EYの事例

Human Capital Report先駆者となったエーザイが描く 未来を共創する人的資本経営の最前線とは

2023年7月にHuman Capital Reportを発表、その後の2カ年で共創・連携・指標化によるさらなる深化を図ってきたエーザイ株式会社(以下、エーザイ)。単なる情報開示にとどまらず「課題の開示→分析→戦略→実践」のサイクルで組織の変革を後押しし、人的資本経営の先行モデルとして注目を集めています。

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The better the question

エーザイらしいHuman Capital Reportを支える、企業課題を解決に導く土台づくり

他社に先駆けて人的資本経営の普及促進に尽力してきたエーザイは、人的資本の情報開示の必要性を実感する中でHuman Capital Reportを作成。企業価値の向上に向けて、「エーザイらしい開示とは何か」を模索しながらプロジェクトを推進してきました。


究極の「パーパス経営」で未来のあるべき姿を指し示す

EY 水野昭徳(以下、水野):エーザイは、社会的な存在意義を明文化する「パーパス経営」を実践されています。エーザイが大事にされている「企業理念」は事業にどのように生かされていますか。

エーザイ 真坂晃之氏(以下、真坂氏):エーザイの第3代社長に内藤晴夫が就任した際に、社員を一つにまとめあげるため、患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献するという「hhc理念(ヒューマン・ヘルスケア理念)」を作りました。そして2005年、日本の上場企業で初めて、会社の憲法である「定款」に企業理念を記載しました。これにより、自分たちの進むべき未来を宣言するとともに、お客様はもちろん、株主、社員も含めたステークスホルダーと共にその実現を目指していくことを確認しました。

2022年の定款変更では、時代の流れによってこれまで主語が「患者様とそのご家族」だったものを「患者様と生活者の皆様」に変え、社員に対する「安定的な雇用の確保」「人権および多様性の尊重」「自己実現を支える成長機会の充実」「働きやすい環境の整備」といった、まさに人的資本経営の中核を成す文言が初めて入り、人事戦略を推進する上でのエンジンになったと考えています。定款に自社の目指すべきところ、理念を入れるというのは社会に向けて、企業の存在意義を示す究極の「パーパス経営」だと思います。

水野:定款に載せるというのは、社会へ向けての宣言であり、約束でもありますね。

真坂氏:社員が取るべき行動に迷った場合にも、「会社の理念に合っているか」という原点に立ち戻って取捨選択ができるので、全社員の判断軸になると思います。


エーザイ株式会社 執行役 チーフHRオフィサー(CHRO) 真坂 晃之 氏
エーザイ株式会社
執行役 チーフHRオフィサー(CHRO) 真坂 晃之 氏

ステークホルダー間にあった、「情報の非対称性」のギャップ

水野:積極的にパーパス経営を実践される中で、どのような課題がありましたか?

真坂氏:もともと、会社の方針としてニュースリリースなどでも情報の開示をしてきましたし、株主総会の招集通知書では百何十ページという情報量の多さで透明性高く、株主の皆様に事業内容をお伝えする文化がありました。しかし、機関投資家や社員と会社の情報の非対称性という課題があり、そのギャップを埋める努力をすることが企業価値向上につながると考えていました。このような背景があり、Human Capital Reportの作成に至りました。

水野:Human Capital Reportで企業理念や人的資本経営に関する情報を開示するに当たって、当時の他社の状況を踏まえてどのように感じられていましたか。

真坂氏:経済産業省が2022年に発表した「人材版伊藤レポート2.0」でも「情報開示」がうたわれ、人的資本の面でも情報開示が求められるようになっていました。しかし、世の中を見渡しても「人的資本の情報開示」に積極的に取り組んでいる企業はまだ数社しかありませんでした。

水野:弊社にお声がけいただいたのはそんな頃ですね。

真坂氏:はい。どういった開示がエーザイらしい開示かを模索する中で、他社の状況や現在のトレンドを知り、未来のあるべき姿を考える必要性を感じていました。自分たちだけではどうしても内向きになってしまうと考え、外部の協力を仰ぐために複数の企業にお声がけしました。

いくつかご提案をいただく中で、最終的にEYさんに依頼するのがベストであるという判断に至りました。ここからEYさんとの3年にわたる取り組みが始まりました。


EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ピープル・コンサルティング パートナー 水野 昭徳
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ピープル・コンサルティング パートナー 水野 昭徳

