環境省主催 企業の脱炭素に向けた統合的な情報開示に関する勉強会レポート:  第5回 自然関連財務情報開示のためのワークショップ(通称「ネイチャーポジティブ経営を実践する会」)《アドバンス編》

環境省主催 企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示に関する勉強会レポート:第4回 EUDR(欧州森林破壊防止規則)の概要と原材料の適正な調達について


関連トピック

全6回で構成される、企業の脱炭素に向けた統合的な情報開示に関する環境省主催の勉強会。第4回にあたる今回は、「EUDR(欧州森林破壊防止規則)の概要と原材料の適正な調達」をテーマに開催し、400名を超える参加者が集まりました。


要点

  • 農業拡大やインフラ開発によって森林が失われた背景を受け、国際的な森林破壊防止の取り組みの1つとして「EUDR(欧州森林破壊防止規則)」が発効された。
  • EUDRの厳格なトレーサビリティは小規模サプライヤーにとって障壁となっており、いかに彼らを支援していくかが大きな課題となっている。
  • 小規模サプライヤーを持続的に支援していくため、業界団体や政府を巻き込んだ包括的な対応が求められる。


※本勉強会は、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社が環境省より受託した令和6年度企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する促進委託業務です。

小規模サプライヤーへの支援が森林保全の重要な鍵に

勉強会冒頭では、環境省自然環境局自然環境計画課課長の番匠克二氏(当時)が登壇し、日本政府が掲げる「生物多様性国家戦略2023-2030」に基づく、ネイチャーポジティブ経済の実現に向けた取り組み推進の重要性を強調しました。「森林分野における持続可能な森林経営を通じた生物多様生保全は不可欠であり、国際的なルールやイニシアチブの整備が進められている」と解説。「EUDR(欧州森林破壊防止規則)のような国際的な規制についての最新動向や、サプライチェーンの適正化に関する企業の先進的な取り組みを理解し、今後の企業活動において積極的に対応を進めていただきたい」と呼びかけました。


環境省 自然環境局 自然環境計画課 課長(当時) 番匠 克ニ  氏

環境省 自然環境局 自然環境計画課 課長(当時)
番匠 克ニ 氏

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森林減少に関する各国の政策・規制の最新動向と森林デューデリジェンス

森林減少の現状や森林デューデリジェンスの最新動向、そしてEUDRの全体像について、EYの気候変動・サステナビリティ・サービス(以下、CCaSS)のメンバー、イヴォーン・ユーが解説しました。

2022年12月、新たな国際目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)」が採択されました。これを受け、日本政府は「生物多様性国家戦略2023-2030」を策定。5つの基本戦略の下、「状態目標(あるべき姿)」と「行動目標(行うべき行動)」を設定し、企業による生物多様性保全への取り組みを求めています。  

「生物多様性保全を行う上で、ビジネスと密接な関係があるのが森林です。森林は地球上にある土地のおよそ31%を占め、約16億人が森林に依存しています。その経済価値は159兆ドルに上ると推定されています。しかし、FAO(国連食糧農業機関)によれば、過去30年間で4億2,000万ヘクタールもの森林が農業拡大やインフラ開発によって失われています」(イヴォーン)。

このような背景を受け、国際的な森林破壊防止の取り組みが強化され、企業に対して情報開示や森林デューデリジェンスの実施を求める規則が整備されつつあります。その代表的なものが、2023年6月に発効された「EUDR(欧州森林破壊防止規則)」です。

EUDRでは、対象製品を扱う企業に対し、以下の3つの要件を満たすことを求めています。  

  1. 2020年12月31日以降に森林伐採が行われていない土地で生産された製品であること  
  2. 原産国の法律(労働法、人権、環境・土地利用規制など)に準拠していること  
  3. デューデリジェンス・ステートメントを提出し、合法性と森林破壊がないことを証明すること  

