EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
※本勉強会は、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社が環境省より受託した令和6年度企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する促進委託業務です。
企業や地方自治体による持続可能な水資源利用の取り組みに対し、日本が世界から注目を集めています。その中心にあるのが、2014年に施行された「水循環基本法」を受けて環境省が立ち上げた「ウォータープロジェクト」です。
勉強会の冒頭、環境副大臣・中田宏氏は、これまでに505の企業・団体が本プロジェクトに参加し、水資源に関する取り組みを共有するイベントなどを実施してきたことを紹介しました。また、本セミナーの共催者であるCDPについても触れ、ネイチャーSBTsの活用を通じて、企業の行動を後押ししていることを説明。「本セミナーを通じて、企業の持続可能性向上や地域における良好な環境創出につなげていただきたい」と挨拶されました。
環境副大臣
中田 宏 氏
続いて、東京大学総長特別参与・教授の沖大幹氏が「水利用が及ぼす影響評価」をテーマに基調講演を行いました。沖氏は、水の希少性は時間と空間によって異なることを指摘。その上で、さまざまな水リスクの評価手法を紹介し、地域の実情や目的に応じたアプローチが重要であると強調しました。
東京大学総長 特別参与・教授
沖 大幹 氏
Section1
各企業のパネリストによる自己紹介の後、モデレーターを務めるTNFD専任SVP原口真氏の進行の下、3つのテーマについて活発な議論が行われました。
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室長 永田 綾 氏
TOPPANホールディングス株式会社 執行役員 経営企画本部 サステナビリティ経営推進室長 荒瀬 玲子 氏
サントリーホールディングス株式会社 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長 藤原 正明 氏
住友化学株式会社 常務執行役員 サステナビリティ推進部担当 福田 加奈子 氏
株式会社ツムラ 取締役Co-COO(共同最高執行責任者) 杉井 圭 氏
MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部 TNFD専任SVP 原口 真 氏(モデレーター)
環境省の永田氏は、日本企業が水リスクに向き合う上での課題について「バリューチェーン全体で水リスクの高い地域を特定し、改善策を講じる視点が重要であり、また難しい点でもある」と指摘。その上で、上流・下流を含めた地域全体での連携、いわゆるランドスケープアプローチが鍵となるとし、栃木県・那須野が原でのウォーターポジティブにおける経済的評価の取り組みについて紹介しました。
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化 室長
永田 綾 氏
水リスク評価の課題について、「現状の水リスクの評価ツールは国内の水ストレスが高い地域等が正しく反映されない側面がある。 また自社事業の多様性により指標の策定や全社的な取りまとめが難しい」と指摘したのは、TOPPANホールディングスの荒瀬氏です。
TOPPANホールディングス株式会社 執行役員 経営企画本部 サステナビリティ経営推進室長
荒瀬 玲子 氏
一方、住友化学ではLEAPアプローチを用いてグローバル拠点の水ストレスを評価し、最もリスクの高かったインドの工場において、河川水の代わりに家庭排水を購入し、ミミズを用いた浄水技術によって工場用水として利用することで、河川水の購入量を70%以上削減した事例を紹介しました。
「工場で節約した河川水を周辺地域の農業用水などに活用できるようになり、地域社会にも貢献しています」(福田氏)
住友化学株式会社 常務執行役員 サステナビリティ推進部担当
福田 加奈子 氏
また、ツムラの杉井氏は、生薬の9割を中国から調達し、1万件以上の栽培農家と取引している状況において、GACP(品質管理の仕組み)を活用してトレーサビリティを確保していると紹介しました。
「WWFのリスクフィルターを用いて重点地域を特定し、解析を進めています」(杉井氏)
株式会社ツムラ 取締役Co-COO(共同最高執行責任者)
杉井 圭 氏
リスク評価から実際のアクションにつなげるには、どのようなアプローチが必要なのでしょうか。サントリーの藤原氏は、「イギリスでカバークロップを活用し、土壌の生物多様性を維持しながら灌漑の効率化を図っている」と紹介しました。
