2022年3月31日
中国におけるカーボンニュートラルの動向

中国におけるカーボンニュートラルの動向

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2022年3月31日

気候変動に対する取組みの機運が世界的に高まる中、世界最大の排出国である中国は、2030年までの排出量ピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル実現という目標を掲げています。本稿では、当該目標達成に向けた課題や中国の排出権取引の状況を中心に説明します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 上海駐在員 公認会計士 佐藤勝俊

2007年12月に当法人に入所。製造業、小売業、卸売業および建設業など幅広い業種の上場・非上場企業の会計監査業務に従事。また、株式上場支援、J-sox支援およびIFRS導入支援などの業務にも携わる。19年7月よりEY上海事務所に駐在員として赴任し、華中地区の日系企業に対する監査、税務、コンサルティングサービスの提供を支援。

要点
  • 気候変動に対する取組みの機運が世界的に高まる中、世界最大の排出国である中国は、2030年までの排出量ピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル実現という目標を掲げています。
  • 炭素削減の目標達成に向けて、排出権取引が期待されており、対象排出量では世界最大規模とされる全国炭素排出権取引市場が2021年7月から正式運用されています。
  • 香港取引所に上場する関連企業への開示ルールの改正や国連責任投資原則(PRI)に署名する国内機関投資家の増加など、気候関連情報の開示についても注目されています。

Ⅰ はじめに

2021年11月に英国グラスゴーで国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)が開催され、合意文書において2100年の世界平均気温の上昇を産業革命前に比べて1.5度以内に抑える努力を追求することが盛り込まれました。

また、同合意において、石炭火力発電の段階的削減、各国の2030年までの排出目標の再検討・強化およびパリ協定6条(市場メカニズム)に関する基本的な基準について合意に達するなど、気候変動に対する取組みの機運は世界的によりいっそう高まっています。

世界最大のCO2排出国である中国についても、米国と共にグラスゴー共同宣言を発表し、作業部会を設置してパリ協定の枠組みで気候変動対策を強化することで合意するなど、低炭素に向けた取組みを加速しており、今後より多くの現地企業の経営に影響が及ぶことが予想されます。

そこで、本稿では、中国におけるカーボンニュートラルの動向について紹介します。

なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 中国におけるカーボンニュートラルの取組み

1. 3060目標

2020年9月に、中国政府は2030年までに炭素排出量をピークアウトし、2060年までに実質排出量をゼロにするカーボンニュートラル実現に向けて努力するという目標(「3060目標」)を公表し、その後、関連するガイドライン・通達を相次いで発表しています。この目標は次の観点で達成が容易ではないですが、最大排出国としての責務を果たすという姿勢がうかがえます。

(1) 膨大な量の削減

Global Carbon Projectの公表データによると、2020年における中国の炭素排出量は約106億トンに達し、世界全体の約31%を占めています。2060年までのカーボンニュートラル達成のためには、膨大な量の削減が必要です。

(2) 厳しいタイムライン

<図1>の通り、英国とドイツは1970年代、米国は2007年、日本は2013年をピークにCO2排出量が減少に転じています。日本や欧米先進国の多くは、2050年におけるカーボンニュートラル達成を掲げており、ピークアウトしてからおおむね40年以上の時間がある一方で、中国は、ピークアウトしてから30年でカーボンニュートラルを達成するとしており、先進国と比べて非常に厳しいタイムラインであるといえます。

図1 主要排出国のCO2排出量推移

(3) 経済成長との両立

先進国とは異なり、中国では現在も急速に工業化および都市化が進んでいます。また、中国のエネルギー構造として石炭の割合が高く、中国国内の多くの地方経済は、雇用の促進と経済成長という点で石炭に大きく依存しています。カーボンニュートラルを実現するため、石炭などの化石燃料の消費量をコントロールし、徐々に減少させ、現在20%以下である非化石燃料比率を2060年には80%以上に高めるエネルギー構造の転換を掲げていますが、経済成長との両立が課題となります。

