EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
勉強会の冒頭、環境省自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室 室長の永田綾氏とEY新日本有限責任監査法人 気候変動・サステナビリティ・サービス(以下、CCaSS)の パートナー 茂呂 正樹が開会のあいさつを行いました。永田氏は、2023年9月に発表されたTNFD(自然関連財務開示枠組み)の最終版に基づき、日本企業がその導入において世界の4分の1を占めていることを強調し、「自然資本や生物多様性の劣化は、ビジネスにとってリスクである一方、ネイチャーポジティブへの取り組みは新たなビジネスチャンスでもある。本日の勉強会を、具体的なアクションを考えるきっかけにしてほしい」と述べました。
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室 室長
永田 綾 氏
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS パートナー
茂呂 正樹
Section1
本セッションでは、生物多様性の損失がビジネスに与える影響や、ネイチャーポジティブ経済への移行に関する概要、そしてTNFDに基づく情報開示の最新動向についてEYの気候変動サステナビリティサービス事業部(以下、CCaSS)のメンバー、イヴォーン・ユーが簡潔に説明を行いました。
企業活動は少なからず自然資本に依存しており、自然が衰退すれば、その経済的な影響を避けられません。世界経済フォーラム(WEF)の報告によると、約44兆ドル(日本円で7,000兆円)もの経済価値が自然・生態系サービスに依存しており、自然の消失は深刻なリスクを伴います。しかし、ネイチャーポジティブ経済への移行により、約3億9,500万人の雇用と年間10兆ドル規模の取引の創出が期待できます。
このような背景を受けて、G7は2030年までに生物多様性の損失を食い止め回復させる「ネイチャーポジティブ」の実現を掲げ、「移行」「投資」「保全」「説明責任」の4つの柱を中心に方針を策定しました。これを実現するために採択されたのが「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」です。この枠組は各国の戦略にも盛り込まれ、企業に対し自然関連情報の開示を求めています。
さらに、2021年に発足したTNFDは、企業活動における自然へのリスク管理や自然に配慮した経済活動、世界の金融の流れをネイチャーポジティブ経済へとシフトさせるための支援を最終的な目的としており、「依存」「インパクト」「リスク」「機会」の4つの自然関連課題について、適切に評価・分析し、また組織の対応を網羅的に開示することを求めています。
EY新日本有限責任監査法人 CCaSSマネージャー
イヴォーン・ユー
Section2
企業は自然関連のリスクや機会をどのように認識し、特定すればよいのでしょうか。本セッションでは、EY新日本有限責任監査法人 CCaSSのコンサルタント 大宮萌が、TNFDフレームワークの概要と具体的な特定手法、さらにそれを企業が取り入れる意義について解説しました。
TNFDが企業に求める情報開示は、以下の4つの分野に分けられます。
大宮は、特に「戦略」の中に含まれる「上流・下流のバリューチェーン」の重要性を強調。「中小企業も含め、自然関連の課題を特定し、対応策を開示することが不可欠です。また、取引先企業から自然関連の情報を求められた際、迅速に対応できる体制を整える必要があります」と述べました。
自然関連のリスクや機会を特定する手法のひとつがLEAPアプローチです。この手法は次の4つのステップで構成されています。
そして、企業が直面する自然関連リスクは、主に以下の2種類に大別されます。
大宮は、「リスクは機会の裏返しである」と指摘。TNFDも、自然関連のビジネスチャンスの獲得やネイチャーポジティブへの貢献を通じて企業価値の向上が可能であると定義しています。
最後に大宮は、TNFDとLEAPアプローチに取り組む意義を次のように述べ、セッションを締めくくりました。
「TNFDへの取り組みは、企業戦略やリスク管理の意思決定に役立つものです。また、LEAPアプローチを通じて、自然への依存や影響、リスクや機会を評価することは、新たなビジネスの創出やリスク低減につながります。日本がネイチャーポジティブ経済を推進中で、これを新たなビジネスチャンスと捉えていただければ幸いです」
EY新日本有限責任監査法人 CCaSSコンサルタント
大宮 萌
Section3
