EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
※本勉強会は、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社が環境省より受託した令和6年度企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する促進委託業務です。
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室 室長の永田 綾氏は、勉強会の冒頭で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」の進展について説明しました。この戦略は環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で2024年3月に策定し、企業と意見交換を重ねながら施策を推進しています。
特に注目されているのが、本日のテーマである自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の「自然移行計画」です。永田氏は「企業の皆さまが今後の動向を理解し、適切な対応を進めるために、本ワークショップでの解説や事例共有を活用していただきたい」と述べ、開催のあいさつを締めくくりました。
環境省 自然環境局 自然環境計画課 生物多様性主流化室 室長
永田 綾 氏
Section1
続くセッションでは、EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 シニアコンサルタント 古川 真理子が、ネイチャーポジティブ経済への移行に関する最新動向と自然情報関連開示の最新動向について、解説しました。
これにより、日本企業にも生物多様性への配慮や自然関連情報の開示が求められることになりました。
国際基準:欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)、IFRSサステナビリティ開示基準等
日本の対応:「サステナビリティ基準委員会(SSBJ)」が開発を進める「日本版S1・S2基準」が2025年3月に最終化される予定
「『日本版S1・S2基準』は、2027年3月期から、時価総額3兆円以上のプライム上場企業に対して開示を義務化。段階的に適用対象が拡大していく見込みです」(古川)
古川は、2024年からCarbon Disclosure Project(CDP)が環境テーマごとの個別質問書を統合し、生物多様性に関連する質問を30問に増設したことにも触れ、「2024年時点では生物多様性に関する評価は行われていませんが、今後対象となる可能性もあるため、動向を注視する必要があるでしょう」と述べ、発表を終えました。
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 シニアコンサルタント
古川 真理子
Section2
企業にとって、環境リスクの管理はもはや選択肢ではなく、事業戦略の重要な要素となっています。特に、TNFDが示す「自然関連移行計画」は、投資家やステークホルダーへの説明責任を果たすために、ますます重要性を増しています。本セッションでは、EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 シニアコンサルタント 堀越 翔一朗が、最新ガイダンス案について解説するとともに、企業の実践事例を紹介しました。
TNFDが2024年10月に発表した「自然移行計画ガイダンス案」について、堀越は「ネイチャーポジティブへの移行を具体的なビジネス戦略として位置付けるものであり、ガイダンス案では移行計画に含むべき重要なポイントやその開示方法が示されている」と説明しました。
具体的なアプローチは各企業に委ねられていますが、投資家やステークホルダーへの具体的な説明が求められた際の指針となるのが、この移行計画です。
「気候変動とは異なり、ネイチャーポジティブの移行先は現時点では明確ではない側面もある。そのため、自然移行計画は各社での行動の方向性を示す行動計画に近いニュアンスを持っています。また、策定時点ですべての事業領域を網羅している必要はなく、優先度の高い領域から始め、徐々に範囲を拡大しながら精度を高めていくことが推奨されています」(堀越)
堀越は、実際に移行計画を開示している企業の事例、さらに環境関連の取り組みによりビジネス変革を実現した企業の事例を紹介しました。
キリングループ
脱炭素、資源循環、ネイチャーポジティブの取り組みを統合した移行計画を策定。Science Based Targets for Nature(SBTN)が提唱するAR3Tフレームワークを活用し、環境省の移行戦略とも整合。
ヤマハ株式会社
TCFD・TNFDの統合報告の中で、2050年の「あるべき姿」から逆算してネイチャーポジティブへの移行計画を策定。定量目標を設定するとともに、原材料の調達国との連携を進めることで、持続可能なサプライチェーンの構築を目指す。
