EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
※本勉強会は、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社が環境省より受託した令和6年度企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する促進委託業務です。
開催のあいさつに立った環境省地球環境局地球温暖化対策課 脱炭素ビジネス推進室の杉井威夫氏は、環境関連情報開示の重要性について「気候変動以外の側面を求める国際的な動きが強まっていることに加え、第6次環境基本計画においても気候変動、生物多様性の損失、汚染、という3つの危機に統合的に対応する必要性が明示されている」と解説。企業においても、より実践的で包括的な情報開示が不可欠であると指摘し、こうした背景から今回の勉強会を開催するに至ったと経緯を述べました。
環境省 地球環境局 地球温暖化対策課 脱炭素ビジネス推進室
室長 杉井 威夫 氏
Section1
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室 室長 パートナー 尾山 耕一
近年、脱炭素に関する取り組みが注目を集めていますが、それだけにとどまらず、現在では環境に関する多様な情報開示基準が企業に求められています。本講演では、最新の動向に加え、複雑化するアジェンダに企業が統合的に取り組む際のポイントについて解説が行われました。
TCFDに基づく情報開示が普及する中、今後のサステナビリティ開示・取り組みにはどのような要件が求められるのでしょうか。この問いについて尾山は「深さ:実効性」と「広さ:他アジェンダへの対応」が必要であると指摘しました。
「気候変動への対応は深さを増しており、COPにおける議論を中心に、引き続き脱炭素に向けた国際的な流れが加速しています。日本国内でも環境省のさまざまな取り組みに加え、GX2040ビジョンの策定、エネルギー基本計画の改訂、NDCの更新など、脱炭素に関するさまざまな検討が進んでいます。また、TCFDにつぎ、自然資本・生物多様性に関するTNFDも登場し、ISSBやSSBJ、CSRD、SECにおける気候変動開示案など、多様なサステナビリティ関連規制が次々と発行・検討され、開示対応が必要な領域が拡大しています」(尾山)。
では、この「深さ:実効性」と「広さ:他アジェンダへの対応」について企業はどう捉え、応えていけばよいのでしょうか。
「環境三社会(気候変動・自然資本・資源循環)への対応においては、気候変動への対応をうまく活用していくことが有効です。最も重要なのは3つのアジェンダが独立したものではなく相互に深く関連する点を理解し、個別に検討するのではなく統合的に事象を捉え、企業として目指すべき姿を明確にすることが求められています」(尾山)。
企業が開示要請に対応する際のアプローチとして、尾山は「守り:規定演技」と「攻め:自由演技」の2つの概念を提案しました。
「規定演技でネガティブ面の解消を行い、守りを盤石にすることでステークホルダーからの信頼を獲得する一方、自由演技でポジティブ面を強調し、共感の獲得や共創の増幅へとつなげる。それこそが、企業における望ましい情報開示の在り方です」(尾山)。
最後に、尾山は「持続可能な社会の構築に向けて、企業が課題解決の主体となっていくことが最も重要である」と強調し、講演を締めくくりました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室 室長
パートナー 尾山 耕一
Section2
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室 シニアマネージャー 田村 響
現在、地球は「気候変動」「生物多様性の損失」「汚染」という3つの環境危機に直面しています。これらの課題を克服していくには、「第6次環境基本計画」においても語られているとおり、政府・企業・国民の三者が協力し、共に進化していく必要があります。その際、複合的な環境課題への対応が求められる社会に向かっていく中では、相乗効果を生み出す取り組みを推進しつつ、トレードオフとなる取り組みを回避することが重要です。
田村は、世界経済フォーラムにおけるデータに基づき、相乗効果が期待される取り組みの日本における経済効果を検討した資料を提示しました。
「カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーへの寄与が期待されるネイチャーポジティブ市場の総額は35兆円に達すると推測されています。こうした、複合的な課題にアプローチすることができる市場は、環境3社会の同時実現を目指す社会に向かっていく中においては、一層の成長分野として期待されています」(田村)。
また、気候変動に関する短期的な適応および緩和行動とSDGsの17の目標との関係性を整理した国連からのレポートでも、他の課題との相乗効果を最大化することが投資ギャップ解消につながると強調されています。さらに、IPBESとIPCCのレポートにおいても、相乗効果とトレードオフの考慮が不可欠であることが指摘されています。
相乗効果とトレードオフを考慮した企業の取り組みとして、田村は大成建設と積水化学工業の事例を紹介しました。森林資源の再生と保全に取り組みながら木造木質建築の需要増加に応えている大成建設は、脱炭素の機会を捉えながら、自然再興・循環経済とのシナジーを創出、トレードオフを回避しています。また、積水化学工業は、可燃ごみをエタノールに変換する技術を導入することで、脱炭素と循環経済の推進に貢献しています。
「2社は気候変動、生物多様性、循環資源の3つの課題が相互に影響することを踏まえた情報開示を行っています。このように、相乗効果とトレードオフを考慮した分析と、それに基づく行動と情報開示が、今後より一層重要になるでしょう」(田村)。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室
シニアマネージャー 田村 響
Section3
企業における情報開示の事例や機関投資家の視点から見た情報開示の重要ポイントについて、登壇企業によるプレゼンテーションが行われました。
キリンホールディングスは食・ヘルスサイエンス・医療の3分野を主な事業領域とし、農産物、発酵技術、バイオテクノロジーを強みとしています。
「キリングループは、アルベルト・シュバイツァー博士が提唱した“生への畏敬”をフィロソフィーとして掲げ、自然の大切さに着目した経営を行ってきました。2020年に策定した『環境ビジョン2050』では、ポジティブインパクトで環境を良くしていくこと、さまざまな環境課題の統合的解決を目指しています。この環境ビジョンは、情報開示フレームワークがきっかけとなり形成され、経営方針や戦略にも大きな影響を与えました」(吉川氏)。
最初に取り組んだTCFDのフレームでは説明しづらかった部分も、TNFDのフレームを活用することで、リスクと機会をより明確に説明できるようになったと吉川氏は語ります。
「現在は、新しいツールやフレームが登場する度に試行的に開示を進めています。トライアルを続けることで、少しずつ前に進んでいければと考えています」(吉川氏)。
キリンホールディングス株式会社 SV戦略部 主査
吉川 創祐 氏
グループにおける海外の売上高比率が60%を超えるリコーでは、従業員数においても日本より海外のほうが上回っています。国際的な潮流を踏まえた活動の重要性を取り巻く環境を説明した上で、羽田野氏は本年度の環境情報開示に当たって見直したポイントとして、以下の3点を挙げました。
「レポートでは重複している部分を統合し、社内のリスクマネジメント基準に基づき影響度と緊急度を評価しました。ペーパーレス化を見据えたデジタルサービスへの転換や、中小企業向けのDX支援ソリューションの提供により、昨年度は1,700億円の売り上げに貢献しました」(羽田野氏)。
羽田野氏は「今後は生物多様性における優先地域ごとの『シナリオ分析』や『リスク・機会評価』でより深い分析を進め、『汚染予防』や『人権』についてもスコープに含める」と述べ、社会インパクトや事業インパクトを意識した、環境と社会の両面を統合したレポート制作の必要性を強調しました。
株式会社リコー ESGセンター ESG推進室 室長
羽田野 洋充 氏
多くの企業にとって、統合的な情報開示の実務は現在進行形で進められており、機関投資家側においてもその活用経験についてはまだ蓄積途上であると言えます。鈴木氏は、機関投資家として情報開示を利用する上で、2つのポイントを挙げました。