当初、EUDRの適用開始は2024年12月30を予定していましたが、直前に12カ月の延期が決定されました。 

EUDRの適用時期

  • 大企業:2025年12月30日から適用開始
  • 小規模・零細企業:2026年6月30日から適用開始

また、EUDRでは、デューデリジェンスを実施する企業として「オペレーター」と「トレーダー」が定義されています。

実施企業の定義

  • オペレーター:対象製品を最初にEU市場に持ち込む、またはEUから輸出する企業  
  • トレーダー:対象製品をEU市場内で提供するオペレーター以外のサプライチェーン上の企業 

大企業および中小企業のオペレーターと、大企業のトレーダーには、デューデリジェンス(情報収集・リスク評価・リスク軽減)の実施が義務付けられています。一方で、中小企業のオペレーターには、一部の軽減措置が適用されます。  

「企業は、EUDRに基づき、EUの情報システムを通じてデューデリジェンス・ステートメントを提出しなければなりません。今後、企業は自社のサプライチェーンを詳細に分析し、対象製品や取引、企業のマッピングを進めるとともに、サプライヤーとの連携を強化し、契約の見直しやリスクマネジメントの構築を進めていく必要があるでしょう」(イヴォーン)


EY新日本有限責任監査法人  CCaSS マネージャー イヴォーン・ユー

EY新日本有限責任監査法人 CCaSS マネージャー
イヴォーン・ユー

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登壇企業によるプレゼンテーション

企業がEUDRに対応する際、どのような点が課題となるのでしょうか。先行して森林保全に取り組む企業3社が、自社の課題と解決策を共有しました。

1. 持続可能な森林経営への取り組み  

王子グリーンソース株式会社 企画管理部長 三宅 敬介 氏

国内外に64万ヘクタールの森林を保有する王子グループ。中でもパルプ事業や植林木材事業等を展開する王子グリーンソースは、EUDR対応において、次の3つを課題と捉えています。

  • すべての伐採区の正確な位置情報と伐採時期のデータ取得
  • マスバランス方式が認められず、森林から製品までの厳密な原料のデータのひも付けが必要
  • 伐採区の衛生画像との照合による森林破壊フリーの証明

「まず、よりシンプルなサプライチェーンからの対応として、ブラジルのCENIBRA社で伐採データをSAPシステムに取り込み、生産・輸送などの各工程でトレーサビリティを確保する方法を構築中です。また、1985年から続けている林業奨励プログラムでは、小規模農家を支援。森林認証機関や独自の衛星画像分析を活用しながら現地調査も継続しています」(三宅氏)  。

しかし、EUDRの厳格なトレーサビリティは、小規模農家にとって障壁となっていると三宅氏は指摘します。

「厳しい規制の下では、サプライチェーン全体でのさまざまな協働が必要です。業界団体と連携し、イニシアチブ参画によるEUへの提言活動も進めています」(三宅氏)


王子グリーンソース株式会社 企画管理部長 三宅 敬介 氏

王子グリーンソース株式会社 企画管理部長
三宅 敬介 氏

2. 天然ゴムの持続可能な利用に向けた取り組み  

株式会社ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 統括部門長 稲継 明宏 氏

天然ゴムの生産の9割以上は、約600万人の小規模農家が担っています。この現状を踏まえ、同社では自社農園での先行対応と業界全体での連携を強化しています。

「EUDR対応については、自社農園での取り組みを先行させることで競争優位性を高めるとともに、天然ゴムのサプライヤーであるパートナーや業界全体での協働が不可欠と考え、並行して取り組みを進めています」と稲継氏。

対応を進める中で得られた知見をサプライヤーと共有し、現場へ解決策を提供。また、一部の自社農園では国際的なISCC PLUS認証を取得し、EUDR対応状況も含めて認証を受けています。

一方で、現地で状況を確認する中で見えてきた課題が「持続」であると稲継氏は警鐘を鳴らします。

「生産地では、小規模農家の高齢化や後継者不足、生産性の低下などが深刻化しています。これが放置されれば、収入を上げるために新たな森林破壊や他のコモディティの生産への転換につながる可能性があります」(稲継氏)

