EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
デジタル人材の需要増加と働き方の多様化により、グローバル人材の獲得・定着が困難になっています。従来型の人材マネジメントが限界に達している今、どのような施策が必要なのでしょうか。LGグループのIT企業LG CNSから主要な責任者をお招きし、AI(人工知能)を活用したグローバル人材マネジメントの事例を解説していただきました。
要点
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グローバル化とリモートワークの普及で人材マネジメントの課題が深刻化する中、LGグループは28万人規模の従業員に対し、DX・AXを活用した統合プラットフォーム「SINGLEX」を導入。AIによる個別最適化された人材育成と管理を実現し、グローバル人事の高度化に成功しました。
労働市場のグローバル化に伴い、優秀な人材の獲得やリテンションはこれまで以上に困難になっています。
実際、EYには「現在進めているグローバル経営に必要な人材を獲得できない」「日本以外の海外人材をどのようにマネジメントすればよいか分からない」といった相談が多くの企業から寄せられています。コロナ禍を経て急速に普及したリモートワークやハイブリッドワークなどを考慮すると、従来の人材マネジメントでは対応が困難です。企業は物理的な距離を越えたチーム管理や公平な評価制度など、従業員が「働き続けたい」と思える魅力的な職場環境を提供しなければなりません。
こうした課題に対して積極的に取り組み、着実に成果を上げているのが韓国のLGグループです。グローバルで270以上の海外事業所と主要系列会社を12社擁する同グループは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAX(AIトランスフォーメーション)を推進し、グローバル人材マネジメントの高度化を実現しています。
LG CNS SINGLEXビジネスユニット常務のキム・デソン氏は、「DX・AXの活用は単なる業務効率化だけでなく、従業員一人一人の経験価値を高めるためにも重要なのです」と指摘します。
また、同グループがDX・AXへの転換を進めた背景として「関連会社ごとに異なるシステムを使用していたため処理能力に差が生じ、システムの重複投資や頻繁な再構築が必要となり、非効率な状況が続いていました」と当時の課題を振り返りました。
こうした課題を解決するためには、グループ全社で共通業務を標準化し、処理能力を向上させる必要がありました。そのためにはDXやAX、標準プロセス・グローバルソリューションを統合したプラットフォームが不可欠です。そうして開発したのが、SaaS(Software as a Service)型サービスの「LG CNS SINGLEX(以下、SINGLEX)」でした。
その中の1つである「SINGLEX HR」はグローバル企業の人事プロセスをベンチマークしたAI搭載の人事管理ソリューションです。従来、人事部門は採用選考や人材管理に多大な時間を費やし、従業員はキャリア形成の方向性を見いだせない課題を抱えていました。AIの活用により、採用から退職までの一貫した人材管理が可能となり、個別最適化された育成施策の実現と適材適所の人材配置を実現しています。
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SINGLEX HRにより採用から退職までの従業員ジャーニー全体をAIで分析・支援。個別最適化された育成支援と退職リスクの予測・対応により、人材の定着と戦略的な人材マネジメントを実現しました。
では、LGグループでは具体的にSINGLEX HRのAI機能をどのように活用し、従業員のエクスペリエンス向上を実現しているのでしょうか。LG CNS HR SINGLEXチームのスペシャリストであるキム・ソラ氏が、具体的な活用例を紹介しました。
まず採用プロセスでは、AIが応募者の履歴書を分析して職務とのマッチング評価を行い、能力・経験に合致するポジションを提案します。SINGLEX HRは、会員登録不要の簡単なアカウント作成や、ドラッグアンドドロップでの履歴書提出に対応し、対話型チャットボットによる職位紹介で採用プロセスを効率化。従来2週間以上かかっていた書類選考を1~2日に短縮しています。また「デジタルオンボーディング」により、新入社員が入社手続きを自主的に進め、人事制度や入社後の展望を容易に把握できる環境を整備しました。
職務能力開発では、AIが個人の能力とスキルを分析し、リアルタイムで不足している能力を特定。個人の希望職務やキャリア目標を考慮しながら、カスタマイズされたキャリアパスを提案し、適切な学習コンテンツを推奨します。職務ローテーションと専門性強化の判断をサポートしながら、学習の進捗を継続的にモニタリングしています。
さらに、新事業展開に向けたリスキリング支援や、学習モデルと連携したフィードバックループにより、個人の現状と目標のギャップを明確化しました。具体的には能力開発への動機付けを強化し、急速な環境変化に対応した柔軟なキャリア形成と従業員の自発的な成長を促進します。特定の従業員が同じ業務を長期間担当する場合、職務ローテーションを通じて他の職務能力を確保させるべきか、または当該業務の専門家として育成するべきかの判断も支援します。
