EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
勉強会の冒頭、環境省管理課の赤道麻由課長補佐より「ウォータープロジェクト」の概要について紹介がありました。当プロジェクトは企業や団体との連携の場として平成28年6月に発足し、優れた水資源活用事例を共有する場「グッドプラクティス塾」を開講しています。「自然資本や水資源、資源循環に関する情報開示が活発化する中、ネイチャーポジティブやウォーターポジティブといった持続可能な経営に欠かせないテーマについて理解を深め、流域全体での統合的な取り組みを推進していきたい」と今回の勉強会の趣旨を述べました。
環境省 管理課 課長補佐
赤道 麻由 氏
Section1
国立研究開発法人土木研究所 流域水環境研究グループ長 中村 圭吾 氏
英国では、政府や企業、中間支援団体が連携し、生物多様性の保全と回復を目的とした多様な取り組みが進められています。中村氏は、こうした英国の事例を紹介するとともに、日本の河川における「ネイチャーポジティブ」の最新動向について紹介しました。
「ネイチャーポジティブ」とは、生物多様性の損失を防ぎ、回復させることで持続可能な未来を実現するアプローチを指します。中村氏はその国際的な注目の背景について次のように述べました。
「地球の持続可能性は危機的な状況にあります。世界のGDPのおよそ半分が自然に依存している一方で、自然資本は1992年から40%も減少しているのです。この生物多様性の損失は、経済・ビジネスにとっても重大なリスクです」(中村氏)。
近年、生物多様性をめぐる国際的な動きが加速しています。
「2021年に公表された『ダスグプタ・レビュー』をきっかけに、生物多様性の重要性が国際政治の場でも大きく注目されるようになりました。翌年には、昆明・モントリオール生物多様性枠組が、2023年9月にはTNFDの枠組みが発表され、各国の政策に影響を与えています」(中村氏)。
英国では「生物多様性ネットゲイン(Biodiversity Net Gain)」が施行され、自然環境を開発前より10%増加させることを義務付ける政策が導入されました。その実現方法は、主に次の3つに分類されます。
さらに、英国では流域全体での自然洪水管理(NFM; Natural Flood Management)や水源涵養の取り組みも進み、その成果を「VWBA(Volumetric Water Benefit Accounting)」という手法で定量的に評価するなど、「ウォーターポジティブ」政策にも力を入れています。これらの活動で重要な役割を果たしているのが、リバートラストと呼ばれる中間支援組織です。
「政府や企業は資金提供や人材派遣という形でリバートラストを支援し、その活動を後押ししています」(中村氏)。
日本におけるネイチャーポジティブの取り組みも着実に進展しています。特に河川環境の分野では、30年にわたり推進されてきた「多自然川づくり」が大きな成果を挙げています。中村氏は次のように指摘します。
「2024年5月に、国土交通省から『ネイチャーポジティブな河川管理』に向けた新提言が発表されました。これにより、企業と行政の協力がより一層強化されるでしょう」(中村氏)。
その上で中村氏は、「企業や土地所有者が保全・再生した自然のクレジット化、流域のグリーンインフラへのウォーターポジティブ的な投資などを支えるためには、英国のリバートラストのような中間支援組織の拡充が必要では」と今後の課題を述べ、講演を終えました。
国立研究開発法人土木研究所 流域水環境研究グループ長
中村 圭吾 氏
Section2
三菱地所株式会社 サステナビリティ推進部 松井 宏宇 氏
三菱地所株式会社は、「まちづくりを通じた真に価値ある社会の実現」を掲げ、事業とサステナビリティの両立に取り組んでいます。同社が注力するのは、事業地である下流エリアと水源地である上流エリアの双方を視野に入れた「流域を意識したネイチャーポジティブ」の実践です。
松井氏がまず紹介したのは、下流エリア(事業地)による事例です。同社は、皇居外苑濠に隣接するビルに官民連携で年間50万㎥、内濠(うちぼり)約1杯分もの水を浄化する機能を持つ浄化施設を導入。これにより、水位低下時に水量を調整しながら生態系改善に貢献しています。
さらに、生物多様性の保全と再生を目的とした「濠プロジェクト」では、これまでに11種の水草の再生に成功。そのうち6種は東京都および環境省のレッドリストに掲載されている貴重種です。また、同社が環境共生型緑地として整備した「ホトリア広場」は、自然共生サイトとして認定されています。
「一方で、流域全体へのアプローチとして始めたのが、首都圏3,000万人の水源であり、ユネスコエコパークにも登録された生物多様性保全の最前線・群馬県みなかみ町における上流側での取り組みです。現在、みなかみ町・日本自然保護協会と進行中の10年計画において、次の5つの活動を柱に掲げています」(松井氏)。
特に5つ目の定量評価への挑戦について松井氏は、次のように述べました。
「現在、研究機関や大学等と連携し、国際的な先駆事例となり得る評価手法を開発しています。定量評価に挑戦しながら、みなかみ町の地域特性に即した取り組みをさらに深化させたいと考えています」(松井氏)。
三菱地所株式会社 サステナビリティ推進部
松井 宏宇 氏
Section3
一般財団法人もりとみず基金 事務局長 尾崎 康隆 氏
一般財団法人もりとみず基金は、「森」と「水」を一体的に捉え、都市と山村をつなぐ循環型経済の実現を目指しています。尾崎氏は、基金設立の背景、そして山林管理の仕組みづくりにおけるシミュレーションやデータ活用について紹介し、地方創生と環境保全が共存する未来を築くための道筋を示しました。
基金の設立背景には、林業や森林関連産業の振興という川上(山村)の課題と、水資源や炭素吸収といった川下(都市)のニーズの合致がありました。