同社は、2026年までに12,000軒以上の小規模農家を支援することを目標に取り組みを進めている。WWFとも連携しながら、農園訪問による技術指導、道具のメンテナンス、安全・品質管理指導、病害対策などを実施しており、循環型・再生型のビジネスモデルへの転換を進めています。

株式会社ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 統括部門長 稲継 明宏 氏

株式会社ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 統括部門長
稲継 明宏 氏

3. RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)への取り組みと小規模農家支援

サラヤ株式会社 サステナビリティ推進本部 SDGs推進室 室長 牧野 敬一 氏

サラヤは、洗浄剤や消毒剤の製造・販売を行う企業として、パーム油の持続可能な利用を目指し、主に次の2つの取り組みを行っています。

  • 対象商品の売り上げの一部をボルネオ保全トラストに寄付:アブラヤシ生産地の生物多様性保全活動を支援
  • RSPO(Roundtable on Sustainable Palm Oil)の認証取得:2010年に日本初のサプライチェーン認証を取得し、持続可能なパーム油生産を支援 

「サラヤが主に生物多様性保全を行っているボルネオ島では、1980年代から急速にプランテーション開発が拡大しました。アブラヤシ産業を取り巻く環境が社会問題となったことから、2004年にRSPOが設立され、われわれはその翌年に日本に籍を置く企業として初加盟しています」(牧野氏)

弊社が加盟した当時80団体程度だった会員数は約6,000団体にまで拡大しました。世界のパーム油生産量におけるRSPO認証油の割合も拡大しましたが、その伸びは2020年以降鈍化しました。「特に、総生産量の40%を占める小規模農家の認証取得が進んでいません」と牧野氏。原因の一つは、認証取得にかかる費用負担の大きさです。

「サラヤでは、小規模農家支援プログラムを提供する『Wild Asia』を通じてRSPO認証クレジットを購入し、小規模農家のグループ認証取得の支援をしてきました。クレジット価格の高騰などさまざまな課題がありますが、フィジカルな認証油の調達体制の整備を進めながら、現地の環境保全に取り組んでいるところです」(牧野氏)

サラヤ株式会社 サステナビリティ推進本部 SDGs推進室 室長 牧野 敬一 氏

サラヤ株式会社 サステナビリティ推進本部 SDGs推進室 室長
牧野 敬一 氏

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パネルディスカッション

登壇企業3社に加え、EY新日本有限責任監査法人CCaSSパートナーの茂呂が参加し、EUDR対応で見えてきた新たな課題について、活発な議論が交わされました。モデレーターは、EY Japan Wavespace™ Tokyo リーダーの天野が務めました。

王子グリーンソース株式会社 企画管理部長 三宅 敬介 氏
株式会社ブリヂストン グローバルサステナビリティ戦略統括部門 統括部門長 稲継 明宏 氏
サラヤ株式会社 サステナビリティ推進本部SDGs推進室 室長 牧野 敬一 氏
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS パートナー 茂呂 正樹
モデレーター:EY Japan Wavespace™ Tokyo  リーダー 天野 洋介

天野はこれまでの発表を受け、EUDR対応における「コモディティ特有の課題」について登壇者に質問しました。

稲継氏(ブリヂストン):「天然ゴムは小規模農家の割合が他コモディティと比べて高く、複数のトレーダーを経由するためトレースバックを困難にしています。EUDR対応可能なサプライヤーへ需要が集中することが考えられるため、小規模農家が天然ゴムの生産を支えてくれている現状を考えると、彼らを取り残すことはできません。EUDR対応だけでなく、持続的な供給を見据えた包括的な支援が必要です」  と述べました。

