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メキシコにおける自動車産業の集積と投資上の課題


情報センサー2017年2月号 JBS


メキシコ レオン駐在員 公認会計士 小河原達矢

2004年、当法人に入所。主に運送業、製造業をはじめとする国内企業の監査業務、J-SOX導入支援、IFRS導入支援などに携わり、15年よりEYメキシコ レオン事務所に現地日系企業担当として駐在。多数の日系企業の会計・税務面のサポートに従事。


Ⅰ  はじめに

メキシコは米国と隣接し、中南米地域では最北に位置する国です。国連統計によると、2015年には総人口が1億2,700万人を超え、日本を抜き世界第10位となっています。また平均年齢は約27歳と、若年労働力が豊富であることが特徴です。
日系企業のメキシコへの進出は自動車産業を中心にここ数年で急増し、15年10月現在で957社となっており、16年中に中南米諸国では初めて1,000拠点を超えるであろうといわれています。
米国のドナルド・トランプ大統領就任による北米(米国・カナダ)との自由貿易協定(NAFTA)の条件見直しや脱退などが懸念されますが、現時点では日系企業の進出は今後も続くと予想されています。
本稿では、メキシコの自動車産業の現状と課題、および進出に当たっての注意点などを解説します。
 

Ⅱ 日系自動車産業の集積の背景

自動車産業にとってメキシコは多くの場合、対北米輸出加工拠点として位置付けられており、近年の米国景気の回復・拡大に伴う自動車の需要増が、近年のメキシコにおける日系自動車産業の集積の最大の要因となっています。
完成車メーカー(OEM)やTier1メーカーから見たメキシコ投資の三大メリットとして、①NAFTAによる関税優遇②労働コストが米国の6分の1といわれるほど安価で豊富な労働力③北米市場へ短時間かつ低コストでアクセスできる地理的優位性が挙げられます。
一方、OEMにとってはNAFTAが定める現地調達比率を満たすために部品や材料の現地調達が必要ですが、メキシコにおける素材・原材料などの地場産業は未成熟で、日系企業が求める納期・品質をクリアできる地元企業は少ないといわれています。そのため、部品や材料を生産するTier2、Tier3メーカーはOEMなどからメキシコへの進出要求を受け、あるいは自発的に現在の状況をチャンスと捉えて進出を決めていることが、近年の日系自動車産業の集積の背景となっています。
 

Ⅲ 北米市場への高い依存度

16年にメキシコで生産された自動車(大型バス・トラックを除く)は約347万台となっていますが、そのおよそ8割に相当する約277万台は輸出向けとなっています。
<図1>のように、輸出台数に占める北米向けの比率は年々上昇を続けており、16年には輸出台数の約86%が北米向けとなっています。このため、メキシコの自動車産業は米国の自動車需要や北米両国との貿易協定などに基づく輸出条件に非常に影響を受けやすい構造になっているといえます。

図1 メキシコの自動車生産・輸出・販売台数の推移

Ⅳ 投資環境

メキシコ政府や各地方自治体は外国資本の呼び込みに積極的であり、外資参入規制の緩和、工業団地や交通インフラの整備、輸出・自動車産業への州税の一部免除などの税制優遇などの外資誘致策が進められています。
この状況を受け、日系企業だけでなく、欧米・韓国系の自動車メーカーも次々にメキシコへの大規模新規投資を計画しています。
また、最近ではエンリケ・ペニャ・ニエト大統領によるエネルギー改革の一環として、長年、石油公社PEMEXに独占されてきた基礎石油化学および製油部門における民間参入が認可され、外資系企業にも油田鉱区への開発・生産事業への入札が認められています。

Ⅴ 現状の課題

投資環境の整備が進む一方で、先述した北米市場への過剰な依存のほかにも、メキシコへの投資にはいまだ課題も多いといわれています。英語・日本語人材の不足、水道・電気などのインフラコストの高さ、複雑な租税制度、社会主義的な労働法規などが挙げられます。また、外資系企業の急増により地価や人件費の高騰も続いています。特に、管理系人材となる大卒者は不足しており、管理職クラスでは日本人と同水準、またはそれ以上の給与を払わないと優秀な人材を確保・維持できなくなってきています。
さらに、メキシコペソは為替相場の変動幅が大きく、顧客の国内生産回帰などにより突然の生産計画の変更を余儀なくされる可能性も少なくありません。

Ⅵ トランプ大統領就任の影響

メキシコの自動車産業はその北米市場への依存度の高さから、米国のトランプ大統領による今後の対メキシコ政策の影響を、少なからず受ける恐れがあります。
17年1月初旬には米国系自動車メーカーがメキシコの新規工場建設計画の中止を発表したことが話題となりました。
実際にトランプ大統領がどこまでその保護貿易主義を実行に移せるかについてはさまざまな議論がなされていますが、NAFTAの貿易条件の見直しは行われるとしても、脱退については懐疑的な見方が大勢であると思われます。
仮にNAFTAからの脱退が実現したとしても、米国は世界貿易機関(WTO)加盟国でもあるため、最恵国待遇税率としてメキシコから輸入される乗用車には日本から輸出される場合と同率の2.5%の関税率が適用されることになります。それでもなお、先述の安価な労働力や地理的優位性を考慮すると、北米輸出加工拠点としてみたメキシコの優位性は十分に残ると考えられます。WTOからの脱退をも示唆するような発言もあったものの、NAFTAからの脱退以上に影響が大きく、そのハードルは非常に高いと考えられます。

Ⅶ おわりに

対北米輸出加工拠点として見たメキシコは、米国の国際貿易政策の在り方を現実的に考える限りにおいては、今後も十分に有望と考えられます。
しかし、今後メキシコへの進出を検討する日系企業にとっては、米国の動向を注視しながら、これまで以上に投資効果や収益性の慎重な見極めが必要になると考えます。

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。