EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY弁護士法人 弁護士 中島 康平
弁護士・ニューヨーク州弁護士。2018年1月、EY弁護士法人に入所。入所前は国内外の法律事務所及び公正取引委員会事務総局において主に独占禁止法・競争法関連の業務に従事していた。
本稿では、日本国外で合意された価格カルテルに対して日本の独占禁止法(以下、独禁法)が適用されるかが争われた最高裁平成29年12月12日判決・裁判所ウェブサイト※1(ブラウン管カルテル事件)を紹介します。
自国の競争法を国外の行為に適用できるかは一般的に「域外適用」「国際的な適用」などと呼ばれる問題です。これまで欧米を中心に事例が集積されてきましたが、本件は日本の裁判所が初めてこの問題を取り扱ったものとして注目を集めました。
本件で問題となった価格カルテルは、日本、韓国、台湾等のテレビ用ブラウン管の製造販売業者とこれらの東南アジア地域に所在する子会社等が、日本のテレビ製造販売業者の東南アジアに所在する現地製造子会社等向けのブラウン管の販売価格について、各社が遵守すべき最低目標価格等を設定する合意をしたというものです(以下、本件合意)。
日本のテレビ製造販売業者は、ブラウン管の製造販売業者の中から事業者を選定し、購入価格、購入数量等の取引条件について交渉して取引条件を決定し、現地製造子会社等は、日本の親会社から指示を受けて、主にブラウン管の製造販売業者の東南アジア地域の子会社等から、ブラウン管を購入していました。上告人であるX社は、韓国に本店を置くテレビ用ブラウン管の製造販売業者A社の子会社であり、マレーシアに本店を置いています(<図1>参照)。
公正取引委員会は、X社を含む国内外の事業者が独禁法2条6項所定の「不当な取引制限」※2をしたとして、平成22年2月、X社に対し、X社の現地製造子会社等に対するブラウン管の売上額を基礎として算定された課徴金13億7362万円※3を納付することを命じる、課徴金納付命令を発しました。
X社は、本件合意は国外で合意されたものであり、ブラウン管を直接購入したのは東南アジアの現地製造子会社等であることから、本件は独禁法の適用対象とならないと主張しました。
これに対し、最高裁は、本件のような価格カルテルが国外で合意されたものであっても、当該カルテルがわが国に所在する者を取引の相手方とする競争を制限するものであるなど、価格カルテルにより競争機能が損なわれることとなる市場にわが国が含まれる場合には、当該カルテルは、わが国の自由競争経済秩序を侵害するものということができるとして、独禁法が適用されると判示しました。
その上で最高裁は、日本のテレビ製造販売業者はグループ会社が行うブラウン管テレビの製造販売業全体を統括・遂行し、その一環として、基幹部品であるブラウン管の重要な取引条件を決定し、現地製造子会社等に指示しブラウン管を購入させていたこと、本件合意が日本のテレビ製造販売業者との交渉においてA社等が提示する価格を拘束するものであったこと等を指摘しました。そして、本件の事実関係の下では、ブラウン管を購入する取引は、日本のテレビ製造販売業者と現地製造子会社等が経済活動として一体となって行ったものと評価できるため、本件合意は日本のテレビ製造販売業者をも相手方とする取引に係る市場が有する競争機能を損なうものであったということができるとして、本件合意を行ったX社に対し独禁法が適用されると判断しました。
また、X社は、国外で引渡しがされたブラウン管の売上額を課徴金額の算定基礎とすることはできないと主張しました。
これに対し最高裁は、カルテル禁止の実効性を確保するという課徴金制度の趣旨や独禁法施行令に国内で引渡しがされた商品の売上額に限る旨の定めがないことを挙げて、本件合意の対象であるブラウン管が現地製造子会社等に販売され日本国外で引渡しがされたものであっても、その売上額は課徴金額の算定基礎とすることができると判断しました。
経済活動のグローバル化に伴い、カルテルが複数の競争当局によって摘発されることは珍しくありません。欧米の先例では、競争法の適用や制裁金(罰金)の算定に際して、カルテルの対象となった製品や当該製品を組み込んだ最終製品が自国に流入しているかが考慮されてきました。本件の特徴は、日本国外の取引そのものに着目して、日本企業と国外の子会社等が経済活動として一体となって当該取引を行ったものと評価することで、製品を直接購入していた日本国外の子会社等だけでなく、その親会社である日本企業をも取引の相手方と認定し、日本の独禁法の適用を認めた点にあります。
最高裁は、本件においてカルテルの対象となった製品や当該製品を組み込んだ最終製品が日本国内向けであるかを問題とすることなく日本の独禁法の適用を認めました。しかし、日本企業がどの程度国外の取引に関与している場合に独禁法が適用されるか、また、日本企業がカルテルの対象となった製品の日本国外での取引には関与していないものの、当該製品や最終製品が日本に輸入されている場合に独禁法が適用されるかといった点は、なお明らかではありません。ただし、本判決により、直接の取引先が外国法人であっても、日本企業と交渉を行い、実質的な取引の相手方を日本企業として取引している場合には、現地の競争法のみならず、日本の独禁法が適用される可能性が高まりました(Ⅲ1.参照)。また、日本国外での売上額も課徴金額の算定基礎となるため(Ⅲ2.参照)、日系企業と取引のある日本国外の子会社等においてカルテル等の独禁法違反行為が発覚した場合には、日本の独禁法の適用を想定して当該子会社等も含めて課徴金減免制度※4 の利用を検討するなどの対応が求められることになります。
※1 www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87299
※2 典型的な例は、入札談合や価格カルテル
※3 課徴金額は、カルテルの対象となった商品の売上額を算定基礎として、当該売上額に一定の算定率(製造業者によるカルテルの場合には原則として10%)を乗じて算定される。
※4 事業者が、自らの違反行為に係る事実を公正取引委員会に報告することにより、課徴金の免除又は減額を受けることができる制度