本セッションでは、EY新日本有限責任監査法人 CCaSSのシニアコンサルタント 堀越翔一朗が、自然関連の取り組み事例およびTNFD開示事例をもとに、ネイチャーポジティブ経営との関連性とサプライヤーとして期待される事項、さらに今後の対応の方向性について解説しました。
堀越は、ネイチャーポジティブ実現の道筋として、「足元の負荷の最小化」と「自然回復への貢献の最大化」を同時に図ることが重要であると述べました。それぞれの事例を通じて、その具体的なアプローチを紹介しました。
TNFD開示に必要とされるデータや情報は、正確性の高い一次データが望ましいとされています。サプライヤーが求められる事項について、堀越は以下3社の事例をもとに解説しました。
これらの事例から、サプライヤーは、製品情報の提出や開示企業の定量目標達成のため、サステナブル原材料への切り替えを求められる可能性が高いことが浮き彫りとなりました。堀越は、「対応ができない場合、サプライヤー契約の見直しに至る可能性もあります。サプライチェーン全体の管理強化への対応は今後ますます重要な課題となるでしょう」と述べ、発表を締めくくりました。
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS シニアコンサルタント
堀越 翔一朗
Session4
モデレーターを務めたEY新日本有限責任監査法人 松島の進行のもと、5名のパネリストがそれぞれの視点から「ネイチャーポジティブ経営」の実践事例と展望について議論しました。
一般社団法人サスティナビリティセンター 代表理事 東北大学生命学研究科 客員教授 太齋 彰浩 氏
肥後銀行 地域振興部 部長 大野 隆 氏
ミドリク(MiDriq)NbS株式会社 代表取締役 関 隆史 氏
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室 統括補佐 大澤 隆文 氏
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 パートナー・プリンシパル 茂呂 正樹
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 マネージャー 松島 夕佳子(モデレーター)
太齋氏は、東日本大震災で大きな被害を受けた南三陸の取り組みを紹介しました。震災後、戸倉地区の漁業者が「3分の1革命」を実現。震災前は密植状態で品質も最低ランクだったカキ養殖を、養殖施設を3分の1に削減することで、震災前と比べると収穫量が倍になり、収入も400万円弱から500万円超へと改善しました。
「経費も4割減。労働時間が減り、ワークライフバランスが改善したことで、若い後継者も戻ってきています」(太齋氏)
また、バイオガス施設で生ごみを液体肥料として循環利用する取り組みも進め、研修プログラムとして学校や企業に提供されている他、『いのちめぐるまち学会』と名づけた、地域住民と企業が対話できる場も設けています。
一般社団法人サスティナビリティセンター 代表理事
東北大学生命学研究科 客員教授
太齋 彰浩 氏
大野氏は、肥後銀行が進める「持続可能な地域社会の実現」を目指した取り組みを紹介しました。 SDGsに積極的な企業が多く、2年連続で全国1位となっている熊本県。肥後銀行を含む九州フィナンシャルグループでも、2018年からサステナビリティ推進室を設置し、その取り組みの一環として開発したCO2排出量算定システム『炭削くん』は、熊本県内を中心に約3,000社に導入され、地域のカーボンニュートラルへの貢献を推進しています。また、阿蘇の植樹や稲作、人吉球磨地域での流域治水プロジェクト、芦北町でのアマモ場再生など、地域密着型の活動を展開しています。
「SDGsは地域を持続可能にする道しるべであり、われわれは“競争”ではなく“共創”を通じて企業や自治体が連携することが、地域経済を拡大させる鍵であると考えています。地方銀行は、『成り行きの未来』ではなく、『意思のある未来』を描くための中核的存在であるべきだと考えています」(大野氏)
肥後銀行 地域振興部 部長
大野 隆 氏
関氏は、ミドリク(MiDriq)NbS株式会社が提供するソリューションを紹介しました。同社は、自然の再生・回復と人間のウェルビーイングの両立を掲げ、衛星やドローン、IoTセンサー、AIを活用して生態系データを収集し、独自のアルゴリズムで解析。環境の可視化の実現に加え、具体的な再生・回復のアクションにつなげるソリューション技術を開発しています。