「1つ目は、サステナビリティ情報の多くが任意で開示されている現在においては、精度は二の次であり、まずは情報が開示されていることが最優先。当然のことながら開示されていなければその取り組みを十分に理解し、評価することはできません。開示できるものから順次開示いただくことを期待しています。2つ目は、開示のための開示にならないこと。開示が単なる目的ではなく、企業価値の向上を目指す経営戦略に紐づいた開示であることを重視しています」(鈴木氏)。
環境三社会の開示においても同様に、「企業のマイナス情報も含め、経営上のリスクと機会を可能なものから前広に開示してほしい」と鈴木氏は語ります。
「生命保険会社は長期の投資家です。リスクが大きいから投資できないという目線では見ていません。むしろ企業とのエンゲージメントを通じて現在のリスクや課題を共有しつつ、中長期的な時間軸で企業価値の向上を後押しする存在だと考えています」と述べ、講演を締めくくりました。
明治安田生命保険相互会社 調査部 筆頭運用調査役
鈴木 直行 氏
Section4
講演後、EY wavespace™ Tokyo天野がモデレーターを務め、各企業の登壇者にEY尾山を加えたメンバーによるパネルディスカッションが行われました。
冒頭、EY尾山が「統合的な取り組みを進めていく上で直面した課題」について尋ねると、キリンホールディングスの吉川氏は「社内外のステークホルダーを巻き込むことに苦労した」と回答しました。
「まずは、コントロールしやすいところからの取り組みを始めました。調達品目の大部分を占める麦芽ではなく、比較的取り組みやすい日本のワイン用ぶどう畑で二次的自然の保全に着手し、その開示内容に対するフィードバックを通じて改善を図りました」(吉川氏)。
続いてリコーの羽田野氏は「TCFDとTNFDのフレームワークの統合に苦戦した」と述べましたが、「さまざまな部門から集まったメンバーの知見を生かし、シナリオ分析やリスク・機会評価を進めることで乗り越えられた」と、課題解決に至る過程を振り返りました。
次に、論点は「経営陣をはじめとする社内理解の醸成を図るにはどうすべきか」へ。キリンホールディングスの吉川氏は「丁寧に説明していかなければ乗り越えられない。世の中の潮流や資本市場からの期待をサステナビリティ部門が翻訳し、客観的に伝えていく努力をしている」と述べました。そして、明治安田生命の鈴木氏は、Jリーグと取り組む森林保全活動に触れ、「Jリーグでの大雨による試合中止が2017年以前と比べて2018年以降は4.7倍に増えている」との事例を示し、分かりやすくインパクトのある伝え方こそ、まさしく理解を得るために重要であると強調し、登壇者たちが大きくうなずく場面がありました。
さらにEY尾山が「投資家としてどのような視点で統合的開示を見ているのか」と明治安田生命の鈴木氏に質問すると、「中長期での対応を経営戦略と結び付け、いわば“自分ごと化”して取り組む姿勢と開示を重視している」と鈴木氏は説明しました。EY尾山が講演で触れた「攻め:自由演技」というコンセプトは、経営戦略を踏まえた開示に対しても有効であると述べました。
EY尾山は議論を総括し、「数字の正確性にこだわるよりもまずは発信し、フィードバックを通じて深めていく。それが社内の対話を促し、意識変革へのきっかけになるのではないか」と述べ、パネルディスカッションを締めくくりました。
本セミナーは環境省主催「令和6年10月より企業の脱炭素経営をはじめ持続可能な経営の実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会」の開催レポートです。
第1回の模様は下記より、動画にて全編視聴いただけますのでご参照ください。
・動画URL 企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示に関する勉強会
勉強会詳細は下記をご参照ください。
全6回
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気候変動や自然資本は、今日の企業経営にとって重要なアジェンダとなりました。企業には、経済活動を通じたサステナビリティ課題解決への貢献が求められています。制度対応や情報開示にとどまっては不十分であり、経営と組織の本質的な変革が求められています。EYは、企業のサステナビリティ変革をサポートします。
続きを読む開示対応が必要なアジェンダは、今後ますます広がりをみせていくことが予想されます。異なる開示フレームワークの共通部分を活用することはもちろん、相乗効果やトレードオフを考慮した分析とそれに基づく対応・開示に取り組んでいくことが重要です。