「これにより、化学肥料や農薬の使用が抑えられ、GHG(温室効果ガス)の削減にもつながると期待しています。さらに、再生農業の成果として開発されたビールを大阪・関西万博で提供する予定です」(藤原氏)
サントリーホールディングス株式会社 常務執行役員 サステナビリティ経営推進本部長
藤原 正明 氏
住友化学では、化学企業ならではの技術で排水処理に活性汚泥法を高度化しています。
「菌叢解析技術による最適な微生物の選定によって排水処理能力の向上を実現しつつ、活性汚泥の発生量を抑えることで排水処理に伴うGHG排出量、燃料使用量の削減にもつながりました」(福田氏)
また、ツムラでは17年以上にわたり、柴胡や山椒の栽培地である高知県仁淀川周辺の自然環境保護と地域振興を目的に高知県協働の森づくり事業「土佐ツムラの森」活動を続けています。森林整備や地元中学生へのサステナビリティ教育を通じて、地域との共生も図っています。
「高知県や生産団体などと協定を結び、昨年は林野庁の『森林×ACTチャレンジ2024』でも表彰されました」(杉井氏)
水リスク評価においては、統一的な枠組みやデータの不足が大きな課題です。環境省の永田氏は、「SBTs for natureはまだ全領域をカバーしていません。実際の導入には移行計画を行動指針として活用する必要があります」と説明。現在、日本では生物多様性センターを設立し、データの蓄積を進めるとともに、国際基準との整合性を図るべくTNFDとの協働も進めています。
TOPPANホールディングスの荒瀬氏は、自社でのSBTs for nature導入によって得られた成果として、「(1)目標設定のノウハウの獲得、(2)日本国内より渇水リスクが高い海外拠点との対話への活用」の2点を挙げました。一方で「河川の取水量や水質、生物保全のための閾値(しきいち)などの公開データが不足しており、目標設定には制約も多い」と今後の課題にも触れました。
このような状況の中、サントリーでは東京大学などと連携し、ウォーター・スチュワードシップに向けた洞察を得るためのツール「Water Security Compass」を開発しました。
「従来の指標に加え、新たな評価基準を導入することで、水ストレスの高さだけでなく水ストレスの発生可能性も特定できるようになりました。水は地域ごとに特性が異なる資源であり、欧米主導のルール形成にアジアの実情を反映させることが重要です」(藤原氏)
その一環として、日本でもアライアンス・フォー・ウォーター・スチュワードシップ(AWS)を立ち上げ、地域の水資源管理を推進していく方針を示しました。
最後に、モデレーターの原口氏は「日本企業の先進的な取り組みは国際的にも注目されています。本日の議論を踏まえ、今後も着実に取り組みを進めていただきたいと思います」と述べ、パネルディスカッションを締めくくりました。
MS&ADインシュアランス グループ ホールディングス株式会社 サステナビリティ推進部 TNFD専任SVP
原口 真 氏
Section2
事例紹介の後、CDP Worldwide-Japanシニアマネージャー 角田恵里氏の進行により、ネイチャーSBTsの具体的な活用についてディスカッションが行われました。
公益財団法人くまもと地下水財団 事務局長 勝谷 仁雄 氏
サントリーホールディングス株式会社 サステナビリティ経営推進本部 生物多様性統括水グループ 部長 瀬田 玄通 氏
一般社団法人CDP Worldwide-Japan シニアマネージャー 角田恵里 氏(モデレーター)
公益財団法人くまもと地下水財団 事務局長 勝谷 仁雄 氏
2023年12月、世界最大手の半導体受託製造会社である台湾TSMCが、熊本で第1工場の稼働を開始しました。半導体製造には大量の水が必要であり、約100万人が地下水を利用する熊本地域では、その適正管理が大きな課題となっています。
熊本では1970年代後半から都市化が進み、1990年代にはソニーや三菱電機といった企業の進出により、地下水の減少が深刻化しました。2000年代初頭には、熊本県は地下水を「公共水」と位置付け、大量取水に対し10%の涵養を義務付けました。
このような背景から、地下水を守るため11の市町村が連携して設立されたのが「くまもと地下水財団」です。
「地下水の流れを可視化するデータ分析や水質保全、涵養活動、啓発活動等に取り組んでいます。特に『冬季湛水(たんすい)事業』は農家の協力の下に進めており、ソニーをはじめとした多くの企業も参画し、涵養対策を強化しています」(勝谷氏)
こうした取り組みにより地下水の水位は回復傾向にありましたが、TSMCの進出により、さらなる涵養対策の強化が求められています。
公益財団法人くまもと地下水財団 事務局長
勝谷 仁雄 氏
サントリーホールディングス株式会社 サステナビリティ経営推進本部 生物多様性統括水グループ 部長 瀬田 玄通 氏