関氏が事例として取り上げたのは、千葉県佐倉市・印西市などで国立環境研究所の西廣氏や、北総クルベジ事務局長喜屋武氏・「グリーンインフラ若手の会」などの有志団体・企業担当者が中心に取り組む里山グリーンインフラです。「荒廃した竹林を間伐し作ったバイオ炭で土壌改良を実施し、野菜を育てています。また、この取り組みを可視化するため、一部地域ではドローンやレーザーで植生・地形のデータを取得。AIを活用した三次元解析を行い自然資本の持つ機能の可視化なども行なっています。」(関氏)
その他にも、CO2貯留量・水循環の評価、ゲームエンジンを使った合意形成ツールの開発等も行われています。
関氏はグリーンインフラ推進の鍵について、「地域単位での保全や再生には、科学的データに基づく可視化により、多様なステークホルダーとの合意形成の促進を図ることが重要」であるとし、調整役として中間支援団体の存在が不可欠であると述べました。
ミドリク(MiDriq)NbS株式会社 代表取締役
関 隆史 氏
パネルディスカッションでは、事業開始のきっかけやCSRを超えた環境ビジネスのポイント、さらに持続可能な経営に必要な要素について議論が展開されました。
事業開始のきっかけとして、サスティナビリティセンターの太齋氏は「南三陸の場合は、まさに震災がきっかけであった」とし、「町の将来について企業と対話したことが、その後の都市構想につながった」と振り返りました。肥後銀行の大野氏も「やはり地震や豪雨など災害が起点となり、自治体との関係が強化され、その後のさまざまな取り組みにつながった」とその経緯を語りました。
一方、ミドリク(MiDriq)Nbsの関氏は、「自然保全に取り組んでも『可視化されない』『価値が付きにくい』という話を耳にし、それを後ろ支えするものとして可視化の技術を応用するに至った」と自身の経験を振り返りました。
続いて、環境ビジネスについてEYの茂呂は、「CSRレポートではビジネスにどうつながるか見えにくいケースが散見される」とし、「CSRの枠を超え、ビジネスとして環境に貢献するためには、LEAPアプローチを活用し、依存先や影響を的確に把握することが重要」とコンサルタントの立場から意見を述べました。
最後に、勉強会のメインテーマであるネイチャーポジティブ経営について環境省の大澤氏は、「このままだと将来どうなるのか、あるいは、どういう未来を目指したいか。そのシナリオを4コマ漫画で可視化するなど、いきなり高みを目指すのではなく、まずは簡単なところから手をつけるのもひとつのやり方です」と、まずは取り組みを始めるためにハードルを下げる手法を提案。そして、太齋氏が「ネイチャーポジティブと言うと、どうしても投資家目線になりがちですが、地域住民との対話を深め、双方の視点を結び付けてほしい」と述べ、パネルディスカッションを締めくくりました。
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室 統括補佐
大澤 隆文 氏
その後、会場では60分のワークショップが行われ、各参加者がグループに分かれ、自社の課題分析や今後の取るべきアクションについてグループディスカッションを実施しました。最後にはディスカッション結果の発表や講評が行われ、本セミナーは幕を閉じました。
本セミナーは環境省主催「令和6年10月より企業の脱炭素経営をはじめ持続可能な経営の実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会」の開催レポートです。
第3回の模様は下記より、動画にて全編視聴いただけますのでご参照ください。
自然関連財務情報開示のためのワークショップ(ベーシック編)。
① 開会の挨拶 https://www.youtube.com/watch?v=pJ-3UHz22Pc
② 自然関連情報開示の最新動 https://www.youtube.com/watch?v=kCVThnk51XU&t=1s
③ TNFDフレームワーク、LEAPアプローチの解説 https://www.youtube.com/watch?v=CcN6V2cndxY
④ ネイチャーポジティブ経営実践のポイント解説 https://www.youtube.com/watch?v=6rPbP3wUUqg
⑤ パネルディスカッション(前半)https://www.youtube.com/watch?v=wjIDtUcddgY
⑥ パネルディスカッション(後半)https://www.youtube.com/watch?v=hfiaf2GQWcA
勉強会詳細は下記をご参照ください。
全6回
自然資本、生物多様性の劣化はビジネスにとってリスクである一方、ネイチャーポジティブへの取り組みはビジネスチャンスでもあります。TNFDやLEAPアプローチを活用し、ネイチャーポジティブ経営を確立することで、企業の競争力を高めることが可能です。