環境省主催 企業の脱炭素に向けた統合的な情報開示に関する勉強会レポート:  第5回 自然関連財務情報開示のためのワークショップ(通称「ネイチャーポジティブ経営を実践する会」)《アドバンス編》

EYセミナーレポート

サステナビリティ開示が企業価値を高める「本当の理由とは」─ 日本企業が取るべき次の一手


サステナビリティ情報開示の義務化が加速する中、企業には「法令対応」にとどまらない本質的な経営変革が求められています。

「データドリブンなサステナビリティ経営が向かう先とは~開示義務化対応を契機とした社会課題解決と企業価値向上の加速~」セミナー(2025年6月25日開催)では、データを軸としたサステナビリティ経営の最前線と、企業価値の向上の実践的なヒントを探りました。

要点

  • 開示対応を「単なる義務」で終わらせず、データを活用し、経営判断や現場改善につなげる体制構築が求められる。
  • 規制の揺り戻しがあっても、国際的な開示要請はなくならない。自社に合った最適解を根拠に基づいて説明する姿勢が重要。
  • 財務と非財務データを統合し、投資家や社会が正当に評価できるデータドリブン経営が、企業価値を高める。


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Session1

データドリブンなサステナビリティ経営の動向 

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室 室長 パートナー 尾山 耕一


サステナビリティに関する情報開示の枠組みは、この数年で急速に整備が進んでいます。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)といった国際的なガイドラインは、企業に対してそのビジネスがどのように環境・社会の課題から影響を受けるのか、また逆に影響を与え得るかを開示することを求めてきました。そして2023年には、それらを統合し包括的な報告基準として位置付ける国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による開示基準が登場しました。日本でも2027年3月期からサステナビリティ基準委員会(SSBJ)による情報開示の義務化が本格化する予定です。

今後、開示義務化の拡大に伴い、企業が取り扱うサステナビリティ関連データは飛躍的に増加すると見込まれています。しかし、膨大なデータを単なる報告で終わらせては意味がありません。

尾山は「米国の政権交代や欧州のオムニバス法案など、多少の揺り戻しはあっても、サステナビリティの流れが止まることはありません。データを経営判断や現場改善に生かすことが重要です。開示ルールの厳格化が進むほど、ITソリューションの活用が不可欠になり、社会全体でデータを使いこなす力が問われる時代になるでしょう」と強調します。

「多くの企業では、サステナビリティ部門と経営層・現場との連携が十分とは言えません。目標や戦略を現場と共有し、データで行動を検証しながら改善し、それを再び戦略に反映させる。このデータドリブンの循環を根付かせることが、信頼を生み、企業価値を高める鍵となります」(尾山)

また、財務と非財務の接続性を明確に示すことも不可欠です。GHG排出量の削減やリサイクル率の向上といった非財務のサステナビリティの取り組みが、どのように収益や企業価値に寄与するのか ─ ロジックツリーや因果関係を整理したデータ分析を用いた、ファクトに基づく説明が求められています。

「データが確証を与えることで、経営層も現場も納得して持続的に取り組むことができます。また、投資家にとっても単なるスローガンではなく、実質的な成果を正当に評価できる基盤になります」(尾山)

ただし、数字の開示が目的化するのではなく、数字に基づいて企業が行動に移すことが重要です。財務については中期経営計画に基づき財務KPIをモニタリングすることが一般的ですが、非財務ではそのようなサイクルが定着している企業は限られています。マテリアリティを楔(くさび)にしてサステナビリティ視点の実行計画を立案・実行し、財務とも統合してステークホルダーとのコミュニケーションに活用することが重要です。

さらに、AIを活用したリスクや機会の特定、モニタリングの高度化も、データドリブン経営を進める上で重要な要素です。

「AIと人の力を掛け合わせ、どれだけ迅速かつ柔軟に対応できるかが、今後の企業の競争力を左右するでしょう」(尾山)

