政学、各国・地域の政治情勢、規制当局、社会など、数多くの登場人物やリスクが存在するために生じ得る結果は目まぐるしいものになりますが、シナリオ分析は、その不確実性を対処可能な形に整理する一助となります。また、シナリオ分析により、企業はより豊かな想像性を伴った戦略立案能力と事業の俊敏性を獲得できるため、新たな状況が自社のシナリオの想定外でも迅速に対処することが可能になります。

あるメーカーの経営幹部は、このプロセスを振り返って次のように述べました。「当社では、リスク管理フレームワークを強化しました。現在のフレームワークには、多岐にわたる地政学的イベントに対するシナリオプランニング、ストレステスト、コンティンジェンシープラン策定が組み込まれています。われわれはさらに、リスク管理チームに政治的リスク分析の専門家を配置し、チームを拡充する予定です」

地政学戦略家企業の傾向として、その他にカテゴライズされた企業と比較して、過去2年間に政治的リスクの「スキャニング(情報収集)」のケイパビリティに費やした時間とリソースが顕著であることが挙げられます。地政学戦略家企業はその他の企業よりも、政治的リスクについてのシナリオプランニングを戦略の立案と検証に用いる傾向が高く、66%が定期的または主体的に実施しています。また、リスク軽減策をあらかじめ策定するためにもシナリオ分析を活用しています。 

EYのチームが支援したアジア太平洋地域のある金融サービス事業者は、いくつかのシナリオを用いて、⽶中間の地政学的緊張が今後どのように進展していく可能性があるのか、またその結果、自社の事業はどのような影響を受けることになるのかを把握することをシナリオ分析の目的としました。この企業では特に、多数のシナリオから、資本の流れ、流動性、為替相場の変動が短中期的に自社に及ぼす影響を評価したいと考えていました。結果的に、財務構造や資本ポートフォリオを調整するための指針を導き出すことができました。

Rear view of people working in office
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第4章

取締役会が地政学的戦略に定期的に関与する

企業の取締役会は地政学的戦略を重視する傾向を強めており、政治的リスクに対処している割合は76%に上ります。定期的な評価とそれに関するブリーフィングを受けることが極めて重要になりますが、取締役会がこの課題に実際に取り組む頻度は、まだ多くの企業で十分とは言えません。

取締役会はこれまでも常に、政治的リスクの課題にある程度は取り組んできていました。しかし、ここ数年、地政学に対する取締役の関心は著しく高まっています。EY-Parthenon地政学的戦略グループとEY Center for Board Mattersは共催で、このテーマに関心を持つ取締役の要望に応える形で、先般、討論会やシナリオプランニング演習など地政学的戦略に関するイベントを複数回開催しました。

取締役会メンバーの関心が高まっていることは、調査データからも裏付けられています。2021年には、特定された7つの地政学的戦略領域で対策を講じた取締役会は、平均してわずか26%でした。2025年には、その割合は76%に上昇しています。現在取締役会が取っている対応策のうち上位2つは、政治的リスクが自社の現行の戦略に及ぼす影響を定期的に評価すること(84%)と、パブリックアフェアーズ(広報)やリスク管理などの部門から政治的リスクに関するブリーフィングを定期的に受けること(82%)です。


担当部署が実施するにせよ社外の専門家から受けるにせよ、現行戦略に及ぶ影響を評価することや地政学関連のブリーフィングを受けることは必要とされる活動のごく一部に過ぎず、取締役会がいつ、どのように地政学的戦略に関与するかも同様に肝心です。政治的リスクは企業の事業や戦略に重大な影響を及ぼすにもかかわらず、頻繁にこれを議題に載せている取締役会はわずか3分の1程度です。政治的リスクを年次議題としている取締役会は半数を超えますが、変化が激しくなる一方の地政学的情勢に効果的に対処するには十分な頻度とは言い難くなっています。

取締役会はまた、いずれかの委員会に政治的リスクと地政学的戦略に関する責任を割り当て、委員会を通して当該リスクを一貫して監督し、またそれに対する注意を促す必要があります。自社の取締役会がこれを実施していると回答した経営幹部は、4年前にはわずか3分の1でしたが、心強いことに直近では約4分の3に増加しています。

この点について、あるメーカーの経営幹部は次のように述べています。「複雑で不安定な世界情勢の中では、堅牢でアジャイルなガバナンスのフレームワークが求められます。当社の重要な変革の1つは、取締役会に専担の地政学的リスク委員会を設置したことです」

地政学戦略家企業に分類された企業の取締役会は、地政学的戦略の監督に責任を負う委員会を設置する傾向がより高くなっています(82%)。また、その他の企業よりも高い比率で政治的リスクが現行戦略に与える影響を評価し、担当部署から地政学関連のブリーフィングを定期的に受けています。

