EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
千代田化工建設株式会社 執行役員 人事総務本部長
永橋信隆氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ピープル・コンサルティング パートナー
水野昭徳
もともと千代田化工建設グループには、創業から70年、50年、40年と、それぞれ異なる長い歴史を持つ3つの子会社がありました。いずれも安定した業績を築いており、独自の文化・経営スタイルを尊重し合っていたため、これまでにも統合の議論は何度か持ち上がっていたのですが実現には至っていませんでした。
そうした中、2022年、経営陣が「今こそ統合の好機だ」と判断し、プロジェクトが本格始動しました。当時、人事部長だった私は、統合の推進役を務めることになりました。制度やシステムの統一は比較的進めやすいと考えていましたが、最大の課題は「人」でした。
それぞれの会社のやり方に誇りを持つ社員が多く、「なぜ統合するのか」と、統合に対する疑問や反発の声も少なくありませんでした。非常に難易度の高い挑戦になると感じましたね。
その通りです。当時の私は企業統合や「PMI」の経験はなく、本事案への突然のアサインメントに驚き慌てて本を1冊買って勉強を始めたのですが、学びを深める中で、「制度や業務を整えるだけでは統合は成功しない」「最も大切なのは、人と人との“融和”」だと確信し、人の心を統合する、「ココロのPMI」を推進できるプロフェッショナルの力を借りることを決めました。
最初に着手したのは、経営陣の「心合わせ」です。2023年1月にEYにご相談させていただき、2月中旬には経営陣ワークショップを実施。旧3社の経営陣が一堂に会し、「これから私たちはどんな会社をつくりたいのか」を手書きで言語化し、想いを共有するところから始めました。並行して、経営陣への個別ヒアリングも実施し、統合に向けた想いやビジョンを率直に語ってもらう機会を設けました。
統合直後の2023年4月、EYからご提案いただいたCFD(Culture Fitness Diagnostic)という組織診断サーベイを導入しました。これは、社員の意識や組織の状態を可視化しながら定点観測ができる、いわば「組織の健康診断」とも呼べるものです。1回のサイクルに設計から分析、フィードバックまで約3カ月を要しましたが、「やるなら徹底的に」という方針で、初年度には4回も実施しました。
最初は「何の調査かわからない」という戸惑いも多かったものの、自由記述欄には毎回約200件ものコメントが寄せられました。それらすべてに私が目を通し、一つひとつに丁寧なフィードバックをしていきました。毎回全件にフィードバックがされたことで、「これは本気だ」という空気が少しずつ社内に広がったように思います。徐々に「自由に発言してもいい」「声を上げればちゃんと返ってくる」「対話が成立する」という健全な循環が生まれました。組織としての信頼関係の土台づくりが動き出したという実感が生まれました。
きっかけは、社長と社員との対話イベントでした。ある社員の「この会社は何を目指しているのか」という問いに対し、社長が「理念は、みんなでつくって欲しい」と応じたことで、全社員参加型のワークショップが動き始めました。
まずは世代別にグループで想いを共有した後、世代を超えた意見交換へ。必ず若手社員から発言してもらうことで、未来志向の意見を先に提示し、年長者が自然と前向きな姿勢に切り替われる設計にしました。
このワークショップには、旧3社の全国の拠点からも多くの社員が参加し語り合いました。このプロセスを経て更なる一体感が生まれたように感じます。最終的には、5カ月で全13回のワークショップを行い、全社員約730名のうち9割弱が参加してくれました。
間違いなくそう感じています。若手社員がファシリテーターとして堂々と前に立ち、ベテラン社員の前で議論を進行していく。その姿に刺激を受けた年長者たちが、「自分たちも前向きに発言しよう」という空気を醸成し始めたのです。まさに、世代を超えた“共鳴”が生まれた瞬間でした。
ワークショップの最後には、「私たちの会社は何のためにあるのか」という問いに対し、全員から出してもらったキーワードや想いを集約・議論を重ねながら、草案を策定。草案を全社員に公開し、理念の文言についても意見を募りました。フィードバックはすべて真摯(しんし)に受け止め、経営陣で再度議論を重ねた上で、2024年1月4日に新しい経営理念を正式に発表しました。(経営理念 – 千代田エクスワンエンジニアリング)
