EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
ソフトウェアセクター 公認会計士 池田洋平
主に上場会社の監査業務のほか、IPO準備会社への監査・業務改善アドバイス、品質管理業務に従事。ソフトウェア関連の担当が多く、現在はソフトウェアセクターのメンバーとして活動中。その他、建設業、創薬ベンチャー、サービス業、食品製造業や機器製造業などの各種担当を歴任。
新しい収益認識の基準であるIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」の強制適用は、2018年1月1日以降開始事業年度からであり、3月決算であれば再来期に近づいています。
また、本年、日本基準においても、「収益認識に関する包括的な会計基準の開発についての意見の募集」が公表され、収益認識に関する包括的な会計基準の開発に当たって、IFRS第15号の内容を出発点とした検討が開始されました。IFRS第15号の強制適用日に適用が可能となることが当面の目標とされています。
ソフトウェアに関する取引も、IFRS第15号の影響を多く受けることが想定されるため、IFRS適用会社、日本基準適用会社ともに、IFRS第15号の内容を理解しておくことは有用であると考えます。本項ではそのうち、ソフトウェア請負開発上の仕様変更や複合取引の会計処理と、いわゆる進行基準の会計処理について解説します。
ソフトウェア請負開発では、開発当初に仕様の詳細まで詰められない場合や、想定外の事象の発生などにより、当初の仕様内容から変更されることがあります。
こうした仕様変更に伴い、受注金額の増額又は別途の追加契約が行われた場合には、IFRS第15号に従い、仕様変更が契約の変更に該当するかを検討します。
IFRS第15号において、契約の変更とは、契約当事者が承認した契約範囲又は価格(あるいはその両方)の変更のことを言いますが、一方で、次の両方の条件が存在している場合には、契約変更を独立した契約として会計処理をすることが求められます。
(a) 別個のものである約束した財又はサービスの追加により、契約の範囲が拡大する。
(b) 契約の価格が、追加的に約束した財又はサービスについての企業の独立販売価格と、具体的な契約の状況を反映するための当該価格の適切な調整とを反映した対価の金額の分だけ増額される。
したがって、仕様変更が前記(a)と(b)の両方を満たす場合には、独立した契約として会計処理をし、そうでない場合には当初契約の一部として会計処理をすることになります。
仕様変更の際に、本体の開発とは別途で追加契約し、かつ、当該追加契約に基づく検収書の入手をもって売上計上としてきたケースもあると思われます。IFRSでは、前記(a)と(b)の双方を満たさない限り、当初契約の一部として会計処理をする必要があります。その場合、追加契約が取引価格及び進捗度の測定に及ぼす影響を反映するために、それまでに認識した収益を追加契約時に調整する必要があるため、従来の日本基準と異なる会計処理が求められる可能性があります。
複合取引には、一つの契約の中にシステム開発と運用委託、またはハードウェアとソフトウェアの販売など、複数の取引が含まれています。収益認識のタイミングが異なる複数の製品やサービスを単一の契約としているケースが該当します。
IFRS第15号では、契約に含まれる財又はサービスについて、まず履行義務の識別が求められます。そこで別個の履行義務が識別された場合には、次に独立販売価格に基づいて、取引価格を各履行義務に配分することが求められます。
日本基準では、管理上の適切な区分に基づき、販売する製品やサービスの内容、それぞれの金額の内訳をユーザーとの間で合意している場合には、契約上の対価をそれぞれに適切に分割して、それぞれの製品・サービスに即した方法※で収益を認識するのが適切です。仮に、システム開発に係る工数見積に基づく見積価格と運用委託に係る価格がともに独立販売価格である場合には、日本基準とIFRSとの間に実質的には大きな差異はないと考えられます。一方、管理上の区分がIFRS第15号の別個の履行義務を示しているかどうか、及びユーザーとの間で合意された内訳金額が独立販売価格を示しているかどうかは留意が必要です。
顧客仕様のソフトウェア請負開発は、要件定義、基本設計、詳細設計、結合テストなど、複数の工程に基づき行われます。しかし、例えばこれらの複数の工程がIFRS第15号に当てはめて一つの履行義務と判断され 、当該履行義務が一定期間にわたり充足される履行義務に該当した場合には、進捗(しんちょく)に応じた収益認識(いわゆる進行基準での売上計上)を行うこととなります。
IFRS第15号では、次のいずれかの要件を満たした場合、一定期間にわたり充足される履行義務に該当し、進行基準が適用されることとなります。
(a) 顧客が、企業の履行によって提供される便益を、企業が履行するにつれて同時に受け取って消費する。
(b) 企業の履行が、資産(例えば、仕掛品)を創出するか又は増価させ、顧客が当該資産の創出又は増価につれてそれを支配する。
(c) 企業の履行が、企業が他に転用できる資産を創出せず、かつ、企業が現在までに完了した履行に対する支払を受ける強制可能な権利を有している。
したがって、顧客仕様のソフトウェア請負開発は、他に転用できる資産が創出されていないと考えられ、これまでに完了した開発作業に対して支払いを受ける権利がある場合には、前記(c)を充足するため、一定期間にわたり充足される履行義務に該当し、進行基準が適用されます。
制作における進捗度が、信頼性ある情報が不足しているなどの理由で合理的に測定できない場合には、進行基準の適用はできません。この場合、履行義務の充足において発生するコストの回収が見込まれるのであれば、発生したコストの範囲でのみ収益認識(原価回収基準での売上計上)を行うこととなります。
一方、現行の日本基準では、進捗度を含む成果の確実性が合理的に測定できない場合は完成基準を適用するため、IFRS第15号における原価回収基準による収益認識は、現行の日本基準で認められている会計処理とは異なるものとなります。
参考文献:新日本有限責任監査法人 ソフトウェアセクター編著『ベンダーとユーザーのためのソフトウェア会計実務Q&A』(清文社)
※例えば、受注制作のソフトウェアは進行基準又は完成基準、市場販売目的ソフトウェア及びハードウェアは納品基準又は検収基準、保守・トレーニングサービスはサービス提供基準