尾山は「開示義務化対応はあくまでスタート地点に過ぎません。自社らしい形で社会課題の解決に貢献し、その成果をデータで示し続けることこそが、持続的な企業価値の向上につながるのです」と述べ、講演を締めくくりました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サステナビリティ室 室長 パートナー 尾山 耕一
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
サステナビリティ室 室長 パートナー
尾山 耕一

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Session2

金融市場におけるサステナビリティ情報とは

BNPパリバ証券株式会社 グローバルマーケット統括本部 副会長 チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト 中空 麻奈 氏


世界の金融市場は今、サステナビリティを巡って揺れ動いています。市場の潮流を読み解き、企業はどのように進むべきなのでしょうか。

中空氏はまず、世界の市場動向について、次のように解説しました。

「サステナブルファイナンス市場の推移を見ると、グリーンボンドやサステナビリティボンドの発行額は2021年まで拡大を続けていましたが、2022年には一時的に大きく落ち込みました。その背景には、金利上昇による投資マネーの株式シフト、コロナ債の発行減少、そして、ロシア・ウクライナ情勢によるエネルギー危機がありました。ただし、2023年以降は再び堅調さを取り戻し、2024年には過去最大規模に達しています」

しかし、2025年は昨年と比べてやや出遅れているのが現状です。

「足元では、トランプ政権の復権や欧州の一部で進む『やりすぎ感』への見直しが、投資家心理に迷いを生んでいます」(中空氏)

やや話はそれますが、米国ではDE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルーシブネス)施策に対する企業姿勢が揺らいでいます。これまでのDE&Iに対する取り組みを縮小させる企業が出てくる一方、これまで通りの方針を維持する企業もあり、株価の反応も一様ではありません。社会(Society)に関する文脈では、こうした事例もサステナビリティ投資の成熟に伴う多様化を象徴していると言えるでしょう。

さらに、投資の慎重化には、厳格化されたファンド規制の影響も大きく影を落としています。欧州ではESGファンドを厳密に分類(6条・8条・9条)し、適合しないファンドへの投資は制限されています。一方で、こうした規制を現実の運用に合わせて調整する動きも進んでいます。その一例がEUのサステナビリティ関連規則に関する「オムニバス法案(Omnibus Directive)」です。

「オムニバス法案は、過剰に複雑化した既存のファンド規制などサステナビリティ関連規制を部分的に緩和する試みです。ただ、フランスなどの一部の企業からは『ここまで取り組んできたのに緩和するのか』との反発の声も上がっています。欧州全体として、サステナビリティへの本気度が後退しているわけでは決してありません」と中空氏は強調します。

欧州はルールの厳格さを柔軟に調整しつつも、サステナビリティに対するリーダーシップを維持しています。実際にEUは、脱炭素化やイノベーション、セキュリティ強化といった重点分野において具体的なロードマップを描き、国際的なルール形成を通じて世界の主導権を握ろうとする姿勢を崩してはいません。

では、日本企業はこの揺れ動く潮流にどう向き合えばよいのでしょうか。

中空氏は「日本は、欧州に比較的近い立場にあります。むしろ、欧州が日本に近づいているという感じもします。たとえ国際的に規制が揺れたとしても、サステナビリティ情報の開示を止める選択肢は現実的にあり得ません」と断言します。特に、有価証券報告書への記載義務がある以上、サステナビリティ情報の信頼性担保は不可欠です。虚偽報告のリスクや責任の所在という懸念は残るものの、人的資本、女性管理職比率など、比較的取り組みやすい指標も、具体的に示されつつあります。

「大切なのは、自社の特性に合った最適解を見いだし、根拠を持って説明できることです。画一的なKPIを追うのではなく、自社のパフォーマンスと連動した指標を掲げ、それを自信を持って語れる企業が信頼を得ていく時代なのです」(中空氏)

BNPパリバ証券株式会社 グローバルマーケット統括本部 副会長 チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト 中空 麻奈 氏
BNPパリバ証券株式会社
グローバルマーケット統括本部 副会長 チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト
中空 麻奈 氏