おっしゃる通りです。社員一人ひとりが当事者として関わり、「理念は与えられるものではなく、自分たちでつくるものだ」と実感できたことは大きな成功体験になったと思います。その結果、理念は単なる“言葉”として掲げられるものではなく、日々の“行動”として現場に根づくものへと育っていきました。
1年目で「全員が同じ船に乗る」ことは達成できた手応えがありました。ただ、2年目を迎えるにあたり、各部門の部長や課長との対話を重ねる中で、ミドルマネジメント層における意識の“ズレ”が明らかになってきました。
統合についての考えを尋ねると、「統合は上層部が決めたこと、自分は詳しくない」といった反応が多く見られたのです。現場を支えるミドル層が“新しい会社”としての自覚を持てていない。このままでは理念や方針が浸透しない、組織の根幹に関わる大きな課題だと危機感を覚えました。
「中間層の意識変革」を大きなテーマに掲げ、幹部クラスを対象にしたワークショップや研修プログラムを実施しました。統合の意義や経営理念を“自分ごと”として捉えてもらうための、EYと共同で設計したオリジナルの研修プログラムです。
参加者にはあえて「自分とは異なる立場」の役割カードを配り、ロールプレイ形式で議論してもらいました。たとえば、個人的には統合に懐疑的な立場でも、「方針に納得し、部下を導く立場」という設定で振る舞うことで、立場を変えた視点を得て、自分の立場や責任を客観的に見つめ直すきっかけにしました。
半日程度の短いプログラムでしたが、ロールプレイと議論を重ねるうちに参加者の意識に変化が見られるようになり、多くの参加者が組織の中で果たすべき役割を自覚してくれました。この研修は計6回にわたって実施しましたが、私はこの取り組みこそが「組織を一段階強くした」と感じています。研修を受けたミドル層が、現場で部下と真剣に向き合い、対話を重ねるようになったことで、組織全体の“浸透力”が飛躍的に高まったと実感しています。
当初、統合には2〜3年は要するだろうと見込んでいましたが、2年目後半から「この会社はもう自走できる」という確信が芽生え始めました。若手社員を中心に自発的なプロジェクトが次々に生まれ、「次のステージに進むべきだ」という空気が、言葉にせずとも社内に自然と広がっていったのです。
2025年度からは、「みらい戦略」を自ら描き、実行に責任を持つフェーズへと進んでいます。PMIというプロセスを経て、ようやく千代田エクスワンエンジニアリングという新しい会社としての“自我”が芽生えたのだと感じています。
何より、若手社員の成長が著しかったですね。会社組織の中で上司や先輩の顔色を窺いながらこれまでやや受け身だった若手社員が、ワークショップではファシリテーターを担い、経営陣と対等に議論し、自分の考えを堂々と発信するようになりました。
採用活動においても好影響が出ています。「なぜこの会社を志望したのか」と尋ねると、「経営理念に共感したから」と答える学生が出てくるようになりました。自分たちが時間をかけて築いてきた理念が、社外の人たちの心にも届いている。これは非常にうれしいことですし、ようやく“会社の顔”が形になってきた証しでもあります。
これからは“任せるフェーズ”に入ります。若手社員には、ぜひ自由に遠慮なく挑戦してほしいと思っています。会社なんて意外と簡単に自分の手で変えることが出来るのです。上の顔色をうかがうのではなく、「これをやりたい」と自ら手を挙げ、道を切り拓いてほしい。自分の会社の未来は、自分の手で創る。その方が楽しいに違いないので。
社会の要請やマーケットは、今後さらに変化していきます。だからこそ、「自ら動く組織」であることが不可欠です。EYとともに取り組んだ「ココロのPMI」を通じて、組織の土台はすでに整えました。今後は、ここから若い世代がどんな未来を築いていくのかを、楽しみに見守っていきたいと考えています。
3社の統合で誕生した千代田エクスワンエンジニアリング。PMIの過程で文化と価値観の融合を図り、社員参加型の理念策定やワークショップを実施。経営層の一枚岩化に加え、若手の活性化が進み、組織は“自走するフェーズ”へと進化しました。
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