情報センサー

海外企業買収時における財務会計PMIを成功に導くための、財務経理部門の役割


情報センサー2017年11月号 FAAS


FAAS事業部 公認会計士 羽野文倫

主に国内メーカーの監査業務を経験後、当法人のFAAS事業部においてM&Aに関連する会計処理およびM&A後の連結報告体制整備等に関するサービスに多数関与。セミナーや大学の講師などの経験も有する。主な著書(共著)に『ケースから引く組織再編の会計実務』(中央経済社)などがある。


Ⅰ はじめに

M&Aにおいて、経理部門は関連する難解で複雑な会計処理を適切に行うことのみならず、親会社に適時適切に財務報告を行うことができる体制を子会社に整備するために、<図1>のように複雑で多岐にわたるタスクを短期に遂行することが求められます。

図1 3月決算の企業が7月1日に海外子会社を取得した場合の財務会計PMIのタイムラインの例


加えて、クロスボーダーM&Aにおいては、異なる言語やビジネス慣習を乗り越えて課題を解決する必要があるため、タスクの難易度は一段と高まります。
一方で、遠隔地に所在する海外子会社の財務報告は、経営管理を支える重要な生命線となることから、財務会計PMI(Post Merger Integration:企業買収後の統合作業)の重要性は非常に高いと言えます。
本稿では、EYの財務会計PMI支援サービス実績から得られた知見に基づき、海外企業買収時における財務会計PMIの重要な成功要因を解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りいたします。
 

Ⅱ M&A実行前からのPMI準備

フェーズ0の段階では、情報漏えい防止の目的のために親会社の特定の部署の限られた担当者のみでM&Aの検討を進め、経理部門はM&A契約締結後にM&Aの実施を知るケースもあります。
このようなケースでは、M&Aが財務数値に与える影響(後述Ⅲ)の検討不足という問題や、特にフェーズ2で生じるM&A対応作業のための経理部門の予算および人員の不足という問題が発生しがちです。
このような事態を避けるために、フェーズ0の段階から経理部門のメンバーが深く関与し、十分な準備を行うことが望まれます。
また、早期に親会社と子会社との間のコミュニケーションパスを確立することが、後続の作業を円滑に遂行する上でとても重要です。
 

Ⅲ M&Aが財務数値に与える影響の理解

1. M&Aに関連する会計処理の影響

M&Aは、関連する会計基準が複雑であり、かつ取引金額が巨額であるため、会計上、想定外の重要な影響が生じやすい分野です。特にM&Aに関する取引条件は、適用する会計処理の方法や時期を大きく左右することがあります。親会社が買収時点で見込む財務会計上のM&Aの効果を得るためには、M&Aに関する取引条件が会計処理に与える影響を網羅的に十分に検討しておくことが望まれます。

2. PPAの影響

M&Aにおける特有な会計処理の代表例として、取得原価配分(PPA)があります。PPAを通して、子会社の貸借対照表項目は取得日の時価に基づき、親会社連結上再評価されるとともに、必要に応じて顧客関連資産や商標権等の無形資産の認識が行われ、その結果算定される時価ベースでの子会社の純資産額と親会社の投資額の差額がのれんとして計上されます。
PPAの結果は、取得日時点での親会社の連結貸借対照表のみならず、PPAで再評価された資産や無形資産の費用化、のれんの償却等を通じて、親会社の将来の連結損益計算書上、長期で影響を及ぼすこととなります。

3. 会計基準差異の影響

クロスボーダーM&Aにおいては、親会社と子会社の適用する会計基準の差異という問題が頻繁に発生します。
親会社が日本基準適用会社である場合は、海外子会社の財務諸表を実務対応報告第18号「連結財務諸表作成における在外子会社等の会計処理に関する当面の取扱い」(以下、18号)に基づき連結することが一般的ですが、そのためには、在外子会社の財務諸表が国際財務報告基準(IFRS)または米国会計基準(USGAAP)に準拠して作成されていることが前提条件となります。
このため、子会社が現地基準での財務諸表を作成している場合は、IFRSまたはUS GAAPとの重要な差異を修正し、18号で求められている項目を調整した上で連結することなどが必要です。
一方で、親会社と子会社の双方がIFRSを適用している場合であっても、IFRS上、会計方針の首尾一貫性のため(IAS8.13)、類似の取引その他の事象および状況について同一の会計方針が適用されているかの検討が求められることに、留意する必要があります。
 

Ⅳ 親会社のリーダーシップと子会社との信頼関係の醸成

親会社は言語や文化の違いを乗り越えてリーダーシップを発揮し、必要事項を明確に子会社に伝え、子会社の対応能力に応じた対応方法を密なコミュニケーションを通じて模索し、合意していくことにより、親会社の連結決算をスケジュール通りに行うことが求められます。
また、このようなことを通じて親会社および子会社のメンバーの当事者意識を高め、相互理解と信頼関係を築いていくことが重要です。
 

Ⅴ おわりに

前述の要因を大別すると、Ⅱ、Ⅲは主として技術的な要因、Ⅳはソフトスキルに関連する要因と言えます。困難が伴う中で技術的な要因をクリアしていくのは日本企業が得意とする分野なのかもしれません。一方で、子会社の自主性を重んじることの多い日本の企業がPMIを成功させ、子会社がグループ企業の一員として親会社と共に成長していく土壌を作るためには、Ⅳ「親会社のリーダーシップと子会社との信頼関係の醸成」は最も意識すべき重要な要素であると言えるかもしれません。


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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。