ウイスキーやミネラルウォーター、ビールなどを生産・販売しているサントリーは、生態系サービスへの依存が大きく、水源保全に力を入れています。同社の熊本工場では、取水と節水を徹底管理するだけでなく、上流域の「天然水の森」で地下水涵養活動や冬季湛水事業を実施し、工場で使用する水量の2倍以上を地域に還元しています。また、清掃活動や啓発にも積極的に取り組み、2023年2月には国際的な水管理認証「AWS」において最高ランクである「プラチナ認証」を取得しました。
さらに、サントリーは2023年春よりネイチャーSBTsのパイロットプログラムに参加し、持続可能な水管理の目標設定と評価を進めています。
「当社の水科学研究所では、過去からのデータを基に熊本地域の地下水流動を分析しています。TSMCなど半導体関連工場の進出も踏まえ、将来的な水利用量の予測モデルの構築を進めており、2024年度までの採取量を基に削減目標を設定しました。このプロセスにより、 SBTNの認証を取得しました」(瀬田氏)
サントリーホールディングス株式会社 サステナビリティ経営推進本部 生物多様性統括水グループ 部長
瀬田 玄通 氏
モデレーターの角田氏は、ここまでの発表を受けて「自治体や財団の立場から、企業の取り組みをどう捉えているか」を勝谷氏に問いかけました。
勝谷氏は、熊本県が2023年10月に地下水涵養の義務基準を10%から100%に引き上げたことに触れ、「企業の適正な水利用そのものに問題はありませんが、使用分の涵養を両立させてこそ持続可能な経営につながると考えています」と強調。現在は、地下水の変動をシミュレーションする共同研究をサントリーと進めており、モニタリングシステムの構築にも取り組んでいます。
また、角田氏は「水資源の有限性について企業と地域が共通認識を持ち、意思決定に参画することが重要です」と指摘し、双方の学びや活動により得られたベネフィットについて質問しました。
「土地の改変による地下水涵養は行政だけでは対応が難しく、民間との協力が不可欠です。現在も企業と連携して新たな課題解決に取り組んでいます」(勝谷氏)
「われわれの事業は地域との信頼関係が重要です。こうした取り組みの中で培われた信頼関係こそが、最大のベネフィットであると考えています」(瀬田氏)
TSMCの進出により、熊本の地下水環境は新たな局面を迎えています。勝谷氏は「TNFDの動きを背景に、今後はより多くの企業の自発的な参画が広がることを期待しています」と述べました。瀬田氏も、「工場での水使用削減は差し迫った最優先課題です。MS&AD、肥後銀行、熊本県立大学と連携し、アスファルトを浸透性のある素材に転換する技術開発やグリーンインフラの導入など、新しい技術やアプローチを模索しています。熊本でリーダー的な事例をつくり、日本各地へ展開していきたいと考えています」と強い意欲を示しました。
最後に角田氏は、「水資源の保全と適切な利用には、企業と自治体が科学的データに基づき、計画的に行動することが不可欠です」とまとめ、現在作成中のネイチャーSBTsに関する自治体向けガイダンスについても紹介しました。
一般社団法人CDP Worldwide-Japan シニアマネージャー
角田 恵里 氏
セミナーの最後には、CDPの最高経営責任者(CEO)であるSherry Madera氏から寄せられたビデオメッセージが上映されました。
Madera氏は、2024年に日本企業2,100社がCDPを通じて情報を開示し、そのうち1,000社が水に関するデータを報告したことに触れ、「日本は水の開示における世界のリーダーである」と高く評価しました。また、CDPの役割については、「誰もが行動を起こせるようにデータを提供することが私たちの使命であり、その実現には、世界中のパートナーとの協力が不可欠です」と述べ、グローバルな連携の重要性を強調。
「私たちが力を合わせることで、より持続可能でレジリエントなグローバル経済を実現できると信じています」と力強く呼びかけ、セミナーを締めくくりました。
CDP 最高経営責任者(CEO)
Sherry Madera 氏
本セミナーは令和6年10月より環境省が主催した「企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会」の開催レポートです。
第6回の模様は下記より、動画にて全編視聴いただけますのでご参照ください。
勉強会詳細は下記をご参照ください。
全6回
日本企業は水リスクの評価や水資源の持続可能な管理を推進しており、行政や研究機関との連携事例も見られます。ネイチャーSBTsや地域ごとのデータに基づく施策が進む中、熊本では地下水涵養に企業と自治体が一体となって取り組んでいます。日本の水資源への取り組みは、先進事例として国際的にも注目を集めています。