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The better the answer

人事戦略の要となるHuman Capital Reportは年々、深化。「社員」を核に、開示→分析→戦略→実践をサイクル化

Human Capital Reportを通して、自社の課題をありのままに開示することこそ課題の解決につながり、企業価値を高めると考えていたエーザイ。2023年から始まった3年にわたるEYの伴走によって社内外での変革が進み、そのフィードバックを人事戦略に生かす好循環が生まれています。


あえて自社の弱点を外部に開示することが課題解決の突破口に

水野:どのような点でEYをご選定いただけたのでしょうか。

真坂氏:他社の豊富な情報や経験、ナレッジを持っていることはもちろんですが、未来を共に描いてくれる、方向性を示すだけでなく一緒に伴走してくれる、という点でEYさんへの依頼を決めました。

水野:EYではHuman Capital Reportの開示方針やアウトラインの策定およびコンテンツの概要設計を支援しました。初回の2023年度版から3カ年で進化がうかがえます。

お問い合わせ

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真坂氏:2023年度のHuman Capital Reportでは、今のエーザイと「To be」(あるべき姿)のギャップについて、各種指標(KPI)を設けて、透明性高く開示したことが特徴です。ステークスホルダーに向けてどのような内容を開示していくべきか、EYさんともかなり議論しました。「こういう開示をしたい」というイメージを落とし込む工程は初めてだったので、経験のあるEYさんに思いをぶつけて、人事戦略とWell-Beingや働き方、育成などの人事施策をどのようにひも付けるか、具体的にどの指標を開示すべきかを分析していただきながら、共に形にしていきました。その結果、見栄えの良いデータだけではなく、エーザイの弱点も積極的に開示しています。

水野:以前から透明性高く情報を開示していこうという企業風土があったとは言え、自社の課題や弱みを世間にさらすことに、社内から抵抗はなかったのでしょうか。

真坂氏:他の役員とも情報を共有して作っていきましたが、「人事の責任で出すのであれば」と、特に問題は生じませんでした。むしろ、課題を解決に向かわせることができれば、企業価値が上がると確信を得ていました。社内からも、社外からもネガティブな反応などは全くありませんでしたし、開示して良かったと今は思っています。

水野:自社の課題や取り組み中のことについて開示したくないという企業は少なくないですが、むしろ開示することによって改善しようとしている姿勢を見せることができるということでしょうか。

真坂氏:まさにコミットメントですよね。例えば、エーザイの課題の一つとしてグローバル人事がありますが、これもあえて課題として出すことでこの1年で一気にいろいろなことが進展しました。あえて開示したからこそ、動きが加速したのだと思っています。

水野:Human Capital Reportを発行した効果はどんなところにありましたか。

真坂氏:Human Capital Reportは公開して終わりではなく、活用することこそ重要です。発表後は他社とのネットワークができ、交流で生まれたフィードバックを自社の戦略に落とし込み、人事戦略に生かすサイクルが出来上がりました。そのためにはまず自社の状況を棚卸しし、課題を探る必要があります。そして社員の声に裏打ちされた戦略を描き、実行する。この開示→分析→戦略→実行のサイクルが、この3年で確立しつつあると思っています。
 

2024年度から、人的資本経営の主役は「社員」に

水野:2023年度は社外からかなり高い評価を受けましたが、社員の反応はいかがでしたか。

真坂氏:あれだけいろいろなところで「統合人事戦略」を掲げていたので、もっと知られているだろうと思っていたのに、社員の認知度は52.8%と、意外に知られていなかったのです。このことから社員と会社の情報の非対称性が課題だと分かったため、2024年度はターゲットを「社員」に絞りました。


社員を主役にしたHuman Capital Report(HCR)で会社と社員の情報非対称性を改善

社員を主役にしたHuman Capital Report(HCR)で会社と社員の情報非対称性を改善
エーザイ「Human Capital Report 2025」p.48、p.51を基にEY作成

水野:2025年度にかけての進化で非常に興味深かったのが、社員が主語で、輪の中心にいることです。

真坂氏:2025年度のHuman Capital Reportは社員と共に作り上げた点が画期的でした。8名の公募に24名が手を挙げ、高い熱量でHuman Capital Reportへの思いをつづってくれました。彼らから、われわれだけでは絶対に出てこないアイデアがたくさん出てきました。