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Session3

非財務データで変える経営 ─ Booostのデータドリブンアプローチ

Booost株式会社 代表取締役 青井 宏憲 氏


「企業のサステナビリティ経営を形骸化させないためには、開示義務を『単なる作業』にとどめず、経営戦略に結び付けるOSのアップデートが不可欠です」Booostの青井氏は、経営の意思決定と密接に連動するデータドリブンの仕組みの必要性を強調しました。

青井氏は冒頭で、「サステナビリティ開示は、もはやCSR活動の延長線上ではなく、財務と連動した企業戦略の一部として再定義すべきです」と強調しました。近年、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)や国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)といった国際基準の整備が進む中、投資家はグローバルに比較可能な非財務KPIを求めています。青井氏は「もはや財務情報との統合は避けて通れない」と指摘しています。

一方、日本では2027年3月期からの開示義務化が目前に迫る中、多くの企業はサステナビリティデータ収集が年1回の手作業にとどまり、データと財務情報の接続ができていません。青井氏は「投資家に十分な説明責任を果たせない」として、これを「サステナビリティ2026問題」と呼び、危機感をあらわにします。

「今こそ、経営トップ自らが本質的な変革に踏み出さなければ、将来的な企業価値に大きな差がつきます。財務・製造・知的・人的・社会関係・自然という6つの資本それぞれに責任を持つ体制を整え、CEOが全体をリードすべきです」(青井氏)

青井氏は、Booostが提供する「サステナビリティERP」の強みを次のように説明しました。

「非財務データの収集・統合・可視化をリアルタイムで実現し、財務情報とひも付けて分析することで、各取り組みが企業価値にどう貢献しているかをリアルタイムで可視化できます。さらに、IT統制を徹底することで内部統制が強化され、合理的保証や監査にかかる負担を最大50%削減。これにより、経営層がデータドリブンで迅速に意思決定できる体制が整います。サステナビリティERPを通じて経営判断の質を高め、価値向上につなげる点が特長です」

難易度の高い自然資本リスクの財務的影響についても、Booostは独自の特許技術を活用し、キャッシュインパクトを金額換算して提示する仕組みを提供しています。これにより、年1回の開示から月次ベースでの管理にシフトでき、全社の開示そのものを経営判断に直接生かす体制へと進化させることが可能になります。

「開示はゴールではなく、『企業価値向上につながるストーリー』であるべきです。経営判断の質を高めるために、非財務データを生かすインフラが不可欠です」(青井氏)

Booost株式会社 代表取締役 青井 宏憲 氏
Booost株式会社
代表取締役 青井 宏憲 氏


Session4

パネルディスカッション Q&A

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 
サステナビリティ室 室長 パートナー 尾山 耕一

BNPパリバ証券株式会社 
グローバルマーケット統括本部 副会長 チーフクレジットストラテジスト/チーフESGストラテジスト 中空 麻奈 氏

Booost株式会社 
代表取締役 青井 宏憲 氏

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3名の登壇者によるパネルディスカッションでは、制度動向から実務課題まで多角的なテーマが議論され、参加者からの質問にも応じました。
 

トピック1:トランプ政権の影響や欧州のオムニバス法案など、最近の規制動向にどう対応すべきか

中空氏は「不透明さが増しても、企業としては開示を後退させるべきではありません」とし、継続的なリーダーシップを呼びかけました。

青井氏は、グローバルリスクレポートでも上位に挙げられる気候変動や自然資本リスクが拡大していることを挙げ、「こうした時代だからこそ、持続可能な状態でビジネスを発展させ、企業価値を高めるという視点で取り組むべきです」と強調しました。

尾山も、「地球全体が『生活習慣病』に陥っているような状態。開示は年に1回の健康診断と捉え、データを通じて自社の状態を正しく認識し、継続的に対策していくことが必要です」と述べ、Booost社のテクノロジーも含め、こうした取り組みを支えるプラットフォーム環境が着実に整ってきているとの見解を示しました。
 