また、成果管理では、定期評価に加えAIによる個別フィードバックを提供。業務コメントや評価データから従業員の長所・短所を青(肯定的)と赤(否定的)のキーワードで視覚化し、効果的な人材育成と評価を実現しています。
コア人材のリテンション管理においても、AIは重要な役割を果たしています。HRやリーダーはさまざまな方法でリテンション管理を試みますが、退職兆候を事前に把握することは困難であり、全てのコア人材を密着管理するには費用や時間の限界があります。
キム・ソラ氏は「SINGLEX HRは評価結果、報酬レベル、勤怠、休暇など約60の要因から退職リスクを予測。リスクが検知されると、リーダーに即時アラートを送り、適切な面談や業務調整、インセンティブ施策などの予防的対応が可能です」と説明します。
具体的には組織別・個人別の退職予兆をダッシュボードで可視化し、夜間・休日勤務時間、評価結果、インセンティブの変化など詳細な分析により、早期対応を実現しました。この包括的な管理システムが、コア人材の維持と組織の安定性向上、人材競争力の強化に貢献しています。
最後に、キム・ソラ氏は「HR領域でのAI活用は、経営層、従業員、人事部門のそれぞれに大きな変革をもたらしています。AIの進化に伴い、HRのイノベーションは今後も新しい可能性を切り開いていくと期待しています」と将来像を展望し、セッションを締めくくりました。
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最終セッションでは、EY Japanパートナーの田口陽一が、SINGLEX HRチーム長・統括コンサルタントのキム・ジヨン氏に、ソリューション展開の効果や従業員の評価についてインタビューを行いました。
最初にSINGLEX HRを定着させる過程での困難とその克服方法について問われたキム・ジヨン氏は以下のように説明しました。
「系列会社には正社員、契約社員、パートタイマーなど、多様な雇用形態や職務がありました。また給与体系は固定給と変動給が混在していたことから、プロセス統合は一筋縄ではいきませんでした。さらに、オンプレミスシステムに慣れた役職員のSaaSへの移行に対する抵抗や、各国の個人情報保護法への対応、レガシーシステムとの安定的なインターフェース構築も課題となりました」。
これらの課題に対しLGグループは、まず50人以上のプロジェクトメンバーと約3,600人の協議体メンバーによる徹底的なグローバルプロセスの標準化を実施しました。次にセキュリティ専門家による対策チームを設置してリスク対策を講じ、さらにレガシーシステム担当者を早期から参画させて300以上の共通API(Application Programming Interface)を開発。これらの施策により、各社のオンボーディング時間を大幅に削減することに成功したといいます。
次にSINGLEX HRのグローバル展開に関する経営陣の評価について問われると、キム・ジヨン氏は「経営陣は導入の必要性を十分に認識しています」とした上で、以下のポイントを高く評価していると説明しました。
AIを活用した従業員支援についても、現場から極めて好評を得ていると言います。キム・ジヨン氏は、その具体的な反応について次のように説明しました。
「従業員は、AI技術を通じて会社からの積極的なケアを実感しています。例えば、職務に応じた能力診断や、それに基づく最適な教育プログラムの推奨、さらには類似キャリアを持つ社員の経歴を分析したキャリアパス提案などです。こうしたHRライフサイクル全般にわたって従業員の成長を支援する仕組みが高く評価されています」。
加えて、体系的な基礎情報を蓄積しているグローバル人事ダッシュボードの活用と、データドリブンな人材マネジメントの実現については、具体例を挙げながら以下のように成果を説明しました。
「例えば、海外での新規事業展開時には、現地の人材確保が重要な課題となります。従来であれば、各拠点への照会と情報収集に時間を要していましたが、現在は駐在員の現状把握や過去の駐在経験者の検索が瞬時に行えます」。
最後に「SINGLEX HRの導入は、人事業務にどのような革新的な効果をもたらしたか」との問いに、キム・ジヨン氏は以下のように回答しました。
「HRスタッフの業務内容が質的に進化し、単純作業から戦略的なプランニング業務へとシフトすることが可能になりました。特に注目すべき点は、個人の特性に焦点を当てた成長支援や、研究開発・営業・生産など各部門に特化した人事制度の運営に注力できるようになったことです。これにより、人事部門の役割が従来の管理業務中心から、より戦略的なビジネスパートナーとしての機能へと進化しました。こうした変革は、システム化による業務効率化で生まれた時間的余裕が、より付加価値の高い人事施策の立案・実行に振り向けられた結果と言えるでしょう」。
今回のセミナーでは、人事業務のAI活用が単なるデジタル化や効率化を超えて、従業員の成長支援や戦略的な人材配置を実現し、企業の持続的な成長を支える基盤となることが明らかになりました。スピード経営とDX・AXを推進し、グローバルにビジネスを展開するLGの取り組みは、多くの聴講者に有益な示唆を提供したと言えるでしょう。
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