EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
トランザクション デリジェンス 井上 淳
金融機関、商社、投資ファンド、製造業等、国内外の多様な業種のクライアントに対して、財務デューデリジェンスをはじめとしたトランザクション・アドバイザリー・サービスに豊富な経験を有する。また、大手総合金融機関の主として企画部門において10年超の実務経験を有し、現在、TAS金融セクターにおいて、銀行・証券業界を担当している。EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株) ディレクター。
地域銀行(地銀)を取り巻く経済環境は、依然として厳しいものとなっています。地方の多くの地域で人口減少が進む中、マイナス金利環境も長期化しており、地銀が伝統的な預貸金取引で収益を上げることは難しくなっています。この環境への対応として、地銀は、高利回りの投信・外国債券等への運用、投信・保険商品等の販売、各種金融ソリューションのサービス提供による収益の獲得というように、収益の源泉を多様化させています。
また、将来の生き残りをかけた地銀の経営統合等の再編の動きは、今後も続くものとみられます。従来の地銀に対する財務デューデリジェンスにおいては、与信資産の査定(貸倒引当金の十分性検証)をはじめとする貸借対照表(BS)の精査がメインでしたが、景気が回復・安定基調にある昨今の財務デューデリジェンスにおいては、将来収益力を確認するための損益計算書(P&L)の精査(利益の質の分析)に比重が移りつつあります。特に昨今においては、業務純益の低調を補うための臨時的損益の計上により当期利益水準を確保する動きも多くみられ、とりわけ統合予定行の直近決算には注意を払う必要があります。
<表1>は、地銀が金融庁に提出する決算状況表による損益分類で、決算説明資料やディスクロージャー誌で表示される損益計算書のフォーマットです。
業務純益は、業務粗利益から営業経費(除く臨時的経費)および一般貸倒引当金繰入額を控除した利益です。これは、預貸金取引や為替取引等の銀行の本来業務の成果から得られた利益を表しています。さらに、業務純益から一時的な変動要因である国債等債券関係損益および一般貸倒引当金繰入額を除いたコア業務純益も銀行の本来業務での利益指標として広く利用されています。
臨時損益には、ネット信用コスト、株式等関係損益、その他の臨時損益が含まれますが、いずれも裁量性・変動性の高い損益項目であり、実質的に当期利益の調整弁として機能していることも多く見受けられます。
財務デューデリジェンスにおいて、業務純益を構成する資金利益については、貸出先の規模別・業種別の利息収入や有価証券の種類別の利息・配当金収入を分析します。この資金利益は貸金・有価証券といったストックに基づく収益で、将来収益力の本源として見込めます。また、役務取引等利益は、主に取引ベースのフロー収益であるものの、顧客基盤をベースにしているという点で、比較的安定して読める収益です。一方、地銀の損益には裁量性・変動性の高い損益が相応にあり、利益の質の観点から留意すべき点があります。
昨今、地銀の保有する投信残高は急増しています。株式相場の好調を捉えた投信の解約等に伴う利益は、有価証券利息配当金(資金利益)にて計上され、業務純益を構成することになります。しかし、その性質としては、国債等債券関係損益や株式等関係損益に近く、利益の質の観点からは、業務純益(ないしコア業務純益)から差し引いて評価すべきものと考えられます。
日本国債については、低金利の環境下、時機を捉えた売却を進めることで利益計上してきました。ただし、ポートフォリオの入替による残高減少等もあり、昨今では日本国債の含み益を顕在化させる余地は減少しています。一方、国内の低金利環境下に進めてきた比較的高利回りの外債投資については、昨今の米国FRBの継続的利上げも影響し、大きな含み損を抱える構造となっており、ポートフォリオの入替に伴い多額の外債売却損を計上しているケースもあります。
昨今は景気回復を受けて企業の財務内容が改善し、倒産が減少していることを背景に、不良債権比率は一般に低下傾向にあり、特に一般貸倒引当金については戻入となるケースが多くなっています。また、償却・引当基準の影響を受ける損益項目でもあります。引当率に一定のフロアを設けている場合や部分直接償却を切放法によっている場合など、保守的な償却引当方針を採用している場合とそうでない場合において、期間損益に大きな差が生じることもあります。加えて、償却引当基準の変更によって、過去のネット信用コストとの連続性が損なわれている場合もあります。
純投資、政策投資株、上場投資信託(ETF)の売却益、売却損および償却が含まれます。昨今の株式相場の好調を映じ、含み益を顕在化させる余地も大きくなっています。また、コーポレートガバナンス・コードの導入に伴い、持合株式の売却を進める動きもあります。とりわけ株式等売却益は、低迷する業務純益を下支えするための当期利益の調整弁になりやすい項目といえます。
なお、法人税等(含む税効果)については、繰延税金資産の回収可能性の検討を踏まえることになり、場合によっては当期利益に大きな影響を与えます。
地銀統合の際には、統合予定両行の株式価値のバリュエーションに基づき、株式交換比率が決定されます。交換比率の決定に際しては、株価水準、エクイティ・キャッシュ・フロー(ECF)法による価値算定、PE倍率、純資産等を総合的に評価することになりますが、いずれにおいても、直近の当期利益水準は非常に重要な参照数値となります。統合というイベントは、前述の裁量性・変動性の高い損益によって当期利益をかさ上げする誘因となり得ます。しかし、それらの損益は、ボラティリティーも高く、資金・役務取引等利益といった本源的収益とは異なり、相応に割引かれるべきものであり、この点は、バリュエーション上、十分に考慮されるべきといえます。財務デューデリジェンスにおいても、バリュエーション上参照される直近業績の収益構造(含む業績予想との比較)は、とりわけ注視すべきものといえます。