MS&ADホールディングス
気候変動リスクが損害保険の収益に影響を与えることを受け、保険引受時に「環境・社会リスク評価」を導入。取引先に対してリスク低減策を提案し、新たな保険商品・サービスを創出することで、環境リスクを事業機会へと転換。
ネスレ
サプライチェーン上流のカカオ・コーヒー農家を支援し、経済的インセンティブや研修を提供することで、生産性の向上と生活の質の改善を実現。その結果、コーヒーの持続可能性指標で1位を獲得し、収量も最大25%向上。サプライチェーン全体の強靭化(きょうじんか)を実現。
堀越は、「このように、環境関連課題や人権課題に対応しながら、ビジネス変革を進める企業が増えています。今後、自然資本の分野でも、同様の取り組みが求められる可能性は高い」と総括し、壇上を後にしました。
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 シニアコンサルタント
堀越 翔一朗
Section3
企業がTNFDに対応する際、どのようなアプローチで取り組みを進めればよいのでしょうか。本セッションでは、実際にTNFDの情報開示を行っている企業の事例をもとに、開示に至るプロセスや取り組みのポイントについて議論しました。
株式会社資生堂 サステナビリティ戦略推進部 大橋 憲司 氏
資生堂のTNFD開示の取り組みについて、大橋氏はまず「開示は義務的に行うものではなく、企業が気候や自然から受ける影響を長期的に捉え、リスクや機会を整理する中で行われるのが理想的です」と述べました。
同社では、ライフサイクルアセスメント(LCA)の「LIME3」を活用し、水使用量や生物多様性への影響を数値化しています。これにより、バリューチェーン全体を通じてリスクと機会を特定し、適切な対応につなげています。
また、水資源リスクの分析では、地域ごとの水ストレスや気候変動の影響を気候変動に関する政府間パネル(IPCC)のデータなどと組み合わせて評価しています。
「人口動態や気候シナリオを踏まえ、どの原料が将来的に水リスクに直面するかを分析しています。2023年にスペインで大規模な渇水が発生した際には、事前の分析をもとに調達部門と迅速に情報共有することができました」(大橋氏)
那須工場では、地下水への依存度を考慮し、地域のステークホルダーと水環境調査を実施しました。
「地域と協力しながら進めることで、企業活動への理解を深め、信頼関係を築けることも、自然関連の取り組みの大きなメリットだと考えています」(大橋氏)
さらに、同社では紙やパームオイルの影響を重視し、2023年までに製品のケースや説明書などに使用される紙を、2026年までにパームオイルを100%認証原材料とする方針を策定し、紙については予定通り達成、パームオイルについても順次切り替えを進めています。
今後の課題について、大橋氏は「シナリオ分析や取り組みを経営戦略に組み込み、成長とレジリエンスを高めることが重要です。その結果として、自社の事業だけでなく自然や地域社会をより良くしていくことを目指しています」と述べました。
「認証原料への切り替えなどの取り組みの結果として、生物多様性への影響がどれだけ改善されたのかを測定できる分析手法の確立が必要です。試行錯誤しながら開発を進め、少しずつ改良していければと考えています」(大橋氏)
株式会社資生堂 サステナビリティ戦略推進部
大橋 憲司 氏
清水建設株式会社 環境経営推進室 グリーンインフラ推進部 橋本 純 氏
建設業は、原料調達、土地利用の改変、建設現場でのエネルギー消費や廃棄物排出など、自然に対する依存度が高い事業分野です。
「当社は、環境ビジョン『SHIMZ Beyond Zero2050』のもと、脱炭素、資源循環、自然共生社会実現への貢献の3つを掲げています。自社の事業がどこに依存し、どのような影響を与えているかを分析したところ、特に木材が生態系サービス全体に大きく依存しており、生コンクリートやセメントも地下水・地表水に依存していることが明らかになりました。また、全バリューチェーンを通じて、陸域の生態系に負荷をかけていることも判明しました」(橋本氏)
こうした課題に対応するため、同社では生コンクリート打設用の型枠合板に着目しました。
「協力会社へのアンケート調査では、半数以上が認証材を使用していることが判明しました。しかし、非認証材を使用している企業も一定数存在することから、2030年までには非認証材の使用をゼロにすることを目標に掲げ、取り組みを進めています」(橋本氏)
さらに、同社は事業活動による陸域生態系への影響を最小限に抑えるため、「自然KY」と名付けた独自のリスク評価手法を導入しました。
「危険予知(KY)と機会予測(KY)を掛け合わせた『自然KY』という概念を導入し、営業段階から自然への影響を把握することで、リスク回避策を検討するとともに自然を回復させる機会も捉え、環境保全と事業の両立を図ります」(橋下氏)