トピック2:財務と非財務の相関関係をどう活用するか

非財務データの経営活用についても活発な議論が交わされました。

尾山は、「今やサステナビリティの指標も財務インパクトと結び付けて可視化できる時代。重点領域を特定してアプローチするために、データ分析をしっかりと進めることが不可欠です」と指摘しました。

青井氏は、サステナビリティの担当者が孤軍奮闘し、分断が生じている企業も多いとして、「経営トップが本気でリーダーシップを発揮すれば、中長期的な稼ぐ力に大きな差を生むことができます。非財務データと財務三表(損益計算書、貸借対照表、キャッシュ・フロー計算書)を連動させ、企業価値への貢献を『利益率』や『資本コスト』の形で見せるだけでも十分な価値があります」と、具体的な活用例を示しました。

中空氏も、「多くの企業では、サステナビリティの成果が業績にどう影響しているのか確信が持てていないのが実情です。データで見える化できれば、社内の迷いも払拭できます」と可視化の意義について共感を示しました。
 

Q&Aセッション:実務課題へのヒント

続いてQ&Aに移り、参加者から寄せられた質問に各登壇者が回答しました。
 

Q1:開示を単なる義務で終わらせず、社内に根付かせるにはどうすればよいか

尾山は、「多くの企業が同じ壁に直面しています。義務化対応を『フェーズ1』と位置づけ土台を固めた上で、データを共有しながら 『フェーズ2』としてサステナビリティ経営への統合を図る段階的アプローチが有効です」とアドバイス。

青井氏は、「SSBJの開示とは、財務三表に短期・中長期でどのような影響を与えるか、企業価値を上げていくための戦略を投資家に分かりやすく伝える『戦略の説明責任』です」と述べ、経営層による本質的理解の必要性を訴えました。

中空氏は、義務化によって何をすべきかが明確になるのは大きな進歩であるとして、「欧州では資産の半分をESGで管理する動きもあり、規制がむしろ推進力になっています。まずは義務化された開示を着実に進め、取り組みの中で課題を見極めてほしい」と後押ししました。
 

Q2:サプライチェーン全体のデータ収集をどう進めるか

青井氏は、Tier1〜4までの一次データをBooostのプラットフォームで収集し、カーボンフットプリントを精緻に算定する企業事例を紹介。「ポイントは、素材やサプライヤーの重要度に応じてレベル分けして、情報収集のコミュニケーションを変えることです」。各部門を巻き込み、サプライヤーとも信頼関係を築くことが有効であると述べました。

これを受けて尾山も、下流にある企業ほど負担が大きくなりがちであると述べ、「大企業のサポートや業界全体で情報共有する仕組みが必要」と提起しました。
 

Q3 :法令に基づき開示されたESGデータは投資判断に本当に活用されるか

中空氏は、データがISSBなど同じ基準で開示されることで、外国の投資家も日本企業を他国の企業と比較可能になるため、今後ますます投資家は活用していくので、日本企業もグローバル基準での情報開示を進める必要があると述べました。

最後に、尾山は「現場の皆さんは、今、変革の過渡期にいます。次世代のために、データの力を味方につけて前向きに取り組んでいきましょう」と力強く呼びかけ、本セミナーを締めくくりました。

サステナビリティ開示が企業価値を高める「本当の理由とは」


本セミナーのアーカイブを配信中です。ぜひご覧ください。

データドリブンなサステナビリティ経営が向かう先とは
~開示義務化対応を契機とした社会課題解決と企業価値向上の加速~

(配信期間:2026年6月24日まで)



サマリー

国際的な開示義務化が進む中で、サステナビリティ情報は単なる報告項目ではなく、経営戦略そのものと深く結び付く時代へと移行しています。非財務データを把握し、財務と統合した意思決定につなげることが、企業価値向上と社会課題解決を両立し、これからの競争力を左右する鍵となります。



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