当社の重要な変革の1つは、取締役会に専担の地政学リスク委員会を設置したことです。

さらに重要なことは、地政学戦略家企業の取締役会の85%が、M&Aや市場参入など、将来を見据えた戦略的意思決定に政治的リスクを組み込んでいることです。取締役会が地政学的活動への関与を深め、地政学的情勢の変化が目下の事業や戦略に及ぼす影響を理解するにとどまらず、その評価結果を今後競争上優位に立つための意思決定に織り込むことで、将来の地政学的な不測の事態に対するレジリエンスが高められるとみられます。

Full frame shot of empty chairs in stadium
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第5章

地政学的戦略に関する意思決定に誰が関与するのか、そして誰が関与する必要があるのかを判断する

地政学的戦略のガバナンスには、部門をまたいでの協力が必要であり、現在、委員会がその監督の役割を担っています。

地政学上の危機に対して部門横断的なアプローチが欠かせないことは明らかです。一例として、あるテクノロジー企業で政治分析を実施した上で意思決定を行った際には、サプライチェーンから調達、製造、財務、戦略、政府渉外、法務までの部門が関与していました。またあるライフサイエンス企業ではリスク評価を行う際、サプライチェーン、リスク、法務の各部門が共同でリスク評価を下し、取締役会にその結果から戦略的措置を提言していました。

地政学的情勢が変化を続け、リスクと不確実性が増大する中、この難局を効果的に乗り切るには、より堅牢でアジャイルなガバナンスのフレームワークの導入が不可欠でした。

しかし、効果的なガバナンスの実現には、日常的に各部門が参画し協働しなければなりません。Geostrategy by Designで考察したように、多様な部門間で相互補完しながら協力関係を築き、地政学的戦略領域全体をカバーするには、組織の上部からの監督が必須です。目指すべきは、「情報収集」、「分析」、「管理」の各行動のバランスを取り、活動全体として戦略に沿った情報を提供することです。

この一例となるのが、あるライフサイエンス企業の経営幹部のコメントです。「地政学的情勢が変化を続け、リスクと不確実性が増大する中、このような難局を効果的に乗り切るには、より堅牢でアジャイルなガバナンスのフレームワークの導入が不可欠でした」

経営層は、こうした部門横断型ガバナンス体制への移行を推し進めています。2021年の時点では、最も一般的な組織構造だったのは地政学的戦略に関する責務を特定の部署や事業部門に割り当てる体制で(52%)、それに次ぐのが委員会方式(39%)でしたが、直近ではこれが逆転しています。2025年には、委員会方式が地政学的戦略に関するガバナンス体制として最も一般的であり(52%)、地政学的戦略の議論に関与する経営幹部の数はほぼ倍増しました。

議論に参加する顔ぶれも大きく変わっています。約半数の企業では、最高リスク責任者が地政学的戦略に関して何らかの責任を負っています。しかし、地政学的戦略を多く担う役職4つのうち、最高リスク責任者を除いては新たな面々となっています。法務担当責任者、最高コンプライアンス責任者、公共政策担当部門の責任者の3つです。これは2022年以降、ウクライナ情勢により国際的な制裁環境が大きく変動していることや、多くの市場で重要な規制が新たに導入されてきたことを反映しているとみられます。


しかし、まだ改善の余地はあります。Geostrategy by Designでは、地政学的戦略のフレームワークの中心的な4つのコンピテンシーに基づいて、政治的リスク管理に大きく貢献できる4つの役職(公共政策担当部署の責任者、最高業務責任者、最高リスク責任者、最高戦略責任者)を特定しました。しかし、この重要な職責を担う4名全員が地政学的戦略チームに含まれている企業は、現時点でわずか1.5%に過ぎません。

地政学戦略家企業は、そうしたガバナンスの原則の多くを取り入れています。また地政学的戦略に関する責務が個人に集中することはまれで、ガバナンス構造に委員会方式やチーム体制を採用しています。しかし、地政学戦略家企業でさえ、地政学的戦略に関する議論に誰が関与するのかという点には改善の余地があるようです。

永続的かつ継続的に地政学的戦略を実践する

地政学的戦略対応は続きます。このことは、すべてのビジネスリーダーにとって重要なポイントを明白にします。地政学的戦略は完了することはなく、継続的なプロセスです。経営幹部が問うべきは、「自社には、政治的リスクに対する露出を管理し、潜在的な機会をつかみ取るための有効な戦略があるか」という点です。地政学的情勢の変動が激しい現在のような状況で、そうした機会は存在しないかのように見えるものの、確かに存在しています。効果的な地政学的戦略を備える企業は、有利な立ち位置を得て、このビジネスチャンスを見いだせることでしょう。

サマリー

地政学戦略家企業になるには、地政学的戦略のケイパビリティに新たに投資することが必要です。これを適切に実行するのは容易ではないかもしれません。しかし、実際的なメリットが得られます。過去2年間に企業が直面してきたような地政学的な不測の事態を想定し、効果的な対策を講じる態勢を十全に整えることができるようになるでしょう。また、有効な地政学的戦略を備えていれば、政治的リスクイベントが現実となった場合に、経営陣がより迅速に対処することが可能になります。ひいては地政学に関連する現時点の課題や、あるいは将来生じ得る地政学的緊張や政治的リスクへの組織のレジリエンスの向上へとつながります。

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