同社では、「自然KY」をサステナビリティ経営の非財務KPIとして設定し、2026年実施率100%を目指して取り組みを進めています。
「TNFDの情報開示は、企業が目指すべき姿を示す羅針盤と位置付けています。当社は、建設業の枠を超え、農業や森林再生、資源循環といった分野にも取り組んできました。これらの活動を言語化し、体系化することで、TNFDの情報開示を進め、環境ビジョンの実現につなげたいと考えています」(橋下氏)
清水建設株式会社 環境経営推進室 グリーンインフラ推進部
橋本 純 氏
Session4
TNFDの「自然移行計画」を、企業はどのように捉え、経営戦略に組み込んでいくべきなのでしょうか。本セッションでは、EY新日本有限責任監査法人 の松島をモデレーターに、4名のパネリストがそれぞれの視点から議論を交わしました。
農林中央金庫 エグゼクティブ・アドバイザー/TNFDタスクフォースメンバー 秀島 弘高 氏
株式会社資生堂 サステナビリティ戦略推進部 大橋 憲司 氏
清水建設株式会社 環境経営推進室 グリーンインフラ推進部 橋本 純 氏
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 パートナー/プリンシパル 茂呂 正樹
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 マネージャー 松島 夕佳子(モデレーター)
ディスカッションの冒頭、TNFDタスクフォースメンバーの秀島氏は、「現時点ではまだ案の段階で、変更の可能性がある」と前置きしながら、次のように述べました。
「企業が絶対にやらねばならないという性質のものではなく、堀越氏の説明にもあった通り、移行計画というよりも『行動計画』に近いものです。開示自体が目的ではなく、開示を通じて何をどのように進めるのかを示す場合の選択肢の一つです」(秀島氏)
これを受け、議論はバリューチェーン全体の可視化や戦略設定の難しさに発展しました。EYの茂呂は、自然関連情報のデータ追跡の難しさについて、次のように指摘しました。
「気候変動におけるGHG排出量は数値化できますが、自然資源は採取地やプロセスの情報がなければ影響を把握することができません。そのため、サプライチェーン上流と連携し、仮説を立てながら進めることが重要です」(EY 茂呂)
秀島氏も「調達ルートの把握は戦略策定に不可欠」であるとし、完璧ではなくても多角的な視点での分析を始めることの必要性を強調しました。
そしてディスカッションは、自然リスクの評価分析からビジネス戦略への活用方法へ。 清水建設の橋本氏は、建設業界における人材不足の深刻化を指摘し、持続可能な事業モデルの構築が急務であることを述べました。
「当社では、『超建設』というマインドセットを掲げ、建設業の枠を超えて地域課題に取り組んでいます。企業が持続的に成長するためには、社会課題の解決に貢献できる存在であることが重要です」(橋本氏)
資生堂の大橋氏は、「開示のための開示ではなく、社会の変化と自社の事業との関係を分析し、将来の課題に備えることが重要」であると強調しました。
「後手に回るのではなく、先を見越して戦略を立てることが求められます。そのための評価手法を整備し、経営陣と対話を重ねることが重要です。LCAは有効なツールの1つですが、必要に応じて改良しながら活用することが望ましいでしょう」(大橋氏)
これに対し、秀島氏は「自社の目指す姿を明確にすることが重要」とし、具体的な指標が合意されればこれが進みやすくなると述べました。
「大橋氏が発表で述べられていたように、成果を測る指標の設定は有用です。昨年10月に発表された『ネイチャーポジティブ・イニシアチブ』の指標案がその参考になる可能性があります」と語り、動向の注視を推奨しました。
ディスカッションの終盤では、自然リスク管理の重要性が改めて強調されました。EY茂呂は、「自然リスク管理は、10年後、20年後に事業を存続させるために必要な戦略です。リスクを正しく見極め、新たなビジネスチャンスにつなげる視点を持っていただきたいと思います」と述べ、パネルディスカッションを締めくくりました。
農林中央金庫 エグゼクティブ・アドバイザー/TNFDタスクフォースメンバー
秀島 弘高 氏
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 パートナー/プリンシパル
茂呂 正樹
本セミナーは令和6年10月より環境省が主催した「企業の脱炭素実現に向けた統合的な情報開示(炭素中立・循環経済・自然再興)に関する勉強会」の開催レポートです。
第5回の模様は下記より、動画にて全編視聴いただけますのでご参照ください。
勉強会詳細は下記をご参照ください。
全6回
TNFD開示の本質は、単なる情報提供ではありません。自社の調達ルートを把握し、事業と社会の変化を的確に捉えることが求められています。開示のための開示ではなく、将来の課題を見据えた戦略的アプローチが不可欠です。