企業理念を直接的に体現できるのは社員です。だからこそ人的資本施策の中心に社員を置くことが重要だと考えています。もともとは人事と社員の間にあった「情報の非対称性」を解消するために始めた取り組みですが、社員をターゲットにした情報開示や施策が、結果としてエンゲージメント向上や会社へのコミットメント強化につながっています。


エーザイ独自の指標「E-HCI」が情報開示における基軸を示す

水野:2024年度のレポートではエーザイの独自指標である「E-HCI(Eisai Human Capital Index)」を開発しましたが、改めてその意義について教えてください。

真坂氏:エーザイでは事業戦略の根幹に「効率的に社会善を実現する」という考えがあり、その効率性の観点を人事戦略に落とし込んだ指標が「E-HCI」です。人的資本の効率性を測るエーザイ独自の統計的指標で、KPIのつながりを分析しています。2023年度のHuman Capital Report発表後、「人的資本の追求が財務的にどう影響を及ぼすか」について投資家から質問を受けるのですが、明確な因果関係を示すのは難しいと感じていました。今後は、このE-HCIを基準に投資家と対話をすることで、エーザイとして一貫した主張ができると考えています。


独自指標「E-HCI」で人的資本経営の総合力を評価

独自指標「E-HCI」で人的資本経営の総合力を評価
エーザイ「Human Capital Report 2024」p.41を基にEY作成

自力ではたどり着かない、ラストワンマイルの後押しが自信に

水野:Human Capital Reportは年々深化していますね。3年間のEYのご支援を通してどのような感想を持たれましたか。

真坂氏:われわれのような事業会社だけだと手の届かないところがどうしてもあります。専門的な数値や他社の状況などのデータを集め、分析してくれるコンサルタントの存在は非常に大きかったと思います。最後の“ラストワンマイル”の「詰め」の部分で、EYさんがサポートしてくれたおかげで、自信を持ってHuman Capital Reportを出すことができました。EYさんを選んだ判断は、2023〜2025年度のHuman Capital Reportの成果からも正しかったと確信しています。

水野:人事役員という立場で、泥臭く、現場の一つひとつまで踏み込む方はあまりいらっしゃらないと思います。真坂さんの熱量の高い言葉は胸に“響く”のです。とても魅力的で、「できることは全部やろう」と私もその思いに応えたいと思ってご支援させていただきました。


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The better the world works

Human Capital Reportトップランナーが挑む、人を起点に経営を考える本気のコミットメント

Human Capital Reportの効果は単なる“情報開示”にとどまらず、社員一人ひとりの理解を深め、行動を促し、エンゲージメントを高める結果を生み出しました。3カ年を経てエーザイの人的資本経営はさらに高度化し、次の10年に向けた人事戦略の在り方を探っています。


オーナーシップ意識が生まれ、社員一人ひとりが成長

水野:Human Capital Reportの作成に取り組んだことで、プロジェクトメンバーにどのような変化がありましたか。

真坂氏:初期のメンバー3名は人事出身ではなく、経営企画や中期計画策定の責任者、コマーシャルやマーケティングに強い人材など、情報開示に当たり、より広い視野でものごとを俯瞰(ふかん)できる戦略スタッフを抜擢しました。Human Capital Report作成の過程で情報が可視化され、部門間の理解や連携が進み、担当者のオーナーシップが高まったと感じています。

また、人的資本の情報開示が社会的に注目されていることもあり、人事の各メンバーが外部から声をかけられる機会が増え、個々人の意識も高まっています。

人事全体で課題を共有する場を設け、他社との交流で横の連携を強めることで、人事部内の情報の非対称性や縦割り構造も改善されつつあり、少しずつ前進している手応えを感じています。
 

他社との “ぶつかり稽古”で人事課題をあぶりだす

水野:他社からはどのような反響がありましたか。

真坂氏:この3年間で他社とのネットワークは大幅に拡大し、評価や露出も劇的に増えました。経済産業省と東京証券取引所が選定する「なでしこ銘柄」や「健康経営銘柄」などに選ばれたこともHuman Capital Reportの社会的な評価と間接的につながっていると感じています。

現在は複数企業と共同で人事施策や研修プログラムを実施する取り組みへと発展し、エーザイ単独では得られない他社の価値観や視点に触れる機会が生まれ、人的資本施策の質を高める段階に入っています。2025年度のHuman Capital Reportでは、味の素株式会社や株式会社丸井グループ、中外製薬株式会社の人事と「自分の会社だったら、課題に対してどのような対処をするのか」について話し合いました。これを“ぶつかり稽古”と呼び、レポートにも記載しています。