2. 炭素排出権取引制度

3060目標の達成に向けては、CCUS(Carbon Capture, Utilization, and Storage)などのテクノロジーの開発やコストコントロールと並んで、関連政策と市場メカニズムが重要であり、その中でも炭素排出権取引制度が注目されています。中国では、2013年以降、北京、上海、天津、重慶、湖北、広東、深セン、福建、四川の9地方をパイロット地域として炭素排出権取引が行われ、2021年7月からは全国炭素排出権取引市場(「ETS」)が正式に運用されています。全国ETS取引参加企業について、中国の排出量の大部分を占める八つの重点排出業界のうち、現在は火力発電などの電力業界に限定されていますが、今後石油化学、化学、建材、鉄鋼、非鉄金属、製紙、航空関連事業者が順次参加することが見込まれています。全国ETSの第1弾の対象企業の排出量は、中国の排出量の約4割に相当するおよそ45億トンといわれており、EU-ETS(European Union’s Emissions Trading System)の排出枠(約15億トン)を超えて世界最大規模と言えます。

しかし、<図2>の通り、2021年の欧州連合(EU)の取引量が122億トンであったのに対し、パイロット地域を含む中国の取引量は4億トンであり、実際の取引規模はまだ大きくありません。また、Refintivの「CARBON MARKET YEAR IN REVIEW 2021」によれば、取引価格について、EU-ETSでは、2021年に2倍以上高騰し、12月末の価格が約80ユーロ/トンだったのに対し、中国ETSの12月末の価格は約7.5ユーロ/トンであり、安価で取引されています。結果として、2021年の取引金額では、EUの6825億ユーロに対し、中国は12億ユーロで大きな開きがあるというのが現状です。

図2 世界の炭素市場取引量

中国ETSは、スタートしたばかりで制約も多く、必ずしも市場メカニズムが十分に機能していない状況ですが、将来的に参加企業の増加や先物取引の導入などによる活性化が見込まれており、3060目標の達成に重要な機能を果たすことが期待されています。

Ⅲ 中国における気候関連情報の開示

企業によるカーボンニュートラルに向けた取組みが進む中で、ESG(Environment・Social・Governance)に配慮した企業に対して投資を行うESG投資が世界的に進んでいます。この点、中国では、国有上場企業にCSR(Corporate Social Responsibility)レポートの開示が義務付けられており、情報開示において、これまで特に社会的責任(S)が重視されてきました。

そのため、気候関連情報の開示は十分でない場合が多く、欧米や日本などの先進国の企業と比べてESG格付機関などによる評価が低い傾向にあります。

しかし、香港取引所に上場する関連業界の中国企業は、2025年までにTCFD(Task Force on Climaterelated Financial Disclosures)の提言に基づく情報開示が必要となります。さらに、<図3>の通り、現在90近くの国内機関投資家がESG情報を考慮した投資行動を求める国連責任投資原則(PRI)に署名するなど、中国においてもESG投資への流れが加速しています。

図3 PRI国別署名機関数

そのため、今後は中国企業についても、気候関連情報を含む非財務情報の開示がよりいっそう求められるようになると考えられます。

Ⅳ おわりに

中国の多くの日系企業においては、日本本社のグローバル方針に従い、カーボンニュートラルへ向けた取組みや関連する開示に必要な情報収集が徐々に進みつつありますが、業種によって状況はさまざまです。例えば、自動車業界では、欧米系の完成車メーカーからの要求を受けて喫緊の対応が必要なケースが出てきています。

また、3060目標達成に向けて、今後さまざまな細則が公表されることが見込まれますが、中国においては、規定の公表から適用までの期間が短く、地域や業種によって要求事項が異なる事も予想されます。

そのため、当局から公表される関連情報に留意するとともに、あらかじめ自社の現状分析を行い、中長期的な観点で対応方針を策定しておくなどの準備を進めておくことが望ましいと考えられます。

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サマリー

気候変動に対する取組みの機運が世界的に高まる中、世界最大の排出国である中国は、2030年までの排出量ピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル実現という目標を掲げています。本稿では、当該目標達成に向けた課題や中国の排出権取引の状況を中心に説明します。

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