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フィリピン ドゥテルテ政権による大規模税制改革の状況


情報センサー2018年8月・9月合併号 JBS


マニラ駐在員 公認会計士 中込 一摩

製造業、運送業、製薬関連業等の上場・上場準備会社の会計監査に従事する傍ら、事業再生、基幹システム構築支援、内部統制構築支援などのアドバイザリー業務にも従事。執筆活動やセミナー講師経験も多数有する。2016年7月よりEYフィリピン(SGV & Co.)に赴任し、在比日系企業に対して会計監査のみならず税務、M&A関連業務など幅広いサービスを提供している。


Ⅰ はじめに


強権で知られるロドリゴ・ドゥテルテ大統領の政権発足から2年が経過し、現在フィリピンでは実に20年ぶりとなる大規模な税制改革が進行中です。今後も数年間をかけてさまざまな改定が予定されており、日系企業をはじめとする外資系企業からも高い注目を集めています。
本稿では、今般の大規模な税制改革の状況、今後の動向および日系企業に与える影響について解説します。

Ⅱ 今回の税制改革の概要


これまでのフィリピンの税制は1997年制定の内国歳入法がベースとなっており、その改定および税務当局から公表される税務通達等によって成り立っていました。施行から20年以上経過していることから時代の要請にそぐわなくなってきており、度重なる改定や頻繁に公表される税務通達等によって混乱をきたすことも少なくありませんでした。
現在、フィリピンでは、大規模なインフラ整備計画である「ビルド・ビルド・ビルド」をはじめとするさまざまな経済政策が推し進められています。それらの経済政策推進のために必要不可欠な財源を確保し、諸外国と比べても競争力のある、一貫した税制体制を構築することが今回の税制改革の主な目的となっています。
改革の大きな方向性は、フィリピン国民の大部分を占める貧困層、中間層の税負担を減らすことを主眼に、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国と比べて税率の高い法人所得税、個人所得税を減税する一方、間接税の増税や外資系企業に対するインセンティブ等の見直しなどによって総合的な税収増を目指すものです。
今回の税制改革によって改定される税目は、個人所得税、法人所得税、付加価値税(VAT)などの間接税、税務インセンティブなど、多岐にわたります。すでに2018年1月1日より税制改革法第一弾(Package1、共和国法10963号)としてその一部が施行されており、税制改革法第二弾(Package2)法案が現在議会で審議されています。
 

Ⅲ 税制改革法第一弾(Package1)の概要


2018年1月1日より施行となった税制改革法第一弾(Package1)の主な内容は<表1>のとおりです。これ以外にも、キャピタルゲイン課税や付加給付課税、利息収入の源泉税率など変更は多岐にわたりますが、影響が大きいと思われる代表的なもののみを紹介しています。


表1 税制改革法第一弾(Package1)の主な内容

Ⅳ 税制改革法第二弾(Package2)法案の動向


現在審議中の税制改革法第二弾(Package2)法案は、法人所得税の減税を柱とする改定と投資優遇税制の近代化を主な内容としています。それ以外にもさまざまな項目が盛り込まれていますが、特に影響度の高い法人所得税と投資優遇税制の近代化に関する概要は以下のとおりです。

1. 法人所得税の改定

現在フィリピンの法人所得税は30%であり、ASEAN諸国において最も高い税率となっています。現在のPackage2法案においては、現行の30%の法人税率を一定の条件に基づいて段階的に引き下げることが提案されています。一方で、反租税回避ルール(移転価格税制など)の改定や選択性基礎控除(Optional Standard Deduction)の40%から20%への引き下げ、最低法人税の適用厳格化などの増税策が盛り込まれています。

2. 投資優遇税制の近代化

現在フィリピンには多数の投資促進機関・インセンティブがあり、それぞれの特別法に基づき、登録事業者に対してインセンティブを付与しています。これらのインセンティブをシングルメニュー化し、新たにインセンティブを審査する機関を設け、インセンティブ付与に関する審査と承認を一元管理することが検討されています。また、インセンティブが与えられる対象事業にも大きな変更が加えられ、投資インセンティブをGDPの一定割合削減することによって、法人所得税率の引き下げによる税収減を補うことが提案されています。
特に投資インセンティブ削減は、日系企業に大きな影響を与えることになります。代表的な投資インセンティブとして、現在は一定期間のインカムタックスホリデー(法人税免除)の後、総所得5%課税(GIT5%課税)が無期限で付与されており、付加価値税、関税、地方税などの税金も無期限で免除されています。しかし、Package2法案ではこれらのインセンティブが一定の時限措置を経て廃止または縮小されることが提案されています。

Ⅴ おわりに


現在審議中のPackage2法案における投資インセンティブ削減は、日系企業をはじめとする外資系企業にとって非常にネガティブな影響を与えるもので、外国投資減少につながる恐れが十分考えられます。各国の大使館や商工会議所、現地の大手労働組合や業界団体などからも見直しを求める強い働きかけが関係省庁に対して行われており、フィリピン進出済みの日系企業および進出を検討中の日系企業は、今後の動向を注視する必要があります。
また、Package2法案のみならず、すでに施行されているPackage1についても、物品税の増税に伴い物価上昇率が急速に高まっていることなどが問題視されており、Package1を改正または撤廃すべきとの声が上がっています。Package1法案の内容も議会案と最終法案とで内容に乖離(かいり)があった経緯もあり、Package2法案においても同様に先行きは流動的な状況です。本稿は2018年5月末においての最新状況に基づいておりますが、最新の動向は、個別に専門家等にお問い合わせいただきますようお願いいたします。


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