水野:競合他社と人事同士で、本音で話し合う機会はなかなかないですよね。

真坂氏:中外製薬さんとはHuman Capital Reportを起点に関係性が深まりました。同じ製薬業界同士で悩みも似ている。もちろん、全てを話せるわけではありませんが、「一つの人事課題に対して、どうアプローチしていくのか」について共有できることが多く、実りの多いぶつかり稽古になったと思います。
 

Human Capital Reportから“果実につながる施策”へ

水野:「E-HCI」という指標を作り上げたことはエーザイ独自の強みとなりました。「キャリアオーナーシップ経営 AWARD 2025」*1のグランプリを受賞されるなど、エーザイは人的資本経営において業界内外からトップランナーとして認知されていると思います。このような立場だからこそ、他社とのぶつかり稽古や社員を巻き込んだHuman Capital Reportの作成が実現できます。日々のデータの検証も大切ですね。

真坂氏:ここ5年間、パルスサーベイという手法を使って、月次で社員のエンゲージメントを調査しており、その膨大なデータを基に相関や連関を分析した結果、人的資本施策の優先ポイントが明確に見えるようになりました。

このデータに基づけば、今注力すべき “果実につながる施策”が判断でき、人事としても実践しやすい。一方で、「事業戦略を理解することが、社員のやりがいや成長につながるはずだ」という仮説を持っていますが、現状のデータではその相関が出ていません。それを「重要なのに成果につながっていない=取り組みがまだ不十分」と前向きに読み替え、コミュニケーション不足を解消して戦略理解を深める取り組みを強化しています。今後は、エンゲージメントとの相関がどのように変化するかを追うことで、人的資本施策の効果をより立体的に把握できると考えています。


E-HCIとパルスサーベイを活用した人的資本最大化の流れ

E-HCIとパルスサーベイを活用した人的資本最大化の流れ
エーザイ「Human Capital Report 2025」p.11を基にEY作成

エーザイが考える10年後を見据えた人事戦略とは

水野:2026年度のHuman Capital Reportはどのような計画ですか。

真坂氏:これまで掲げてきた4つの課題「グローバル人事体制の強化」「イノベーションを創出する環境」「DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)カルチャーの浸透」*2「会社と社員の情報非対称性」への取り組みをさらに加速させていく方針です。特にグローバル人事の強化については、2026年度はシステム面や人事制度の統一など、より具体的な形で改善が見えてくると考えています。また、各国で実施している施策の中には、グローバル共通で展開できるものもあり、そうした取り組みも進めていく予定です。

加えて、10年後に必要な人材像を改めて定義し、現状とのギャップを明確にした上で、採用・育成・組織開発・人事異動などの施策を進めていきます。また、最近は、事業戦略を人事戦略に落とし込むだけでなく、人事戦略から事業戦略にフィードバックするサイクルもあるだろうと考えています。

水野:未来の“あるべき姿”から、人事戦略を練ることは大事ですね。今後もチャレンジをご支援していきます。ありがとうございました。


「Human Capital Report 2025」オリジナルTシャツを着て
「Human Capital Report 2025」オリジナルTシャツを着て
*1 パーソルキャリア株式会社が主催するアワード。個人と組織の持続的な成長を実現するため、キャリアオーナーシップ経営の3つの視点(キャリアオーナーシップ人材を「可視化する(見える)」、「増やす」、「(経営や事業と)つなぐ」)を実践し、「個人と企業の新しい関係づくり」を推進する企業を表彰。参照サイト:パーソルキャリア株式会社 ニュースリリース「キャリアオーナーシップ経営 AWARD 2025 グランプリと4部門の最優秀賞 企業が決定」、www.persol-career.co.jp/newsroom/news/corporate/2025/20250513_1825/(2026年2月18日アクセス)
*2 本記事で紹介するDE&Iカルチャーの浸透に関しては、各国や国際的な法令・基準に従って進めています。


ニュースリリース

EYストラテジー・アンド・コンサルティング、人的資本の開示を次の行動につなぐエーザイの取り組みを支援~課題の整理から分析、開示の戦略策定・実行までを3年間継続して伴走~

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 近藤 聡)は、エーザイ株式会社(東京都文京区・以下エーザイ)が進める人的資本に関する考え方や課題を社内外に示し、次の人事施策や経営判断につなげる取り組みを支援したことをお知らせします。

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