三宅氏(王子グリーンソース):「紙・木材分野では、当社のブラジル子会社の場合で約1,000件の長期原木購入契約があります。森林の管理区画は複雑で数が多く、収穫する区画も毎年変わります。これらを一つ一つモニタリングし、デューデリジェンスを行うには、ITシステムの構築も必要となり、そのコスト負担も重くなります」と課題を語りました。  

牧野氏(サラヤ):「パーム油分野でも小規模農家の課題があります。世界全体のパーム油生産量に占めるRSPO認証油の割合は約20%にとどまり、停滞しています。そのため、『Wild Asia』などの団体を支援し、小規模農家の認証取得を促進する取り組みを行っていますが、われわれだけでなく業界全体で認証取得支援を広げる必要があります」と述べました。

EYの茂呂は「EUDRのような規制が導入されると、規制に対して対応できる比較的大きなサプライヤーに頼りがちですが、規制に対応できない小規模のサプライヤーがいる限り、森林破壊は止まりません。TNFDのトランジションガイダンスでも、“取り残さないこと”が重視されています。生産者の支援は重要なテーマになるでしょう」と強調しました。

議論は生産者への支援に及び、稲継氏と三宅氏からは次のような意見が出ました。

「小規模農家が支援策に対して“これを実践すれば生産性が向上し、生活が豊かになる”と確信しなければ定着しません。過去には支援終了後、NGOのサポートがなくなると元に戻ってしまうケースも見られました。持続可能な仕組みをつくるのは容易ではなく、政府を巻き込んだ包括的な取り組みも必要だと思います」(稲継氏)

「ブラジルの当社事業地では、技術支援と収入保証で農家が安心して取り組める体制が整っています。一方、東南アジアや日本国内ではまだこうした仕組みが整っていません。政府や業界も含めて取組みを進めていく必要があります」(三宅氏)

参加者からも質問が寄せられました。「EUDRに対する日本と欧州の向き合い方の違いは?」との質問に対し、稲継氏は次のように回答しました。

「日本では基準が明確でないと動きにくい傾向がありますが、欧州は“完璧でなくても進めながら考える”という柔軟なスタンスがみられます。欧州側の背景には市場競争力の強化もありますので、過剰に対応しすぎて競争力を落としてしまっては意味がありません。サステナビリティとビジネスのバランスをとりながら、現実的な対応を見極めることが重要です」(稲継氏)

最後にEY 茂呂は、今回の勉強会を通じて、自然関連のリスクがビジネスと非常に強く結び付いていると改めて感じたとして、「森林減少対策の流れは今後さらに加速するでしょう。今日の3社の取り組み事例には、企業が抱える課題解決のヒントが多く含まれています。ぜひ自社の戦略立案に生かしていただきたい」と述べ、ディスカッションを締めくくりました。


パネルディスカッション
パネルディスカッション
パネルディスカッション
パネルディスカッション
パネルディスカッション


本セミナーは環境省主催「令和6年10月より企業の脱炭素経営をはじめ持続可能な経営の実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会」の開催レポートです。

第4回の模様は下記より、動画にて全編視聴いただけますのでご参照ください。

  • 動画
  1. 森林DD概要と方法論_EUDR概要と原材料の適正調達に関する勉強会
    https://www.youtube.com/watch?v=t5zTJAiAOnw
  2. 登壇企業プレゼン_EUDR概要と原材料の適正調達に関する勉強会
    https://www.youtube.com/watch?v=p9NE4mUNwfk
  3. パネルディスカッション_EUDR概要と原材料の適正調達に関する勉強会
    https://www.youtube.com/watch?v=5pQUHuy5EV4

勉強会詳細は下記をご参照ください。





サマリー

EUDR対応は、森林破壊防止と持続可能な企業活動の両立を目指す上で重要な課題です。本勉強会を通じ、小規模農家支援やサプライチェーン全体での連携が鍵であることが示されました。企業価値向上と競争力維持のためには業界・政府・生産者が協力し、現実的かつ持続可能な対応策を講じることが求められます。



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