「山林管理を効果的に行うためには、川下の都市地域の協力が不可欠です。川上と川下が協力し合える組織を作り、運営していくには、定量的な評価を取り入れ、資金や人的資源の循環を促進する仕組みが必要です。単なる環境・生態系サービス(フロー)だけではなく、自然資本(ストック)へのアプローチが私たちの取り組みの核となっています」(尾崎氏)。
四国の水がめと呼ばれる早明浦ダム周辺の山林保全も、基金の設立に大きく影響していると尾崎氏は説明します。
「瀬戸内エリアをはじめとする都市地域は、長年渇水に苦しんできました。地域の水源を保つにはダム周辺の山林保全が必要ですが、人工林が多く難しいのが現状です。しかも、水源が衰退すれば川下の産業も衰退し、双方が悪循環に陥る危険があります。そこで、山村のニーズ(産業振興・地方創生)と都市のニーズ(水資源・自然資本の維持)を融合させることにより、水の安定供給と資源確保を一体的に進めようと基金が設立されたのです」(尾崎氏)。
もりとみず基金は、中間支援組織として、川上の山村と川下の都市の協力関係を促進する役割を担い、現在、「森と水をつなぐ」「森と暮らしをつなぐ」「都市と地域をつなぐ」「人と資金の循環」の4つのプロジェクトに取り組んでいます。
また、法人を立ち上げるに当たり、水源の定量的評価にも取り組んできました。その方法として用いたのが、水循環の解析と産業連関表の拡張です。
「東京大学発ベンチャーと協力し、気候変動や土地利用の変化が水利用に与える影響を三次元シミュレーションで解析しています。また、産業連関表の拡張を通じて、地域経済の振興や衰退が水源保全に与える影響を明らかにし、環境的価値を経済的価値へと反映させる仕組みづくりを進めています」(尾崎氏)。
これらの取り組みを持続的に進めるため、基金はPFS(Pay For Success)やSIB(Social Impact Bond)などの成果連動型支払いスキームの導入を進めています。通常、山林の育成には30年から50年という長期間を要するため、現時点では民間投資の獲得は困難であると尾崎氏は述べます。
「そのため、山林関連の産業創出事業を軸に、SIBの活用を想定しています。アウトプットやKPI設定がしやすい事業から取り組むことで、持続可能な資金モデルを構築したいと考えています」(尾崎氏)。
一般財団法人もりとみず基金 事務局長
尾崎 康隆 氏
Section4
続いて、EYストラテジー・アンド・コンサルティング 長谷川の司会進行の下、企業や自治体が直面する流域水環境の課題に対して、統合的な取り組みの具体策について意見交換が行われました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 公共・社会インフラユニット ディレクター 長谷川 啓一
国立研究開発法人土木研究所 流域水環境研究グループ長 中村 圭吾 氏
三菱地所株式会社 サステナビリティ推進部 松井 宏宇 氏
一般財団法人もりとみず基金 事務局長 尾崎 康隆 氏
冒頭で長谷川が取り上げたのは「上流・下流が2つの自治体にまたがる場合、どのように連携すべきか」という質問です。
これについて、もりとみず基金の尾崎氏は「感情的な対立を避け、定量的な根拠を基にした議論の重要性」を強調しました。「われわれが定量的な分析を持ち込んだのは、まさにこうしたところが理由です。上流と下流では、それぞれ異なる課題や感情的なすれ違いが起きがちです。定量的な根拠を示し、偏在している自然資本にアプローチができる状態を作ることが、双方にプラスになる道筋を作ることができると考えています」(尾崎氏)。
続いて、「企業が重視する課題と現場での課題にギャップがある場合、どう取り組むべきか」という質問に対し、三菱地所の松井氏は「ギャップを超えるために実践していることが2つあります」と、次の2つの具体的な方法を挙げました。
「河川の災害対策と環境保全をどう両立させるか」という質問には、土木研究所の中村氏が回答しました。
「河川法上では治水と環境保全の両立が求められます。ここ数十年、正常流量検討の手引きに従い検討がなされてきましたが、本来、河川は流量が変動するものです。変動を考慮した数値を設定すべきではないかという議論や研究が生まれています。気候変動の影響により、今後は河川の水温も含め、流量の指標を設定していくことが重要になってくるでしょう」(中村氏)。
また、海外事例として「英国のNFMは、人口を考えると防災投資の採算が取れない沿岸部の過疎地域でも、自然再生のベネフィットを加えることでインフラ事業として成立させています」と興味深いエピソードが紹介されました。
「定量的な評価など非常に精緻な検討が行われていますが、よりシンプルなモデル化は可能でしょうか」という参加者からの質問には、尾崎氏が次のように回答しました。
「地域や行政、企業など、それぞれのニーズに応じた定量的な根拠を提示することが重要です。山づくりにおいては外部状況によりトレードオフが発生することもあり、定量的な根拠を踏まえて活動する必要があります」(尾崎氏)。
本セミナーは令和6年10月より環境省が主催した「企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会」の開催レポートです。
第2回の模様は下記より、動画にて全編視聴いただけますのでご参照ください。
勉強会詳細は下記をご参照ください。
全6回
第1回 気候関連財務情報開示に関連する最新の国内外動向
第2回 ウォータープロジェクト グッドプラクティス塾
第3回 自然関連財務情報開示のワークショップ(Part1)
第4回 森林減少に関わるコモディティに関する勉強会
第5回 自然関連財務情報開示のワークショップ(Part2)
第6回 CDPウォーター×環境省WaterProjectセミナー
生物多様性の損失は経済・ビジネスにとっても大きなリスクとなります。世界がネイチャーポジティブ政策に力を入れる中、日本でも官民連携の動きが強化され、今後は中間支援組織の拡充も重要になると考えられます。